1-3 おっさん、ステータスを確認される
「私はエリザベート・フォン・ルーンベルク。この国の第一王女にございます」
優雅なカーテシーと共に、そう挨拶してきた第一王女エリザベート。その表情や声色には、今のところ怪しい所は見られない。王に宰相、枢機卿は明らかに警戒すべき態度だったが、果たしてこの王女は敵か味方か見ただけでは分からず、判断に悩む。
「皆様のお世話をするように、父より仰せつかりました。至らぬ点もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「…第一王女」
「おお!!」
「綺麗……」
「……チッ」
にっこりと微笑む彼女に、天童の気配が明らかに変わったのが分かる――どうやら王女の笑顔に釘付けのようだ。
神崎くんも満面の笑みだったが、どちらかといえば『王女』という存在そのものに浮かれている様子。
早乙女さんは早乙女さんで、初めて見る”王女様”を羨望の眼差しで見ていた。
その様子を見ている氷室は、自分と彼女を比べたのだろうか…何処か悔しそうに唇を噛んでいる。
(……これはこれでまずいな)
さすがは王女様、といったところか…四人とも早くも魅了されつつあった。俺は空気を変えようとして、一歩前に出る。
「こちらこそよろしくお願いします。それで失礼ながらお聞きしたいのですが、これから我々はどうすれば?」
(色恋沙汰とか止めてくれよ…)
別の意味で変な方向にいかなければいいのだが、と内心不安に思いつつ、俺は膝を着いて一礼しながら、第一王女にお伺いを入れた。身分の差がどう出るかがわからないからだ。
だが、彼女は俺の態度を気にした様子も見せなかった。
「お気になさらず。勇者様方は、この世界を救う為に来ていただいたのですから。これからの事に付いて、イグナティウス枢機卿から説明があります」
「はい。姫様。…勇者様方には、こちらに手を触れていただきたいのです」
王女に促された枢機卿が手に持っていた箱の蓋を開けると、そこには手のひらくらいの大きさの水晶玉が納められていた。
「この『鑑定の水晶』で、皆さまの素質を確認させていただきます」
「あー、はいはい。そういうヤツか!」
神崎くんが嬉々として水晶に触れようとするが、その前にいきなり天童が立ち塞がった。
「俺からやろう。…何かあったら危険だからな」
「あー、はいはい」
王女に視線を一瞬だけ送りながら、天童が一歩前へと出た。
無表情を装っているが、おそらく彼女にいいところを見せたいのだろう。神崎くんも何となくそれを察したようで、素直に引き下がり天童に先番を譲っていた。
「それでは、お手を」
「ああ」
天童が水晶に手を触れた瞬間――あたりに金色の光が溢れた。その光はとても眩しくて、目を開けて居られない程だった。俺が思わず目を瞑ると、枢機卿の興奮した声が聞こえてくる。
「おぉ…この色は!?」
「まさしく…勇者の証!」
第一王女も驚きの声を上げていた。勇者の証とは、この金色の光の事だろうか、と疑問が浮かぶ。だが、目を瞑っている今の俺には確かめようがなかった。
(…次は直視するのは辞めよう)
視界を奪われてしまえば、何をされてもわからない。なので、そう密かに反省する。
すぐに光が収まったので目を開けると、水晶の真上に天童の『ステータス』が浮かび上がっていた。
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レイジ・テンドウ
22歳 男性
ジョブ:勇者
レベル:1
力:280
技:250
速:260
体:240
魔:220
抗:230
運:180
スキル
剣技、統率、挑発、威光、斬撃強化、連撃強化、光魔法
称号
『召喚されし勇者』『選ばれし者』
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その表示に思わず目を見張った。
俺ほどではないが、天童のステータスもかなりの数値だ。ということは、やはり異世界から召喚された人間はステータスが高くなるのだろう。この様子だと後の三人もかなり高いはずだ。
ジョブが勇者で、スキルの構成も名前から判断すれば攻撃特化。強気でカリスマ性はある天童らしいと言えば天童らしい。
だが『召喚されし勇者』の天童が、『巻き込まれた』だけの俺よりステータスが低いのは、単純に年齢という人生経験の差なのか、他に何か意味があるのかは分からない。
「やはりテンドウ様が『真の勇者』でおられましたか! 他の方とは違う雰囲気をお持ちでしたから、うすうすはそうではないのかと思っておりました」
「……そうか。やはり隠せるものでは無かったか」
(おいおい…)
もう少し冷静な男だと思っていたが、まさか天童がそんな調子のいい奴だとは思わなかった。
枢機卿のおべっかに満更でもない様子の天童は、ちらちらと王女の方に視線を送っている。だが、彼女は微笑を浮かべたまま、天童を見ているだけだ。
俺はいい機会だと思い、そんな王女に気になっていた事を尋ねた。
「すまないが、ひとつ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「この数値はどれくらい凄いんだ?」
「そうですね。我が国の新兵ならレベル1だと平均して10、といったところでしょうか」
「…それは、凄いな」
「ええ、それ故に最後の手段として、皆様の召喚に踏み切ったのです」
俺の質問に、彼女はとても申し訳なさそうに答えると、そのまま俯いた。
その表情は、本心からそう思っているように感じられ、俺はこれ以上質問するのは憚られた。
(もう少し色々と聞きたかったのだが…)
俺は礼を言って元の位置へと戻ると、その様子を見ていた天童が俺を睨みつけてきたので、思わず苦笑する。だが、天童は軽く舌打ちしただけで、それ以上は何もしてこなかった。
「それで、次はどなたが?」
「はい、はーい。今度こそオレがいくぜ」
枢機卿が俺たちを見回しながらそう促すと、神崎くんが手を挙げながら前に出た。彼が楽しそうに水晶に触れると、そこから今度は銀色の光が溢れる。
「おお! こちらも素晴らしい!!」
空中に浮かんだ神崎くんの『ステータス』を見て、満面の笑みを浮かべる枢機卿。
やはり彼もかなり優秀なようだ。
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ハヤト・カンザキ
24歳 男性
ジョブ:重戦士
レベル:1
力:300
技:180
速:160
体:320
魔:140
抗:260
運:200
スキル
盾技、挑発、鉄壁、リベンジャー、不屈、打撃強化、魔法障壁
称号
『召喚されし勇者』『守護者』
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神崎くんの職業は意外にも盾役のようで、防御特化のスキル構成だった。彼の性格からして、攻撃役だと思っていたが、面倒見のよさからだろうか。
「へー、重騎士ね。なんか渋いな。おっさんみたいだ」
「そうか?」
「敵の前に立ち塞がり、仲間を護る重騎士。まさに守護者の称号に相応しいジョブですね」
「いやー、照れるぜ」
王女が神崎くんを褒めている様子を見て、天童はあからさまに悔しそうな表情をしていた。
(勇者の天童ではなく、神崎くんを最初に褒めたのは…何か意図があるのか。)
王女の表情を見る限り裏があるようには見えない。内心で何を思っているのかはさすがに分からないので、今は気にしない事にする。
「お次はどなたが?」
枢機卿が改めて俺たちを見回すと、ずっと考え込んでいた氷室がふいに顔を上げた。
「…アタシがやるわよ」
彼女は乗り気ではなかったはずだが――二人が王女たちに好印象を与えているのを見て、なにか思うところがあったのだろうか。
「いいのか?」
「…どうせヤらなきゃ帰れないんでしょ。それに――」
意外にも、きちんと俺に返事をしてくれた事に、今度は逆に俺が驚かされた。
そこで言葉を切った氷室は、ちらりと王女を見る。
「サッサと片づけて、有利な立場を作っておきたいだけよ」
「ありがとうございます、ヒムロ様」
「フンっ!」
そんな氷室の態度を前にしても、王女は彼女に対して笑顔で接している。
氷室が水晶に触れると今度はそこから紫色の光が溢れ、その光が収まると前の二人と同じように『ステータス』が浮かびあがっていた。
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キョウカ・ヒムロ
23歳 女性
ジョブ:魔法使い
レベル:1
力:120
技:200
速:180
体:150
魔:320
抗:240
運:220
スキル
火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、魔法制御、詠唱短縮、魔力増幅、魔力回復
称号
『召喚されし勇者』『魔導の才』
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「ヒムロ様は魔法の才に溢れておりますな! 四属性全てをお使いになられるとは!」
「そ、そう? ま、アタシだもの、当然ね」
枢機卿に煽てられて、氷室はとてもご機嫌になっていた。
(…氷室ってこんな性格だったか?)
天童と氷室――二人の様子に、俺はさらなる疑問を抱く。撮影現場の時は、こんなに単純に煽てられるような印象はなかったのだが、それは俺との付き合いが浅かったせいだろうか。
「では、次はサオトメ様、お願いします」
「…はい」
早乙女さんだけは、返事に元気がなかった。その様子を見れば、彼女だけは今の状況に納得してはいないのが分かる。まさしく渋々といった体で水晶に手を伸ばし、その手が水晶に触れると、眩い白い光が溢れた。
「これは、聖騎士の証!!」
「皆様、本当に素晴らしい才をお持ちですね」
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レン・サオトメ
21歳 女性
ジョブ:聖騎士
レベル:1
力:180
技:220
速:210
体:200
魔:260
抗:280
運:240
スキル
剣技、回復魔法、治癒魔法、補助魔法、魔法障壁、浄化、祈り
称号
『召喚されし勇者』『癒しの使徒』
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早乙女さんは聖騎士だった。スキルを見る限りは聖騎士という名前のイメージと違って、サポート役のようだ。まぁ、彼女の性格と合っているのではないだろうか。
俺も含めてだが、やはりステータスにはある程度地球での経験が反映されるらしい。
「最後はクヌギ様、でしたか? お願いします」
「あぁ」
枢機卿が期待を込めた眼で俺を促すのを、王女は黙って見ていた。
確かに、このメンバーの中に一人だけ俺みたいなおっさんが居れば、訝しく思っても仕方ない。
(…どうやら予定より”一人多い”みたいだからな)
俺は前に出て、そっと水晶に手を触れた。
――だが、水晶は灰色にほのかに光るだけで、前の四人とは明らかに反応が違う。
「…これは、一体?」
今までの四人とはあまりに違ったその様子に、枢機卿が困惑の声を上げる。
空中に浮かんだ俺の『ステータス』は―――
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タケシ・クヌギ
42歳 男
ジョブ:芸人
レベル:1
力:20
技:30
速:20
体:20
魔:10
抗:10
運:10
スキル
死んだふり
称号
『斬られ役』
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四人と比べてあまりに低いそのステータスに、一瞬で沈黙が客間を支配する――だが、すぐに氷室の笑い声が響き渡った。
「あはははは! マジウケる! おっさん超ダサくない!? 『芸人』って何よ! それに『死んだふり』って!」
「…ふっ、どうやら『選ばれた』のは俺たち”四人だけ"のようだな。お前は所詮ただの斬られ役! 俺たちのオマケなんだよ」
天童も氷室に便乗して、俺を見下すように嘲笑う。そして優越感に浸った表情で王女を見て、自分たちの優秀さをアピールをしていた。
だが、黙って様子を伺っていた彼女は、俺に近づいてきて「申し訳ありません」と頭を下げる。
その王女の様子に、また天童が俺を睨みつけてきた。
(…そもそも俺は、天童に何故ここまで嫌われているのだろう)
思い返せば、撮影現場で天童に殺陣の指導をした際、彼は明らかに不機嫌そうだった。
『主役の俺が、なんでただの斬られ役のおっさんに指図されなきゃならない?』
そんな態度がありありと見えていた。
(…プライドが高いのは悪くはないんだが)
自分より年上で、しかも”格下”だと思っている俺に教えられるのが我慢できなかったのだろう。
ここまで嫌われている原因は、もしかして、あの時の事なのかもしれない。
(自分が一番じゃないと気が済まないタイプみたいだしな…)
天童について考えていると、やがて王女は頭を上げて、俺を真正面から見据えた。
「どうやら、貴方は勇者様ではないようですね。…何故ここに居るのですか?」
「召喚された時に、この四人と同じ場所にいたからではないかと」
「そういう事もあるのですか…」
俺の答えを聞くと、王女は扇で口元を隠して何やら考えこんでしまう。
だが、そこに枢機卿が割り込んできた。
「勇者でないのなら、貴殿には用はない。速やかにこの場から立ち去っていただきましょうか」
「…待ってください、イグナティウス様。仮にも我らの都合でお呼びした上、返す術もないのに追い出すのは我が国の恥となります。父に相談しますので、彼の身は一旦私に預けてはもらえませんか?」
「…エリザベート様が、そこまで仰るのでしたら」
「皆様、ここから先は世界の命運をかけた話となります。クヌギ様の件を含めて、一度王と相談させてくださいませ」
そう俺たちに告げると、返事も待たずに王女は枢機卿を連れて慌ただしく部屋を去っていった。
すると俺を心配してか、早乙女さんと神崎くんが近寄ってくる。
「『斬られ役』って…お、おっさん、落ち込むなよ?」
「功刀さん…あの、巻き込んでしまったみたいで、すみません」
「いや、気にしないでいい。二人のせいではないからな」
そんな二人とは正反対に、天童と氷室は遠巻きに俺を見ながら、何やら楽しそうに話をしていた。
「あのおっさん、マジで使えないわね。だいたい『死んだふり』って何の役に立つのよ!」
「そうだな。まぁ、巻き込まれただけの一般人だ。せいぜい荷物持ちくらいはしてもらうさ!」
二人の嘲笑が耳に入るが、俺は何も言わずに黙って聞いていた。むしろ――
(……好都合だな)
想定通りの展開になってくれたようだ。
逃走時、無能と思われていた方が警戒されないし、警戒されない方が動きやすい。そもそも、王は魔族の王を倒さなければ地球に帰れないと言っていたが、それが真実とは限らない。
王の冷たい目。
枢機卿の計算高い態度。
そして、敵か味方かわからない王女の態度。
…疑いだしたらキリがないが、どうにも嫌な予感がする。
(…この国は、危険だ)
――俺の”勘”が、そう警鐘を鳴らしていた。




