2-8 おっさん、罠に嵌められる
遠くから人間の怒鳴るような声が聞こえた直後、今度はこちらの方に向かってくる大量の気配を感じた。
(何が起きた?)
状況を確認する為に、俺は飛び上がって、鬱蒼と茂る樹木に身体を突っ込んだ。
枝が折れる音がするが、向こうまでは聞こえないだろう。その証拠に大量の足音が聞こえてくるようになった。
俺が『隠密』のスキルで気配を消して下の様子を探っていると、茂みの向こうから見覚えのある小男の姿が走ってくるのが見えた。
(やはりな)
ヴェレーノの相方の小男だった。その手には小型の弓を持っていて、走る速度はそれなりに早い。少なくとも、ルーカスたちでは追いつけないだろう。
すると突然、小男は進路を変えて茂みの中に入った。だが、背中の矢筒が枝に引っかかってしまい、そのまま紐が千切れる。奴は一瞬足を止めたが、諦めたのか再び茂みの奥へと走っていった。
それからしばらくして、森の奥から大量の小鬼たちが小男を追うように走ってきたが、曲がったを知らない奴らは、獣道を直進していく。
(…手の込んだことを)
小鬼退治の依頼、レイラの忠告、そして今の状況を見れば自ずと答えは見える。
小男が巣にちょっかいをかけて、わざと姿を見せてこちらへ誘導、俺に擦り付けようとでもしたんだろう。俺が殺されれば、小鬼たちが満足して巣に帰っていくとでも判断して。
(さて、どうする?)
この森の中なら、不意打ちをするのは簡単だ。一匹ずつ倒していけば、さほど問題無く全滅させる事は出来るだろう。なにしろ人間の女性を攫って子供を産ませるような相手だ、遠慮は要らない。
だが、小鬼の巣が依頼も無く潰された事が発覚したらどうなるか――間違いなく、俺に疑いの目が集まるだろう。ただでさえルーカスや審査の件で目立ちそうになっているのに、そうなってしまっては、ますますリベルタには居辛くなる。
(なら、放置するか?)
小鬼どもは頭に血が上っている。誰も見つからなければ、そのうち我に返って巣に戻るだろう。そうすれば俺がこれ以上リスクを負う必要はない。ヴェレーノたちがこの罠を仕掛けた証拠はないから、残念ながらギルドに報告することも出来ない以上、今回はこのまま放置する方がいいように思える。
「キャアアアア…」
そう判断した直後、今度は間違いなく人間の女性の悲鳴が遠くから聞こえてきた。
(…何だ!?)
まさか同じ時期に昇級審査を受ける冒険者がいたとでも言うのだろうか――だが俺以外の人間が審査を受けるのだとしたら、俺より早くギルドを出たことになる。しかし、俺が朝一番でギルドに顔を出している以上、そんな人間がいたとは思えない。
(行くしかないか)
俺は悲鳴の聞こえた方角に向かって、木々を飛び移っていった。
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「へっ…もう逃げられないぜ」
「いや……来ないで……」
「前々からお前のこと気になっていたんだよ」
「誰か…助けて……」
「誰も来ねえよ!」
ヴェレーノと小男が、見覚えのある女性を取り囲んで笑い声を上げる。彼女は地面に尻を付いてして、その顔には殴られた後があった。
(確か…ルーチェ?)
ルーカスのパーティの僧侶である彼女が何故かこの森に居るのかは分からないが、この後何が起きるかは分かる。
(ふざけるな)
女性を殴った挙句に暴行しようとするあまりの身勝手さに、怒りが込み上げてくる。
冷静さを失いそうになった俺は、すぐに深呼吸をして一度頭を冷やす。
(一撃で決める)
次の瞬間、俺はヴェレーノに向かって飛び蹴りを叩き込んだ。
「ぐはっ!!」
衝撃で吹っ飛んだヤツは、奥に生えている木の幹に叩きつけられて地面にずり落ちていく。
「てめぇ! 何で生きて…」
小男が最後まで言い切る前に、俺は懐に潜り込んで鳩尾に肘を入れた。
「ば、馬鹿な…」
そのまま崩れ落ちていく小男。ルーチェは一連の流れを見て呆然としている。
「え? あの、クヌートさん?」
「大丈夫か?」
「…ええ。助けてくれてありがとうございました」
「ところで、何故ここに?」
「実は…」
気を取り直した彼女に俺が説明を求めると、謹慎明けの彼女が今朝ギルドに行く時に、偶然ヴェレーノたちが俺に対して、悪態をついているのを聞いてしまったそうだ。そこで俺への嫌がらせを知った彼女は、二人組を尾行する事にした。
ルーカスとの手合わせの件では迷惑をかけたし、俺の実力が気になっていた彼女は、謝罪代わりに二人組の悪企みを確かめる為に、後をつけてきたそうだ。
だが、二人組も気がついていたらしく、森の外でヴェレーノに待ち伏せされていた。仕方なく森の中へと逃げてきたが、今度は小男――オンブラと合流した二人組に追い詰められてしまったらしい。
「…重ねてご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「いや、無事でよかった」
「ありがとうございます」
確かに迂闊だったが、俺を心配した上での行動なので何も言えない。それに、震える足を必死に誤魔化している姿を見れば、彼女も十分反省しているに違いない。
「この二人どうしましょう?」
「…放置していっても良くないか?」
「それはそうなんですけど…」
自分が襲われかかった事を思い出して、再び顔が真っ青になるルーチェ。だが、その性格から見捨てるのも夢見が悪そうだ。面倒だが縛って街まで連れていこうかと思った瞬間、遠くからあの足音が聞こえてくる。
「まずい!」
「え? 何がですか?」
「茂みに隠れろ! 合図をしたらすぐに逃げるんだ」
「え? え?」
「リベルタまで逃げるんだぞ? 返事は!?」
「は、はい!」
俺の剣幕に圧された彼女は慌てて茂みに身体を潜めた。
俺がその前に立って音の主たちが来るのを待っていると、やがて大量の小鬼たちが目の前に現れた。さすがに息は上がっているが、その表情は怒りに染まっている。
(やるしかないか)
俺が剣を抜いて構えると、一際大きな怒鳴り声が小鬼共の奥から聞こえてきた。バキバキという音を立てて茂みの奥から現れたのは、小鬼どもより一回り大きい、赤い肌をした鬼。その左目には、一本の短い矢が刺さっている。
(…怒りのあまり痛みを感じていないのか?)
その鬼が俺を睨みつけると、ゾクっと背筋に冷たいものが走った。
だがそこまで強い重圧ではなかったので、俺は冷静に赤鬼に『看破』をかける。
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ホブゴブリン
危険度:D+
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(上位種ってやつか)
もしかしたら、この群れの首領なのかもしれない。たまたまオンブラの放った矢が目に刺さってしまい、首領を傷つけられたからこそ、ここまで執拗に追いかけてきたのだろうか。
(いや、それよりも…)
あの矢が小男が放った物だと証明出来れば、一連の流れをギルドに報告できるかもしれない。ならば、あの”矢”は回収する必要がある。いつ二人組の意識が戻るか分からない以上、時間はかけていられなかった。
(先手必勝)
赤鬼の号令で一斉に小鬼たちが襲ってくるが、数と勢いに任せたところで俺には通じない。
「行け!」
「はい!!」
背後からガサガサと音がしたので、ルーチェはちゃんと逃げ出したはずだ。二人組の方は死んでいるとでも思っているのか、小鬼は見向きもしない。
(見える)
スローモーションのようにすら感じる小鬼たちの攻撃を避け、あるいは弾き、受け流しながら、返す刀で一刀の元に斬り捨てていく。さながら昔の撮影でやった百人斬りのようだ。
(あの時は斬られる方だったが…)
リハーサルで手付けをする際に、主役の代わりをやった事がある。
次々と襲いかかる相手の攻撃を捌いて、全ての敵を斬り終わった後は代役とはいえ爽快感があった。
(…まだあの時の方が辛かったな)
まだ当時は経験も技術も浅かった。諸々経験した”今”の俺とは比べ物にならない。
最後に赤鬼の首を一撃で斬り放すと、その表情は恐怖で浮かんでいた。たった一人の人間に、自分たちが全滅させられるとは夢にも思わなかったんだろう。
辺りに濃厚な血の匂いが漂う。ニ十匹ちょっとの小鬼の死体が散らばっている状況では仕方ないが、自分のした事とはいえ、さすがにこれでは呼吸をするのも辛い。
「風遁」
風を起こして小鬼たちが現れた方に血の臭いを流すと、呼吸が楽になった。きっと臭いに吊られて、他の魔物が後始末をしてくれるだろう。討伐部位として赤鬼の耳だけを剥ぎ取って矢を回収、他の小鬼の死体は残りは[土遁]で地面に埋めた。
この一件で目立つかもしれないが、群れを全滅させたと発覚するより赤鬼を一匹だけをなんとか倒したという方がまだマシだろう。
幸い二人組は気絶したままだったので、そのまま引き摺って獣道へと戻った。
そこで小男が背中に矢筒を背負っていたのを思い出す。
(…証拠になればいいが)
矢筒を回収して中身を確かめると、赤鬼に刺さっていたものと同じ矢が詰まっていた。矢筒自体には、何かの紋章が描かれている。ギルドに戻れば、この紋章が何か分かるだろう。
一本だけでは拾ったものと言われかねない。矢筒ごと回収したいところだが、両手が塞がっている上に、背負い袋には入りそうも無かった。かと言って、俺が背負っていれば「盗んだ」と言われるのも容易に想像がつく。どうしたものかと悩みながら矢筒に触れようとした時、目の前から矢筒が消えた。
(まさか!?)
俺が慌てて『ステータス』を確認すると、そこには――
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クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:7(7)↑
力:80 (420+60) ↑
技:90 (420+60) ↑
速:90 (420+60) ↑
体:80 (420+60) ↑
魔:70 (420+60) ↑
抗:70 (420+60) ↑
運:70 (420+60) ↑
スキル
剣技、危険感知
(剣術、抜刀術、忍術、投擲術、格闘術、偽装、隠密、看破、危機察知、毒耐性、精神耐性)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵]↑[風遁]↑[空蝉の術]↑
[暗器]:木刀(大)、木刀(小)、酸毒蛇の牙
[空蝉]オンブラの矢筒
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まず、レベルが7に上がっていた。今朝は5のままだったので、赤鬼たちを全滅させたからだろう。そして『忍術』には先程使った[風遁]に加えてもう一つ[空蝉の術]が増えていた。ステータスを見る限り、これが『収納』のかわりなのだろう。だが何故[空蝉]なのかがピンと来なかった。
(もしかして…)
思い浮かんだのは、忍者が丸太と入れ替わるアレだ。確かに若い頃は何処に持っていたんだよと疑問に思っていた事があるが。
(…まぁ、いいか)
何故かを考えていたらキリがないし、そもそもこの世界の”仕様”なんて分かりはしない。この手の話でよくあるのは、元のゲームや小説などの原作があるパターンだが、少なくとも俺は、この世界が出てくる作品を知らない。
俺は二人を引き摺ったまま、森の外へ向かっていった。
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「クヌートさん! 大丈夫でしたか!」
「あぁ、なんとかな」
「…その二人は?」
「森で襲われたんだ。詳しい話はギルドでする」
「話が聞きたいから着いていくぞ?」
「構わない。片方の言い分だけ信じる訳にはいかないだろう?」
「理解してもらい、感謝する」
俺が連れている二人組を見て、南門の衛兵がぎょっとしていた。おそらくこれが誰か分かっているのだろう。二人とも上半身はきつく縛られていて、口には布を巻き付けて猿ぐつわの代わりにしているが、その表情はニヤニヤとしている。
あの後、リベルタまでどう連れていくか悩んでいた俺は、森の中でこんなものを発見した。
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ウォーターカズラ
茎の中に水が溜まっている。その蔓はしなやかで水に強い
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立派な蔓だったので、ロープ替わりに出来ないかと思ったら大成功だった。
二人を縛り上げたところで気が付いた二人はもごもごと何かを言いたそうだったが、俺がギルドに突き出すというと、打って変わってニヤニヤとしながら大人しく着いてきた。おそらく証拠が無いから、すぐに無罪放免になるとでも思っているのだろう。
ルーチェもギルドでは無く、ここで律儀に待っていた。俺の姿を見たとたんに心配そうに走ってきたが、縛られている二人を見て、その表情は歪んでいた。
「ギルドまで馬車を出します…このままでは目立つので」
「…助かる」
俺たちは詰所から馬車に乗せてもらってギルドに戻る途中、これまでの経緯を説明する。
審査の前の件から、小鬼を嗾けた事、そして、ルーチェへの暴行未遂。
あまりに酷い話の内容に、衛兵はしばらく絶句していた。
「…ギルドであちらの言い分も聞かせてもらいますから」
「分かっている」
「…」
それから馬車の中はギルドに到着するまで無言だった。
馬車を降りて、二人を縛ったままギルドの中に入っていくと、予想外の状況に注目が集まる。
「クヌートさん、これは一体?」
「暗き森で、襲われたんだ」
俺の一言で、ギルド内の空気が凍りついた。




