2-9 おっさん、やり返す
「クヌートさん、これは一体?」
「暗き森で、襲われたんだ」
俺の一言で、ギルド内の一瞬空気が凍りついた。
周囲の冒険者が騒然とする中、慌ててレイラが受付から出てくる。
「襲われたって…」
「自分が説明します」
衛兵が俺から聞いた事情を説明すると、その内容に再び空気が凍りついた。
「そんな…」
「わ、私、ギルドマスターを呼んできます!」
レイラが俯き絶句すると、別の受付嬢が慌てて受付の奥へと駆け込んでいく。
だが、二人組は未だに余裕の表情を保っていた。
(…この状況でも、か)
今回は婦女暴行に殺人未遂という犯罪行為に加え、モンスターの扇動というギルド規定違反を重ねている。それなのに、ここまで余裕が持てるとは余程お偉いさんとの繋がりがあるに違いないだろう。
「いくら何でも…」
「さすがのヴェレーノさんも…」
周りの冒険者たちが二人組を見る目も変わってきている。
俺も彼らの意見に賛同したいところだが、残念ながら一筋縄ではいかなそうだ。
「…これはいったいどういう事でしょうか?」
聞き覚えの無い声が響いたので視線を送ると、受付の奥から髭を生やした小男が現れた。
その表情はニヤニヤしていて、どこかで見た事があるような気がする。
(…誰かに似ている?)
疑問が沸くが、思い当たる人物がいなかった。
「…副ギルド長?」
レイラが驚きの声を上げる。確か受付嬢はギルドマスターを呼びにいったはずだが、なぜ違う人物がきたのだろうか。
事情の分からない俺は髭の小男がこちらに歩いてくるのをただ待つしかない。
「レイラくん、何故ヴェレーノくんが縛られているんですかね?」
「どうしてあなたが?」
「冒険者同士のトラブルは、副ギルド長以上が裁定するのが決まりですから」
「…ギルドマスターは?」
「さぁ? 外出中なのではありませんか?」
レイラが副ギルド長を見る目は、どこか冷たいものがあった。彼女の追求を飄々と交わす彼とは仲は良くないのだろう。いや、それどころか――
(…奴か)
どういう関係かは知らないが、副ギルド長が後ろ盾についているのなら、確かに大きな顔も出来るのだろう。それが二人組の態度の理由に違いない。
「ここからは自分が説明させていただきます!」
「いえ、結構です。ざっと彼女に聞きましたから」
「了解です」
「それでは、ヴェレーノくんの言い分も聞かなければなりませんね。君、彼を解放しなさい」
「…わかった」
副ギルド長に促された俺は、二人組の拘束を解いて背負い袋を床においた。そして縛っていた蔦を入れようとすると、そこに待ったがかかった。
「待ちなさい! それは証拠となる可能性がありますので、そこに置いてください」
「何の証拠だ?」
「勿論…君が不当にヴェレーノくんを拘束したという証拠ですよ」
「…そんなっ!!」
髭の小男がニヤニヤしたままで俺を見回していると、話を聞いていたルーチェが驚きの声を上げた。
彼女の表情が二人組を見る納得は、明らかに納得していない。だが、二人組はニヤリと彼女を一瞥してから、副ギルド長に弁明を始めた。
「なあ、副ギルド長! 聞いてくれよ!!」
「そうそう! こいつら酷いんだぜ!!!」
それから二人組が話したのは聞くに堪えない内容で、”先輩”として善意で身の程知らずな審査に挑む俺を見守ってやろうと後をつけていった。そこでたまたま「暗き森」に来ていたルーチェがゴブリン三匹に襲われていたので助けてやったが、それを勘違いした俺に不意打ちされて一方的に殴られる。二人組が気絶する直前に見たのは、自分たちが倒したゴブリン三匹の切り取る俺の姿で、気が付いたら縛られていたが、また暴れられたら困るので大人しく着いてきたそうだ。
(出まかせにも程があるな)
きっとリベルタまで連行されている間に必死にオンブラあたりが考えていたのだろうが、よくそこまでペラペラと嘘をつけるなと逆に感心してしまう。
副ギルド長に主導権を渡したレイラは、ギルド職員としてただ黙って見守っている。
「嘘です! 全くのデタラメです!!」
「では、ルーチェくん? 君が襲われかけたという証拠はあるのかね?」
「それは…」
彼女は二人組に殴られた頬を思わず手を添えて黙ってしまった。
地球と違って防犯カメラもないし、指紋の照合なども出来ない以上、ここでは彼女の証言を認めさせる事は出来そうにない。
そんな悔しそうなルーチェを見て、二人組が笑い出した。
「あるわけねぇよな! おっさんの勘違いだもんな!」
「そうそう! でも俺たちは心が広いから許してやるよ!」
「ああ! その代わり、一晩付き合ってもらうがな!」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる二人組。
それを見た周りの冒険者たちは引いているが、そんな事にも気にもならないようだ。
「それで…君、名前は?」
「クヌートだ」
「ふむ、まぁどうでもいいか。…ヴェレーノくんたちがゴブリンの巣に矢を撃ったという証拠はあるのかね?」
副ギルド長はルーチェから視線を外して、今度は俺の顔を嘗め回すように見てくる――いや、弄んでくる。明らかにその目は、弱者を一方的に甚振って楽しんでいた。
(…いい気になるなよ)
「…ある」
「そうでしょう! ある訳が――」
「ある」
「…は?」
俺の返事を聞いて、副ギルド長が一瞬黙った。
それも見ていた二人組も黙ったが、すぐに騒ぎだす。
「あるわけないだろう!」
「そうだ! デタラメを言うな!」
「…コホン。 では、その証拠とやらを出してください」
我に返った副ギルド長が俺を睨みつけてきた。その表情には「そんなものあるわけがない」と書いているのが丸わかりだ。
「…まずは、これを」
俺は背負い袋から、赤鬼の耳と目に刺さっていた矢を取り出して床に置いた。
「…それはまさか」
それを見たオンブラの表情が一瞬歪んだのが見えるが、俺は構わずに説明を続ける。
「ゴブリンの巣のボスと思われるホブゴブリンの耳と、その目に刺さっていた矢だ。おそらくこれが原因かと」
「…レイラくん」
「はい」
副ギルド長が表情を変えないままレイラに声をかけた。
指示を受けた彼女は素材鑑定の担当者の元にそれらを持っていく。矢に赤鬼の血がついていれば、それを『鑑定』出来るからだ。
「……まだ、それが俺たちのだとは限らねぇじゃねえか」
「そうだ! お前が矢を撃ったんだろ!!」
「確かにそうですね。アレがヴェレーノくんたちが撃った矢だという証拠は?」
二人組はまだ諦めようとせず、副ギルド長に縋り付いている。
そんな奴もどうやら見捨てる気はないらしい。まだまだ強気に俺を問い詰めてきた。
「…俺はオンブラが森でゴブリンの集団から逃げている時に、背中の矢筒を落とすのを見た」
「まさか…」
俺は背負い袋の中に手を入れて『空蝉』を発動させた。中身を矢筒と入れ替えると、そのまま取り出して床に置く。中身を失った背負い袋が床に潰れるのと同時に、小男の顔色が真っ青になり足がガタガタと震え出した。
「そ、それは…」
「これが落ちていた矢筒だ。中にはさっき提出した矢と同じものが入っている」
「…ヴェレーノくん」
副ギルド長が二人組を見る目がみるみるうちに冷たくなっていく。
さすがに不味いと気がついたのか、二人組も途端に落ち着きを無くしていった。
「…それは、違うんだ。ほら!」
「そう! おっさんが巣に突っ込んでいったから、援護しようとして!
「そうそう! 二日酔いだから別人と勘違いしてた」
二人組が言い訳にもならない言い訳すればする程、場の空気が凍りついていく。
副ギルド長は黙ってその様子を見ていたが、やがて小さく首を横に振った。
「なるほど。この件は私が――」
「鑑定結果出ました!」
副ギルド長が何かを言おうとしたのを遮るように、レイラが受付に戻ってきた。
その後ろには、見知らぬ男が立っている。
「この件はオレが預かった」
「げ! マスター!!」
「何故アナタが……」
「居たら都合が悪いのか?」
「…いえ。お任せします」
決して表情を変えないまま、副ギルド長が奥へと去っていくが、その足取りは何処か重く見えた。
ギルドマスターと呼ばれた男は、現役と見間違うほど身体はがっしりとしている。白髪混じりの髪を短く刈り込んでいる彼の顔は傷だらけで、右目には眼帯をしていた。
マスターが二人組を睨みつけると、腰を抜かした奴らは床にへたり込んでしまう。
「グイド!」
「はい」
「連れていけ」
「了解。おい!」
「そんな…」
「…こんなの嘘だ!」
いつの間にか受付前にいたグイドが背後の部下に声をかけると、部下たちはまだ騒ぎ続ける二人組に猿ぐつわをして連行していく。グイドが去る直前に見た表情が、どこか楽しそうだったのが気になった。
「さて、クヌートだったか」
「ええ」
「オレが、リベルタ支部のギルドマスターのロレンツォだ」
「初めましてギルドマスター。新人のクヌートです」
「名前でいい。敬語も要らん」
そういって彼は右手を差し出してくる。グイドの件もあったので、俺は警戒しながら手を差し出して握手を交わすが、特に何も起きない。
(…警戒しすぎか)
だが、ロレンツォは、じっと俺の目を見ていた。
「…事情を聴きたいって顔しているな」
「…ええ」
「いいだろう。お前さんは被害者だからな。イチから説明してやろう」
「助かる」
「ルーチェは?」
「私は…ある程度把握していますから」
「そうか。ならクヌート、ついてこい」
ロレンツォは親指で受付の奥を指したので、俺は頷く。すぐに彼が歩き出したので俺はそのまま後を追っていった。奥に入るとすぐ右側に階段があって、目の前には廊下が伸びている。廊下には部屋が沢山あったが、ロレンツォは一目散に階段を登っていく。二階に着くとそのまま階段を降りて廊下を進み、一番奥の部屋に入っていった。
「ここは?」
「オレの部屋だ」
彼は部屋の中央にあるソファーにドカっと腰を下ろすと、視線で俺にも座るように合図してきたので、向かい側に腰を下ろした。
「さて、何から知りたい?」
「大男は何で見逃されてきたんだ?」
「それは、アイツが副ギルド長の親戚だからというのが一つ」
「コネか」
「ああ。もう一つは、オンブラの親が盗賊ギルドの幹部だからだ――」
どこの世界にも必要悪というのは存在するもので、盗賊ギルドは裏社会がやりすぎないように監視する為に存在するそうだ。歯止めが利かなくなれば、街が犯罪で溢れる事になってしまう。
なので、冒険者ギルドや統治者側もある程度は見て見ぬ振りをするのが、この世界での共通認識のようだ。ちなみに王国の文官からはこういう話は出てきていない。
副ギルド長と盗賊ギルドの幹部にも繋がりがあってて金銭のやりとりなどもあるらしいが、ロレンツォも証拠を掴めていないから、今までは手が出せなかったそうだ。
二人組もその威光のままに、問題を起こしては揉み消してもらい徐々に増長していった。だが今回、俺が初めて証拠を揃えて論破したとの事だ。
「登録時に、犯罪歴がある者は登録出来ないと言われたが?」
「登録時だけだからな。登録後に犯罪を犯してしまっても、その後は普通に裁かれるだけだ」
「なるほどな」
「だから今回、お前さんがあいつらをやり込めてくれた事で、先が見えそうだ」
「そういえば矢筒に何処かの紋章が刻まれていたが?」
「そっちは今、調べてもらっている」
「そうか」
「ほかに聞きたいことはあるか?」
(勇者たち…いや王国か)
勇者召喚の話が、どこまで広がっているのかは分からないし、少なくても俺は市民から聞いたことがない。勇者の話がまだ王国の秘密だとしたら、何故知ってるのかと怪しまれてしまうだろう。
「今回の件ではないが、ルーンベルグの動きがきな臭いって噂を聞いた」
「その件か。たしかに冒険者ギルドの本部にも、出撃要請がきたそうだ」
「ゼノビアとの戦争か?」
「そうだ。邪悪な魔族を滅ぼす為の聖戦だとさ」
「…勝手にやってくれ」
「同意はするが、教会関係者の前では言うなよ」
「わかってるさ」
――コンコンコン
「入っていいぞ」
「失礼します。マスター、これを持ってきました」
「ご苦労。仕事に戻っていいぞ」
「はい! クヌートさん、よかったですね!」
レイラが部屋に入ってきたが、ロレンツォに”何か”を渡すとすぐに退出していった。
彼女から受け取った”何か”を彼は俺に差し出してくる。
「さて、話は以上だ。最後にこれを渡しておく」
「…これは?」
「お前さんの新しいギルドカードだよ」
その手にあるのは、”緑色”のカードだった。
緑色は”D”ランクではなかったかと頭に疑問を浮かべながらも、俺はそれを受けとる。
「俺はEランクの審査を受けていたはずだが?」
「単独でホブゴブリンを倒せるEランクがいるか」
「…」
(目立ちすぎたか…)
思わぬ指摘を受けて、動揺して一瞬言葉を失ってしまう。
そんな俺の様子をロレンツォは何やら楽しげに見ていた。
「あとは、迷惑をかけた詫びと礼ってとこだな」
「…今回の件か?」
「そうだ」
俺にギルドカードを渡すと、彼はさてと、と立ちがって自分の執務机に移動していった。
「さて、もっと話をしてもいいんだが、オレにも仕事があってな」
「わかった。ありがたく受け取っておく」
「ああ。またな」
ロレンツォが書類を広げながら手を挙げたので、俺は礼を言いながら部屋を後にした。




