魔王を倒したらただの人?今日から勇者は食べるために働きます。12
買い物を終え、その日の夕食の席で、俺はアメリアに武芸大会へ出ることを伝えた。
「実はな、俺は武芸大会に出るつもりだ」
一瞬の沈黙のあと、アメリアが顔を上げた。
「……わたくしも、是非参加します」
力強い宣言だった。
ここしばらくの稽古が思うようにいっていない。
その焦りから、自分の力を試したいのかもしれない。
自分の実力を知ること自体は悪くない。
だが、正直に言えば──まだ早い気もした。
(……ここで止めたらどうなる?)
きっと、アメリアの心は折れはしないが、勢いは失われる。
今は、前に進もうとしている気持ちのほうが大切だ。
アメリアの目を見る。
そこには迷いのない、揺るぎない決意が宿っていた。
(……転機になるかもしれないな)
「いいんじゃないか」
俺がそう言うと、アメリアは目を見開いた。
止められると思っていたのだろう。
そのための言葉も、覚悟も、用意していたような顔だった。
「……どうした? ポカンとして」
俺は軽く肩をすくめる。
「やるからには、全力で挑めよ」
その言葉を残し、俺は席を立って自室へ戻った。
背後で、アメリアが深く息を吸う気配がした。
そして、数日が過ぎ──
武芸大会の日がやってきた。
「準備はいいか?」
俺が尋ねると、アメリアはしゃがみ込み、靴紐をキュッと結んだ。
「もちろんですわ」
俺とアメリア、マリーの三人は武芸大会の会場へ向かって歩いていた。
朝の街は活気に満ち、道のあちこちで大会の話題が聞こえてくる。
──そのとき。
「誰か! ひったくりよ! 捕まえて!」
甲高い女の叫び声が響いた。
声のした方を振り返ると、一人の男が俺の横をすり抜けて走り去っていく。
(……あいつか)
一瞬で判断する。
男はかなりの速度で距離を取っていく。足に自信があるのだろう。
俺は足に力を込めた。
地面を強く蹴り、前へ──
視界が一気に流れ、風を切る音が耳を打つ。
差はみるみる縮まった。
そして、男の襟首を掴もうとした、その瞬間──
ゴッ。
鈍い音とともに、誰かの踵が男の脳天に叩き込まれた。
男は声も上げず、そのまま地面に崩れ落ちる。
手には、盗んだ財布が握られていた。
「あら、いらぬお世話でしたか?」
声の方を見ると、そこにはチャイナドレスを着た女が立っていた。
この辺りでは見かけない服装。背は高く、整った顔立ち。
纏う雰囲気には、どこか気品がある。
「お嬢様、勝手に動かれては困ります」
すぐに、付き人と思われる男が駆け寄ってきた。
「うるさいのが来ましたわね。では、これは持ち主に返してくださいませ」
女は倒れた男の手から財布を抜き取り、俺に差し出した。
受け取った瞬間、付き人と目が合う。
(……できる)
気配は抑えているが、只者ではない。
武の心得があることは間違いない。
女たちはそのまま立ち去っていった。
(あいつらも……大会の参加者か?)
もしそうなら、少し面白くなってきた。
そのとき、アメリアとマリーが駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
マリーが心配そうに尋ねた。
「あぁ、なんでもない。それより、これを返さないとな」
俺は盗まれた財布を持ち主の女性に手渡した。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げられる。
「いや、俺は何もしていない。別の人が取り返してくれた。もう行ってしまったが」
「……さっきの女、どこかで見たような気がしますわ」
アメリアは顎に手を当て、考え込む。
「知り合いか?」
「えぇ……多分」
「まぁいい。そろそろ会場に向かわないと遅れるぞ」
俺たちは再び歩き出した。
大会は、思っていた以上に波乱の予感を孕んでいそうだった。




