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2-5 おっさん、救助に向かう

「お願いだ! 誰か助けてくれ!!!」 


 ルーカスの仲間の弓使い――確か、マルコといったか。彼が受付の前に座り込んで叫んでいた。その表情は汗と涙に塗れている。


「マルコさん、落ち着いてください」

「落ち着いていられるか! 頼む! 何でもするから!!」

「ですから、規則は――」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


 だが、まだ早い時間だからなのか、周囲には冒険者の姿は見えない。彼の訴えに受付嬢たちも困っているようだった。


「何かあったのか?」

「クヌートさん!? どうしたんですか? …まさかダメでしたか?」

「いや、仕事が終わったから帰ってきたんだが」

「えぇ!! もうですか!?」


 受付にいたレイラに報告をすると、彼女は驚きの声を上げる。

 理由を聞くと、ホーンラビットといえど普通は五匹見つけるのには、もっと時間がかかるそうだ。


(『危機察知』が有用すぎるな)


「たまたまだ。山で狩りをしていたからな」

「そうなんですね!」


 俺がそう誤魔化すと、レイラは笑顔になって頷いている――どうやら納得してくれたらしい。

 隣では、ルーカスの仲間が別の受付嬢に食い下がっていた。


「…ところで、何があった?」

「それが、ルーカスさんが――」


 レイラの説明によると、ルーカスたちは北の森にジャイアントワスプの蜜を採取しに行っていた。Dランクの依頼だが、彼らのパーティでも何とかこなせる範囲だったらしい。だが、そこでたまたま盗賊を発見してしまったそうだ。


(盗賊か…)


 俺の頭にエンリコを襲った奴らの事が思い浮かんだ。北の森といえば、俺たちが王国から向かってきた時のルートと近い。もしかしたら何か関係があるのかもしれない。


「それで?」

「はい。本来ならば、発見した時点ですぐに戻ってくるべきでした」

「だが、追跡したと」

「…はい」


 レイラが申し訳なさそうに俯くと、俺に気づいたマルコが睨みつけてきた。


「おっさんのせいだ!」

「それは…」

「ルーカスが昨日アンタに負けたせいで、功を焦ったんだよ!」

「あれはルーカスさんが言い出したんですよ?」


 マルコの眼には怒りと後悔が滲んでいて、そんな彼をレイラが窘めている。


(…俺のせいか)


 俺の胸に、苦々しいものが溢れてきた。


「あいつ、プライドが高いから…あんたに負けたのが悔しかったんだ」

「それで、盗賊のアジトを突き止めて、成果を出して見返してやろうと?」

「ああ。俺たちは止めたんだ。…でも、あいつは聞かなかった」


 マルコは拳を握りしめていた。その声は震えている。


「俺が…もっと強く止めていれば…」

「それで、どうなった?」

「逆に見つかった。それで…逃げ出したけど仲間を呼ばれて、逆に追い詰められて…」

「それから?」

「ルーカスが、助けを呼んで来いって…俺だけ逃げてきたんだ」


 それだけ言うとマルコは俯いた。

 自責の念でいっぱいなその姿は正直見ていられなった。


(…どうする?)


 勘違いで絡んできたのは向こうだし、それで仲間を危険に晒すのは流石に話が違うだろう。

 だが、昨日俺に負けたせいでと言われてしまえば、責任を感じざるをえない。それに、無茶をするのは若者の特権だが、それは命あってのものだ。


「それで、救助はどうするんだ?」

「それが…救助に行けそうな人がギルドに今いなくて」

「…なるほどな」


 それで、レイラたち受付嬢も困っているという訳だ。


「…それに厳しい話ですが、自らの実力を弁えない者は、冒険者として失格です」

「今回の件は、自業自得って事か」

「はい。我々ギルド職員にも戦える者はいますが、今回のような件では動けません。彼らが自ら救助依頼を出して、それを受ける冒険者がいない事には話が進まないのです」

「リベルタの自警団には?」

「もちろん報告済ですが、あくまで自衛の為の団体なので…」

「動かないかもしれないと」

「…はい」


 レイラが唇を噛んで俯いた。その表情からは、出来るなら助けたいという葛藤が伝わってくる。


「過去に似たようなことがありました」


 マルコの対応をしていた受付嬢が、泣きそうな顔で話し始めた。


「ギルド職員三名が救助に向かった結果、そのうち二人が亡くなりました」

「…そうか」

「それ以来、規則が厳格になりました。でないと…」

「無茶をする冒険者が増える、か」

「…はい」


 そう言って俯いた彼女の目には、涙が浮かんでいた。

 そんな彼女に向かって、マルコが食ってかかった。


「なんでだよ! なんでダメなんだよ!」

「…規則は規則ですから」

「あいつら、死ぬかもしれないんだぞ!」

「ですから、無茶はしないでと何度も言ってたじゃないですか」


 本来なら彼女たちも助けてはやりたいのだろう。だが過去の事件がある以上、規則は守らなければならない。そんなギルド側の事情は理解できる。だが――


(…若い命を散らすのもな) 


 自業自得と見捨てる事は出来るが、それは目覚めが悪かった。全てが救えるなんて烏滸がましい事は思っていないが、盗賊相手なら”全力”でいけば出し抜く事くらいは出来るだろう。


「参考までに聞いておきたいんだが、こういう場合はランクはどうなるんだ?」

「緊急依頼という事で、最低でもCランクになりますね。今回は相手の規模も分かっていませんしBになるかもしれません」

「…そうか」


 俺の態度に何かを感じたのか、レイラが真剣な表情になって俺をじっと見つめてきた。


「クヌートさん? …ダメですよ」

「何がだ?」

「様子を見にいこうとか思ってません?」

「いや」

「本当に危険なんですからね!」

「わかってる。それより、依頼完了の手続きを」

「…はい」


 俺は、背負い袋から薬草の束と角ウサギの角を取り出して、カウンターの上に置いた。それをレイラが手に取ってじっと見つめている。


「はい。確かに薬草十束とホーンラビットの角を受領しました。報酬を用意するので少しお待ちください」

「ああ」


 レイラが納品した物を手にして、カウンターの奥に下がっていく。

 その隣ではマルコは再び必死になって受付嬢を説得していた。


「――自警団にも連絡してありますから、彼らが動くか、何処かのパーティが戻るまでお待ちください」

「…わかったよ」


 受付嬢の説得を受けて、弓使いの彼はとぼとぼと待合室の方へと歩いていく。

 当然納得はしていないのだろう――その足取りは重く、それでも自分に必死に言い聞かせているように見えた。


(辛いだろうな)


 だが今の俺がなんて声をかけようとも、ルーカスの無茶の要因の一つである以上、彼の反感を買うだけだろう。今はただ見守るしかなかった。


「クヌートさん、お待たせしました! こちらが報酬になります!」

「ありがとう」


 手渡された袋を開けて中身を確認すると、大銅貨が十枚入っていた。


(…間違えたのか?)


 依頼書に書かれた額より少し多い報酬に驚き、俺はレイラの前に袋の中身を取り出した。


「多くないか?」

「今回は薬草の質が良かったので、上乗せしておきました」

「そういうことか」

「はい。素晴らしいですね! これも山での経験のおかげですか?」

「…ああ。生活には必須だったからな」


 別に怪しんでいるという訳ではないのだろう。純粋に凄いと思っているようなレイラの姿に、少し罪悪感を覚えてしまう。こちらとしては、スキルの力に頼っているだけなので、なんとなく気まずかった。


「では、今日はこれで帰るよ」

「はい! またお待ちしていますね」


 俺はギルドを去る前に、レイラに魔物の素材の件を聞いたが、やはり何かしらに使えるので、買取をしているそうだ。だが素人が解体しても質が悪くなるし、かといって死体を持ち帰る手間を考えると、珍しい魔物しか持ち込みされないらしい。中には収納系のスキルや、収納袋というマジックアイテムもあるが、やはり珍しく持っている者も多くないそうだ。


(…収納問題か)


 『忍術』でどうにかならないか今度試してみようと思いながら、俺はギルドを後にした。

 外の新鮮な空気を吸って、意識を切り替えてから門に向かって歩き出す。 


(…行くか)


---


「こんな時間から仕事か?」

「あぁ。森で薬草でも取ってこようと思ってな」

「そうか。暗くなる前には戻ってこいよ」

「わかった」


 ギルドを出発した俺は、今度は北門からリベルタの外に出た。

 そこには昨日到着した時にいた門番がいて、俺の顔を覚えていたらしい。だが急いでいるので軽く挨拶をするに留めておく。


(急がないとな)


 門から少し離れたところまでは小走りで進む。そして、門から姿が見えなくなったと判断した俺は、全力で走り出した。 

 体感で三十分ほど走っていると、ようやく前方に森が見えてきたので、俺は速度を落として気配を探るが何も感じない。


(…森の中か)


 俺は速度を上げて、森の中へと入っていく。西の森とは違って、北の森は茂みが多くて視界が悪かった。さらにはかなりの高低差がある地形になっていて、とても歩き辛い。


(のんびりはしていられないな)


 木の枝に飛び乗って、枝から枝へと飛び移りながら森の奥へと進んでいく。当然『危機察知』のスキルで気配を探るのも忘れない。だが、何の反応もないまま時間だけが過ぎていく。


(捕まったのか、それとも…)


 最悪な事態が頭に浮かんできてしまい、俺は頭を振ってそれを打ち消すと探索を続けた。木々の隙間から見える空が、茜色に染まりかけてきたその時――


(あっちか!)


 『危機察知』スキルが何かの気配を感じ取ったので、俺はその方向に向かって急ぐ。すぐに、金属同士が激しくぶつかる音――剣戟の音が聞こえてきたので、俺は地面に降りて『隠密』を使って気配を消した。

 そのまま現場に近づいていくと、少し開けた広場みたいな場所にルーカスたちはいた。その周りを盗賊たちが取り囲んでいて、ルーカスたちと戦って――いや、甚振(いたぶ)っていた。


(…間に合ったか)


 ルーカスと盾役の男が女性二人の前に立って、盗賊の攻撃をなんとか捌いているが、二人とも傷だらけだ。ルーカスの腕からは血が滴り、盾役の方も息が上がっている。

 女性二人は地面にへたり込んでいた。魔法使いの女性は恐怖で震えて、僧侶の女性は必死に回復魔法をかけようとしているが、もはや魔力が尽きたのだろう。手が微かに光るだけだった。


「どうした! どうした!」

「もっと楽しませてくれよ!」


 どうやら盗賊たちは、それを見て楽しんでいるらしい。

 笑いながら攻撃を繰り返しているが、致命傷は避けて、わざと嬲っている。


「…くそっ! こんな奴らに!」

「やっぱり止めておけばよかった…」

「今はそれどころじゃないだろ!」


 盗賊が二人を煽って、心を折りにいっている。

 彼らはなんとか踏みとどまってはいるが、見るからに限界だった。


「…そろそろ飽きてきたな」

「……なぁ、お楽しみも待ってることだし」


 盗賊たちが意味深な笑みを浮かべて、二人の女性を見る。

 すると、彼女たちの顔が恐怖で歪んだ。


「じゃあ、終わりにしようぜ」

「そうだな。男は殺して、女は連れて帰ろう」


 盗賊たちの雰囲気が変わり、周囲に殺気が溢れ出した。

 心が折れかけていたルーカスたちは、完全にその雰囲気に呑まれてしまい、それを見た盗賊たちは笑い声を上げる。

 

「じゃあ、そろそろ――」

「風塵」


 俺は『忍術』で砂埃を巻き上げて盗賊たちの視界を奪った。

 当然ルーカスたちも巻き込まれている。


「なんだ、急に!」

「くそっ、何も見えねぇ!!」


(姿を見られたらまずい)


 俺は救助に向かっていない事になっているし、『忍術』の存在も隠したい。なので、姿を見せずにこの場を乗り切るつもりだった。

 石を拾って、砂埃の中で剣を振り回している盗賊たちに投げつける。さっきまで位置を確認していた上に『投擲術』の効果もあって、狙いを外すことはなかった。


「ぐわっ!」

「何…ガッ!!」

「うわっっ!!」


 口々に悲鳴を上げて、倒れていく盗賊たち。

 目が見えない上、状況がわからないルーカスたちからも悲鳴が上がる。


「どうなってる!?」

「何これ、どういうこと…」


 目まぐるしい状況の変化に、おそらく混乱しているのだろう。彼らは茫然として逃げるそぶりも見せなかった。


(無理もないか)


 俺はそのまま盗賊たち全員を気絶させると、再び木の枝に飛びあがって気配を消した。 



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