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1-6 おっさん、演習に行く

 ――翌日、訓練場には八の鐘が鳴り響いていた。


 この世界にも時計は存在していて、地球で言う一時間毎に鐘がなる。鐘が八回鳴るから八の鐘という訳で、どうやら時計を持てない庶民の為のものらしい。


 俺は軍事演習の準備として支給された隊服を着用し、まず『忍術』で竹光を『暗器』として仕舞った。 

 そして異世界から召喚された時の衣装一式を、この演習のために支給された背負い袋の隙間に詰めてきた。この世界では、きっと和服なんて手に入らないだろうし、今となっては唯一の地球のものだ。これを置いて行って、王国の都合のいいように使われるのも癪に障るからだった。


 さすがに時間を間違えて伝えるなどという嫌がらせは無かったようで、俺が少し早めに訓練場に着くと、すでに騎士団の大半は集合していた。


「クヌギ殿、武器はどうされますか?」


 昨日、俺に申し訳なさそうにしていた若い騎士が、二種類の剣を持って俺に近づいて来た。

 残念ながら、この騎士団にはサーベルのような湾刀すら無かったので、俺が訓練時は普通の剣と細身の剣を交互に使っていたのを見ていたからだろう。


「今日は細身にするよ」

「了解しました。ではこちらをどうぞ」


 俺は礼を言って剣を受け取り、ベルトに付いている剣帯に鞘ごと納めて、腰に吊るす。

 試しに抜刀してみると、ちゃんと刃が研がれていて訓練用の物とは違っている。さすがに、なまくらを渡してくるという事は無かったようだ。


(…俺が警戒しすぎているだけなのか?)


 とは言え、右も左も分からない世界だ。用心するに越した事は無いだろう。

 俺は剣を納刀すると、改めて若い騎士の方を向いた。 


「それで、この後はどうすればいい?」

「自分に着いてきて下さい。同じ班として行動する事になります」


 そこまで言って彼は、少し辺りの様子を探った後、声を潜める。


「その…昨日の先輩方と同じ班となりますので、お気を悪くしないで下さい」

「大丈夫だ」


 あの騎士は「天童に頼まれた」とはっきり言っていたから、それくらいは想定済みだ。

 だが若い騎士は、俺の返事にどこか浮かない表情のままに頷く。

 

「…それでは行きましょう」


 そう言って歩き出す彼に、俺は頷き返して後を追った。


---


 そして、俺は騎士団と共に、この世界に来てから初めて王宮の外に出た。


 城門が開かれ、初めて目にする城下町の光景は、まさに中世ヨーロッパといった街並みだった。道は真っ直ぐに伸び、白い石畳が敷き詰められてている。

 両脇には立派な石造りの館が並び、一軒一軒の敷地は驚くほど広い。館の壁にはそれぞれの貴族の紋章が掲げられ、庭には手入れされた噴水や花壇が見える。


(これが…貴族街か)


 文官から集めた情報によれば、ここは王国の名を冠する首都ルーンベルグ。


 その中心にある王宮の周りには第一防壁があり、その周囲が貴族たちが住む区画となっている。上級貴族ほど、王宮に近い所に館を構えているそうだ。

 その貴族街を囲むように第二防壁があって、その防壁の向こうが平民たちが住む区画だ。更に街全体をぐるっと囲むように第三防壁がある。簡単に言えば、三重の防壁に囲まれた城塞都市という事だ。

 

 王宮には東西南北にそれぞれ城門がある。門から各防壁まで道は一直線になっていて、軍事行動の際には、すぐに兵を送れるようにしているらしい。逆に言えば、敵も迷わず王宮を目指せるという訳だが、それは”ここまで攻められるものなら攻めてみよ!”という、大国故の自信なのだろう。

 

 今回、騎士団は東門から出陣した。

 俺は班の最後尾に並んで、ゆるゆるとそれに着いていく。

 騎士たちは全身鎧を着ているので、その歩みは遅かった。ただでさえステータスの影響で色々と強化されている俺は、油断すると追い抜いてしまいそうになったからだ。

 彼らの名誉の為に言っておくが、あくまで集団での移動中だから歩みが遅いだけだ。訓練の様子を見る限り、戦闘時の速さは全然違う。

 ちなみに、今日の俺は見習い騎士として扱われるらしい。それもあって、おとなしく最後尾を歩いているという訳だ。さすがに昨日の天童の手駒の騎士たちも、上官の前では大口は叩けないらしい。今のところはおとなしくしていた。

 

(…さてさて、どうなる事やら)


 貴族街を抜けて平民街に入ると、街の景色は変わっていった。貴族街から離れていくにつれ、石造りの建物は減っていき、代わりに木造の家々がひしめき合っている。

 脇道も貴族街に比べてかなり狭い。そこでは窓から窓に渡されたロープに洗濯物が干され、子供たちが路上で遊んでいる。

 そして大通りには、朝も早いというのに見学に来た市民がパラパラと並んでいた。どうやら騎士団の出陣を聞きつけた、耳の早い者がいるらしい。騎士団に向けて手を振る人々の表情は明るく、純粋に騎士たちを応援しているように見えた。


(…ここでは騎士団の人気は高いのか)

 

 ルーンベルグ以外の主要都市は三つ。ゼノビア連合との境目にある要塞都市ローテフェステ。南部にある商業都市ツェントラム。そして、旧ヴェスタリア公国の首都だったヴェスタリアだ。特に併合されたとされるヴェスタリアと、王家の関係は良好だと聞いている。だが――

 

(何処までが真実やら…)


 自分の目で確かめたいという(はや)る気持ちを抑えて、俺は騎士団の一員として行軍する。

 第三防壁に近づくにつれ、開かれた城門から防壁の外の景色が見えてくると、そこには一面の緑の絨毯が広がっていた。やがて騎士団が首都の外に出ると、街の周りが豊かな穀倉地帯になっている事が分かる。どうやら、この世界で最大の規模を誇る王国というのも、まんざら嘘では無いらしい。

 歩行訓練も兼ねているからか、兵站(へいたん)部隊には馬車があるが、後は上級騎士も含めて全員徒歩だった。先導されるがままにひたすら歩いていると、気が付けば太陽が真上に来ていた。


「ここで休憩だ。休憩後に魔物退治を行う。各自準備をしておけ!」


 部隊長がそう宣言すると、各々が支給された保存食である堅い黒パンと干し肉を口にする。食事中であろうが、軍事行動中なので私語は無い。絡まれる心配がないというのは、正直気が楽だが、はたしてこのまま何事も無く終わるだろうか。


(…無理だろうな)


 休憩に入ってから、何となく嫌な視線を感じるようになったからだ。天童の腰巾着たちの目的は、俺を困らせる事なのだから、何も仕掛けてこない訳がない。ただ、何をしてくるかはその時まで分からないので、俺としては今は待つしかないのが現状だ。


(だが、チャンスでもある)


 トラブルが起これば、それに乗っかって騒ぎを起こす事も可能だろう。その方が隙が見つけ易くなるから、逃げ出せる確率は高くなる。トラブルは、むしろ大歓迎だった。


---


 休憩後、班毎に別れての行動となった。

 今回の演習では一班は六人で編成されている。だが、俺が見習い扱いとなっている事から、この班だけは七人だ。


「クヌギ殿! ここからはオレの指示に従って頂こう!」


 そう言ってきたのは、昨日の小言騎士だった。周りの取り巻きの三人も何処かニヤついている。

 若い騎士はやはり申し訳なさそうにしていて、最後の一人は特に何の反応もしていなかった。

 つまり四人が天童の腰巾着で、一人が中立、朝、剣を渡してくれた若い騎士だけが俺よりの立場、といった状況だった。


 休憩を取った地点から辺りを見回すと、少し行けば鬱蒼(うっそう)と茂った森があった。反対方向にはゴツゴツした岩場が見え、その先は山岳地帯となっているようだ。


「我らの班は、森の魔物を狩る! クヌギ殿が先頭だ!」

「先輩、まだ慣れてない彼を先頭にするのは――」

「だからだ! いち早く経験を積ませなければ、テンドウ様たちのお付きなど勤まらない!」 

「…了解した。あの森でいいんだな?」


 言われるがまま、俺は先頭に立ち森へと歩き始める。

 するとすれ違い様、若い騎士が頭を軽く下げてきた。


「…すみません」

「気にするな」


 お互いに小声でやり取りを交わす。さすがに気の毒に思えてくるが、俺には何も出来ない。

 その後ろでは、天童の腰巾着たちがこちらを見て、何かを企んでいるような嫌な顔をしていた。


「では、行くぞ」


 歩いて十分ほどで、森の中に入った。木々との間にはある程度の空間はあるので、多少の立ち廻りには問題はない。だが、草や枝葉のお陰で、視界はあまり良くはなかった。


(森といえば…)


 良い機会なので、俺は今後の為にも目に入る草木を片っ端から『看破』していく。文官に旅の知識として習ったことの復習のためだ。


=====

薬草(品質:並)

ポーションの原料となる草

=====


 王宮の文官に見せて貰った手書きの図鑑は、どうやら精度が高いものだったようだ。実物と絵柄の差異がほとんど無かったのは、さすがは王宮にある資料といったところか。

 そんな風にいろいろ”視”ながら獣道を歩いていると――


 ――ゾク!


 背筋に何か冷たいものが奔った。

 その直後、茂みの向こうから、何やらガサガサという音が聞こえてくる。

 

(これが『気配察知』のスキルか)


 俺は手早く鞘から抜刀して、音がした方向に構える。

 後ろに軽く視線を送れば、若い騎士が剣を抜こうとしているのを、取り巻きが止めていた。


「…どうやら、魔物のようだな」


 小言騎士がニヤリと笑う。


「これは訓練なので、まずはクヌギ殿がお一人で」


 そういう彼の表情には、人を辱めてやろうという悪意が滲んでいた。


(天童に頼まれたとはいえ…)


 騎士がこんな性格で大丈夫なのかと不安になるが、『勇者様』の指示に従っている彼にとって、これは正義の行いなのだろう。とはいえ、人前でその表情はいかがなものかと呆れてしまった、その時――


 ――ガサガサッ!


 白い影が茂みの中から突進してきた。

 だが俺は、横に飛んで難なくそれを避ける。すぐさま白い影の方に身体を向けると、そこには角の生えたウサギが居たので、そのまま『看破』をかけた。


=====

ホーン・ラビット(シングル)

危険度:H

=====


 これもまたお約束の角兎(ホーン・ラビット)だ。わざわざシングルと表示されるということは、ダブルもいるのだろうか? などと考えながら、角ウサギを相手に俺は剣を正眼に構えた。

 

「それはホーン・ラビットといって、かなり弱い魔物だ! 今のクヌギ殿には丁度いい相手だろう!」


 小言騎士の解説、というか蔑みの言葉が飛んできた。それに加えて、取り巻きの笑い声も聞こえてくる。おそらく俺の苦戦する姿を見て、その無様な様子を天童に報告しようとでも思っているのだろう。

 

(まぁ、どうでもいい)


 良い機会なので”訓練”の成果を、ここで試す事にした。 

 再度、角ウサギが突進してくるが、俺はそのまま足を止めて迎え撃つ。『ステータス』のおかげで強化された身体が、角ウサギの攻撃の気配を、”()こり”を明確に感じ取らせてくれる。


 ”起こり”というのは、動作を行う瞬間の重心移動など、身体が動く為に必要な準備の事だ。殺陣ではそれをわざと大きく見せて、相手に合図として渡す。そうする事で、臨場感のある殺陣のやり取りが生まれて来る。


 『斬られ役』としての数々の経験と、『ステータス』の恩恵で強化された身体。その二つが合わさった事で、俺の殺陣の技術はどうやら地球に居た時とは比べ物にならない程になっているようだ。


 視野を集中すればするほど、角ウサギの動きがゆっくりと見える気がした。なんなら筋肉の継ぎ目まで見えそうだと思えるくらい、相手の動きが手に取るように”解る”。

 突進するヤツの動線から身体をわずかに逸らして、俺は角ウサギの眉間に向かって剣を突き出す。

 

 ――こうなったら力は要らない、相手の勢いを利用するだけだった。


「…は?」


 ザシュッ! という音と共に、俺の剣が角ウサギの眉間を貫く。

 そのまま全身がぴくぴくしていたが、俺は構わず剣を抜いた。そのまま剣をヤツに突き付けて”残心”――敵が倒れるまで、相手から視線を逸らさない。

 角ウサギの眉間から血が噴き出して――やがてその動きが止まり、血だまりの出来ている地面に倒れた。


「…ふぅ」

「…一撃!?」

「クヌギ殿!」


 俺が残心を解いて一息吐くと、若い騎士が嬉しそうに駆け寄ってきた。

 それとは逆に、小言騎士たちは茫然としている。取り巻きではない中立の彼も、予想外の結果にどうやら驚きの色が隠せないようだ。


(…やり過ぎたか)


 初めての実戦という事で、身体の感覚の確認を優先した事に少し後悔したが、その動き自体は訓練の時と変わった動きはしていない。なら、十分誤魔化せるはずだ。


「素晴らしい腕前ですね!」

「一応、あっちの世界で剣術をかじっていたからな。運がよかっただけさ」

 

 若い騎士が興奮して褒めてくるので、謙遜しておく。

 すると、それを聞いて納得したのか小言騎士は我に返ったようだ。


「す、少しはやるようだな! …腐っても、召喚された者という訳か」


(…せめて、後半は声に出すなよ)


 内心呆れながら、小言騎士の方に振り向いた瞬間――


 ――ゾクゾクッ!!


 さっきとは比べ物にならないほどの悪寒が(ほとばし)り、背中が凍った。さっきのホーンラビットとは全く異質の”殺気”を感じ、全身が警鐘を鳴らす――俺の『気配察知』のスキルが最大級の危機を告げていた。 

 

「―ッ! 何か来るッ!!」



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