魔王を倒したらただの人?今日から勇者は食べるために働きます。3
翌朝。
俺は、まだ陽が昇りきる前に目を覚ました。
軽く身体を動かし、カフェで簡単な朝食を済ませる。
パンとスープ、それに昼食用のサンドウィッチと水を買って、ギルドへと向かった。
ギルドには、昨日と同じ若い受付嬢がいて、椅子にもう一人女性が座っていた。彼女が依頼主だろう。
「こちらが依頼主のマリーさんです」
受付嬢が紹介してくれる。
「マリーです。今日はよろしくお願いします」
「ロキだ。こちらこそ、よろしく頼む」
そうして俺たちは、目的地である森へと歩き始めた。
「ところで、どんな素材を採集するんだ?」
片道三時間はある道のり、沈黙も気まずいので話題を振ってみる。
「薬草ですね。最近は冒険者が減って、材料が手に入りにくいんですよ」
「ってことは、君は薬屋か? たしか薬の調合には知識が必要だったような。若いのにすごいな」
「はい。実は……父が亡くなって、薬屋を継いでるんです。小さい頃からやり方を見ていて、じゃあ自分でもやってみようって」
「……そうだったのか。悪い、立ち入ったことを聞いたな」
俺が謝ると、マリーは首を振って微笑んだ。
「いえ、もう昔のことですから。気にしないでください」
彼女の顔には薄くそばかすがあり、手には赤ぎれの跡。若いながらも働き者なのが伝わってくる。
そしてなにより、よく笑う。だからか、目尻に少しだけ年齢以上のしわがある。
──だが、それはきっと、笑顔の分だけ刻まれた優しさの証なんだろう。
そうして他愛ない会話をしているうちに、森が視界に入った。
「森が見えてきましたよ」
マリーの足取りが自然と早まる。
「あ、おい、気をつけ──」
注意を呼びかけようとしたその瞬間、彼女は小さく悲鳴を上げて転びそうになる。
「キャッ」
咄嗟に彼女の身体を支える。
「大丈夫か?」
全身に怪我がないか確認する。見たところ外傷はなさそうだ。
だが、彼女は何も言わない。もしかして足首を捻ったかと思い、そっと触れてみても痛がる様子はない。
顔をのぞくと──マリーは頬を赤らめていた。
「……熱でもあるのか?」
「え、いや、そうじゃなくて」
「そうじゃない?」
「ち、近い……」
──なるほど。
「ああ、すまない」
俺は慌てて彼女から距離を取った。
気まずい沈黙が流れる。
「あ、あー! あれ、薬草ですよ!」
彼女は話題を変えるように声を張った。
「こっちが毒消し草で、あっちは痺れに効くやつ。すごい、たくさんありますね!」
マリーは夢中で薬草を採集していた。
俺は彼女の少し後ろで辺りを警戒していたが──
「ガサッ」
草むらから一匹のモンスターが姿を現す。
「マリー、俺の後ろに来るんだ」
現れたのは、緑色のゴブリンだった。
「ウゲゲッ」
声を上げて威嚇するゴブリン。緑色の個体は、種類の中でも一番弱い。
しかしそれでも、一般人にとっては十分な脅威となる。手には棍棒を持っていた。
「さて……鈍ってないといいが」
久しぶりの実戦。
だが不思議と緊張はない。俺はゆっくりと間合いを詰める。
今回は一撃で仕留めず、リハビリも兼ねて動作を一つひとつ確認するつもりだった。
ゴブリンも様子をうかがっている。俺がなかなか攻撃してこないのを警戒しているようだ。
「できれば先に攻撃させたかったが……時間も限られてるしな」
後ろに控えるマリーを一瞥した、その瞬間。
──ゴブリンが飛びかかってきた。
「そりゃ悪手だな」
おそらく、俺の視線が逸れたのを“隙”と見たのだろう。
だが、次の瞬間──俺の剣が、胴を薙ぎ払う。
ゴブリンの体は空中で一閃された。
──勝負は、一瞬だった。
「まぁ、こんなもんか」
剣に付いた返り血を払って、鞘に納める。
昔の感覚はまだ鈍っていなかった。むしろ、身体が覚えていた。
「す、すごい……!」
マリーが目を輝かせて近づいてくる。
「こんな、あっさりと……やっぱりすごいですね!」
「いや、大したことじゃないさ。それより怪我はなかったか?」
「はい、まったく。ありがとうございます」
彼女の笑顔はどこか安心に満ちていた。
森にはまだ危険が残っているかもしれない。
だが──これなら、今日の依頼は無事に終えられそうだ。




