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閑話 そのころ王国では

「……そうですか。クヌギ様が」

「はっ。…いかがいたしましょう?」


 そう問いかける老騎士に、ルーンベルグ王国の第一王女であるエリザベートは扇を開いて、しばし思考を巡らせていた。

 思えば最初から不思議な男だった、と彼女は思う。四人の勇者たちと共に現れた中年の男。その年齢故の経験からか一人だけ冷静に振る舞うその男の様子に、エリザベートは少しの興味と疑問を持っていたのだった。


(なぜ、彼だけあそこまで冷静に居られたのだろう)


 文献によれば『勇者召喚』された異世界の者は、元の世界とはあまりに違う環境になっても適応出来るように、生存本能や闘争本能が刺激されると書いてあった。だが、あの男だけは常に平常心を保っているように思えたからだ。


(でも、彼の『ステータス』はあまりにも酷かった)


 他の四人とは違い、この世界の成人に成り立ての者とほとんど変わらない数値に、『死んだふり』という謎のスキル。どう考えても、あの男に特別な何かがあるとは思えなかった。それに――


古代魔法遺物(アーティファクト)も何も反応していなかったわ)


 エリザベートが身に着けていた装飾品の一つで、『真実の雫』というイヤリングだ。その名の通り使用者に真実を見せてくれる効果があるマジックアイテムで、本来ならば『鑑定の水晶』を通さなければ他人のステータスを見ることは出来ないが、これを使えば相手のステータスを確認出来るという、強力なアーティファクトだった。

 彼女はあの時――イグナティウス枢機卿が『鑑定の水晶』で勇者たちのステータスの確認をする時、全員分をこのイヤリングの力を使って”視”ていたのだ。つまり、何らかの方法でステータスが偽装されていても、エリザベートを誤魔化すことはできないはずだ。


(でも、何も変わらなかった…)


 エリザベートは眉をひそめる。それは『鑑定の水晶』で宙に浮かんだステータスと『真実の雫』で見たステータスは、全く同じだったからだった。


(…きっと私の思い違いだったのですわ)


 その結論にどこか引っ掛かるものがありつつも、エリザベートはそう自らを納得させる。

 そうして彼女は、改めて勇者たちの現状を頭の中で整理する事にした。


(テンドウ様は特別扱いされる事を望んでいる…ヒムロ様も、テンドウ様と同じような扱いで問題ないでしょう)


(カンザキ様は…特にこちらから何もしなくても、その正義感から自ら動くでしょうが…サオトメ様は、まだ消極的なので、彼女が自ら動く理由が必要ですね)


 勇者四人の人柄を見抜いていたエリザベートはそう結論付けて、さらなる問題に思考を巡らせる。


(…問題は、クヌギ様の件をどう伝えるか)


 報告にあった事実を告げれば、きっとサオトメ様は黙っては居られずに、きっと探しにいくと騒ぐだろう。それにカンザキ様も協力を申し出るだろうと、エリザベートには容易に想像できた。


(…ならば、"真実"を変えるしかありませんわ)


 そう結論づけたエリザベートは思考の海から意識を戻すと、老騎士に視線を向けた。


「それでは、クヌギ様が自ら勇者の付き人を辞退した、という事にしましょう」

「かしこまりました」


 エリザベートの結論に、恭しく老騎士――グスタフは頭を下げた。


 騎士団にはエリザベート直属の諜報部隊が、勇者の様子を探る為に潜入していたのだ。彼は騎士ではあるが、その王女の密偵との繋ぎ役となっていた。幼少時から、彼女が常に国の為に努力し続けているのを見てきたグスタフは、彼女の事を認めている。故にこの役目を引き受けていた。

 そんなグスタフは訓練場での功刀の姿を思い出す――


 ――あの日。


 功刀は一人で延々と剣を振っていた。

 それは一見不器用に見える動きで、周囲の若い騎士たちはそれを笑っていた。だが、グスタフには違うものが見えていた。


(この男…わざと力を抜いている)


 それは決して手を抜いている訳では無く、自分の中の”何か”を確認しているようだった。

 グスタフもまた五十年以上剣を振ってきた軍人だ――だからこそ、わかる。

 

(この男…相当の使い手に違いない)


 一度そう認識すると、グスタフは功刀の事が気になり出した。


(あの目……)

 

 常に周囲を観察し、状況を分析し、最善の行動を探っている。


(…幾度も戦場を経験していなければ、ああはならない) 

 

 そして、グスタフは確信した。


(あの御仁には、常人には測れない"何か"がある)


 それをエリザベートに告げなかったのは、彼もまた功刀に対して予感めいた何かがあったからだった。


(…彼は、きっとこの国を変える切欠(きっかけ)になるに違いない)


 そうグスタフは考えていたから、敢えてエリザベートに自分の直観を報告するつもりは無かった。


「勇者様方にも、そのように伝えれば宜しいですか?」

「ええ。詳細はお任せいたしますわ」

「かしこまりました」


 グスタフは(うやうや)しく礼をして、エリザベートの前を辞した。

 一人残されたエリザベートは急に不安に襲われたが、その事を認めようとしなかった。


(やはりありえない…クヌギ様が私たちを騙していたなんて)


 エリザベートは頭ではそう結論付けても、心の奥では何かが引っ掛かり続けていた。ぶんぶんと頭を振って、その思考を隅に追いやろうとするが、何故か上手くいかない。


(…何か見落としているかもしれないわね)


 エリザベートには、どうしても成し遂げたい事があった。ずっとこの王国を、自らを犠牲にしてでも守らなくてはならないという、ある意味強迫観念に襲われていたからだ。


(…どんな手段を使っても、わたくしはこの国を護ってみせる)


 そう決心するエリザベートの部屋に、ノックの音が響いた。


「お姉様、ただいま戻りましたわ」

「クララ? …入っていいわよ」


 扉を開けて入ってきたのは、声の主である第二王女であるクララ・フォン・ルーンベルグだった。彼女はころころと笑いながらエリザベートに近づいてくる。


「……ワタクシが戻るまで『召喚の儀』を待ってくださればよかったですのに」

「…イグナティウス様がお決めになったことよ」

「…むぅ~、あのおじさん」

「クララ? はしたないわよ」

「はーい」


 そうやりとりする二人の姿は、傍から見れば仲のいい姉妹に見える。だが、どこかでお互いに本音を探り合うのは、王家の人間としてはある意味当たり前の姿なのかもしれない。


(お姉さま…何を考えていらっしゃるのかしら)


 クララは、ある時からエリザベートが本心では何を考えているのか全く読めなくなっていた。それからだろう…常に姉の事を”観察”するようになったのは。


 エリザベートは妹からしても完璧な姉だった。

 美しくて、聡明で、気品がある、誰もが認める王女。だが――


(お姉様は、何かを隠している)


 それが何時からなのかはわからない。だが、ある時から姉の”目”が変わった。


(何かに怯えているようにも見える…でも何に?)


 クララは眉をひそめる。

 この国でエリザベートが怯えるようなものなど、あるはずがなかった。彼女は王位継承権第一位の王女であり、次期女王の座が決まっている。


(それとも……お父様が、何か?)


 クララはそう考えるが、首を振る。エリザベートが父王を見る時の目とは違うからだ。


(何か……もっと大きな、何か)


 クララは、その”何か”の正体を突き止めようとしていた。


(お姉様…ワタクシ、必ずお姉様の”真実”を突き止めてみせますわ)


 クララもまた、密かにそう決意していたのだ。


「ところで、ハインリヒは?」

「もう自室に戻って仕事しているわ」

「そう…」


 ハインリヒとは、この国の第一王子であるハインリヒ・フォン・ヴァイセンフェルトの事だ。王子なのに『ルーンベルグ』では無いのは、彼が第二王妃の子であるからだった。

 この国では、王妃の子供以外は『ルーンベルグ』を名乗る事が出来ない。故に王位継承権はあるが、エリザベートやクララよりも順位は下だった。


「それで、ヴェスタリアの様子はどう?」

「特に問題はなかったわ。お父様にも報告済だけど、反乱の気配も無しよ」

「そう…じゃあ、あの封書は何だったのかしら」

「さぁ…わからないわね」


 エリザベートの元に、ヴェスタリアで旧公国の残党が反乱を計画しているという情報が届いたので、その調査にハインリヒとクララを向かわせていた。しかし、特に問題は無いという報告に、エリザベートは疑問を持つ。


(では、密偵が見つけたあの封書は何のために…)


 エリザベートが思考の海に沈んだ様子を見て、クララはため息を吐いた。こうなってしまったら、彼女の考えが纏まるまで、何をしても無駄だからだ。


「では、お姉様。これで失礼致しますわ」


 クララはエリザベートにそう言い残して、部屋を去っていく。そしてクララが心に浮かんだのは――


(話題の勇者様にでも会いにいこうかしら)


 ――クララの足取りは軽やかだった。


---


「そうですか…功刀さんが」

「ええ。残念ながら」

「はっ! 付き人にすら成れなかったか」

「おっさん…」

「ヤバっ! おっさんダサ過ぎでしょ!」


 あの日――功刀がアシッド・ヴァイパーとの死闘を行ったその翌日。

 グスタフはエリザベートの指示通りに、勇者たち四人に功刀の事を説明した。軍事演習で魔物との闘いに敗れて恐怖に怯えた彼が、自ら付き人を辞退して王家はそれを承諾。そして、ルーンベルグの街で一般人として生活していく、と表向きにはなったのだった。


「やはりな。所詮、あのおっさんはただの”やられ役”でしかなかったということだ」


 そう天童麗司が嘲笑うと、氷室鏡華も楽しそうに笑い出した。


「いいじゃない! おっさんなんかと旅したくなかったし」

「全くだ。足手纏いが居なくなって、清々したぞ」

「そうよね~」

「これで俺たち四人だけで、魔王を倒しに行ける」

「そうね。私たち『選ばれし』勇者だけでね」


 撮影の時から気に食わなかった功刀の顛末を聞いて、二人は優越感に浸っている。

 だが、その傍ら――早乙女蓮がグスタフに喰いついていた。


「…それで、功刀さんは今どこに?」

「サオトメ様、申し訳ありませんが本人から口止めされております故…」

「どうしてですか?」

「会わせる顔がないと」

「そんな…」


 グスタフにそう言われてしまえば、早乙女蓮はこれ以上は何も言えなくなってしまった。


「功刀さん…大丈夫かな」


 自分の懸念が現実のものとなってしまった。あの時もっと無理やりにでも止めるべきだった、と後悔する彼女だったが、同時に安堵をしている自分に気づいた。


(でも、これで功刀さんが危険な目に遭うことはないのよね)


 なら、自分たちが魔王を倒して地球に帰れるようにすればいいと、早乙女蓮は自分に折り合いをつける。

 すると――


「大丈夫だよ、早乙女ちゃん」


 その様子を見て心配していた神崎隼人が、早乙女蓮の肩を叩いてきた。


「神崎君?」

「おっさんなら、きっと大丈夫さ」

「でも……功刀さん、本当に辞退したのかな…」


 早乙女蓮の予想外の呟きに、神崎隼人は驚いて目を見張る。


「だって功刀さんは――」

 

 彼女はそこで区切り、どう伝えようかと言葉を選んだ。


「――いつも、私たちのことを気にかけてくれてた。そんな人が、簡単に諦めるとは思えない」

 

 早乙女蓮の言葉を聞いて、神崎隼人にも思い当たる節があった。

 彼は空を見上げてしばらく考えて込むと、やがて早乙女蓮に視線を戻す。


「確かにな…おっさんなら直接言ってくるよな」

「そうでしょ?だから――」

「なら、おっさんには何か考えがあるのかもな」


 今度は早乙女蓮が黙る番だった。

 しばらく沈黙が流れて――そして、少し安心したように彼女は微笑む。


「じゃあ、功刀さんの分も頑張らないとね」

「…そうだな。おっさんにはのんびり待っていてもらおう」


 神崎隼人も早乙女蓮に笑い返す、一つの決意をもって。


「俺たちが魔王を倒して、地球に帰る方法を見つけるまでさ」


 神崎隼人も、彼は彼でそう結論付けた。

 

 お互いに頷き合って――そして、彼らは今日も訓練に挑む。



 彼らは知らなかった。既に功刀が王国を出たことを。

 そしてこの別れが、世界を揺るがす結果をもたらすことを。



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