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0003:手緩い授業、手痛い指導

 先に降りた阿部警備の三人に続いて、後部座席から立ち上がった。二階建ての駐車場には、私達の乗ってきた会社所有の白いセダンしか停まっていない。だからといって、ここが寂れた店というわけではない。その原因はこの中にいる。

 有名古本屋チェーン店の名前がプリントされたガラス扉を通って中に入った。火災報知機のベルがやかましく鳴っている。店内には客だけでなく、売り場に立っているはずの店員の姿も無い。

 先頭を歩いていた山下さんが、壁に設置されていた発信機のボタンを冷静に引き戻した。ベルの音がぴたっと止まり、店内が静まり返る。


「うん、先遣がしっかり誤魔化してくれたみたいだね。青木君は外で待機、栗原君は僕と一緒に怪物の駆除をよろしく。永田君は、――僕らと行動しようか」


 山下さんの言葉に対して、青木さんが元気よく返事をして店から出て行った。その後姿を見送りながら二人に尋ねる。


「青木さんって戦闘以外の担当が多いですよね」

「適材適所だよ、魔術にも特性があるからね。彼は魔法陣のプロフェッショナルだからサポーターが適任なんだ。――おっと、そうだった。まだ布陣のことを教えていなかったっけ」


 少しだけ記憶を辿ってから頷いた。ついでに、なんで彼らと一緒にこんな場所に来ているのかも思い出した。

 車で通りかかった山下さん達に会ったのは学校帰り。魔術のことを教えてやると言われ後部座席に着いたところ、ここまでつれて来られて今に至る。怪物の出た現場に向かっていたなんて聞いていない。


「魔術を用いる戦闘においては、古くから伝わる布陣が使われることが多い。この布陣では三人で一つのユニットを組むことになるんだけど、内訳は、敵を攻撃するアタッカー。敵の攻撃からアタッカーを守るブロッカー。その二つを補助したり、敵を撹乱するのがサポーター、またの名をインターセプターだ。うちではアタッカーを栗原君が、ブロッカーを僕が、サポーターを青木君が務めている」


 ロールプレイングゲームでいうパーティー。前衛の勇者と格闘家、後衛の魔法使いといった感じだろうか。いや、実際全員魔法使いなのだけれども。

 思い返してみれば、怪物と戦っているときはいつも栗原さんが攻撃していたし、人間鳥のときは山下さんが守ってくれた。


「それで栗原さんばかりが攻撃していたんですね」

「栗原愛なんて、かわいい系の芸能人みたいな名前をしておいてコレだからねぇ」


 山下さんが無神経に笑った。不意を突かれて吹き出しそうになったが、爆発物を常備しているアタッカーの目に留まるわけにはいかない。神妙な顔を作ってなんとか堪えた。


「五月蝿い、気にしているんだから放っておいて。……それと永田君さぁ、そっちの方が年齢では先輩だし、名前で呼んでくれていいよ」


 ムッとした様子の栗原さんがこちらを振り向いて言う。私としては苗字の方がしっくりくるのだが、仕事の先輩命令に大人しく従うことにした。

 山下さんが私達を交互に見ながら口を開く。


「いやぁ、いいよね、そういう甘酸っぱい感じ。僕も健治君って呼んでくれないかなぁ」

「だから五月蝿いって言っているでしょう、この狸が」


 栗原さん改め、愛さんが一蹴。もはや名前ですらなくなっていた。当人が恍惚の表情を浮かべているのは見なかったことにしておく。

 六回目の顔合わせにして、ようやく彼らの性格や立ち位置が分かってきた気がする。ひょうきんだが頼りになる店長と、魔術のことになると多弁になる正社員、それにぶっきらぼうで照れ屋なアルバイト。人間観察に不自由しなさそうな職場だ。アルバイトの契約をしていないので私は居候みたいな立場にあるが、案外ここの居心地を気に入っていた。




 先頭に愛さん、間に私を挟んで後ろに山下さんが立ち、身長よりも高い本棚の間を歩いていた。

 大河ドラマのコーナーが用意された歴史小説、背表紙だけでもセンスが見受けられるハードカバー、怪しい言葉の並ぶ啓蒙書。一生のうち、この膨大な蔵書の内の何万分の一を読むことができるのだろう。積み重なった人の軌跡にはただただ頭が下がる。

 愛さんが足を止めた。前方の床の上に本が散らばっている。どのページも刃物で切られたように細かく引き裂かれていた。

 はぁはぁと規則的に発せられる荒い呼吸音。視線を上げると、本棚の陰から熊の尻が突き出ていた。一瞬ぎょっとしたが、これが今回の対象なのだろう。落ち着いて相手を確認する。

 毛先が固まり、ごわごわしていそうな黒い毛皮で包まれている。尾は蛇になっており、先端についた頭が閉じた口から舌をチロチロと出していた。シルエットから判断して、てっきり尻だと思っていたのだが、もしかしてあれが上半身なのだろうか。

 蛇の頭がこちらを振り向いた。尻がもぞもぞするのを止めて前進(後退)を始める。すると本棚の影から出切った下半身(上半身)にも犬の首が三つ並んでいた。紛らわしいが、こちらが本当の頭らしい。

 三つの頭は肩のあたりでくっついており、ドーベルマン似の長い首が不気味さを際立てている。どういう訳か首の内の一つは目を閉じてがくんと頭を垂れており、残りは耳をぴんと立て、牙をむき出しにして敵意をあらわにしていた。


「我々を包んでいる大気の中には、ハドロンやらクォークやらニュートリノやら、何だかよく分からないけれど世界に重要な影響を及ぼしている素粒子がたくさん存在しているらしい。そして魔術を可能にする粒子もそういったものの中に存在しているとされている。それは姿形こそは見えないものの昔から存在を信じられ、アゾットやら霊光やら大作因やら様々な呼び名で呼ばれてきた。現在を生きる我々は、それを奇跡の粒子と呼んでいる」


 山下さんが歩を進め、私の横を通って愛さんと並び立つ。愛さんは既にダイナマイトを手にし、導火線をジッポーで炙っていた。

 怪物が体勢を低くし、後ろ足にバネを溜めた。口の端から唾液がねっとりと垂れ落ちている。


「脳をとある条件下におくことで奇跡の粒子が共振を始め、深層心理に沈んでいる願望や妄想を具現し奇跡を引き起こす。まぁ、奇跡の粒子はあくまで媒体であって、現実に奇跡を引き起こすにはそれに応じたエネルギーが必要になるんだけどね」


 涎が振り切れた。怪物がこちらに向かって猛スピードで駆け出し、地面を蹴って跳び上がる。重さを感じさせず、天井すれすれまで体が浮いている。それぞれの犬の頭が大きく口を開いて前衛の二人を狙う。しかし牙を突き立てる前に、見えない壁にぶつかったように空中で跳ね返された。


「ちなみに僕の魔術はエネルギーの相殺。エネルギーは車のバッテリーから拝借してる」


 転んだ怪物がすぐさま体を起こした。体を正面に向け、後ろ足を踏ん張って再び駆け出そうとする。


「……我が声を聞け、彼に従いて街を往け」


 店の中に荘厳な声が響く。いつぞや耳にした、愛さんの用いる魔術の口上。


「脳は非常にデリケートだから、ささいな思念や外乱で奇跡の粒子の作用は妨害されてしまう。そこで魔法陣や詠唱によって情報を追加入力し、脳の挙動を補助するんだ。魔法陣は主に魔術の範囲や対象、エネルギー源を。詠唱は主に魔術の程度――つまり濃度や威力を制御する」

「我が聖域から絶滅せよ、――執行!」


 怪物が再び地面を蹴る前に詠唱は終わっていた。手中のダイナマイトに火が入り、犬の首の前で炸裂する。両脇の本棚が返り血を浴びて、ねっとりと真っ赤に染まった。


 頭を失った怪物が、自身の作った水たまりに向かって前屈みに倒れこむ。辺りには血と、鼻につんとくる火薬の臭いが漂っていた。あれだけ凄まじい威力だったのに周囲や術者まで被害が及んでいないのは、魔術の範囲や威力を絞った結果なのだろう。


「あたしの魔術は力の転移。必要なエネルギーはそんなに大きくないから、自分の体温を指定しているわ」


 愛さんが自身のアームカバーに描かれた魔法陣を指差して言った。私は慌てて目をそらした。


「数サークルだけの簡単な内容なら、こうして小さい魔法陣で済む。……えぇと、どうかした?」


 山下さんも手の甲に刻まれた刺青の魔法陣を見せてきたが、私は慌てて目を閉じた。


「人の魔法陣を見たり詠唱を聞いたりしても、暴発したりしませんよね?」

「急造でなければシリアライズしてあるから、当人以外には使えないから大丈夫」


 恐る恐る半目になりながら尋ねると、納得いったようで魔法陣を隠しながら答えてくれた。掃除の間中、神経質だなぁと二人に笑われ続けた。




 テーブルの上に並んだラーメンとチャーハンに向かって手を合わせた。正面には青木さんと愛さん、横には山下さんが座っている。

 ここは大衆向けの中華料理店である。現場の片付けが終わって外に出ると、既に空は暗く夕飯の時間帯になっていた。帰りの車の中で山下さんに奢ってやると言われ、ついつい断りきれずについてきてしまった。

 手を合わせたものの、まだ体に血の臭いが残っているような気がして食欲が出ない。同じ光景を見ていたはずなのに、三人は美味しそうにラーメンをすすっており、不思議というか感心させられた。食べるのを諦め箸を置く。


「実際に魔術を間近で見てみてどうだった?」


 そんな私を気にかけてくれたのか、山下さんが話しかけてきた。


「イメージとだいぶ違っていて驚きました。正直に言った方がいいのか分かりませんけど、その、もっと派手というか、手の平から火とか水を出すようなものを想像していたので」


 私が返事をすると、三人が顔を見合わせて苦笑いをした。少し失礼な返答かと思ったが、反応からしてどうやら言われ慣れているらしい。


「地味っていうのも案外重要なんだよ。中には永田君の言っているような魔術を使える人もいるかもしれないけど、あんまり派手だと、あっという間にエネルギーを吸い取られて魔術を使うどころではないからね」


 山下さん談。確かに、発電所の全電力を消費してシューティングゲームばりのレーザーを一発放つよりも、愛さんみたいに体温の余熱を利用して範囲の絞られた攻撃をした方が断然戦闘に向いていそうだ。


「そういう理由があったんですね……。使える魔術って人によって違うみたいですけど、どんな風に決まっているんですか?」

「奇跡の粒子のことは聞きました? 奇跡の粒子によって引き起こされる奇跡は、どうも深層心理の影響を受けているようなので、魔術は自分でも気付けていない心の奥底に眠っている願望に基づいていると言われています。学者の受け売りですけどね」


 青木さんが答えてくれた。魔術のことになると途端に元気になり滑舌がよくなる。

 願望を叶えるものと聞き、あまりいい印象を受けなかった。ふと思ったのだが、魔術を見られると願望までばれてしまうのだろうか。私の魔術が、AVの企画物に出てくるような煩悩丸出しのものだったらどうしよう。

 三人の顔を見回すと、山下さんが眉毛をVの字にして珍しく真面目な顔をしていた。


「……栗原君の魔術は、自分の思いをもっと素直に伝えたいという心の現われだと僕は思っている」

「夢にとどめるまでもなく、素直に伝えてあげるわよ。さっさと化け物に喰われて死ね、クソ狸」


 愛さんは冷笑と共に答えて、ラーメンのスープの油を繋げる作業に戻っていた。山下さんお得意の冗談なのだろうけれど、言われてみると、彼女がそのように思っていそうな気もしてくる。

 私の隣に座っている、考えていることがよく分からない男、山下さんはどんな願望をもっているのだろう。食べ終わるのを待ちがてら考えを巡らせてみる。確か彼はエネルギーを相殺する魔術だと言っていた。



「その考え方でいくと、あんたらの代表は組織を瓦解させたい願望でも持っているんじゃないか。こいつはいい、傑作だ!」


 明らかに私達に向けられた男の声。考えを見透かされたような気がしてドキリとした。

 背後から馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくる。四人が一斉に視線を向けた。

 こちらに背を向けて一人でテーブルについていたのは、スーツ姿で細身の男だった。首元まで伸ばされた黒い髪は、癖毛で髪質が太く、鈍く光を映している。


「エアケントニス……」


 愛さんが憎しみのこもった声で呟くと、その反応を待っていたかのように男が振り返った。四人の顔を見回してから、私の方を向いて驚いた素振りを見せる。


「おや、見ない顔がいるね。新しく阿部警備に入った人?」


 私の顔をまじまじと見つめ、馴れ馴れしく話しかけてきた。顎を上げ下目遣いで見てくるのが人を馬鹿にしているように感じ、あまり関わりたくない男だと思った。


「いえ、ただ夕飯を一緒しているだけの、しがない大学生です」

「僕はエアケントニスの菅原樹だ。今後も度々顔を合わせることになると思うけど、よろしく」


 話を聞いていないようだ。阿部警備の三人も肩をすくめて呆れているようだった。


「自己紹介がてら、こんな話をしよう。『罪と罰』の主人公であるラスコーリニコフが、監獄の病院で寝込んでいた時に見た夢だ」


 菅原は立ち上がって両手を広げ、人の反応を待たずに話を始めた。


「旋毛虫のような人体にとりつく寄生虫が全世界に猛威を振るった。それに感染すると、かつて人々が一度も抱いたことのないほどの強烈な自信を抱き、自分の信念が絶対に正しいと思い込むようになる。すべての人が不安におののき、互いに相手が理解できず、他人を見て苦しんだ。何を悪とし何を善とするのか意見が一致しなかった。人々はつまらない恨みで殺しあった。意見がまとまらないので生産活動を行うことすらできず、飢饉が始まった。そして人も物も滅びてしまったのだ」


 話は終わったようだったが、正直なところ感想に困る。「手洗いうがいは大切だよね」と真面目な言葉を返せばいいのだろうか。そもそもどこら辺が自己紹介だったのだろう。


「果たしてこれは彼の言うように、馬鹿馬鹿しいで済まされる夢なのだろうか。――いいや、理性やしがらみから逃れ、人間の本質、本来の姿に立ち返った素晴らしい世界ではないか」


 菅原が愉悦に浸った様子で口の端を歪めた。綺麗に揃った白い歯が覗く。


「汝強大な力をもつ皇子、土星の星の名を冠する者よ――」


 その口から発せられたのは、あろうことか魔術の詠唱だった。途端に阿部警備の三人が慌しくなる。


「あの馬鹿、こんな人中で詠唱を……!」


 愛さんが悪態をつき、テーブルを跳び越え菅原に殴りかかった。狙っているのは喉笛。声を封じるつもりなのだろう。


「――青木君、インターセプト!」


 山下さんはテーブルの上にあった食器を跳ね除けていた。がしゃんと音を立てて、落ちた食器が割れる。


「やってます」


 何処からともなくマジックペンを取り出した青木さんは返事をして、テーブルの上に大きな円を描いた。その中に幾何図形を組み合わせた絵が加えられていく。多分これは魔法陣だ。魔法陣のプロフェッショナルと呼ばれるだけあって、とんでもなく速い。あっという間に円の中の隙間が埋められていく。


 横から、食器の割れた音や悲鳴が上がった。慌てて振り向くと、愛さんが無関係の客の席に頭から突っ込んでいた。

 菅原が半身の構えを解く。顔をこちらに向け、青木さんの作業を興味深そうに眺めていた。


「示す聖印と天使の御名において召喚する。安息の第七日の主たる支配者よ」


 菅原の詠唱が続く。愛さんの急襲が通用しなかった以上、青木さんのインターセプトが生命線である。間に合うだろうか。三人の切羽詰った表情が伝染し、私まで緊張していた。


「――ここに力を」「――心が満ちる日が来たらんことを」


 二人が詠唱を終える。同時に終えたように聞こえたが、こういう場合魔術はどうなるのだろう。私は結局、何も行動を起こすことができなかった。

 山下さんに、青木さんに、愛さんに視線を移す。三人とも顔に冷や汗を浮かべていたが、特に変わった様子はない。菅原は口の端を歪めて無言で笑っていた。



「間に合ったの?」


 沈黙を破ったのは愛さんだった。口元の血を拭ってから尋ねた。三人の視線が青木さんに集中する。


「いえ、彼の目的は最初から僕達ではなく――」

「店長を呼んで来い!」


 青木さんが言い終える前に、店の入り口付近から男の野太い声が上がった。


「なんだこの盛り合わせは。写真と全然違うだろう。詐欺だ! 交換しろ!」


 大声を出しているのは客のようだった。椅子を倒して立ち上がり、顔を真っ赤にして声を張り上げている。

 メニューの写真はとびきり美味しそうに見えるように撮っているもので、現物とは多少違っても仕方がないと思うのだが、なんで彼はあんなに怒っているのだろう。

 青木さんが深刻そうな顔をして、必死に魔法陣を描き直していた。


「てめぇ、そこのアルバイト! なんだその目は!」


 男は周囲を見渡すと、偶然近くにいたウェイターに近づいていった。気の弱そうな青年である。シフトに入るタイミングが悪かったなぁと同情した。


「――いつもいつも食いカスを飛び散らかしやがって、てめぇは豚か! もっと上品に食え、掃除をする側の立場になって考えてみろ馬鹿野郎!」


 ウェイターが男に向かってどなり、殴りかかった。掴みかかって倒し、馬乗りになって上から何度も拳を叩きつける。

 青年がパニックになりながらも頭を下げている様子を思い浮かべていたので、自分の目を疑った。むしろ私がパニックになってしまい、呆然と菅原の言葉を聞いていた。


「暗い感情は誰しももつものだ。しかし知性的な生物である人間らしくない、他人に白い目で見られる、相手が可哀そう、なんて世界の価値観と照らし合わせた否定する理由を作り、人は自分を律し押し殺す。それが倫理。それが道徳。――僕の魔術は、それらのしがらみから人々を解き放つ。生物らしく、自身を世界の中心に据えて生きることを可能にする」


 おばさんが、夫らしき隣のおじさんに殴りかかった。子供が脅えた目を向けている前で、養育費についてヒステリックに喚き散らす。

 コックに向かって客が次々に皿を投げつける。ウェイター同士が胸倉を掴みあう。叫ぶ。叩く。割れる。絞める。刺す。零れる。折れる。飛び散る。蹴る。潰れる。噛りつく――。

 店の中はまるで地獄のようだった。私達以外の全ての人が狂気に取り憑かれていた。



「――心が満ちる日が来たらんことを」


 青木さんが描き直した魔法陣で詠唱を終えた。それと同時に、店内に渦巻いていた興奮が一気に収まった。

 人々が振りかざしていた拳を下ろす。誰もが顔を青くして絶望の表情を浮かべていた。


「警察を呼ばれでもしたら色々と厄介だ、出よう」


 山下さんの言葉に、三人が黙って頷いた。レジに金を置き、罵声や泣き声の聞こえる店を後にする。いつの間にか店内に菅原の姿はなかった。

 私達は無言で車に乗り込んだ。静かに車が発進し、ウィンカーを出して道路に合流する。


 とても人間のものとは思えない醜い表情が脳裏に焼きついている。車の中でも膝の震えが止まらなかった。


「あの人は、一体何なんですか?」

「あいつらはエアケントニス。怪物の存在を知りながらそれを擁護する、狂った連中だよ」


 どうして、大宇宙や魔術のことを知っている人間は皆良い人であると思い込んでいたのだろう。力は目的ではなく手段。使い方次第で正義にも悪にもなってしまう。魔術を教えてもらった暁には、世界の為に正しく使っていきたいと思った。

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