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閑話 それぞれの思惑

(あの人、何かがおかしい…)


 冒険者ギルドの受付嬢であるレイラ・フォックスは悩んでいた。その内容は最近冒険者登録をした中年の新人クヌートのことだ。


(あの年齢だから落ち着いているのはわかる。だけど…)


 異様なまでに手際よく依頼を終わらせていく。時には二つ三つと依頼を掛け持ちしていくその姿は、どう考えても”新人”には見えない。故郷を追い出されたと聞いているが、あんな優秀な人間をただでさえ人手不足な辺境の地が見逃すだろうか。


(彼ほど優秀な人間なら、取り合いになってもおかしくないはず)


 ならば、故郷を逃げる必要があったに違いないと彼女は思いついた。優秀で、どんなトラブルでも解決できそうな彼にも手に余るような問題とは何だろうと考える。そこでふとレイラが思いつく。


(女性問題?…あのクヌートさんが?)


 自慢ではないが、若い冒険者に仕事の合間に口説かれた事は何度もある。だが、クヌートだけは自分だけではなく、どの女性職員も分け隔てなく公平に丁寧に接してくれているし、色目も使ってきた事はない。そんな彼が、女性とトラブルを起こすだろうか?


(取り合い……まさか女性同士で?)


 一瞬、あり得ると思ったレイラだったが、すぐに首を横に振ってその考えを否定した。確かに彼の子供なら優秀だろうと思うし、辺境の偉い女性なら取り合いになってもおかしくはない。たが、彼ならそうなる前にのらりくらりと逃げられそうだとレイラは思う。


(それとも、一方的に追いかけられて…)


 優しい彼の事だ。きっと女性には厳しい態度を取れないだろう。それに困り果てて逃げ出したというのは、あり得るかもしれないとレイラは思った。


「レイラ先輩?」

「何? ジャネット?」

「これ、確認お願いします」

「はーい!」


 同僚の受付嬢に呼ばれたレイラは書類を受け取って内容を確認する。それはとある冒険者の査定書だった。ギルドの記録と照らし合わせて、書類に問題がないかチェックする。


(書類といえば…クヌートさん、字も綺麗なんだよね)


 冒険者の大半は字が汚くて、冒険者登録の時の書類や依頼の報告書の提出された時など、書類が読みづらいなんて日常茶飯事だ。だが、彼の文字はとても綺麗で文章も整っていて、ずっと書類を書いてきた人間のように読みやすい。まるで専門的な教育を受けていたかのように思えた。


(本当は身分が高いんじゃあ…)


 貴族のご子息なら、教育を受けていたとしても納得が出来る。でも、それなら何であの年齢まで逃げ出さなかったのかと疑問が沸いたが、彼女はすぐに考えを修正する。貴族なんて理不尽なものが何を考えているかなんてレイラには想像もつかないからだ。


(…考えすぎね)


「先輩、どうですか?」

「問題なしね!」

「はい。じゃあ、次の依頼が成功したら」

「昇給審査の提案してもいいかな」

「わかりました!」


 書類のチェックを終えたレイラは、ジャネットに書類を返すと自分の席に戻ると一つ伸びをした。

 ふと彼女の視線の先にある時計が目に入る。

 

(そろそろお昼かな…)


 クヌートのことは一旦忘れて、今日は何を食べようかな、とレイラは考えはじめた。


---


「入っていいぞ」

「失礼します」


 冒険者ギルドの二階にあるロレンツォの執務室にノックの音が響く。

 中に入ってきたのは指導員のグイドだった。


「どうだった?」

「それが、使えない情報ばかりで」

「…だろうな」


 功刀が昇級審査を終えた後、グイドはヴェレーノとオンブラ相手に”指導”をしていた。とは言っても、別に彼の肩書通りに訓練を指導していた訳ではない。”指導員”には、冒険者ギルドの暗部の側面もあるのだ。当然普通に話しを聞くだけではすまない。なまじ余罪があり過ぎた二人だった為、その取り調べも厳しいものになった。


「グレッグまでは辿りつけないか」

「はい。ヴェルディにも届きそうにありません」

「そうか…」

「あと一歩のところまで来ているのですが」


 グレッグとは、ヴェレーノの叔父である副ギルド長の事だ。そしてヴェルディは盗賊ギルドの幹部の一人で、この二人が色々と裏で動いているところまでは掴んでいる。だが証拠がなく、今まではグレッグを糾弾するするまでには至らなかった。

 ロレンツォは、今回の件で芋づる式に話が進むのを期待していたが、そう簡単には事が運びそうにない。彼は思わず苦笑しながら、眉間によった皺を揉む。


「…お疲れですか?」

「お互いにな」

「あの紋章はどうだった?」

「フェーロ商会のものでした」

「あそこか」


 フェーロ商会は元々は小規模な商会だったが、ここ最近急成長してきたのでロレンツォも覚えていた。代表はマッシモ・フェーロという男で、彼が代表になってから商品の質がガラリと変わって、中でも薬品を売り始めてから業績がうなぎ上りになっている。


「その線からも当たれないか?」

「はい。もう一度調べ直してきます」

「頼む」


 静かにグイドが部屋を出ていくと、ロレンツォは棚に入っていた琥珀色の酒を取り出して、グラスに注ぐと一気に仰いだ。


(…必ず尻尾を掴んでやる)


---


 グイドはギルドマスターの部屋を出て、地下の尋問室に向かっていた。そこにヴェレーノとオンブラが軟禁されているからだ。だが、階段を降りる彼の頭には、別の人物が思い浮かんでいた。


(クヌート…面白いやつだ)


 中年の新人冒険者である彼は、初めて会った時から興味が途切れなかった。最初にルーカスから手合わせの話しを聞いた時は勘弁しろと正直思っていたが、あの手合わせが始める瞬間――クヌートの目が一瞬だけ鋭くなったのを、グイドは見逃さなかった。


(あれは、戦い慣れてるヤツの眼だ)


 ただの新人に出せるものじゃなかったとグイドは思う。そもそもルーカスの実力は決して低い訳ではなく、Eランクの中では上位の方で間もなくDランクへの昇級審査をさせてもいいというのが、ギルドでの評価だ。


(それを一発で超えていくか)


 あの手合わせの時の最後の”不自然な”動きに、グレッグを相手にしてのあの立ち回り、更にはホブゴブリンを独りで倒せる実力。とてもではないがただの新人であるはずがなく、ヴェレーノたち三下では相手にならない。


(…ギルドの害にならなければ、それでいい)


 脛に傷のある人物なんで腐るほどいるが、清濁併せ呑んでいなければ、この世界では生きていけない。それに優秀な人材を手放す必要はないとグイドは思っている。クヌートが何処まで行くのか期待をしながら、彼は地下へと消えていった。 


---


「はああっ!!」

「グギャ!!」


 ルーカスが上段から振り下ろした剣がゴブリンの脳天を割ると、そのまま踏ん反り返って魔物は地に倒れた。

 彼の横では、ブルーノが二匹のゴブリンを足止めしている。そのゴブリンに向かって背後から矢が刺さった。


「よし!」

「こっちも! 早く!」

「…行くわ。

『炎の精霊よ 灼熱を司る者よ 我が敵を焼き尽くせ!』

 炎の矢(ファイア・ボルト)!」

「ギャア!」

 

 ブルーノが盾でもう一匹のゴブリンを押し返すと、今度は炎の矢がその背中を焼く。ゴブリンの背後に回り込んだマルコとジュリアが遠距離攻撃をそれぞれ仕掛けていたのだ。


「『光の精霊よ 命を繋ぐ者よ 彼の者の傷を癒し給え』

 癒し(ヒール)

「ありがとう!」

「どういたしまして」


 二匹のゴブリンを足止めしていたブルーノの傷を、ルーチェが初級の回復魔法で癒していく。彼らはグイドの言うように、それなりには優秀なパーティだった。そして、援護を受けたルーカスとブルーノの二人はゴブリンにとどめを刺していく。


 そう――彼らはクヌートがDランクになった一週間後、『昇級審査が認められ『暗き森』に来ていたのだった。ルーカスは謹慎が明けてから、朝早くギルドにいってグイドの指導を受け始めた。クヌートに負けた事と、そして何より盗賊相手に全滅しそうになった事で、実力不足を痛感したからだった。


(あの人に追いつきたい…)


 ルーカスは、ルーチェからヴェレーノの一件を聞いてクヌートを尊敬するようになっていた。それは他のメンバーも同じで、あのDランクのヴェレーノを一撃で――しかも素手で倒したと聞いた時、もはやクヌートの実力を疑う者は彼らの中には居なかったのだ。


(…クヌートさん)


 むしろ絶体絶命のピンチを助けられたルーチェこそ、その傾向が一番強い。だが同時に、彼女はクヌートに対して疑念も持っていた。


(あの人は何者なの? あれだけの実力者なのに、今まで話題にもならないなんて…)


 光明教会に所属している彼女は、教会から色々な話しを聞く機会が多い。その中では辺境にいる実力者の話題が上がることが多いが、クヌートのような者の噂話は聞いたことがなかった。


(それに…あの時の動き)


 クヌートに逃げろと言われた時、実は彼女は心配になって一度だけ振り返っていたのだ。そこで見た彼の戦う姿は、全ての動きが計算されていたように思える、もはや自分たちとは別次元のものだった。


(実力を隠しているのは間違いない…でも、何のため?)


 そこが、彼女の懸念材料だった。自分の危機を救ってくれた正体不明の実力者、悪い人ではないと思うが、冒険者なのに実力を隠す意味がルーチェには理解できなかったのだ。


「おーい、ルーチェ! 終わったぞ」

「あ、はい。申し訳ありません」

「じゃあ次を探すか」

「そうですね…今日中に終わらせたいです…」

「よし、行くぞ!」


 討伐の証である耳を切り終えて、彼らは次のゴブリンを探しに行く。パーティの場合、昇級するには人数分の目標を倒す必要があるからだ。かと言って一度に十五匹も相手にするのは無謀すぎるので、少ない数で行動しているゴブリンを探し出すしかなかった。


(いけない…切り替えなきゃ)


 ルーチェは一度頭をブンブンと降ると、仲間たちに遅れまいと歩き出した。


---


(…いよいよかぁ)


 早乙女蓮は、与えられた寝室のベッドの上で寝転がっていた。最初は気になって寝付けなかったが、今ではすっかり天蓋がついたベッドにも慣れてしまっている。


(実戦か…)


 明日、いよいよ王宮の外に出て、初めて魔物を退治をすることになっている。魔物とはいえ、命を奪うことに彼女はまだ抵抗があった。


功刀(くぬぎ)さんは、どうだったんだろう)


 自分より随分と先に魔物退治を経験しているはずの功刀、その時の体験が原因で王宮を出たと聞いている彼女だが、それを完全に信じている訳ではなかった。


(やっぱり死んじゃったんじゃ…)


 彼女は、魔物に倒される功刀を想像しては、それを打ち消すような日々を過ごしていた。もしかしたらという想いと、そんなはずはないというと想い、功刀がいなくなってからずっと相反する気持ちで揺れていた。


(話しがしたいな)


 魔物を倒してどう思ったのか、実際に会って話したい。元の世界に帰る為には、魔族を倒さないといけないことは分かっているけど、やっぱり不安だから信頼できる誰かに相談したいと、早乙女蓮は悩んでいた。この王宮にはまだ、彼女が相談できる相手は居なかったのだ。神崎隼人とは功刀のことをよく話しているが、同じ立場の相手に不安をぶつける訳にはいかなかった。


(…そろそろ寝ないと)


 そう割り切ると、彼女はそのまま目を閉じた。この世界にだんだんと馴染んでいく自分自身に、少し不安になりながら早乙女蓮は眠りにつく。


 ――窓から差し込む月の光が、雲に隠れて消えた。 


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