1-5 おっさん、情報収集をする
俺たちが召喚された翌日から、さっそく勇者たちの訓練の日々が始まった。
城の訓練場で騎士団に交ざっての戦闘訓練や、資料室での歴史や地理の勉強、旅をする為に必要な知識や貨幣の価値など、魔族の討伐に向けて必要な事だけを詰め込まれていく。
そんな中、俺も四人に混ざって戦闘訓練を受けていた。だが、ステータスの『偽装』をしている以上、本気を出す訳には行かない。
(…地味にストレスだな)
ステータスを一般兵士並に偽装しているので、全力では動けない。俺は天童たちに気づかれないように、限りなく地球での時の動きの再現するように努めていた。
やはりステータスの恩恵はあり、身体能力に影響を与えていたからだ。
そうでなければ、人間は2メートル以上軽々しく跳んだり出来ない。勇者四人の動きは訓練を重ねていくにつれて、日に日に人間離れしていった。
最初の一日は感覚を掴むのに必死だった。
俺たちには訓練用として、下級騎士用の制服が支給されていた。服装の点では四人との差別はなかったが、待遇には当然のように差があった。訓練中、上級騎士に直接指導される四人に対して、俺はほとんど放置されている。
(今は、逆に有難い…)
今の自分の状態を確かめるには、この待遇の方が正直助かる。
さすがに刀は無かったので、まずは訓練用の長剣を手に取り、いつものように素振りをしようとした。すると振り上げた瞬間、軽すぎて剣がすっぽ抜けそうになったのだ。
(…嘘だろう!?)
俺は慌てて、どうにか誤魔化そうとする。剣が重くて上手く扱えなかったように見せる為に、その勢いのまま背中を反らせて、地面に剣を刺す。
ドスっ、と鈍い音があたりに響くと、その様子を見ていた天童と氷室が指を刺して笑っていた。
「アハハ! 見て! おっさんマジダサいんだけど!」
「情けないな! 軽い竹光ばかり振っているからそうなるんだ!!」
なんだか言いたい放題だが、上手く誤魔化せたみたいなので、あえて反論しないでおく。
俺は苦笑しながら地面から剣を抜くと、刀身についた土を払う。
「大丈夫か! おっさん!!」
「功刀さん、ケガはありませんか!?」
「ああ。…あっちの刀と感覚が違ってびっくりしただけだ」
俺は心配してくれる二人を宥めて、細見の剣に武器を交換してもらった。
(…やれやれ。早く感覚を慣らさないとな)
細見の剣をゆっくり振って、自分の身体の感覚を探っていく。
刀とは全身を連動させて振るものだ。少しでも感覚がズレれば、刀の軌道は乱れてしまって何も斬れない。なるべく早く感覚を掴まなければ、俺にとっては命に関わる問題だ。
基本的に斬撃の種類は九つしかない。
上段から、真っ直ぐ振り下ろす。
同じく上段から、左右斜めに振り下ろす。
左右真横から、相手の胴体を斬る。
下段から、袈裟斬りとは逆の軌道で、左右斜め上に振り上げる。
真下から、真上に振り上げる。
そして、一度引いてから相手を突く。
斬り方は、流派によって呼び名は全然違う。例えば、相手の胴体を斬ることを『横一文字』『胴切り』。下から斜め上に斬ることを『斬り上げ』『逆袈裟』など様々だ。その刀の軌道を合わせて、漢字の『米』の字で呼ばれる事も多い。
余談だが、真下から真上に斬り上げることは、現代ではほとんど使われない。左右の斬り上げで事足りるからだ。
俺は何度もこの刀の『米』の字を繰り返して、身体の感覚を調整していく。
先ほど情けない姿を見せたせいか、それ以降は特に何の指示もなかったので、俺はひたすら自分と向き合っていた。
一振り、また一振り、と素振りを重ねる。
(身体の感覚が、地球の時とは全然違う…)
高いステータスの影響で、普段の感覚で動くと変な感じになってしまう。だが、それを隠す為にも、地球での動きを完璧に再現しなければならない。
俺はひたすら集中して、剣を振り続けた。そうして無心になっていくにつれて、師匠の教えを思い出す。
『刀は腕の力で振るものじゃない。全身で振るんだよ』
――師匠の声が脳裏に蘇る。
(そうだ。力に頼るな)
一振りごとに、身体が刀を振る感覚を思い出していく――
だからその時、俺は夢中になっていて気付いていなかった。
周囲の騎士たちは、そんなを愚直な俺を見て嘲笑していたが、その中の一人――ベテランの老騎士が、俺をじっと見つめていたことに。
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一週間経って、基本的な旅の知識の講習は終わった。
すると勇者たち四人は戦闘訓練だけとなったが、俺は”付き人”として、勇者たちの旅をサポートする為の知識が、さらに細かく詰め込まれていった。俺はこれ幸いと、担当の文官を相手に質問を重ねていく。そうする事で、欲しかったこの世界の情報を得ることが出来た。
ここ『ルーンベルグ王国』は、この世界最大の国だ。
創世神『ルミナス・クレアトル』を信仰する光明教会を国教としていて、その影響力は強い。ほかにも精霊信仰などもあるそうだが、基本的には唯一教のようだ。
この世界には、人間、エルフや獣人などの亜人、そして魔族が住んでいる。更には魔物も存在していて、魔物と魔族の違いは知性があるか無いか、会話が成立するかしないかで判断するとの事。
魔物とは魔族が放つ魔力によって変化させられた生物の事らしく、なぜ生物という言葉を使っているのかといえば、植物の魔物も存在するからだそうだ。
王国周辺には、魔族の国『ゼノビア連合』との緩衝地帯のような、五つの小国があるらしい。
『リベルタ自由都市』『ノルドヴァル王国』『アルカディア連邦』『フォレストハイム』『ヴェスタリア公国』の五つだ。
リベルタ自由都市には港があり交易の拠点となっていて、ノルドヴァルは寒さの厳しい北国。この二つは、ルーンベルグの属国扱いのようだ。
アルカディアは複数の都市が集まった連邦制を取っていて、それぞれに特色があり『学術都市』の別名がある。
フォレストハイムはその名の通り森の中にある国で、エルフが中心の国だそうだ。
最後にヴェスタリアだが、魔族に襲撃されて王家が全滅したため国としては存在せず、はるか昔にルーンベルグに併合されている。
人の住み分けで言えば、ルーンベルグの他にはリベルタとノルドヴァルの二つの小国が、人間だけが住む国らしい。アルカディアでも、亜人の姿はちらほらと見られるみたいだ。
そして各国には例によってギルドが存在する。冒険者ギルド、商業ギルド、学術ギルドなど種類は様々で、お互いのギルドは時には協力し、時にはぶつかりながら、市民の生活を支えているらしい。
(冒険者ギルドか…)
このあたりは異世界のお約束、といって良いのだろう。こちらとしては馴染みのある話の方が、分かりやすくて断然都合がいい。なにより今後の行動の指針になる、世界情勢を知ることが出来たのは大きかった。
だが、これらの情報を得て、改めて考えてみると――
(……魔族の侵攻、か)
あの日、召喚された際に受けた説明を信じれば、”正義”は王国にあるはず。だが、各国の情勢を聞いている限り、そうでもなさそうだ。
リベルタやノルドヴァルとは違い、亜人が住んでいるからだろうか――アルカディアやフォレストハイムは王国に協力的では無いようで、そこに何か違和感があった。
(…世界の危機だとしたら、なぜ一致団結しない?)
――そこが疑問だった。
放置すれば自分たちにも火の粉が降りかかる筈なのに、王国に協力をしない理由が思い浮かばない。
だとすれば、やはり自らの目で見て判断する為にも、この国を出るしかない。王国側の話が真実ならば特に問題は無く、戻ってきて協力するのもいいだろう。
だが、俺の勘を信じれば、このままでは王国の都合の良いように戦争の道具にされてしまう。勝手に召喚された上、そんな事態になったら目も当てられない。この世界の情報を手に入れることが出来た今、王国に長居をする意味は無くなった。
(…さて、次の問題は)
後は何時、どうやって脱出をするのかが問題だった。
俺は密かに脱出を決意して、逃げ出す機会を探る事にしたのだった。
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――その機会は、すぐに訪れそうだった。
追加補習が終わった俺は、再び四人と共に騎士団で戦闘訓練を受ける事になった。勇者と共に旅をするのなら、最低限の自衛は出来なければ話にならない、との事だ。
それに関しては全くの正論なので、特に異論は無い。だが――
「クヌギ殿! もっと真剣に訓練をなさって下さい!!」
俺が基本の型を確認していると、急に数人の若い騎士から声をかけられた。その言葉とは裏腹に、俺を見て明らかに嘲笑う騎士が何人か居る。
ふと視線を巡らせると、天童が離れた場所でニヤニヤしながら、こっちの様子を探っていた。天童の隣には氷室が居て、二人とも俺の方を見ながら、何やら楽しそうに話している。
(おいおい…訓練中だろ、真面目にやれよ)
その二人の様子に、思わずため息が漏れた。
それを見た先ほどの騎士が、俺が注意された事に不満を持っていると勘違いしたのか、さらにグチグチと文句をこぼす。
「そもそも、クヌギ殿は素振りばかりで実戦が足りないのです! なので、明日は我々と一緒に、魔物退治に出てもらいます!」
「…それは構わないが、団長や勇者たちの許可は取れているのか? 俺は勇者の”付き人”だから、彼らの指示が無いと勝手に動けないんだが」
「…テンドウ様の許可は出ております!!」
「団長の許可は?」
「テンドウ様が、勇者が自ら許可したのだから問題ないと仰っています!!」
「…他の勇者たちも行くのか?」
「いえ! 俺たちと旅する前に、まずは騎士たちと連携が取れるように鍛えて欲しい、との仰せです」
「そうか、わかった。明日だな?」
「はい! 明日の朝、八の鐘が鳴ったら集合となります!」
言いたい事だけ言って、若い騎士たちは去っていった。
その内の一人が、申し訳なさそうに俺をちらちら見ていたので、気にするな、と軽く手を挙げておく。
さっき天童たちがニヤニヤしていたのは、この事だったのだろう――子供みたいな嫌がらせを企む二人に内心呆れ果てるが、俺はふと考えを改める。
(…いや、待てよ?)
そう、これは城の外に出るいい機会だった。
騎士団と一緒とはいえ、戦闘中なら隙も生まれる。その隙を突けば、上手くいけば逃げられるかもしれない。俺がそう脱出プランを考えていると――
「功刀さん!」
明日のことを聞いたのだろう。訓練が終わるとすぐに、早乙女さんが俺の元へ駆け寄ってきた。
「明日、魔物退治に行くって本当ですか!?」
「ああ、騎士たちと一緒にな」
「……大丈夫ですか?」
早乙女さんの表情は不安そうだった。彼女は俺のステータスの低さが気になっているのだろう。
偽装しているこっちの身としては、少しだけ彼女に罪悪感を覚えてしまう。
「まあ、大丈夫だろう。仮にも騎士団と一緒なんだから」
「でも、功刀さんのステータスは…」
案の定、彼女がそう声を潜めながら注意を促してくる。
なので、俺は安心させるように笑ってみせた。
「新人の兵士よりは少し高いんだ。問題ないさ。それに――」
俺は腰に手をやって、抜刀するフリをした。
「――俺には、長年鍛えた技術がある。ステータスだけが全てじゃないさ」
俺のその言葉を聞いて、早乙女さんは少し安心したのか微笑んでくれた。だが、すぐに表情を引き締めると真っすぐに俺の目を見つめる。
「そうですか…でも、くれぐれも気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう。早乙女さんも、訓練頑張ってくれ」
「はい!」
まだどこか不安そうに彼女が去っていくのを見送ってから、俺は明日の支給品を受け取って部屋に戻って来た。
(…すまない、早乙女さん)
彼女には悪いが、これはチャンスだった。この国に組み込まれてしまったら、もし王国側の話が嘘で、ゼノビア侵攻が侵略戦争だったとしても戦争を止める術がない。その為にも、他の国との伝手は必須になる。
だからこそ明日は、どうにかして隙を見つけて、この国から逃げ出さなければならない。
(”真実”を、この目で確かめなければ…)
俺はそう決意を固めて、明日の準備を済ませると早々と眠りについた。
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
色々と考えて、タイトルを少し変更しました。




