魔王を倒したらただの人?今日から勇者は食べるために働きます。7
アメリアはマリーを一瞥し、ふわりと裾を揺らして優雅に会釈した。
「わたくしは、アメリア・クラウンハートと申します。以後お見知りおきを」
さすがは王族といった所作だった。
「え、はい。私はマリーです。薬師をやってます」
マリーは緊張しているのか、ぎこちない笑顔を浮かべながら挨拶を返した。王族と会うのは初めてなのだろう。
「アメリア王女。こんな所で何を?」
俺が問うと、アメリアはキッと睨みつけてきた。
……そういえば初めて会った時から、こんな感じだった。特に何かした覚えはないのだが、どうも俺が気に入らないらしい。
「見てわからないのですか? さらわれていたのです」
「いや、だから……なんでだ?」
誘拐されたことは見れば分かる。問題は、なぜ王女がこんな山の中で、しかもボロボロの服でということだ。
しばらく沈黙が続いた後、アメリアは観念したように口を開いた。
俺とマリーは顔を見合わせる。一体なにが始まるんだ。
「実は──わたくし、城を追い出さ……コホン。見聞を広げるために、一人で世界中を旅しているんですの」
……今、追い出されたって言った。
ワガママ娘っぽいところはあったが、まさか本当に追放されるとは。
アメリアの父、ロイズ・クラウンハートは“賢王”として有名だ。その賢王が娘を心配した結果、こうなったのかもしれない。
王族とはいえ剣の心得はある。俺も一度、王に頼まれて稽古をつけたことがあった。筋は悪くなかった。むしろ光るものがあった。
……ただどういうわけか、アメリアは俺のことが嫌いだったので、稽古はすぐに終わったが。
「そうか……大変だな。この後はどうするんだ?」
アメリアは“見聞を広げる旅”という設定を崩せない。
「城へ帰る」なんて言えるわけがなく、右腕をぎゅっと握り、視線を落として黙りこんでしまう。
そんな空気の中、マリーがおずおずと手をあげた。
「あ、あのー……よかったら、うちに来ませんか?」
マリーなりの精一杯の助け舟だった。
アメリアは一瞬、驚いたように目を見開いた。
鉱石採集を終えてマリーの家に戻ると、アメリアは甲斐甲斐しくマリーの手伝いをしていた。
さっきまで泥だらけで鉱石を掘っていた姿とは思えないほど、きびきび動いている。
マリーとは普通に会話しているのに、何故か俺とは相変わらず噛み合わない。
それどころか──俺が見たことのない笑顔まで浮かべている。
(……アメリアが笑うところなんて、初めて見たな)
手を泥だらけにして熱心に採掘していた姿を思い出す。
俺の知っている“箱入りの王女”とはまるで別人だった。
(王の思いも……少しは届いたらしい)
アメリアは湯を借りて身体を洗い、服はマリーのものを貸してもらっていた。
簡素な布服でも不思議と似合っている。
「明日にでも、アメリアさんの服を買いに行きましょうね」
採掘の道中で距離が縮まったのか、アメリアはすっかりマリーと砕けた仲になっていた。
そうしてマリーの好意もあり、アメリアはしばらくここで暮らすことになった。
夕食の時間。
マリーの手料理が並ぶと、アメリアの目が輝いた。
「わぁ、とても美味しそうですわ!」
そう、マリーの料理は本当にうまい。
俺たちは自然と笑顔になりながら箸を進めた。
「えぇ……あれが普通だなんて……!」
アメリアが首をかしげたところで、話題は昔のこと──俺がアメリアに稽古をつけていた時代に戻った。
「ロキ、あの稽古……いま思えば、とんでもなかったですわ」
「そうか」
「わたくしは……てっきり、嫌われているのだと思っていました」
「どうしてそうなる?」
アメリアはあきれた顔で言う。
「朝から晩まで休みなしで走り通し、崖を素手で登らされ、モンスターの群れの中に置き去りにされ……!」
「そんなことしたんですか!?」
マリーが目を丸くして驚いた。
「……そうか、すまん。あれが初めて稽古をつけた相手だったから、加減が分からなかったんだ」
「当たり前です! 普通の人間は、あんな訓練しませんわ。勇者のあなたとは違うのです!」
「ゆ、勇者……!?」
マリーは今度こそ驚愕し、口を押えて立ち上がった。
アメリアが呆れ顔で言う。
「ロキ、あなた言ってなかったのですか?」
「む……そうだな。言う必要がないと思ったからな。もう平和になった。勇者なんてのは……もう過去の話だ」
そう言った俺の声は、少しだけ寂しげに響いた。




