3-2 おっさん、事情を聞く
「娘さんに症状が現れたのは?」
「私がリベルタに戻ってきてから三日後です」
「それで、心当たりは?」
「それが、特には…」
俺は馬車の中でエンリコに事情を聞いていたが、思い当たる節がないと黙り込んでしまった。うんうん唸っている事から、必死に思い出そうとしているのは分かるので、彼の言葉を待つ。
「医者にも同じことを聞かれたのですが、どうしても思い浮かばないのです」
「今回の仕入れと関係はあると思うか?」
「ない…とも言い切れませんね」
「そういえば、何を仕入れてきたんだ?」
「アルカディアでしか手に入らない香草とかですね。日持ちするものしか持ち帰れませんし」
「当然調べたんだよな?」
「ええ。しかし、病とは何の関係もありませんでした」
「そうか」
間違って何か毒性のあるものを口にしたのかと思ったが、そうでもないようだ。エンリコの商会は、いわばコンビニみたいな店で、幅広く商品を扱っている。特にエンリコ自ら仕入れた各地の特産品を売っているのが強みだとか。何でも、「これはリベルタで流行りそう」とピンとくるらしい。それで危険を犯してまで、自分で仕入れに行っているそうだ。
「娘さんとは話せるか?」
「ええ、大丈夫だと思います」
「頼む」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「礼は解決してからでいいさ」
そして俺たちの乗った馬車は、ヴァレンティ商会に戻ってきた。店に入ってエンリコに娘さんの部屋まで案内してもらう。どうやら三階は家族の居住空間になっているようだ。彼は一番奥の部屋の前まで俺を連れてきて、ドアをノックする。すると、かわいらしい女の子の声が返ってきた。
「だれ?」
「パパだよ。ちょっと病気のことで話がしたくてね」
「うん、いいよ」
ガチャ、と部屋のドアが開くと、そこにはくりくりとした茶色の髪の元気そうな女の子がいた。エンリコの隣に立っている俺を見て、びっくりしたのか目が丸くなる。
「パパ? となりのおじちゃんはだれ?」
「パパの友達で、クヌートさんって言うんだ」
「クヌートだ。よろしくな」
「うん!」
「クヌートさんは、ルカの病気を調べてくれているんだよ」
「そうなの? ありがと!」
ルカはにっこりと笑って、元気よく頭を下げた。
(…辛いな)
こんなに良い娘が原因不明の病で苦しんでいるのは、見ていて何とも言えなくなる。早く原因を解明してあげたいところだが、なんにせよまずは手掛かりがほしい。
「ルカに聞きたい事があるんだが」
「なに?」
「パパが戻ってきてから病気になるまでの間、何か変な事は無かったか?」
「へんなこと?」
「そうだ。普段食べない物を食べたとか、変な人を見たとか」
「うーん……ないとおもう」
「そうか」
「…あ、でもへんなにおいはしたかも」
「変な臭い?」
「うん、でもすぐにしなくなったからきのせいかも」
「他には?」
そこまで話をすると突然、ルカの瞳が一瞬だけ焦点を失った。
だが、すぐに瞳に意思が戻り、ルカは首をこてんと傾けて少しだけ考えてから口を開いた。
「うーん…わかんない」
(…これが、例の症状か)
俺は突然夢遊病のようにぼーっとなってしまうというギルバートに聞いた話を思い出す。実際に目の前で見て、改めて危機感を覚えた。街中の人間がこんな風になってしまう事を考えれば、ギルバートが深刻な事態だと言うのも頷ける。
「そうか。ありがとう」
「ううん。おじちゃんがんばってね!」
「ああ」
部屋を出る俺たちを、ルカは最後に元気よく手を振って見送ってくれた。
エンリコは俺たちが話をしている間ずっと黙っていたが、臭いの話題が出たあたりで何やら考え込んでいたように見えた。
「なぁ、エンリコ?」
「…臭いの件でしょうか?」
「そうだ。知っていたか?」
「いいえ。知りませんでした」
「それにしては何か引っかかっているように見えるが?」
「ルカの話を聞いている時は香草の匂いだと思ったんですよ。ただ…」
「ただ?」
「もしかしたら、違うのかもしれないと思って」
「ああ。俺もそう思う」
「そうですよね…何のものかは分かりませんが」
「それでも、手がかりの一つにはなる。まずは、その変な臭いとやらを探してみるさ」
「お願いします」
どんな臭いだったと聞いても、八歳のルカではあれ以上の説明は難しいだろう。となれば、他にその”臭い”を嗅いだ人間を探すしかない。
「他の患者の話を聞くことは出来るか?」
「それは…私は他の患者を知らないので、ギルド長に医者から話を聞けないか確認します」
「頼む」
「はい。確認が取れ次第、すぐに冒険者ギルドにお伝えしますね」
「分かった」
---
そうしてエンリコが商業ギルドにとんぼ返りをした後、俺は念のために従業員たちにも話を聞いてみたが、変な臭いについて誰も心当たりが無かった。まだそれが原因と決まった訳ではないが、万が一臭いを嗅いでいたら病に罹っていたかもしれない。それだけでもエンリコにとっては良い事だろう。
(変な臭いか…)
俺はエンリコの店を後にすると、あてもなく街を歩き回ってみた。臭いについて気になっていたからだろうか、時々店舗の前に香炉が置いてある事に気が付く。様々な匂いが街中に溢れていて、それはリベルタが異国情緒を感じさせる要因の一つでもあった。
(…待てよ)
ルカは一瞬だけ変な臭いがしたと言っていたが、変なものは何も見ていないと言っていた。つまり香草みたいに明らかに臭いの発生源だと分かるものは無かった筈だ。
(目に見えない…空気か?)
目の前の香炉からは、時々色のついた煙が立ち上っていて、その良い香りが鼻をくすぐってくる。それを見ていた俺は、ふと思った。
(空気…気体……煙?)
本当に変な臭いが原因だとしたら、その発生源を香炉に混ぜたらどうなるのか。それを想像して、俺の全身を寒気が襲った。街中の至るところに置いてある以上、あっという間に住民に広がっていくだろう。そうだとしたら、これは原因不明の病のパンデミックでは無く、もはやテロ行為だ。
(だが、どうする?)
そもそも確証が無い以上、街中の香炉を無くすなんて事は出来ない。今の俺に出来るのは、この病の原因を突き止める事だけなのだが、今のところは他に手がかりが無い。あてもなく探すのには限界があった。
(…一度、ギルドに戻るか)
結構な時間街中を彷徨っていたのだろう、既に空は茜色に染まりかけている。
俺はそう判断すると、ギルドに戻ることにしたのだった。
---
ギルドに帰ってくると、何処かそわそわとしていたレイラが、俺の姿を見た途端に大声を上げる。
「あ、クヌートさん! …良かった」
「何だ?」
「伝言です! 大至急エンリコさんがお会いしたいと」
「…早いな」
「え?」
「いや、何でもない。行ってくる」
「はい! いってらっしゃい」
レイラに元気よく送り出された俺は、急いでヴァレンティ商会に戻った。店員に要件を告げると、すぐに二階の会議室に案内される。中ではエンリコが今か今かと俺を待っていたようで、俺が入った途端に立ち上がった。
「クヌートさん。やりましたよ!」
「そうか」
「はい。医者から患者の情報を聞けるようにと、ギルド長が紹介状を書いてくれました」
「助かる。正直手詰まりだった」
「いえ。逆にギルド長が驚いていましたよ。もう手がかりを見つけたのかって」
「偶々さ」
「またご謙遜を。…こちらです」
事態が一歩前進した事で、肩の荷が降りたのかもしれない。エンリコもまた、以前の調子が戻ってきているようだ。彼が軽口を叩けるようになった事にほっとしながら、俺は手紙を受け取る。そしてエンリコから、ルカを見せた医者の場所を聞いた。
「じゃあ、行ってくる」
「はい。お願いします」
「やってみるさ」
俺はエンリコと別れると足早に一番近い医者の診療所に向かった。まもなく夕暮れを迎える街中はとても賑わっていて、行き交う人の数も多い。もし俺の予想が当たって、こんな場所で臭いによるテロ行為を起こされたら一巻の終わりとなる。
(…懸念であってほしいが)
内心焦りながら人込みを掻き分けていった俺は、ある一軒の小さな診療所に入った。それはエンリコが最初に見せた医者の所だった。
「すまないね。今日はもう診察は終わりなんだよ」
おそらくこの診療所の医者なのだろう、目の前では白衣を着た老婆が申し訳なさそうにしている。
俺はそんな彼女に対して、懐から手紙を出して見せた。
「こちらこそすまない。これを見てくれないか? 急ぎの話なんだ」
「…一体何なんだい?」
手紙を受け取った彼女が封を切って中身を取り出すと、手紙を読み始めた。すぐに読み終わった彼女は、真剣な表情になって手紙を俺に返してくる。
「なるほどね。あの夢見病の調査…」
「夢見病?」
「ああ、誰かがそう呼んだら、いつの間にか定着しちまったのさ」
「なるほど。で、実際どうなんだ?」
「医者たちの間でも噂で持ち切りさ。話によれば『解毒魔法』をかけた奴もいるそうだ」
「…駄目だったか」
「その通り。フェーロ商会が薬を売るようになってから、すっかりあたしたちの手を離れてねぇ。もうあの病の患者は来やしない。まさにお手上げさ」
そう言った彼女は、両手を挙げて苦笑いをしていた。その後、机の引き出しからカルテのようなものを
取り出して、それを調べ始める。
「エンリコさんのところの娘さんはいいだろう…うちで診たのは他には一人だけだね」
そのまま彼女はサラサラとメモ紙に何かを書いて、俺に手渡してくれた。
「ありがとう」
「いいんだよ。病の原因が無くなるのに越したことはないさね」
「本当に助かった」
「無事に解決できることを祈っているよ」
それから彼女に別れを告げた俺は、エンリコから聞いた診療所を次々と回っていった。中には「こんな時間に」と怒鳴られたが、ギルバートの手紙を読むと態度が一変して協力的になった。そうして、彼に聞いた診療所を全て回り終えた頃には、もうすっかりと日が暮れていた。
(…遅くなったな)
街中では至るところで夕飯の良い匂いが漂っている。さすがにこの時間に一般家庭にお邪魔するのは気が引けた。患者の話を聞くのはまた明日にしようと決めた俺が、宿に帰ろうとして――
「…おや、またお会いしましたね?」
背後から声をかけられた俺が振り向くと、そこには商業ギルドで会ったマッシモが居た。




