魔王を倒したらただの人?今日から勇者は食べるために働きます。5
「この角ウサギの角はマリーが持っていってくれ」
「え! いいんですか? こんなに高価なものを……」
「構わない。それで交換というわけではないが、次も素材採集するならまた付き合わせてほしい」
角ウサギの角は確かに高価な品だが、それ以上にマリーの話す薬草や素材の知識には価値がある。俺にとっては、何より興味深かった。
「ぜひ、お願いします! 私もまた一緒にお願いしたいと思ってたので、願ったり叶ったりです」
「なら、よかった。日も傾いてきたな。そろそろ帰るとしよう」
「はいっ!」
そのまま街に戻り、マリーの家まで送っていく。二階建ての家で、一階は薬屋になっているようだ。店先には木製の看板が吊るされていた。
別れの挨拶をしようとしたそのとき、マリーが振り返る。
「あ、あの……よかったら、ご飯食べていきませんか?」
「ん? 礼は不要だ。気を使うな」
「……そうですか」
マリーは少しだけ下を向いた。表情が陰ったのを見て、俺の心に小さな罪悪感が湧く。
「……そういえば、腹がペコペコだった。お邪魔してもいいか?」
「はいっ。どうぞ!」
マリーは笑顔を取り戻し、ドアを開けて俺を迎え入れてくれた。
店の中は素朴で清潔感がある。奥の住居スペースに案内され、俺はテーブルに腰を下ろした。
「すみません、すぐ作りますから、座っていてくださいね」
手慣れた動きでマリーは調理を始める。肉を捌き、皮を剥ぎ、血抜きを素早く行う。まるで職人のようだった。
「そのナイフ、よく切れるな」
「はい、毎日研いでますから。切れ味が悪いと、味が落ちちゃうんです」
やがて肉は細かく切られ、香草とともに煮込まれていく。部屋に広がる、食欲をそそる香り。
「いい匂いだな」
「ふふっ、そろそろできますよ」
仕上げにパセリをちぎって鍋に入れ、マリーはシチューを木の皿に盛りつけた。
「どうぞ、召し上がれ」
湯気の立つ皿の中には、大きめにカットされた野菜と肉がたっぷり入っていた。スプーンでひと口すくい、口に運ぶ。
「……うまい!」
香草の香りがふわっと広がり、肉はやわらかく煮込まれていて臭みもまったくない。
「パンもありますよ」
マリーはカゴに入ったパンも差し出した。
「父が亡くなってから、ずっと一人だったので……誰かとご飯を食べるなんて久しぶりです」
「そうか……」
それ以上、俺は何も言えなかった。でも、マリーの顔はどこか満ち足りた様子で、言葉は不要だったのかもしれない。
そんな彼女の笑顔を見ていると、ふと、母親のことを思い出す。
小さい頃、母もこんな表情をしていた気がする。少しだけ、懐かしい気持ちになった。
「次の素材採集は、いつにする?」
「そうですね……明日なんてどうです?」
「俺は構わないが……いいのか?」
「はいっ」
さらにマリーは、今夜泊まっていかないかと提案してくれた。
父親が使っていた部屋が空いていること、そして明日も朝から採集に出かけるなら都合が良いと。
俺は遠慮なくその厚意に甘え、その晩、マリーの家に泊まることにした。




