1-7 おっさん、死闘に挑む
「―ッ! 何か来るッ!!」
俺が警戒の声を上げるが、騎士たちは動かない。
確かに周囲からは何の物音もしていない。俺には『気配察知』のスキルがあるが、この殺気を感じていなければ、この反応も仕方ないのだろう。だが――
(…どうする)
――それは逆に、遠くからでも感じる程の濃厚な殺気を意味していた。
「…クヌギ殿?」
「はっ! どうされたクヌギ殿!? たかがホーン・ラビットを倒しただけで興奮でも――」
「…くそッ!!」
小言騎士が言い終わる前に、俺は全力で彼に向って飛ぶ。そして着地と同時に突き飛ばした。
「貴様! 何を――」
―――シャアアアアアアッッ!!
すると、さっきまで俺が居たところに、巨大な蛇が唸り声を上げながら落ちてきた。
ドコンッ! という爆発のような音を立てて着地する蛇を相手に、『気配察知』スキルが警鐘をガンガン鳴らしている。俺はすかさず蛇に対して『看破』をかけた。
=====
アシッド・ヴァイパー
危険度:C
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「…ア、アシッド・ヴァイパー……!? なんでこんなところに」
呆然と呟きながら、若い騎士は立ち尽くしてしまう。
それを見ていた中立騎士が、無言で彼を庇うために前に出て剣を抜いた。
「「…に、逃げろっ!!」」
「ま、待て! 置いていくんじゃない!!」
その後ろでは取り巻きが真っ先に逃げ出し、慌てて小言騎士が追っていく。
俺は武器を構えて巨大な毒蛇と、じっと向い合っていた。少しでも気を逸らせば、間違いなく襲ってくるのが分かっていたからだ。どうやら毒蛇には俺の”実力”が分かるようで、明らかに警戒しているのが、今は助かった。
「…そんなに危険なのか?」
「…本来なら、最低でも一個小隊で当たる相手です」
「ど、どうすれば…」
視線を逸らさずに俺が問いかけると、冷静に中立騎士が答えてくれたが、濃厚な殺気を当てられた若い騎士はまだ呆然としている。
確か、一個小隊は、三十~六十人だったはずだ。それ程の人数で相手をしなければならない危険な相手だというならば、若い騎士のようになってしまっても無理はない。
(不味いな)
このまま戦いに巻き込まれたら、俺はともかくこの二人は無事では居られないだろう。ならば――
「二人とも、名前は?」
「は? …自分はグレゴール。こいつはエリオットです」
「…グレゴール。 エリオットを連れて隊長に報告を!」
「…ッ! それではクヌギ殿は――」
「いいから行け! こいつはここで引き付けておく」
「……ご武運を」
中立騎士――グレゴールは、逡巡したあとすぐに強引にエリオットを引っ張った。
エリオットは悔しそうにしながらも、自分が足手纏いなのは分かっているのだろう、グレゴールと共に自分の足でこの場を走り去っていく。
「さて、と」
正直、騎士たちと離れる理由が出来たのは助かった。
だが最大の問題が残っているのは間違いない。それは俺にこの毒蛇を倒せるのか? という単純なものだ。
(まぁ、やるしかないが)
覚悟を決めて、俺が足を一歩踏み出すと、毒蛇が舌を出して威嚇してきた。
(…完全にやる気だな)
このまま本当に騎士団を連れて来られても問題なので、俺はとりあえずこの場を離れる事にする。
「さて、まずは…」
息を大きく吸って、足に意識を集中させる。息を吐いて膝を脱力させ、地面に倒れこむように毒蛇に向かって突撃した。
全力で踏み込むと、俺はたったの一歩で巨大な毒蛇の側面に辿り着いた。勢いを殺さず、もう一歩踏み込みながら、毒蛇の脇を斬りつける。だが――
――カンッ!!
甲高い音を立てて、細見の剣は毒蛇の鱗に弾かれた。
その影響で、少し体勢が崩れそうになった瞬間――
――ゾワッ!!
再び背筋に悪寒が奔ったので、俺は振り向きもせずに全力で前に飛んた。
すると背後からジュゥゥゥゥ!! という音が辺りに響き渡ったので振り向くと、毒蛇の口から液体が垂れている。おそらく名前のとおり酸を吐けるのだろう。
(…厄介な相手だ)
新人の騎士が持つような剣では、毒蛇の鱗を斬るのは無理そうだ。かといって他に武器はないので、どうにかするしかない。となれば、狙うのは眼か口か――相手と向き合いながら、俺は思考を巡らせる。
(まずは、この場を離れる)
ちょうど位置関係は入れ替わっているので、俺は毒蛇の来た方向に向かって全力で走りだした。
すると毒蛇も、唸り声を上げながら追いかけてくる。そのまま距離を取って走っていると、再度『気配察知』のスキルが警鐘を鳴らしたので、俺は視線を後ろに向ける。すると――
――ガァァァッ!!
毒蛇の口から、白い球状の液体が放たれたのを見て、俺はすぐに横に飛んでそれを躱す。液体が地面に触れると、あたりの草ごと地面が音を立てて溶けていた。
(飛ばせるのか!?)
遠距離攻撃まであるとは、蛇のくせに多彩なやつだ――ある意味そんな関心をしながら、毒蛇との鬼ごっこを再開した。何度も飛ばされる”酸の大砲”を避ける度に、毒蛇との距離が詰まっていく。そうしている内に、森の中ではあるが開けた場所に辿り着いた。
(…ここまでくれば)
全力で移動してきたから、騎士団とは相当な距離を稼げたはずだ。逃げるにしても、倒すのしても、次の行動をするには十分な時間を稼げた。
おそらく『隠密』のスキルを使えば逃げ切れるだろう。これまでの経験から、俺のスキルはそれなりに強力なものだと自覚している。だが、もしこの毒蛇を放置すればどうなるかが気がかりだった。
(…勇者たちが呼ばれる可能性が高い)
脳裏に早乙女さんと神崎くんの姿が浮かぶ。まだ戦い慣れしていない彼らに、この毒蛇と戦わせるのは気が重かった。
(こいつは、ここで倒す)
俺は覚悟を決めて、剣を正眼に構える。
毒蛇も俺の気配が変わったのに本能で気付いたのか、とぐろを巻きながら、舌を出して威嚇を始めたる。
(…来る!)
刹那、毒蛇がその躰を伸ばして噛みついてきた。
その大きな口を上に飛んで躱し、そのまま落下の勢いのまま全力で右眼に剣を突き刺す。
――ガアアァァァアアァッ!!
悲鳴に似た声を上げて、毒蛇は激しく首を動かした。その反動で柄から手が離れてしまい、俺は地面に向かって振り飛ばされた。
(まずい!)
咄嗟に受け身をとって、勢いを殺すために転がる――二回、三回、と地面を回って衝撃を殺し、膝を立てて回転を止めた。
毒蛇はというと、尾で激しく地面を叩いていて、明らかに怒っているのが分かる。
(…武器がない)
暗器として竹光はあるが、この状況では何の役にも立たない。
怒りに任せた毒蛇の攻撃を避けながら、何か手段は無いものかと、自分のステータスを思い返す。
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タケシ・クヌギ
42歳 男
ジョブ:芸人(侍)
レベル:1
力:20 (420)
技:30 (420)
速:20 (420)
体:20 (420)
魔:10 (420)
抗:10 (420)
運:10 (420)
スキル
死んだふり
(剣術、抜刀術、忍術、投擲術、格闘術、偽装、隠密、看破、気配察知、毒耐性、精神耐性)
称号
『斬られ役』
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
[暗器]:木刀(大)、木刀(小)
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今の状況で使えそうなスキルは『忍術』しかないが、発動の条件が分からない。
竹光は収納するイメージをしながら手に取ったら消えた。だが、あれから色々と試してはみたが、これ以外の忍術は発動しなかった。
何度目かの毒蛇の吐く”酸の大砲”を避けたとき、毒蛇は予想外の行動を取った。首を大きくもたげて、俺に向かって頭を振ったのだ。
(…何を?)
すると俺の剣が刺さった右眼から、蛇の血が飛んできた。咄嗟の事で避け切れずに、血が顔にかかってしまい思わず目を瞑る。
(しまった…)
この隙を見逃す相手ではない。今、頼れるのは聴覚だけだった。手で血を拭いながら耳を澄ますと、毒蛇の方から何度も聞いた音が聞こえてくる。
(ここで、”大砲”か!)
だが、すでに毒蛇は”酸の大砲”を撃っていた。この距離では、回避は間に合わない。
(…まだだ)
俺は咄嗟に音のする方に手をかざし――
(死んでたまるか!)
――ジュウウウッッ!!
突然掌が熱くなり、何かが蒸発する音が聞こえてくる。
俺は慌てて血を拭い、目を開ける。すると俺の掌から炎が放たれていた。
(これは…火遁の術!?)
危機的状況だったからか、はたまた王宮では発覚するのを恐れていたからか――今まで一度も発動しなかった『火遁の術』が成功していた。炎が酸が激突し、辺りに鼻をつく刺激臭が広がる。その酸の弾丸を消し去ると同時に、火遁の炎は消えた。
(これならいける)
一度発動したからなのか、頭の中に『火遁の術』の使い方がはっきりと浮かんできた。今なら自在に炎を出すことが出来ると俺は確信する。
(…待てよ)
『暗器』といい、『火遁の術』のといい、『忍術』は強いイメージに影響されることは間違いない。
(それなら…)
俺は、右眼に刺さったままの剣を見据えた。
――シャアアアアアアアアアアアッッ!!!
必殺の攻撃を防がれたからだろうか、とぐろを巻いた毒蛇が、ひと際大きな唸り声を上げる。そして、地面に身を潜めるように沈むと、反動で大きく宙に飛び上がった。そのまま落下しながら、口から酸をばら撒き始める。
(無茶苦茶だ)
その空中からの乱れ撃ちを、俺は右に左に避けていく。
そして毒蛇が地面に着地した瞬間――右眼に向かって人指し指を突き出した。
「――雷遁」
バチバチッ! と指先から青白い小さな雷が発生して、奴の右眼に向かって迸る。雷が剣に到達した瞬間――ビクッ! と毒蛇の全身が、痙攣した。
――――ジャア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!
断末魔の悲鳴のような唸り声を上がる。
雷は剣を通して、毒蛇の体内を駆け巡り、その内側から焼き尽くす。毒蛇の鱗の隙間から白い煙が上がり、辺りには肉の焦げる臭いが広がっていった。
――そして、毒蛇の眼から生気が消えた。
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「なんとかなったか…」
毒蛇の巨体がドサリと地に倒れた後も、俺はしばらく様子を伺っていた。だが、しばらく経っても倒れたまま動かないので、ようやく残心を解く。
右眼に突き刺さっていた剣を抜くと、酸と雷で剣先はぼろぼろになっていた。
「まぁ、仕方ないか」
俺はぼろぼろの剣を一度地面に置くと、毒蛇の死骸に改めて視線を送る。
(さて、この死骸をどうするか…)
素材はきっと高く売れるだろう。だが、騎士団が一個小隊――三十人以上で当たる相手の素材を、おいそれと売れば目を付けられるに違いない。
しかも、エリオットたちに騎士団を呼びに行かせている。この死骸が見つかれば、俺が倒したのが発覚する可能性はとても高い。
(…もったいないが)
俺はせめて武器の素材になりそうな牙だけ、支給品の解体用ナイフで何とか切り取った。今すぐは無理だろうが、何時かこれを使って武器を作ってもらう為だった。これ程の強敵の牙なら、切れ味の良い武器が出来るに違いない。
汚れないように布に包んで背負い袋に仕舞おうとすると、手から感触が消えた。武器の素材と考えていたか、あるいは仕舞おうと意識していたからかは分からないが、[暗器]として扱われたらしい。
残った部分は『火遁の術』で焼き尽くして、『水遁の術』で消化をし、『土遁の術』で土に埋めた。
最後に少し戻って、酸で溶けた地面の上にぼろぼろの剣を置く。そして隊服の上着を脱いで、シャツの襟にある騎士団の印章を外すと、剣と共に酸で溶かして偽装工作を終わらせた。
(…これでよし)
ここまですれば多分大丈夫だろう。少し見ただけでは、蛇の死体が埋まっているとは分からないくらいには、誤魔化せたはずだ。それに、酸で溶けた剣と印章を見て俺が毒蛇に殺されたと判断すれば、追手を出される可能性が無くなるかもしれない。
俺は周囲の気配を探るが、特に誰かが来る気配はない。演習に参加したのは若手の騎士ばかりだったので、一度王都へ戻る事にしたのだろう。
振り返って森の奥に視線を移すと、二人が俺の心配をする顔が脳裏に浮かんだ。
(早乙女さん、神崎くん…)
空を見上げて、祈るように目を閉じる。
(…どうか生き延びてくれ)
俺は王都の方角に向かってそう祈ると、森の奥へと歩き始めた。




