2-7 おっさん、昇級審査を受ける
「クヌートさん、ランクアップの審査を受けてみませんか?」
ギルドに入ると、レイラが笑顔で待ち構えていた。
突然の申し出に、やや戸惑いながらも話しを聞くために受付に向かう。
「…まだ登録して一週間くらいだが、早くないか?」
「それが…クヌートさんの仕事ぶりが、とても評価されているんです」
「そうなのか?」
「はい。仕事が丁寧だと、依頼人から評判なんですよ」
嬉しそうにしながらレイラがカウンターの下から、一枚の書類を取り出した。
「迷子探しのおばあさんや、薬師の方など、何かあったら彼に頼みたいと仰っていました」
「そうか」
「はい。それに、他の方があまり他の方が受けない内容の依頼も積極的に引き受けてくれたので」
「それが評価につながったと?」
「その通りです!」
レイラの説明は、まるで周囲にも聞かせるように丁寧なものだった。
おそらくは、特別扱いではないというアピールも兼ねているのだろう。その証拠に、話を聞いていた若い冒険者たちは、少しバツが悪そうにしていた。
「そういうものか」
「はい! なので遠慮せずに受けてくださいね!」
(…本当にそれだけか?)
ルーカスの件で、レイラとグイドは俺の実力を怪しんでいる節はある。もしかしたら、その辺りも含めての腕試しのような部分もあるのではないかと疑ってしまう。
(…随分と疑り深くなったものだ)
この世界に来てからは、こんな事ばかり考えているような気がして、思わず心の奥で苦笑いをしてしまう。だが、騙し討ちのように連れてこられた以上、やはり警戒するに越したことはなかった。
(早乙女さんたち、大丈夫か…)
王国が動き出しそうという噂もある以上、あまりここで足止めされている訳にはいかない。旅の支度をしつつも、自分の後ろ盾と作るという意味で、ギルドランクを上げるのは都合がいい。
「わかった。審査を受けよう」
「よかった! クヌートさんは慎重だからまだ早いって断られるかもとは思っていたんです」
「慎重なのはいいことだろう?」
「そうですけど…」
レイラが、気まずそうにそっぽを向いてしまったので、俺は話を戻すことにした。
「それで、確か審査料が要るんだったな?」
「はい! 小銀貨二枚になります!」
「…意外と高いな」
「まぁ、これが実質の登録料みたいなものですからね」
「なるほどな」
Fランクの依頼は基本的には、中銅貨数枚のものが多い。中銅貨二百枚分と考えると新人には敷居が高いだろうとは思う。
「その代わり、Dランクの依頼が受ける事が出来ますから!」
「…すぐに元が取れるという訳か」
「お察しの通りです! さすがクヌートさん」
ニコニコと楽しそうに笑うレイラの姿に、周囲にいる若い冒険者たちが見とれているのが分かる。その表情は確かに魅力的だろう。
そんな彼女がこんなおっさんが看板娘とにこやかに話しているのを見て、嫉妬の視線が混ざっているのに気付く。これは話を先に進めた方がいいだろう。
「それで、審査の内容は?」
「はい! ゴブリン退治です!」
小鬼退治とは、またお約束な展開だった。レイラの説明によると、ゴブリンを三匹退治して、討伐部位の耳を持ってくればいいそうだ。耳は左右どちらでもいいらしく、ここから南にある『暗き森』に巣があるそうだ。
「くれぐれも、巣には近づいてはダメですよ? 一匹みたら三十匹はいると思ってください!」
「…黒い悪魔か」
「え?」
「いや、何でもない」
思わず突っ込んでしまうが、当然通じなかった。
幸いまだ見た事はないが、この世界にも似た存在はいるらしい。
「ゴブリン三匹だな。了解した」
「はい。くれぐれも気を付けてくださいね」
「わかってる」
「期限は三日です! ご武運を」
俺は審査料を払い、手を振るレイラに背を向けた。
そしてギルドから出ようとしたその時――
「おいおい、ちょっと待てよ!」
俺が振り返ると、そこに居たのは名前は憶えていないが、以前絡んできたスキンヘッドの大男だった。
「なぁ、おっさん。どんな手を使ったんだ?」
「何が?」
「とぼけるなよ。レイラちゃんに取り入って、審査を早めてもらったんだろ?」
「そんな事は無いぞ」
取り付く島もない俺の態度に業を煮やした大男は、大声を張り上げた。
「なぁ、レイラちゃん! ギルドはこんなおっさんを贔屓するのかよ!」
「いったい何のことですか?」
「だから! おっさんがもう審査だなんて早すぎだろ?」
「それは、依頼人の評価が高いからです!」
「なんだ? レイラちゃん、まさかあんなのがタイプなのか!」
「ヴェレーノさん! 言いがかりはやめてください!」
「はっ! どうだか!!」
大男は嘲笑しながらレイラにそう言い捨てると、今度は俺を睨みながら不機嫌そうに近づいてくる。
「おっさんも調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
「そんなつもりは無いが」
「身の程を弁えろって言ってんだよ!」
俺を見下して怒鳴り散らしているが、特に何の圧も感じない。この男よりも怒った師匠のほうが余程怖かった。俺が黙ってその視線を真正面から受け止めていると、イライラした大男が俺の胸元を掴もうと手を伸ばしてきた。
「てめぇ! 舐めてるんじゃねぇよ!」
胸ぐらを掴まれそうになった俺は、咄嗟にその腕を両手で取って、後ろに回り込んで肘の関節を固めて床に転がした。合気道でいう四方投げだ。
「すまない、殴られると思ったのでな」
「な、な…」
自分が難なく床に転がされたのに、驚きのあまり怒りを通り越して言葉を失う大男。
俺はそこから視線は外さずに受付にいるレイラに声をかける。
「これは、ペナルティになるか?」
「いえ、先に手を出したのはヴェレーノさんですから」
「そうか」
「ケガもしてないようですし、正当防衛です」
そう判断を下したレイラは、隣に居る別の受付嬢に何やら小声を話しかけた。
彼女は頷いて受付の奥に走っていく。
すると、この一連を見ていた冒険者たちが何やら騒がしいことに気が付いた。
「あのおっさん、ヴェレーノさんを…」
「…完全に目を付けられるな」
その視線はどちらかといえば、好意というより恐れの方が強く感じた。その周りの様子に、俺は最初に絡まれた時の事を思い出した。
(グイドが言っていた”事情”とやらか…)
これで大男――ヴェレーノとやらには、何やら後ろ盾がいるという事が確定した。しかも、ギルド職員にも逆らう事が出来るほどの”何か”を持っている人物が。
(…厄介だな)
場合によっては、早めにリベルタを出発した方がいいのかもしれない。この様子だと、確実に”何か”に巻き込まれそうだ。
「またか、ヴェレーノ!」
そうこうしているうちに、グイドが受付に駆け込んできた。その後を先程の受付嬢が息を切らせて走ってくる。グイドを見ると、大男はいそいそと立ち上って両手を挙げた。
「違う! このおっさんがいきなり投げ飛ばしてきたんだ!」
「嘘を言っても意味がないぞ。事情は知っている」
「…ちっ!」
「仮にそうだとしたら、お前はFランクに一方的にやられたと自ら認める事になるが?」
「それは…そ、そうだ! おっさんが審査を受けるっていうから先輩として試してやったのさ!」
見下している俺にやられた事を周知の事実にしたくないのだろう。必死に笑顔を作ろうとしているが、その口元は怒りで震えている。
「そうか。ならもういいな? …クヌート、行っていいぞ」
「…あぁ」
苦しい言い訳ではあるが、グイドは場を収める為にそれに乗る事にしたようなので、同意見だった俺は後を任せることにした。
「ヴェレーノ、次はないぞ?」
「…はっ。アンタにできるのかよ?」
そんな声を背後に聞きながら、俺はギルドから出た。
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南門から外に出て、俺は早速『暗き森』に向かう。出発前に思わぬアクシデントがあった事もあり、俺は心を落ち着ける為に、ゆっくりと歩いていた。
風が草原を吹き抜けて、周囲に青々とした草の匂いが漂う。だが、そんな爽やかな空気の中に、余計なものが混ざっているのを感じた。
(…つけられてるな)
振り返っても誰も見えないが、街を出た時からずっと一定距離を保ってついてきているのが分かる。こんなことをする相手で思い当たるのはそれほど多くはない。
(グイド…いや、違うな)
ギルド職員なら、普通に初審査の為とか言って同行すればいいだけだ。さすがに尾行が発覚すれば、大問題になるだろう。だとしたら――
(まぁ、十中八九そうだろうな)
あの二人組――ヴェレーノとその相方といったところだろう。もしかしたら、手下も連れて来ているのかもしれない。
(森で襲うつもりか?)
街中では誰かに見つかる恐れがあるが、森の中なら目撃者はいない。審査中に魔物に殺されたことにすれば、彼らがやったという証拠は残らない。
(まずは様子を見るか…)
俺は心の中で警戒度をひとつ上げると、今のままの速度でゆっくりと「暗き森」へと歩いていく。
一時間ほど歩いた頃、ようやく前方に鬱蒼とした森が見えてきた。今まで見てきたどの森よりも木々の葉は生い茂っているように思える。
(…なるほどな)
あれなら森の中は日光が届きにくいだろう。それが「暗き森」の名前の由来に違いないと思いつつ、暗くて生い茂っているという事は視界が悪いのではと予測出来る。つまり不意打ちにはもってこいの状況だった。
(さて、どう仕掛けてくる?)
”追手”の気配はまだあった。ゴブリンに加えて、人間の相手もする事になりそうで、俺は半ばうんざりしながら森へと向かって歩く。
それから三十分ほどして、ようやく森の入り口へと辿り着いた。
獣道のように踏み分けられた地面のまわりには、樹木がびっしりと生えていて動きにくそうだ。
(…本当にここでいいのか?)
レイラたちが嘘をつく理由はないが、一般的なFランクの冒険者には、この中で戦うのは厳しいような気がした。
(入ってみれば分かるか)
俺はスキルで気配を探りながら、森の中へと足を踏み入れる。獣道を奥へと進んでいくと、少し開けた場所がところどころにある事に気が付いた。
(…そういう事か)
おそらく人も魔物も、ああいう開けた場所で獲物を狙うのだろう。わざわざ狭い場所で襲う必要はないという事だ。それなら新人にも警戒する場所が分かりやすいし、そもそも新人は単独行動はしないだろう。パーティを組んでいれば役割分担が出来るから、俺のように全てを自分でやる必要はない。それぞれが注意しておけば、狭い場所での不意打ちにも対処できそうだ。
(まぁ、言っても仕方ないが)
事情が事情だけに、俺はパーティを組むつもりはなかった。その分、負荷がかかるのは仕方ないと割り切っている。
しばらく歩き進めて、そんな開けた場所に差し掛かろうとしたその時――
(来る)
背後から何かの気配を感じた俺は、焦る事なく木の上に飛び上がった。すると今までいた場所に、茂みの中から小剣が突き出されていた。
(残念だったな)
俺は飛び降りて、茂みの中から伸びたままの腕を斬り落とすと、そのまま構わず草木ごと薙ぎ払う。
「ギャッ!!」
草木が宙に舞うと、断末魔の悲鳴を上がり、緑色の肌をした小鬼の胸から鮮血が迸った。
俺は後ろに飛び退いて返り血を避けると、そのまま剣を構えて残心をとりながら新手の気配を探る。
ドサッ! と音を立てて小鬼が地面に倒れたが、新手の気配はしないので死体から右耳を剥ぎ取った。
(…一匹だけか)
小鬼たちにどこまで知能があるのか不明だが、他に気配は無かったので斥候という訳でもなさそうだ。
俺はそのまま森の探索を続けていく。『看破』を使っているのだが、何故かこの森では薬草の類は見つからなかった。
(うす暗いからか?)
確かに日光が当たらないのは、草木の生育には良くないだろう。代わりに、この森でしか育たない植物とかもありそうだ。だが、小鬼の他に二人組まで相手にしなければならない今、それを探している余裕はないだろう。
その後すぐに小鬼が二匹居るのを発見した俺は、不意打ちで背後から斬り捨てて耳を回収した。
そして、街に戻ろうと元の道を引き返そうとしたその時、急に遠くから人間の怒鳴るような声が聞こえてきた。




