2-1 おっさん、リベルタに到着する
――リベルタ自由都市。
ここは大陸を縦断するセレーナ河という大河の渡河地点に位置する交易都市だ。街中に水路が張り巡らされていて、地球でいうヴェネツィアのような水の都だった。レンガで出来ている建物の壁を、水面が反射した日光がきらきらと照らす。主要な水路の幅は広く、荷を積んだゴンドラがすれ違うことが出来るくらいだ。
また交易都市というだけあって道幅も広く、馬車が引っ切り無しに走っている。道行く人々の表情も明るくて、街全体がとても活気に満ちていた。
あの後、先を急ぐというエンリコの意向を受けた俺たちは、盗賊の見張りとして傭兵を二人だけ残し、リベルタへと出発する事になった。
再度の襲撃を恐れ、盗賊の馬をそのまま拝借して移動を開始した。幸い、時代劇の撮影で乗馬の経験があったので問題はない。俺たちの警戒をよそにあれ以降の襲撃は無く、無事にリベルタまで辿り着く事が出来たのだった。
「ここがリベルタか…」
「ええ! クヌギさんは初めてですか?」
「ああ」
「美しい街でしょう?」
目の前の美しい街並みに思わず感嘆の声を漏らすと、エンリコは自慢げに胸を張る。自分の拠点である街を褒められて、とても嬉しそうだった。俺もルーンベルグとは全く違う雰囲気に、心が少し軽くなる。
(…良い街だな)
しばらくは、ここを拠点として本格的な旅の準備をするのがよさそうだ。などと考えていると――
「ようこそ! この大陸一の交易都市、リベルタへ」
彼はそう言って笑った。
---
「それで、この後はどうするんだ?」
「このまま、私の店に向かいます。そこで護衛の報酬をお渡しして解散となります。…皆様もいいですね?」
「わかった」
「ああ」
「傭兵の皆さまは、残りの三人が到着するまで、私の知り合いの宿にてお待ち下さい。もちろん宿代は経費に含まれていますので、ご安心を」
「それは助かる」
エンリコがそう言うと、傭兵のリーダーであるジョンは、安堵の表情を浮かべている。残してきた仲間の事がやはり心配なのだろう。
仕事が終わってもすぐに放り出すような事はしないのは、エンリコがちゃんとした”商人”だからだろう。それは彼の”称号”も証明していた。
=====
エンリコ・ヴァレンティ
38歳 男性
ジョブ:商人
レベル:12
力:120
技:120
速:120
体:120
魔:120
抗:130
運:180
スキル
交渉術、簡易鑑定、算術、話術
称号
『やり手商人』
数々の商いを成功させた証。商才を持つ証拠である。
『信用第一』
何より信用を大事にする証。一度得た信用を裏切る事はない。
=====
森の中での経験を元に『看破』のスキルを進化させる為、本人には悪いがエンリコたちの事をこっそり調べさせてもらったのだ。それに万が一王国との繋がりが強かった場合、俺の居場所が発覚する恐れがある以上、見ない訳にはいかなかった。
幸い二人とも『看破』された事には気が付いていない。
ちなみに、ジョンのステータスはこうだった。
=====
ジョン・ハリソン
32歳 男性
ジョブ:剣士
レベル:18
力:220
技:210
速:200
体:190
魔:180
抗:180
運:180
スキル
剣技、盾技、統率、交渉術、危険感知
称号
『歴戦の傭兵』
数々の修羅場を潜り抜けてきた証。仲間からの信頼も厚い。
=====
二人のステータスを見て分かった事だが、レベル1毎に10ずつ上るようだ。王女から新人兵士がレベル1でオール10が基本と聞いていたし、間違いないだろう。
エンリコは運が高く、ジョンは力や技などの身体能力にボーナスがついていて、職業と関係する数値が平均値より高くなっている。ただ、このバラつきは、レベル1からなのか”ジョブ”の補正なのかが不明だ。
そもそも”ジョブ”を自分で決められるのか、生まれながらに決まっているのか、『召喚』された俺には分からない。迂闊に聞こうものなら、この世界の人間では無いとバレてしまう恐れがある以上、おいそれとステータスの話を聞く訳にはいかなかった。だが、これがこの世界の”常識”なら、わざわざ資料を作る必要も無く、自分で調べるのも難しいだろう。
ただ一つ納得したのは、俺たちが召喚された理由だ。この仕組みならレベル1の時点で高いステータスを持つ異世界人を召喚するというのも無理はない。この世界の人間には超えられない壁があるからだ。
称号通り、彼も彼でかなりの修羅場を越えてきたからこそ、仲間からの信頼を得ているのだろう。それにレベルも18とそれなりに高い。そんな彼が仲間を危険に晒す訳がないからこそ、今回の盗賊の襲撃が余計に疑念が沸く。
リベルタに来る間に話を聞いた限り、エンリコが傭兵ギルドで雇ったのは、元々ジョンの傭兵仲間が八人、その他の五人が斡旋されたメンバーだったそうだ。その五人は全員、俺が加わる前に殺されている。
(…殺されたメンバーが盗賊の仲間?)
だがどんなに怪しくても、死人に口無しだ。結局、見張りに残ったメンバーと合流しなければ、これ以上は何も分からないままだった。なんとなくすっきりとしないが、間もなくこの”仕事”は終わりを迎える事になる。
そうしてエンリコに連れられて馬を歩かせていくと、やがて――
「着きましたよ! ここが私の店、ヴァレンティ商会です!」
エンリコの前には、三階建ての白いレンガの立派な建物があった。一階は店舗になっていて、入口には堂々と看板が掲げられている。金色の文字で「ヴァレンティ商会」と書かれていて、日光の光を浴びて輝いていた。周りよりも一回りは大きいこの建物は、彼がやり手の商人である事を証明していた。
「では、中に入りましょう! …戻りましたよ」
「あ! 店長!! お帰りなさいませ!」
「ただいま、アンナ。それで、何か変わった事はありませんでしたか?」
「いえ、特には何も……あ! ギルバート様が、戻ってきたら顔を出すようにと言っておりました!」
「ギルド長が? …なんでしょうね」
店の入り口で店員と挨拶を交わしたエンリコは、馬車を裏手に回すように店員に指示をする。そして、俺たちにそのままバックヤードに連いて来るように促した。奥の会議室まで案内された後、彼はしばらく待つように告げて、部屋を出て行った。
「アンタのおかげで本当に助かった。ありがとよ」
「いや、たまたまだ」
「…それで、例の件は考え直してくれたか?」
「すまないが、前にも言った通り俺にはやる事があるからな」
「…そうか、残念だ」
リベルタへの移動中、ジョンに「訳ありなら、傭兵として一緒に仕事をしないか」とスカウトされていたのだ。だが、俺はそれを断った。事情が事情だし、誰かと共に行動するつもりは無かったからだ。
「お待たせ致しました」
ノックの音がすると、エンリコが大小それぞれの布袋を持って、会議室に戻ってきた。そして、ジョンには大きい袋を、俺には小さい袋を渡してくる。
「こちらが今回の報酬となります。お確かめください」
「ああ」
隣ではジョンがさっそく袋の中を確認していた。俺もそれに習って袋を開くと、そこには中銅貨が十枚以上入っていた。更には大銅貨も数枚混ざっている。
「多くないか?」
「いえいえ、色々と”お世話”になりましたので、色を付けて置きました」
「そうか…助かる」
王宮での暮らしとは違って、これからは自分で生活費を稼がなければならない。先立つものは必要だったので、有難く貰っておく。
この世界の通貨は四種類あって、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に価値が上がっていく。更にそれぞれ大中小の三種類があり、十枚毎で一つ上の価値のものと同じ価値になるのは地球と同じだ。
「いえいえ。クヌギ様は、私の命の恩人ですから! 何かありましたら何時でも仰って下さい!!」
「そうか…なら、一つ聞きたいんだが?」
「何でしょう?」
「リベルタで冒険者として活動しようと思っているんだが、安くておすすめの宿は無いか?」
「…そうですね、港湾地区にある「運河の旋律」亭なんかがおすすめだと思います」
「ありがとう。行ってみるよ」
「ええ、きっと気に入ってもらえると思いますよ」
名前から想像すると少しお洒落な宿の雰囲気があるが、こればかりは行ってみない事には分からないからな。他に聞ける相手も居ない以上、ここは素直に行くのが一番だろう。
「冒険者として活動されるなら、またお仕事をお願いするかもしれませんね」
「その時はよろしく頼む」
「クヌギ様なら、大歓迎でございます!!」
「ああ。では、これで失礼する。ジョンたちも、またな」
「おう! またな」
「ええ! またお会いしましょう!!」
どこまでもテンションの高いエンリコに俺は内心苦笑するが、背負い袋に銀貨をしまうとそのまま店を出る事にした。ジョンたちとは違い、この街での活動拠点を確保しなければならないからだ。せっかくのおすすめの宿が満室になってしまっては、勿体ない。
「あ! お帰りですか?」
「ああ、店主には世話になった」
「またのご来店をお待ちしています!」
受付にいたアンナが元気よく挨拶をしてきたので、俺は軽く手を挙げて、それに答える。
そして、港南地区の場所を聞いて、俺は店を後にした。
---
エンリコの店から十五分ほど歩くと、港湾地区に辿り着いた。この地区は文字通り船乗りたちの姿が多い。話し声も大きく、商業地区より少し雰囲気が悪いように感じた。
その大通りから一本入った路地にある「運河の旋律」亭は、少し古びた小さな宿だった。
建物自体は木造の二階建てで、部屋数は十も無いだろう。外壁は少し色褪せているが、窓は綺麗に磨かれている。入口の脇に立つ小さい看板に宿の名前が書かれていた。
――ギイィ…
古びた扉が、軋む音を立てる。
中に入ると、木の温もりを感じる空間が広がっていた。
「いらっしゃい! …初めて見る顔だね?」
「あぁ、人に紹介されて来た。部屋は空いているか?」
受付に居た中年の女性が、明るく迎えてくれた。
年は俺と同じくらいか少し下、といったところだろうか。肩で切り揃えている赤い髪が特徴で愛嬌のある女性だった。
「空いてるわ」
「なら、しばらく世話になる」
「はいよ。一泊、中銅貨三枚。食事付きなら五枚だけど、どうするの?」
「食事は朝晩か?」
「そうよ。昼は自分で調達して頂戴」
「わかった。ならとりあえず三日間、食事付きで頼む」
「いいわ。中銅貨十五枚、前払いね」
俺は少し考えたが、まずは三日間だけ宿をとる事にした。万が一宿が合わなかったとして、耐えられるのは三日が限界だと思ったからだ。
俺が背負い袋から大銅貨を二枚取り出して支払うと、彼女は笑顔でお釣りを渡してきた。
「まいど。じゃあ着いてきて」
女性は受付の引き出しから鍵を取り出すと受付のカウンターから出てきた。そして受付の奥にある階段を上がっていくので、俺は彼女に着いていく。二階に着くとそのまま廊下を進み、彼女は一番奥の部屋の前で止まった。
「ここがあなたの部屋になるわ」
「角部屋か…運がいい」
「食事は朝晩共に六の鐘からよ」
「わかった」
「アタシはロザ。よろしくね」
そう言って受付の女性――ロザが鍵を手渡してきたので、俺は礼を言って受け取る。
「ごゆっくり」
彼女はそのまま受付に戻っていったので、俺は鍵を開けて中に入った。部屋の中にはベットと小さな木の机がある。大体四畳半くらいの広さだろうか…少し狭いが、さほど王宮での部屋と変わりはしないので問題は無い。
(…さて、これからどうするか)
まだ日が暮れるまで時間はある。なら、今日はせめて冒険者ギルドへの登録までは済ませるべきだろう。エンリコのおかげで幾らか資金に余裕はあるが、今後の事を考えれば心許ない。自分で稼げる環境を作る必要がある。
(よし、行くか)
俺は部屋を出て鍵を閉めると、そのまま一階に降りて、受付のロザに鍵を渡す。すぐに出てきた俺に、彼女は少し驚いているようだった。
「…おや、お出かけかい?」
「ああ、ちょっと街を見てくる」
「はいよ。いってらっしゃい」
「この街の冒険者ギルドは何処にあるんだ?」
「あぁ、ギルドなら中央広場の近くだよ」
「わかった。ありがとう」
俺はロザに礼を言って、宿から出た。




