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1-4 おっさん、付き人扱いされる


「…クヌギさまのお部屋は、こちらでございます」

「案内してくれてありがとう」

「礼には及びません。職務ですので」


 あの後、俺たちはしばらく客間で待たされていたが、そこにメイドがやってきた。

 どうやら結論を出すにはまだ少し時間がかかるという事で、そのメイドにそれぞれの個室に案内されたのが、今だ。今夜、俺たちを歓迎する晩餐会が開かれるらしく、そこで話の続きをするという事になった。

 そうして案内された部屋だが――


(…まぁ、こんなものだろうな)

 

 天童を始めとする”勇者”の四人の部屋とは明らかに様子が違っていた。彼らの部屋は、この部屋より二回り以上は広く、天蓋のついたベットがあったり、豪華な調度品も備えられていた。

 だが、この部屋には粗末なテーブルとベッドがあるのみ。壁には装飾もなく、窓も小さい。一応、隣の個室にトイレはあるようだが、それだけだった――おそらくは使用人の部屋なのだろう。


「晩餐会まで、しばしお寛ぎください。何かありましたら、こちらを鳴らしてくださいませ」

「わかった」

「それでは、後程お迎えに上がります」


 そう言い残し、メイドは銀色のベルを置いて部屋を出ていった。地球のファミレスなどのレジの前に置いてある、取っ手がついているのと同じものだ。


(……やっと落ち着けるな)


 俺は腰に差していた二本の竹光(たけみつ)を外してベットに横になった。

 ようやく一息吐くと、頭に浮かんできたのはやはり現場の事だ。おそらく今ごろ大騒動になっているだろう。何せ主演の四人がいきなり居なくなったのだから。


(師匠、すみません…現場を放り出すことになってしまって)


 まぁ、俺を含めれば五人なのだが、たかが絡みが一人消えたところで、代わりは幾らでもいる。だから主演たちが消えた事に比べれば、現場への影響は少ないはずだ。

 ただ、師匠たちに迷惑をかけてしまう事になったのは申し訳なかった。


(…今は考えても仕方ない、か)


 俺は深呼吸をして、思考を切り替える。

 あっちの事はどうしようもないし、待遇の違いも騒いだところで更に印象が悪くなるだけだ。それよりこの後の行動の方針を決めなければならない。

 あの四人が逃げる事は無理だろう。早乙女さん以外はみんな乗り気のようだし、『勇者』という立場になってしまった以上、例え逃げたとしても間違いなく追手がくる。

 無能扱いされている俺なら見逃してもらえそうだが、逃げると行っても、そもそも何処に逃げればいいのか分からない。


(情報がいるな)


 なら今すぐに逃げるのは却下だ。まずは、この世界の知識を得る必要がある。

 枢機卿の態度を見れば、おそらく俺の扱いがこれ以上良くなる事はないだろう。侮られている内に、最低限の情報収集をするのが、今は最善だと思える。

 庇ってくれた王女には悪いが、こちらとしてはあのまま王宮を追放され一市民に紛れるのが、一番都合が良かった。だが、果たして話し合いの結果がどう転ぶか。


(…そういえば、『剣技』と『剣術』の違いってなんだ?)


 ――ここで、ふと気になった。

 

 天童たちのステータスにはスキル『剣技』と書かれていたが、俺のは『剣術』だったはずだ。だとすれば、違いは一体なんなのだろう。


 俺は頭の中で念じて、自分のステータスを思い浮かべた。


=====


タケシ・クヌギ

42歳 男

ジョブ:芸人(侍)


レベル:1


力:20 (420)

技:30 (420)

速:20 (420)

体:20 (420)

魔:10 (420)

抗:10 (420)

運:10 (420)


スキル

死んだふり

(剣術、抜刀術、忍術、投擲術、格闘術、偽装、隠密、看破、気配察知、毒耐性、精神耐性)


称号

『斬られ役』

(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)


=====


 俺はさっき紅茶を『看破』したように『剣術』という表示に意識を集中させた。すると――


=====

『剣術』

剣技の上位スキル。刀剣類の扱いに更なる補正が入る。

=====


(…本当にゲームみたいだな)


 まさか自分が異世界に来る事になるとは…妙な事になったものだと改めて実感する。

 『ステータス』の影響で自分の身体がどうなっているのか試してみたいが、この部屋の広さでは竹光すらまともに振れない。それは追々(おいおい)試していくしかないだろう。

 俺はこれ幸いと、看破で残りのスキルも調べていったが、ほとんどが自分の想像と変わらないものだった。

 『抜刀術』は武器が鞘に収まっていると補正が入る。『投擲術』は物の投げる際に。『格闘術』は素手の時に――など分かりやすいといえば分かりやすいが、補正とやらが何を指しているのか、身体にどの程度の影響があるのか分からない、なんとも悶々とする結果だ。

 

 ――ちなみに『忍術』はこうだった。


=====

『忍術』

忍びの術が使用可能になる。

=====


(…そのまま過ぎるな)


 ”忍びの術”で何が出来るのか、その内容が知りたいのだが、それは見れないようだ。

 ――そんな風に自分のステータスを確認していると「コンコンコン」と扉が三回ノックされた。


「クヌギ様、まもなく晩餐会の時間でございます。こちらにお着換えを」


 先程のメイドが手渡してきたのは、地球でいう黒のスーツの上下に似た服だった。白いシャツには多少のフリルが着いている。おそらくこちらの世界で、晩餐会に出る為の最低限のドレスコードみたいなものなのだろう。下級の貴族が着るようなレベルの服装なのだろうと推測される。


「わざわざすまないな」

「いえ、支度が終わりましたら、そちらを鳴らしてください」

「ああ」


 袴を脱ぎ、帯を解いて、着物を脱ぐ。

 本当に地球のスーツと同じ作りだな――などと妙な関心を覚えながら着替えを済ますと、ふとこのまま着物を部屋に置いたままで大丈夫かと疑問が浮かんだ。もし勝手に処分されたとしても、特に困りはしないのだが、あまりいい気分はしない。


(…忍者の暗器みたいに、隠し持てればいいのにな)


 などと考えながら竹光を手に取ると、目の前から竹光が音もなく消えた。


「は?」

「…クヌギ様、どうかされましたか?」

「…いや、ボタンを掛け違えただけだ。問題ない」

「かしこまりました」


 予想外の事態に思わず声が出てしまったが、慌てて誤魔化す。

 そしてステータスに意識を向けると、驚きの事実が判明した。


=====


タケシ・クヌギ

42歳 男

ジョブ:芸人(侍)


レベル:1


力:20 (420)

技:30 (420)

速:20 (420)

体:20 (420)

魔:10 (420)

抗:10 (420)

運:10 (420)


スキル

死んだふり

(剣術、抜刀術、忍術、投擲術、格闘術、偽装、隠密、看破、気配察知、毒耐性、精神耐性)


称号

『斬られ役』

(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)


[暗器]:木刀(大)、木刀(小)


=====

 

 ステータスに『暗器』の項目が増えていた。状況から考えれば、これは『忍術』の能力のひとつなのだろう。ちなみに竹光といっても、現代では竹で刀身が出来ている訳ではなく、木で作られているものがほとんどだ。だから木刀と言われても納得できるのだが――


(…わかるか、こんなもの!)


 あまりの理不尽さに思わず怒りが込み上げてくる。

 ――だが、ふと気付いた。効果を想像しなければ発動しないという事は、逆に考えれば想像出来る事なら何でも出来るのではないか?

 そして、竹光を両手に持つ姿をイメージすると、両手にそれぞれの竹光が現れる。


(なるほど…これは便利だな)


 色々と試してみたいが、今は時間がない。

 俺は手早く着替えを済ませると、銀色のベルを鳴らした。


「すまない。少し手間取った」

「いえ。それでは、ご案内いたします」


---


 俺が晩餐会の会場である大広間に到着した時、四人は既に会場に居た。

 四人とも男女関係なくスーツ姿ではあるが、予想通り俺のものとは違い、宰相が着ているような上等なものだ――あからさま過ぎて、思わず苦笑してしまう。


「今宵は、我らを救ってくれる、異世界の勇者様方を歓迎する宴だ! 堅い事は言わず、無礼講でいこうではないか!!」


 そう国王が宣言すると、大広間に置かれたテーブルに、豪華な料理が次々と運ばれてきた。

 会場となっている大広間には、床一面には赤い絨毯がひかれている。高さが10メートル以上はあるだろう天井には、巨大なシャンデリアが吊り下げられていてキラキラと広間を照らしている。

 晩餐会には多くの貴族が参加しており『勇者』を一目見ようと、会場は熱気に包まれていた。


(…まるで、アイドルになったみたいだな)


 他の四人とは違って、こういう形で注目される事に慣れてない俺は、居心地が悪かった。

 しかも、一部の貴族達からは妙な視線を感じる。おそらく枢機卿から俺だけが勇者ではないと説明されているのだろう。あからさまに蔑むものではないが、その視線を感じること自体が精神的に苦痛だった。


 料理が運ばれている間、第一王女から主だった貴族たちの紹介を受ける。全員と軽く挨拶を交わしている内に準備が終わり、晩餐会が始まった。

 俺たちに配慮したのか、ビュッフェスタイルだったのは助かった。味も地球の洋食と変わりなく、王宮の料理人が作っただけあって素晴らしい出来だ。一応『看破』で確認しながら料理に舌鼓を打つ。


 ――ふと周りの様子を確認してみれば、四人にはそれぞれ貴族たちに囲まれていた。

 

 特に勇者である天童の周りには人だかりが出来ていた。彼は満面の笑みで、貴族たちと談笑をしている。完全に『勇者』としての立場を楽しんでいるようだった。

 神崎くんは豪快に笑いながら、貴族たちと意気投合している様子。彼の周りにいるのは体格の多い者が多いことから、彼らは騎士か何かだろう。

 氷室は優雅に微笑みながら、貴婦人たちの羨望の眼差しを浴びて、ご満悦のようだ。

 そして早乙女さんは――少し困惑した様子で、それでも貴族たちの質問に答えている。若い男が多いせいか、対応に苦労しているようだ。彼女は真面目だから、戸惑っているのかもしれない。


 あれはあれで大変そうだな、と他人事のように気楽に食事を楽しんでいると、第一王女が俺の元へと優雅に歩いて来た。その姿と共に、会場の注目が俺に集まった。


「クヌギ様…申し訳ありません」

「…何のことだ?」

「その…枢機卿が色々と裏で手を回して……」

「なるほどな。気にしないでいい」


 俺は王女の謝罪を軽く受け流すと、そんな俺を見て、王女は苦笑している。

 これくらいの待遇の差は予想済だったので、特に問題はない。俺が下手に出ているのを見て満足したのか、注目度は減っていた。だが――


「…この後、クヌギ様の扱いについて、発表されます」


 彼女は扇で口元を隠すと、声を潜めた。


「ここでか?」

「はい。…重ねて申し訳ありません」

「それは、何の謝罪だ?」

「勿論、クヌギ様の扱いについてです。この国では教会の影響が強くて…」

「…なるほど。理解した」


 枢機卿が俺の扱いについて口を出した、という事だろう。

 

「…もし”何か”あれば、ご相談ください」


 そう言い残し、第一王女が去っていくのを俺は見送る。


(…さて、彼女は”敵”か”味方”か)


 わざわざ忠告までしてくれた王女を、何故ここまで疑うのか――自分でも分からないが、”勘”のようなものが、油断はするなと告げていた。


---


 そして、食事と談笑が一通り済み、場の空気が落ち着いた頃に「それ」は起こった。

 会場の端の方に居た枢機卿が、王の前へと歩み出てきた。そして全員に対して向き直ると、おもむろに手を挙げて注目を集める。


「明日より、勇者であるテンドウ様、カンザキ様、ヒムロ様、サオトメ様の四名の方々には、魔族と戦う為の準備として、訓練をしていただく事になります。そして――」


 枢機卿がそこで一泊置いた。


「クヌギ殿には、勇者様方の付き人として、皆さまをサポートする栄誉を与える!」


 一瞬、会場が静まり返った。貴族たちの視線が一斉に俺に集まる。 

 そして次の瞬間――


「おお、なんて素晴らしい!」

「勇者様方を支えるお役目とは、なんと名誉な事だ!!」


 枢機卿の宣言で会場は歓声に包まれたが、俺には分かっていた。王女がわざわざ事前に告げてきた意味、つまり――


(俺は…天童のお望み通り、雑用係ってことか)


 天童と氷室はとても満足そうに笑みを浮かべていたが、神崎くんは複雑な表情で俺を見ている。

 早乙女さんが何かを言いそうになったので、俺が視線で止めると彼女は少し視線を落とした。

 そして――

 

「……光栄です」


 俺はかりそめの笑顔を張り付けて、感情を押し殺して頭を下げた。

 それを、周囲の貴族たちの一部が哀れむように、あるいは嘲笑うように俺を見ている。


(…今は、これでいい)


 付き人として勇者たちの近くにいれば、情報を集めやすいだろう。あの部屋に押し込められてしまうよりは、はるかにいい状況だ。それに、いざ逃げる時もこの方が動きやすい。


 ――俺はひとり、”機会”を待とうと決心していた。



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