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0202:境界紛争

 世界間に空いた穴を通り、次々に兵士が大宇宙へと踏み込んでいく。侵攻を開始した阿部警備の私兵軍は、チヒロの家への退路を確保しながら森の中を進んでいた。たかだか一企業の私兵軍ではあるが、利権の享受を欲する団体から資金供与を受けて、最新鋭の装備を保有している。地形が不明でGPS衛星も使用できない、近代では例のない環境で戸惑っていたが、泰雲の指令の下、連携して迅速に行軍していた。彼らがまず向かっているのは、唯一の大宇宙からの帰還者である工藤洋平の話に出ていた王都ラワケラムウである。ここを落とせば、小宇宙で言う日本の三分の一に該当する広大な領土を得ることができる。


 進んでいた兵士達の視界が開けた。目の前に広大な草原が広がり、その中央には大きな都市が見える。彼らの歴史では千年も前にその役目を終えていた城塞都市。丘になった中央に立派な城が建ち、それを無数の家々が囲み、さらに一番外側に石を積んで造られた高い塀がそびえ立っている。

 先頭の兵士が無言で手を上げて指示を出す。軍隊は草原の前で停止した。


 草原には墓標のような小さな塀が一定の間隔で一面に立ち並んでいた。防塁。これも彼らの歴史の中では史跡に認定されるような古い技術である。

 隊列の後ろから、複数の平板で構成されたレーダ装置が運ばれてきた。接続されたノートパソコンのモニタには、壁の向こうに立つ人の影がくっきりと表示されていた。各石塁の裏でラワケラムウの兵士達が陣形を組んでいる。奇策も近代兵器の前には無意味だった。

 とはいえ、いくら技術力と戦力に差があるといっても、正面から攻めるのは無謀である。状況は膠着状態に陥った。上官が榴弾の手配を進めようと、指示を出そうとした。


 重々しく地面を揺らして、王都の門が開く。戦闘中に要塞の入口を開けるなんて普通ではない。阿部警備の兵士が警戒して身動きを止めた。

 中から九人の人間が歩み出てきた。一番緊張した表情ををしているのは和真。ルクアとヌトは彼を挟んで進む。四柱であるチヒロ、ウィツタク、アスウィシ、クーハが彼らに続く。最後尾を歩くフィオは、眼帯で両目を覆った死神に付き添っていた。大宇宙代表と言っても過言ではない大仰な面子が顔を揃えている。

 最外の石塁まで辿り着くと、ルクアは目を凝らして森を見つめた。葉々の微かな隙間から迷彩服の生地を見分けて数え上げる。


「来ましたね。五十、百……、百五十はいるでしょうか」

「よく見えるわね? 一個中隊――、戦力を分散させてきたのかしら。まさかあの老獪、こっちの作戦を読んでいるんじゃないでしょうね」


 小宇宙の仲間達は軍隊を率いている老いぼれCEOの姿を見たことがない。チヒロは同意を求めて和真に話しかけた。


「それでもやるしかないだろ。攻城兵器を持ち込まれる前にさ。……何度も言いますけど、黒い金属の筒には最大限の注意を払ってくださいね。上位の魔法と同じくらいの射程と威力がありますから」


 和真が振り向き、防衛の準備を始めてから散々してきた注意を再確認した。クーハが鼻で笑って前に進み出た。


「なに、射程に入る前に俺が全部潰してやる。……にしても、あいつら本当に兵士なのか? 金属の武器しか持ってこないなんて、世間知らずにも程がある」


 クーハが腕を伸ばして手の平を地面に向けると、草原の大地を掻き分けて石の柱が突き出した。四柱のみ使うことの許された秘術。五本の石柱が森を囲む。

 クーハは鼻息荒く、手を握りしめた。

 異変はすぐに現れた。森の地面をまばらに覆っていた草が萎れ、枯れていく。木の葉の色が褪せ、かさかさになって次々に舞い落ちた。

 阿部警備の兵士達が混乱し、アサルトライフルを構えて忙しなく辺りに銃口を向けた。その銃身が根元から折れ、枯葉の積もった地面の上に落ちる。行軍前に渡された新品にも関わらず、銃は所々にひびが入ってぼろぼろになっていた。マガジンに空いた穴から銃弾が全てこぼれ落ちた。

 やがてアサルトライフル本体が地面の上を転がった。兵士が両手で頭を押さえて膝をつく。

 地面がひび割れ、長く深い線が入った。地盤が四方八方にずれて、あちらこちらで断崖が露わになる。根の弱くなった枯れ木が次々に地響きを立てて倒れていく。死に行く森は、倒れ込んでいた兵士達を呑み込んでいった。




 先遣が全滅した様子を遠くから眺めていた泰雲は、無線に向かって最前線の兵士を入れ替えるように指示を出した。


「あれが魔法か。小宇宙の体系とはまるで別物だな。しかし決して魔術も劣っていない」


 私兵軍に代わって姿を見せた人間達は、とても兵隊には見えなかった。足腰のおぼつかない老人からメタボの中年、チャラい少年少女まで様々な人種がいる。皆一様に灰色の作業着を身に着けていた。彼らは阿部警備の全国津々浦々の支部に所属している魔術師だった。


 荒廃した森を迂回して王都の前まで辿り着いた魔術師達は、次々に魔術を行使し始めた。ある者は空中を滑空し、ある者は銃弾を加速させて発射した。またある者は魔法さながら火の玉や空気の刃を放った。

 攻撃手段が多様で、クーハの秘術では対応できそうになかった。


「目には目を、歯には歯をとな。さぁ、今度はどうする?」


 泰雲は口元の皺をさらに深くして笑った。


 たっぷり暴れることができて満足そうな顔をしたクーハが下がり、代わってフィオと死神が前に進み出た。

 死神はシタヌ王国を脱した後、フィオと共にオナキマニム王国で生活していた。あたかい暮らしをする内に洗脳が解け、徐々に人格も治りつつある。痛んでいた髪も艶やかになり、服も立派なものを身に着けていた。その長袖長裾の下には、今も痛々しい無数の傷が残されている。


「いけるか?」

「ぁ……。やってみる……」


 フィオが尋ねると、死神はのんびりした所作で頷いた。手を頭の横に伸ばして左目の眼帯を外す。

 死神が露わになった邪眼をゆっくりと開いた。不可視の瞳が一帯の魔力を削ぎ取っていく。魔術師達の使っていた魔術が忽然と消滅し、辺りはしんとなった。

 詠唱を繰り返す人間。武器を取り出して向かってくる人間。背中を向けて逃げ出す人間。しばらくの間をあけ、魔術師達は皆ばらばらに行動を起こした。


 死神は続いて右目の眼帯を外した。もう一つの不可視の瞳が生命力を削ぎ取る。双眼の前に為す術もなく、魔術師達は草原の地面に崩れ落ちていった。




 草原に作業着姿の人間が積み重なり、死に絶えた森の中からはか細い悲痛の声が届く。私は後方からクーハと死神の活躍を見守っていた。

 豊富な火器にレーダ装置、無線機器。あちらには千年近く進んだ技術力がある。しかし兵器の質だけで戦果は決まらない。対してこちらには有史以来磨き上げられてきた魔法がある。決して引けを取っていない。

 昔誰かが言っていたが、魔法は適材適所。軍人相手なら、銃器を制しつつ倒す。魔術師相手なら、魔術を制しつつ倒す。この作戦なら、最小限の魔力と被害で完全な防衛が可能である。

 とはいえ今のは、力を過信していた相手に対する不意打ちに近い。戦術と魔術のプロフェッショナル達がこのままやられるとは思えなかった。


「――右側方から奇襲!」


 石塁の裏に身を隠していた防衛隊の兵士が声を張り上げた。


 森の中から姿を現したのは、細身のせいでぶかぶかになった作業着を身に着けた男だった。首元まで届く長さの癖毛の黒髪は、額の中央で分けられている。スーツを着ていないので気付くのに時間がかかったが、菅原だった。

 エアケントニスは、私が小宇宙に来た日に全員捕縛されていたはずである。どうして阿部警備のユニフォームを着て、こんな場所にいるのだろうか。


 菅原は魔導書を顔の前にかざした。


「――ここに力を」


 菅原が扱うのは、脳の一部分への情報伝達を封じる魔術である。詠唱省略インタープリターで発動させたのは、おそらく深層意識とのアクセスを妨げる『魔術の封印』。狙ってくるであろう対象は明白である。無防備な死神とクーハの姿が見えた。


「防衛の第一段階は突破されました! 第二段階の準備を!」


 私は菅原の方に向かいながら叫んだ。

 封じられたのはやはり死神の邪眼だった。向かってくる魔術師を止められなくなり、不思議そうに目をぱちくりさせている。


「ひ、左からも奇襲……!」


 防衛隊の中から慌てた声が上がった。振り向くと、銃を構えた兵士達が機を逃さず侵攻してくるところだった。クーハが秘術を使おうとしているが、案の定、魔力を封じられていて何も起こらない。

 正面の魔術師、左方の軍隊、右方の菅原がラワケラムウに向かって雪崩れ込んできた。


「第二段階、心得ました。雑兵は私達が受け持ちます。猛者は頼みましたよ」


 ルクアはそう言って防衛隊に近寄ると、声を張り上げて兵士達の士気を上げた。ヌトとウィツタクも散って迎撃の指示に回る。


「よろしくお願いします!」


 ルクアの背中に声をかけて、再び走り出す。

 菅原の魔術を停止させることに残りの戦力をつぎ込んだ。私とチヒロ、フィオ、死神、クーハ、アスウィシが右翼に向かう。走りながら口早に菅原の魔術の詳細を伝えた。


 菅原の後を追って、森の中から三人の魔術師達が姿を現した。白髪交じりの頭が目立つ、温厚そうな表情をした山下さん。寝癖は直りきっていないし、傾いた眼鏡をかけている、だらしなく見える青木さん。鋭い目でこちらを睨んでいる愛さん。高妻事務所で世話になった皆だった。

 さらに二人の魔術師が木々の合間から飛び出してきた。周りより頭一つ分大柄な赤元。体が重そうに走ってくる山崎。こちらはエアケントニスの人間だった。

 私は足を止めて高妻事務所の魔術師達と、菅原を挟んで向かい合った。中央に立っていた女は私に一際の殺意を向けていた。


「永田君。あたしは、洋平を傷つけたあんたを許さない……」


 愛さんは今にも噛みついてきそうに歯をむき出して言った。

 あの倉庫で阿部警備と敵対してから、彼らの恨みを受ける覚悟はしていた。私は目を伏せた。


 遅れて走っていた赤元と山崎が合流した。菅原が私達から離れ、高妻事務所の魔術師達の中に混じった。


「……遅いですよ、赤元さん。そんな図体しておいて」

「すまん。お前こそ、何でそんなひょろひょろの体のくせに速いんだ?」


 菅原の文言に違和感を持ちながら、揃ったエアケントニスを見た。彼らにプレーローマなんてものを教わったせいで赤っ恥をかいたことを思い出し、怒りが込み上げてきた。


「なんでエアケントニスのお前らが阿部警備と一緒にいるんだ? プレーローマに来られた気分はどうだ?」

「エアケントニス? プレーローマ? 知らんな」


 赤元は怪訝な顔をして答えた。

 私はしばらく言葉を咀嚼し、素っ頓狂な声で「え?」と返した。


「いや、あんなに教義を崇敬して、俺にも教えてくれただろ。人はプレーローマに帰還して真の安定をもたらすって。神の使いは天使だって」

「あぁ、そんなことを信じていた時期もあったな。全く馬鹿な考えを持っていたものだ。この世にはプロパトールも神もいない。神の使いなんて死んで然るべきだ」


 赤元の言葉に反応して何度も頷いている山崎と菅原を見て、私は悟った。阿部警備に捕まった後、彼らは洗脳されていたようだ。戦力として都合よく使われているらしい。彼らのことは大嫌いだったが、少しだけ哀れみを感じてしまった。


 高妻事務所の魔術師達に視線を戻す。


「永田君、久しぶり。君とこんな形で再会するなんて思いもしなかったよ」

「僕もです、山下さん……」


 眉間に皺を寄せた悲しそうな表情が心に残った。


「工藤君のことも、君と小宇宙の関わりのことも全て聞いたよ。釈明はあるかい?」

「ありません。見ての通りです」


 釈明とは、おかしなことを言う。王都を背にして魔法使いや兵士の先頭に立っている私を、どのように誤解できるのだろう。


「そうか……。君は元々こちらの人間だろう。何故我々を敵に回すようなことをしたんだい?」

「阿部警備の行為を見逃すことができなかったからです。隣の世界の獣を絶滅させ、資源を奪って自分達の世界だけを繁栄させようなんて、身勝手すぎるじゃないですか」

「自分の身を危険にさらして神の使いと戦ったことのある君なら、私達と同じように分かってくれると思っていたんだけどね。私はこの計画を素晴らしいと思ってる。神の使いが消えるのはもちろんのこと、資源枯渇や環境問題が深刻化している昨今、物資の流入はきっと一筋の光明になり世界中を幸せにしてくれる」


 尊敬していたはずの山下さんの言葉の一つ一つ、動作の一つ一つが癇に障る。会わなかった数年の間に、彼は変わったんだな、と思った。


「そうでしょうか。阿部警備が資源を持てば占有権をめぐって企業間の争いが起き、日本が資源を持てば国の間で戦争が起きる。そんな逆行する時代が幸せな世界ですか?」

「そうならないように、上層部は資源を国の間で自由に行き来させると宣言している」

「宣戦布告もなしに軍隊を投入してくるような集団が約束を? そんな人達の話をよく信じられますね」


 私の発言に頭に来たようで、愛さんが向かってこようとした。それを山下さんが肩を入れて押さえる。


「……お互い歩み寄ることはできないのかな」

「無理でしょうね。こうして顔を合わせてしまった以上、戦うしかないんだと思います」

「永田君は、変わったね」


 山下さんはそう言って、寂しそうな目をしたまま笑った。

 思っていたことをオウム返しされたようで、私ははっとした。私も変わったのだろうか。自覚は無いが、そうなのかもしれない。


「戦闘が避けられないっていうのは同感。さっきからあたしは、あんたをぶちのめしたくて堪らないのよ!」


 山下さんの制止を振り切り、愛さんが地面を蹴って駆け出した。私の前で腕を引き、拳を握りしめる。打撃のエネルギーを飛ばす、彼女の十八番。


「我は汝に啓示を与えるもの」


 光の点が宙に浮かび、四方に広がり鏡を生成する。小宇宙の街中を映した鏡面は、突き出された愛さんの腕と交差していた。

 鏡が収縮して消滅する。愛さんの腕が肘からずれ、はさりと草が覆う地面に落下した。


 愛さんは私のことを許さない、ぶちのめすと言っていたが、それらは生存を前提にした話であり、その時点でもう甘いんだと思う。

 山下さんはかつて、コミュニケーションをとれず凶暴な性格をしている人型の神の使いに、人と同等の権利を与えることができるか、と問うた。そして被害者になる人間の命と、獣同様の化け物の命を同じ天秤に載せることなんてできないと語った。彼の言っていたことも、今なら分かる。


「僕にはどうしても守りたいものがあるんです。申し訳ありませんが、今回ばかりは殺す気でやります」


 愛さんの腕の断面から勢いよく血が流れ出していた。地面を赤いまだらに染める。彼女は髪を振り乱し、顔を紅潮させた恨みをたぎらせた表情をして、言葉にならない叫びを発した。

 チヒロが後ろから歩いてきて、私の右隣に立った。大宇宙語で話しかけてくる。


「この人達が、和真君の先輩だった人達? ちゃんと戦えるの?」

「大丈夫。決別はだいぶ昔に済ませてあるから」

「分かった。それなら私も力を貸すわ」


 チヒロに感謝の言葉を述べようとしていると、タイミングを見計らったかのようにフィオが私の左隣に立った。


「あ、あたしもいるぞ!」

「二人とも、ありがとう」


 三対三。奇しくも、古くから魔術を用いる戦闘において使われてきた布陣同士の戦いになった。




 元エアケントニスの三人は、死神とクーハの顔を見ながら話し合っていた。言葉が通じないことは分かっているので、声の大きさを気にせず話し込んでいる。


「先程の防戦の様子では、あの二人が主力のようですね」

「そのようだ。我らが阿部警備の為、奴らから倒すとしよう」


 赤元は山崎の言葉を肯定して戦闘の方針を決めた。

 論議の様子を見ていたアスウィシが長いため息をついた。魔法を封じられて手持無沙汰にしている死神とクーハの方を振り向く。


「あなた達二人が主戦力だろうと言っています」

「はははっ、天下の木柱様は眼中にないか。大した奴らだ。……ん、奴らの言葉が分かるのか?」

「少しだけですが。以前氷柱に教えてもらったので」


 酒の席で戯れに教わっていたのだが、アスウィシもまさか役立つ状況が発生するとは思っていなかった。もっとも、聞こえたのは彼女の自尊心を深く傷つける文言だったのだが。


「邪眼が効かなくなっちゃった……」


 死神が目を擦りながらアスウィシの前に歩いてきた。彼女は悪魔と肩を並べるほどの身体能力を持つハーフである。だが体格は華奢で、背丈は胸のあたりまでしかなく、こうして見るとただの子供にしか見えないとアスウィシは思った。


「大丈夫ですよ。額にア・バオ・ア・クゥーの欠片を埋め込まれるのと同じように、魔力の発生が阻害されているだけです。魔術の対象から外れている時に、外部から魔力をぶつけてやれば治ります」

「分かった……」


 死神はアスウィシの横を通って敵の方に向かった。クーハも娘を見守る父親みたいな顔をして彼女の後を追っていった。考えていることは皆同じかもしれない。アスウィシはクールな顔に微かに笑みを浮かべた。

 アスウィシは頭を切り替え、後ろを振り向いた。元エアケントニスは、先頭のアタッカーに赤元、真ん中のブロッカーに山崎、後方のサポーターに菅原という陣形で構えている。


「汝強大な力をもつ皇子、土星の星の名を冠する者よ、示す聖印と天使の御名において召喚する」


 菅原が魔法陣の描かれた魔導書を手に、詠唱を始めた。


「安息の第七日の主たる支配者よ、ここに力を!」

「――『魔術の封印』の作用を確認。これで前方の三人は魔術を使えません」


 山崎は三人の脳内の電子の流れを知覚し、脳深部へ情報伝達が行われていないことを確認していた。


「あら?」


 アスウィシは苦笑いを浮かべて自分の手の平を眺めた。彼女が言っていた通り、菅原の魔術を解除するには外部から魔力をぶつければいいのだが、肝心の魔力を発生させることができなければ対処しようがない。


 赤元が一方的な攻撃を開始しようとしたその時、突然死神が長い髪をたなびかせて走り出した。魔力を封じられた両の目には、光を呑み込む漆黒の瞳が見える。


「肉弾戦はお前の領分だろう」


 赤元が振り向いて菅原に話しかけた。


「三人に魔術をかけるには、結構集中力がいるんですよ。赤元さん、お願いします」

「仕方ない。山崎、行動予測を頼む」

「はい」


 赤元が正面に向き直った時、死神はあっという間に距離を詰めて先頭にいた彼に襲いかかっていた。


「正面に右のストレート。敵の右側が死角です」


 山崎が死神の脳内の電子の流れを知覚し、脳地図に当てはめ行動を予測する。赤元は彼の言葉の通りに左に移動した。

 死神が腰を回し腕を突き出して、風を伴った強力な一撃を放つ。拳は空を切った。吹きつける風が赤元の頬を震わせた。


「続いて左の後ろ回し蹴り。30cm以上後方に――」


 赤元が地面を蹴って後ろに跳んだ。直後、薙がれた踵が作業着をかすった。


「オイ、遅いぞ!」


 上着の腹の部分が綺麗に一文字に裂かれているのを見て、赤元が焦って叫ぶ。


「左左右の連打、右の回し蹴り、み、右の横蹴り、まだ――」


 山崎が喋り終える前に死神は全てのコンビネーションを終え、中段突きを放っていた。

 人間を超えた死神の身体能力に、口頭伝達の予測は追いつかない。赤元は腹部に拳打を受けて、足底が地面から離れていた。重量を感じさせない優雅な動作で、二メートルの巨体が放物線を描いて飛んでいく。鈍い音を立てて落下し、草原の上を転がって止まった。

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