3-1 おっさん、再会する
「お久しぶりですね! お噂は聞いていますよ!」
「何のだ?」
「もちろん一週間で飛び級をした、中年新人冒険者の話しですよ!」
「またそれか…」
俺は久しぶりにヴァレンティ商会に顔を出して、エンリコと会っていた。
Dランクに昇級してから一週間が経ち、その間にルーカスたちも昇級審査を受けられるようになっていて、彼らは今日『暗き森』へと赴いている。どうやら久しぶりの飛び級だったらしく、俺の噂が街に広がり始めていた。困ったのは、噂を聞きつけたロザまでが揶揄ってきたことだった。
そう、リベルタについて二週間ほど経ったが、俺はまだ「運河の旋律」亭を定宿としていたのだ。多少手狭ではあるが、[空蝉]で『収納』が出来るようになったおかげで、荷物の置場には困らない。居心地が良く、食事も旨くてさらに安い宿を出る必要がなかったからだ。
「それで…依頼は何だ?」
「はい。まずは会っていただきたい人間がいるのですが…」
「それは依頼に関わることなのか?」
「もちろんです。ただ、ここには居ないので、こちらから出向く事になります」
「構わないさ」
「ありがとうございます! それでは馬車を用意してありますのでついてきて下さい」
「わかった」
エンリコが席を立って歩き出したので、俺も席を立って彼に続く。Dランクになって変わった一つが、指名依頼が来るようになった事だ。今回、俺がエンリコに会いにきたのは、彼が俺を指名してきたからだった。たまたま、受付に居た時に彼が俺を探しにギルドにやってきて発見されたのが昨日の話。それで、日を改めて今日こうして会っているという訳だ。
「こちらになります!」
「…この前の馬車とは違うな」
「あれは、長旅用に頑丈さだけを追求した物ですから」
「なるほど…お偉いさんと会う訳か」
「お察しの通りです」
エンリコが用意した馬車はこの前のものより一回り小さかったが、上質な布を使っていて商会の紋章も大きく描かれている豪華なものだった。彼は御者に何やら合図すると、馬車の中に乗り込んでいったので俺も中に入る。
馬車の中も、前回とは違って座席にはクッションが置かれ衝撃を抑える工夫がされており、明らかに接待用のものだった。俺が座席に座ると同時に、馬車はゆっくりと走り出す。
(意外と快適だな)
街中なのでそんなに速度も出せない上に、道も整っているからだろう。前回乗った時とは比べ物にならないほど、座り心地が良い。
俺たちは目的地に着くまで他愛もない会話をしていた。特にエンリコは俺の冒険者生活が気になるようだったので、俺は話せる範囲で幾つか話してやると、彼は目を輝かせていた。
「さすがクヌートさん! 私の目に狂いはなかった!」
「大袈裟だな」
「そんなことありませんよ! この目で商売しているんですから!」
俺の何処がそんなに気に入ったのかは分からないが、エンリコはずっと俺を高く評価している。当然名前が違う事にも気が付いているはずなのに、それも指摘しても来ない。冒険者として有難い事ではあるが、その信頼が少しこそばゆかった。
「さぁ、着きましたよ」
「ここは…」
「そうです! 商業ギルドの本部ですよ」
馬車が止まって表に出ると、目の前には一際豪華な宮殿のような建物がある。大理石のように磨かれた石で造られている三階建ての建物が、商業ギルドの本部だった。
「随分と豪華だな」
「なにぶん交易都市なので、多少は見栄を張らないと舐められますから」
「なるほどな」
商人は無駄金を嫌がると思っていたが、世界中から商人が集まるリベルタという性質上、見た目としても権威が必要なのだろう。かなりの金額を注ぎ込んでいるに違いなかった。
(必要経費みたいなものか)
「さて、中に入りますよ」
「もしかして、これから会うのは…」
「ええ。商業ギルドの会長です」
「やはりか…こんな格好で大丈夫か?」
「大丈夫です! 問題ありません」
お偉いさんに会うとは聞いていなかったので、俺はいつもの服装で来ている。最もそんな服を求められても、当然手元にはない。
「そもそも、あの人のご希望ですから」
「俺と会うのが?」
「ええ。噂を聞いたのと、私もクヌートさんのことを話したので」
「そうなのか?」
「はい。リベルタに戻ってすぐに」
「…あの時か」
そういえば、ヴァレンティ商会に最初に入った時に、店員がそんなような事を言っていた。つまり、あの後エンリコはギルドマスターと話をしたという事だろう。
そんな会話をしながら商業ギルドの中を進んでいった。あらかじめ話が通っていたのか、エンリコは受付もせずにずんずん中へと歩いていく。二階の、これまた一際豪華な扉の部屋の前で彼は足を止めると、彼はすぐさまノックをした。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋の奥の執務机には、恰幅のいい男が座っていた。見るからに上等な布地の服を身に纏い、指には大きな宝石の指輪がはめられている。まるでサンタのような立派な髭が特徴の男だった。
「よく来てくれた」
「ギルド長、こちらがクヌートさんです。…クヌートさん、こちらが商業ギルドのマスター、ギルバートです」
「クヌートです」
「商業ギルドの会長のギルバートだ。…まずはあちらへ」
エンリコが手際よくお互いの紹介をしたので、俺は軽く会釈をする。ギルバートは軽く頷くと、立ち上がって目の前のソファーに手を差し出したので、俺たちはソファーに腰かけた。
「わざわざ来てもらってすまない。本来ならこちらから出向くのが筋なのだが、あいにく時間が無くてな」
「立場上お忙しいでしょうし、それは構いませんよ」
「…なるほど。エンリコが気に入る訳だ」
「そうでしょう? ギルド長」
ギルバートがエンリコを見てニヤリと笑うが、エンリコはエンリコで得意気に胸を張っていた。何の事か分からない俺は、首を傾げてしまう。
「いや、すまない。面白い冒険者がいると聞いてな」
「面白いだけじゃなくて、優秀ですよ?」
「分かってる、分かってる」
詳しく聞いてみると、普通の冒険者は俺のような丁寧な言葉は使わないし、相手によって対応を変えたりする者も少ないらしい。それは例え相手が貴族であってだ。そもそも一般市民はそんな事は知らないので、俺を見て面白いと思ったという事だ。
(しまったな)
完全に、今までの芸能生活が裏目に出ている。初めて会う人間に対して敬語を使うのは、もはや癖になっている。冒険者としてやっていくのなら、これからは意識して変えていった方がいいのかもしれない。
「ああそうだ、儂にも敬語はいらないぞ」
「…分かった。それで、わざわざ世間話をする為に読んだ訳じゃないよな?」
「勿論だ。本題に入ろう」
「頼む」
相手にそう言われれば、こちらも口調を変えざるを得ない。
俺は話の先を促した。彼は気分を悪くする事もなく説明を始める。
「フェーロ商会を知っているか?」
「…最近急成長をしているという?」
「おお! 情報通でもあるのか」
「この間色々とあってな」
「そうか」
フェーロ商会の事は、あの翌日グイドから聞かされている。オンブラが使っていたあの小型の弓矢は、最近フェーロ商会で売り始めた物らしいと話していた。
「その商会が何か?」
「実は最近、あそこが薬の取り扱いを始めてな。しかも格安で売り始めたのだ」
「…薬が安いのは、市民には良い事なのでは?」
「それはそうだが、一つ問題があってな」
「問題?」
価格協定があるのか、それとも競争に負けて売り上げが下がった同業者が、ギルドに泣きついたのか。理由が幾つか思い浮かぶが、それだと俺を呼ぶ理由が分からない。
「…実は原因不明の病が、この街で流行り始めている。それの特効薬が、この薬なんだ」
「商人だから、先を見越して…という訳ではなさそうだな?」
「ああ」
聞けば、夢遊病のように突然ぼーっとなってしまう症状で、酷い時はふらふらと何処かに歩いていってしまうらしい。どの医者に見せても原因は分からず、患者が少しずつ増えていった時に、いきなりフェーロ商会が薬の販売を始めたという事だった。
「タイミングが良すぎると?」
「そうだ。街中の医者が知らない病の特効薬を何故用意できる?」
「偶々知っていた…のもおかしいと」
「ああ。だから、君にその調査をお願いしたい」
(…きな臭いな)
エンリコも事情を知っていたのだろう。さっきまでとは打って変わって、真剣な表情で俺とギルバートの話を黙って聞いていた。その表情には、何処か焦りのようなものも感じる。
「エンリコ、何かあったのか?」
「……クヌートさんには、隠し事は出来ませんね」
「…言ってなかったのか?」
「私情を挟む訳にはいきませんので」
エンリコが言いにくそうに”私情”を話してくれたが、彼の八歳の娘であるルカがこの病に罹ってしまったそうだ。しかも、どうやらこの街で最初にこの原因不明の病の患者になったのが、ルカだったらしい。エンリコは知り合いの伝手を頼って街中の医者を当たってみたが、結果は今聞いた通りだ。
「水臭いな…」
「…すみません」
俺が思わずそう呟くと、彼は申し訳なさそうに俯いてしまったので、その肩を叩いてギルバートの方を向く。
「分かった。この依頼、引き受けようう」
「やってくれるか!」
ギルバートが嬉々として立ち上がり、俺の手を握ってきた。だが、その表情がすぐに真剣なものに変わる。
「本当に助かる」
「…かなり深刻なんですか?」
「ああ。患者はもう三十人を越えて、さらに増えるスピードが上がっている」
「街中に広がるのも時間の問題だと?」
「そうだ。それにフェーロ商会の薬がいつまで供給されるかも分からん」
「…薬が手に入らなくなればパニックが起きるか」
「ああ。暴動が起きてもおかしくはない」
「…そこまでか」
「だから、急いでいるんだ」
「…分かった」
「頼む」
俺は、まもなく次の面会者が来るというギルバートに挨拶をして、会長室を後にした。
エンリコと一階に向かって歩いていると、そこで一人の男と出会った。
「これはこれは、エンリコさんじゃありませんか!?」
「…どうも、マッシモさん」
「嫌だなぁ、昔みたいに呼び捨てで呼んでくださいよ?」
「なら、私の事もそう呼んでいただけませんか?」
「いやいや、天下のヴァレンティ商会の会長に、そんな恐れ多い事を!」
「…では、私もこのままで」
「そうですか…では、用事に遅れてしまいますので失礼しますね、エンリコさん」
「はい。マッシモさん」
マッシモと呼ばれた男は、中肉中背で身長は俺より少し高いくらいか。黒髪をオールバックにしていて、口元にはちょび髭が生えていた。ギルバートに負けないくらい宝石を身に着けているが、彼とは違って成金趣味に見えて印象は悪い。会話の内容からするに、エンリコとの仲も良くは無さそうだ。
「ああ、そうだ? エンリコさん?」
「はい?」
「娘さん…早く元気になるといいですね?」
「…ありがとうございます」
マッシモは愉悦に満ちた顔で俺たちとすれ違う途中、そう言い残すと通路の奥へと消えていった。
エンリコは俯いて、拳をギュッと握りしめている。
「…大丈夫か?」
「…はい。戻りましょう」
「ああ」
帰りの馬車でエンリコから詳しい話を聞く事になっていた俺は、商業ギルドから出てすぐに馬車に乗り込んだ。




