2-3 おっさん、手合わせをする
「おい、おっさん! レイラちゃんに何してやがる!!!」
俺がレイラと握手をしようとしたら、右の奥から怒鳴り声が聞こえてきた。声の方を見ると、そこには若い五人組の冒険者がいて、その内の一人が俺に向かって指を突きつけている。
背は俺より少し高いくらいで金髪を短く刈り込んでいる、なかなかのイケメン君だ。だが、その瞳には激しい怒りの色が見える。
(やれやれ…)
恐らく俺がナンパをしているとでも勘違いしているのだろう。もしかしたら、彼女に好意を持っているのかもしれない。ドスドスと足音を立てて近づいて、俺の手を叩いた。
「いや、これは――」
「うるせぇ! 表へ出ろ!! 衛兵に突き出してやる!!」
「ルーカスさん、待ってください!」
「レイラちゃん。怖かっただろ? もう大丈夫――」
「違うんです!! ……この人は今登録したばかりの新人さんなんです!」
「――は?」
レイラが必死に声を張り上げて、ようやくルーカスと呼ばれた男の動きが止まる。そして、俺をマジマジを見てきた。
「あっはっは!! 何の冗談か知らないが、遊びなら止めときな! おっさんなんかに務まるほど甘くないぜ!!」
「そうか? 忠告は聞いておこう」
「どうせ、レイラちゃんが目当てなんだろうが、身の程を弁えるんだな!!」
「いや、俺は――」
「そうだ! このオレ様がおっさんに稽古をつけてやるよ! ありがたく思うんだな!」
「もう! ルーカスさん!! クヌートさんが困ってるじゃないですか!」
俺は黙ってルーカスに言われるがままになっていたが、新人冒険者の実力を知る丁度いい機会なのかと思い始めていた。
(『看破』をしたいところだが…)
禁止事項として、ギルド内でのスキルの使用は禁じられている。こっそり使ってもバレないとは思うが、万が一スキルの使用を感知できるようなマジックアイテムがあったら大問題になる。ここは素直に手合わせをする方がよさそうだ。
「――わかった。胸を借りようか」
「はっ! 現実を見せてやるよ! これに懲りて、レイラちゃんに粉かけるのは止めるんだな!!」
「クヌートさん!? 断っていいんですよ?」
「いや、折角の申し出だ。腕試しさせてもらうよ」
「いい度胸だ! 奥に訓練場があるから、着いてきな!」
そう言うが早いか、ルーカスは来た方向を戻っていく。彼の仲間はそんな彼を見ながらおろおろとしていた。
「あの、うちのルーカスがすみません」
そう申し訳なさそうにしていたのは、茶髪でがっしりとした若い男だった、大きな盾を持っている事から、このパーティのタンク役なのだろう。
「気にするな」
「俺は、同じパーティのブルーノって言います。本当にご迷惑をおかけしてすみません」
「あ、あの…彼は実力はありますから…今からでも止めた方が…」
今度は、長い銀髪のいかにも魔法使いといった姿の若い女がおずおずと口を開く。彼女を見ていると、なぜかこちらが悪いような気がしてきて、申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫だ。それに、もしもの時は止めてくれるんだろう?」
「まぁ、そうだな。…ジュリアもその辺にしておけ。おっさんにはいい機会だと思うぜ」
見下すように斜に構えている弓使いの男が、そう言って俺の肩を叩いてきた。黒髪で吊り目が特徴で、その態度はふてぶてしい。魔法使いの彼女の言葉を信じるなら、どうやらこのパーティには、そこそこの実力があるらしい。
「マルコさん…それ以上は」
「わかってるさ、ルーチェ。オレたちも行くぞ」
「クヌートさん…でしたっけ? ケガしないでくださいね」
最後の一人は白い僧服姿の緑髪の女性で、俺を心配する姿は聖職者に相応しく優しさで満ちていた。剣士、タンク、弓使い、魔法使い、僧侶となかなかにバランスのよさそうなパーティだ。彼らは、俺との話を切り上げると、いそいそルーカスの後を追っていった。
「仕方ないですね…私が見届けましょう」
「手間をかけてすまない」
「いえ。彼、悪い人ではないんですけど、最近ちょっと自信がついてきたのか…」
「調子に乗っている、と?」
「…そこまでは言いませんが」
「わかった」
言葉を濁すレイラに、俺は苦笑してしまう。注意はしたいが、将来有望の新人パーティの自信を無くさせたくはないといったところか。なんとなく察した俺を見て、彼女も苦笑を漏らしていた。
「では、行きましょう!」
「ああ」
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俺はレイラにギルドの中庭にある訓練場に連れられてきた。だいたい15メートルくらいの円形になっていて、足元には石畳が敷かれている。その中央で、ルーカスは腕を組んで待っていた。
「な! オレのいう通りだろ!」
「本当に俺と同じくらいの新人だとは…」
その隣には頬に傷のある中年の鋭い目つきの男がいた。ルーカスとは違い、興味深々といった視線をお俺に向けている。
「グイドさん! いらっしゃったんですね」
「あぁ……それで、レイラ。その男は?」
「はい! 今日登録された、クヌートさんです!」
「グイドだ。一応ここの指導員をしている」
「クヌートです。よろしくお願いします」
「礼儀は出来ているな…」
俺がグイドに右手を差し出すと、彼は笑いながら握手をしてくれた、その掌は剣ダコでゴツゴツしていて、かなりの実力者である事が伺える。
「さぁ、おっさん! さっさとやろうぜ!!」
「まぁ、待て」
はやるルーカスをたしなめて、グイドは俺に向き直った。
「お前さん、得物は?」
「剣です」
「なら、これでいいか?」
ルーカスから、事のあらましは聞いていたのだろう。グイドは腰に下げていた訓練用の剣を俺に手渡してきた。それは俺が好んで使っていた細身の剣ではなく、一般的な太さのものだった。
(今なら特に問題はないか)
ステータスを一般の剣士と同じ基準に合わせてある以上、無理に非力を装う必要はなかったので、俺はそれを受け取ると、軽く素振りをする。
「大丈夫です」
「よし。俺が見届けるから、レイラは戻っていいぞ?」
「折角なので、私も見ていきますよ」
「そうか」
グイドはそう言い残して、訓練場の石畳のリングから降りた。その隣にはレイラが立ち、ルーカスの仲間たちは反対側でこちらの様子を見ている。
「さあ、おっさん。覚悟はいいか?」
「お手柔らかに頼むよ」
「はっ! 一撃で終わらせてやるよ!」
そう俺を見下しながら、ルーカスは剣を肩に担いだが、はっきりいって隙だらけだ。
(…誘っているのか?)
俺は中段に構えて、切っ先を相手の額に向ける――正眼の構え。剣術の基本となる構えで、ルーカスを待ち受ける。
「お互い準備はいいか?――始め!」
グイドが手を振り下ろすのと同時に、ルーカスは俺に突進してきた。そのまま肩に担いだ剣を振り下ろしてくるが、お世辞にも鋭いとは言えない。あの盗賊の頭にすら遠く及ばないだろう。
(…様子を見るか)
俺は剣を降ろして、少し大げさに後ろに飛んだ。ルーカスの剣が、さっきまで俺が立っていた場所を叩きつける。
「へぇ? 今のを躱すとはな」
「…ギリギリだがな」
「なら――これならどうだ!」
ルーカスは両手持ちになって剣を肩に担ぐと、思いっきり俺に向かって跳びかかってきた。だが――
(迂闊過ぎる)
恐らく彼の剣は我流なのだろう。基本が全く出来ておらず勢いだけで振るう剣には、何の脅威も感じなかった。それより、どう決着をつければあまり目立たずに済むかの方が問題だった。
(…接戦に見せるか)
俺は剣がギリギリ当たらない場所に、慌てて躓いたように身体を投げ出した。すれ違い様にルーカスの腕を一瞬だけ押して、彼の剣の勢いを強めておく。
すると、勢いに負けた彼の剣は、思いっきり地面を叩いてしまう。自分の想像以上の速さになった剣を止めることができなかった彼は、衝撃で腕が痺れてしまい剣を落とした。
俺はその隙を逃さず、彼の首に剣を突きつける。
「――それまで」
「くそっ! マグレだこんなの!!」
「胸を貸してくれて、ありがとうな」
俺は剣を降ろして、ルーカスに頭を下げた。だが、それを見ている彼の表情は複雑そうだった。レイラの前で、恥をかかされたと思っているのかもしれない。
「今のは油断しただけだ! 次は最初から本気でやってやる!」
「ルーカスさん! あなただけの場所ではないんですよ!!」
「…くそっ! おっさん、今に見てろ!!」
ルーカスは俺を睨みつけると、ドタドタと訓練場を去っていった。それを彼の仲間が慌てて追いかけていく。その様子をグイドはじっと見ていた。
「クヌートさん! なかなかやりますね!」
「運がよかっただけだよ」
「お前さん……いや、何でもない」
グイドは何やら考えこんでいたが、頭を振ると俺に視線を向ける。
「何はともあれ、有望な新人は大歓迎だ。これからよろしくな」
「ええ。お世話になります」
今度はグイドが手を差し出してきたので、俺は握手を返す――すると、彼は思いっきり強く握り返してきた。
(…試されている?)
「痛ッ――」
「あぁ、すまない。ずいぶんと興奮したようだ」
「簡便してくださいよ」
「許せ」
何かを試すような気配を感じた俺は、握力に負けた振りをしておいた。これからお世話になるとはいえ、まだ誰がどういう人物か何もわからない以上、慎重にならざるを得ない。
「レイラ。今日はもう帰って大丈夫か?」
「はい! お付き合いいただき、ありがとうございました!」
「明日は依頼を受けようと思う」
「お待ちしています!!」
「そうか。クヌート、いつでも来い」
二人と挨拶を交わして、俺も訓練場を後にした。
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「ただいま」
「おかえり。ギルドには行けたかい?」
「あぁ、無事登録できたよ」
「おめでとさん。…はい、鍵」
「ありがとう」
ロザから鍵を受け取って礼を言う。
「運河の旋律」亭に戻る頃には、もうすっかり夕方になっていた。
「そろそろ食事が出来るけど、食べるかい?」
「あぁ、すぐに頂くよ」
「はいよ。出来たら呼ぶから荷物でも置いといで」
「了解だ」
俺は一度部屋に戻って、背負い袋を床に置く。身体をほぐしていると、すぐに声が掛かった。
「出来立てだよ。熱いから気をつけて」
「あぁ、いただきます」
今日のメニューは、白身魚の切り身と野菜を似たシチューのような料理と、黒パンだった。黒パンを浸して食べると、口の中に牛乳の優しい味が広がっていく。
「うまいな」
「そうだろう? パンならおかわりできるよ」
「助かる」
随分と腹が減っていたのか、結局パンを二個追加してもらって、皿に残ったシチューを全て掬うように平らげた。
「いい食べっぷりだね」
「女将の料理が旨いからな」
「おや、上手だこと」
「本心だ。ごちそうさん」
食事が終わる頃には、食堂は一般客で賑わっていた。この食堂は夜間は宿泊客以外も利用できるようで、昼間の静かさが嘘のようだ。
俺は席を空けるために、さっさと自室に戻っていった。
そして身体をほぐすと、明日に備えて今日は早めに休む事にする。
(さぁ、いよいよだ)
明日からついに、冒険者生活が始まる。
俺は年甲斐も無く、少しだけわくわくしている自分に気づきながら、そのまま眠りについた。




