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0119:新たな国の誕生

 部屋の外から聞こえていた声や音は止んでいた。総数は防衛隊の方が多いので安心はできないが、奇襲のお陰もあり城内部の制圧は完了したようだ。

 ここ謁見の間では二組の戦闘が始まろうとしていた。私はチヒロと対峙することになってしまい、フィオはウィツタクと交戦している。フィオは手の中に火を灯し、今まさに駆け出そうとしている。


「余所見をしている余裕なんてあるの? こっちは手を抜くつもりなんて無いんだからね」


 チヒロは右足を下げ、氷の槍を右手に持ち、腕をきりきりと引いた。あの体勢はアクアラインで見たことがある。私の記憶が正しければ、当たったら怪我では済まない大技のはずだ。魔法陣の描かれたカードを片手に持ち、動きに集中した。


「――ウンディーネは音を立てて流れ寄れ!」


 チヒロが体をねじり、重心を前に移動させながら氷の槍を投擲する。手から離れた槍が、後方に幾重にも蒸気のリングを纏い、急加速する。


「我は汝に啓示を与えるもの!」


 素早く詠唱し、正面に鏡を生み出す。私の心臓を狙って放たれた氷の槍は、氷を散らして鏡面の中に吸い込まれていった。纏われていた冷気が足の間を吹き抜けていった。


 振り下ろし終えたチヒロの手の指先には五つの水の球が浮かんでいた。

 鏡を消して走り出す。空間や多方向からの攻撃をされたら、ひとたまりもない。守っているだけでは駄目だ。


「火から土を、粗雑なるものから精妙なるものを分離せよ」


 走りながら周囲に十枚の鏡を生み出す。まず五枚を同時に放った。チヒロの手を離れた水球を縁で分断する。

 さらに五枚を、速度と方向を変えてチヒロに向けて放つ。チヒロは表情を変えず、手の平を床に向けた。

 私を囲んで五本の氷柱が地面から突き出す。ルクアが警告してくれた氷柱の秘術。次の瞬間には、視界から五枚の鏡とチヒロの姿が消えていた。


「広やかにみなぎり渡る大気よ、冷気をたっぷりと吹き入れよ」


 後方からチヒロの凛とした声が聞こえてきた。慌ててカードをかざしながら振り返る。


「水気を含んだ霧の棚よ、漂い来たって辺りを巡れ」


 水色の光を放つ魔法陣を三枚も展開して、大魔術の詠唱をしている。チヒロの周囲に巨大な水の渦が巻いていた。


「水よ、したたり、ざわめき、雲よ、捲き起れ」


 渦の回転が一瞬収まり、縦長くなってチヒロを囲む水の牢になった。轟々と唸っていた音がぴたりと止む。


「虚妄の炎の戯れは一条の稲妻の光に!」


 無数の水の柱――いや、刃が無作為ともいえる経路を通ってこちらに向かってくる。これでは正面に鏡の盾を張っても防ぎきれない。


 膨大な数の斬撃が空間を占有する。ウォーターカッターさながら、水の刃が彫刻の掘り込まれた部屋の天井や壁、大理石の床を切り刻んだ。魔力から解放された刃はただの水に戻り、垂れ落ちて水溜まりになった。


「……出てきなさい。やられてないのは分かってるのよ」

「我は汝に啓示を与えるもの!」


 小宇宙でやり過ごしていたのはお見通しだったようだ。チヒロに認知してもらったので、私は世界間の移動を思う存分に使えるようになっていた。

 チヒロの後方に浮かべていた小さな鏡を広げる。彼女の死角から飛び出そうとした。


「扉を通過している最中なら、防御できないでしょう?」


 まるでこちらが見えていたかのように、チヒロはぴたりと手の平を向けてきた。そういえば彼女は観測者の特性なのか、奇跡の粒子の流れに敏感だった。

 彼女の言うとおり、今鏡を解除したら胴体が真っ二つになってしまう。『魔術では』攻撃を防げない。


「胸骨の骨折くらいで許してあげる――」


 チヒロは物騒なことを言って、手の平から勢いよく水流を放った。


「気が早いよ」


 リュックサックから取り出した物体に受けさせる。水流が勢いを失い、床の上に零れ落ちた。

 正面に向けて盾にしたのは、ア・バオ・ア・クゥーである。今朝見たら蛹になっていたので連れて来た。申し訳ない気もするが、まぁ命を助けた一回分くらいなら彼(彼女?)も許してくれるだろう。


「星煌く天は我が顔、海は我が胴、大地は我が足、我は汝に啓示を与えるもの」


 詠唱の後に誘導が必要な攻撃は、氷柱の秘術で制御を失ってしまう。定点攻撃なら防げないはずだ。

 光の立方体が現れ、断崖が六方からチヒロを包み込む。立方体が急速に縮小し、光の点になって消滅した。


「……ふぅ。これで扉までの往復の時間くらい稼げるだろ」


 ア・バオ・ア・クゥーの蛹を床に下ろし、息をついた。無駄に大きくなって鉄の塊みたいに重い。


「――それは無理ね」


 再び後方からチヒロの声が聞こえた。眉をひそめ、思いきり嫌そうな顔をして振り返った。砕け散った氷の破片が舞っていた。

 氷柱の秘術は思考さえも凍結する。こちらの魔術が成功する前に詠唱されたら無効化されてしまう。しかし先程は確かに、チヒロが鏡の立方体の中に入っていたのを見た。


「幻影を見せたのか?」

「……太陽から私達のところへ届いている光は、八分前の太陽が発したものだ。実はもう太陽は消滅しているのかもしれない、なんていうロマンティックな話があるじゃない?」

「ロマンティックかはともかく、あるな」


 チヒロは得意な顔をして、的外れな返答をしてきた。


「あれと同じよ。網膜に焼付いた像は電気信号に代わって視神経を通り、やがて脳が反転させて認識する。この間、コンマゼロゼロ数秒。対象に集中し残像を映したならコンマゼロ数秒。魔術が実行されるよりもこの時間だけ早く秘術を使えば、過去の私を見せられるという訳。真似をしても無駄よ。タイミングを合わせられるのは、世界広しといえども私くらいなものだから」


 秘術を使われる前に魔術を成功させようとしていたせいで、まんまとそのコンマゼロ数秒しか存在できない幻影に騙されてしまったということか。さすが天才、こちらの行動は隅々まで読まれているようだ。これ以上の対処方法は思いつかなかった。




 火の玉を手にしてフィオが地面を駆ける。ウィツタクが手を振ると、八相に剣を構えた二体の甲冑が彼女の前に進み出た。

 フィオが鎧の頭に右手で掴みかかる。尾を引き広がっていた炎が掻き消えた。


「耐魔の鎧か――」


 フィオが奥歯を噛み、手に力を込める。べきべきと音を立てて兜が五本の溝に従い歪んでいく。

 もう一体の鎧が、伸びている腕に剣を振り下ろしているが、フィオは避けようとしない。とうとう手の中にある兜がへし折れた

 振り下ろされた剣は遮られることなく下段で止まっていた。フィオが不思議そうに腕を見つめる。白い肌にぱっくりと傷口が開き、鮮やかな赤い血液が垂れ流れた。


「なんで、こんな攻撃で……?」


 フィオは飛び退き、右腕を左手で押さえた。止血の甲斐なく、指の間から血が流れ落ちる。


「気付いていなかったの? 今までは垂れ流しになっていた魔力が鎧の働きをして、物理攻撃や魔法攻撃を防いでいたのよ」


 ウィツタクが鎧に近寄り、潰れた頭を撫でる。首の上の鉄屑が膨らんでいき、みるみるうちにドーム型をした兜の形に戻った。


「もっとも、その様子だと少しはワイバーン固有の硬さも残っているみたいだけど……」


 普通なら腕は斬り落とされているはずである。ウィツタクは目を細めて言った。


 フィオが右腕を押さえたまま突き出した。半ばまで曲げた五指の先から火の球が放たれる。五つの炎が、異なる軌道を描いてウィツタクに向かっていく。二体の鎧が手で掴んで掻き消すが、消しきれなかった。


「だからどうした、燃えろッ!」


 フィオが叫ぶ。加速した三つの火の球がウィツタクに迫る。


「一人別世界にいた人間がここまで弱くなっているなんて、幻滅するわ。こんな悪魔を殺したところで、私の復讐は終わるのかしら……」


 ウィツタクは鋼の両腕を掲げてクロスさせた。腕の幅が広がり、円形の鉄の盾になって炸裂した炎を防ぐ。


 舌打ちしているフィオに、二体の甲冑が襲い掛かる。フィオは屈みながら尻尾を振り、足払いをかけた。強靭な尾に足をすくわれ鎧が二体とも転び、胴体から兜や籠手が外れてバラバラになった。

 フィオが誇らしげにウィツタクに目を向ける。しかし直後、その視線は天井に向いていた。フィオは何かに足をすくわれ仰向けに転んでいた。

 足元を見ると、転がっていたはずの籠手と手甲が両足に掴みかかっていた。

 後頭部に衝撃を受け、フィオは視界に無数の星を飛ばした。兜が空を飛んでいる。彼女は堪らず片膝をついた。


「なんでだ。魔力はほとんど同じはずなのに……」

「最期に教えてあげてもいいわ。あなたは強引に力で押してくるだけだから、獣の対処をするのと大して変わらないの。莫大な魔力に慢心していたせいで、技術が伴っていないのよ」


 甲冑の頭や手足が元に戻っていた。フィオを囲んで立っている。二体の鎧は腰をひねって剣を構え、フルスイングで薙いだ。




 謁見の間の隣、王の間ではルクアと国王が刃を交えていた。王が柄を両手で握り、鼻息荒く刃長幅広の剣を横に振る。刃先が音を立ててルクアの首に迫る。

 ルクアは飛び上がり、空中で一回転して王の後方に急降下しながら、逆手に持った短剣で斬りかかった。王が反応して柄の先端部分で刀身を弾いた。

 ルクアが羽ばたき、距離をとって着地する。


「あなたが、ここまでの使い手とは知りませんでした」


 処刑が失敗したと知った途端に、王は背中を向けて四柱が守ってくれる部屋へと逃げ帰っていった。鍛錬しているところを見たこともなかったので、ルクアは彼が非力だからこそ、そういう行動を取ったのだと思っていた。


「一国の王を舐めてもらっては困る。こうした有事に備えて、一通りの戦闘術は嗜んでいる」


 戦闘術。すなわち武術と魔法術。ルクアは足元に転がっている木の実に気づいた。地面を蹴り、大きく羽ばたいて飛び上がる。

 木の実が弾け、緑の茎が四方に飛び出す。石の地面を突き破って根を張り、ルクアを捕えようと蔦が伸びる。短時間で茎は腕程の太さになっていた。


「くっ!」


 ルクアが短剣を振る。刃先から風が巻き起こり、迫ってくる蔦を切り裂いた。

 王が、はらりと落ちていく蔦を掴んだ。手の中で硬化して茶色に変色し、刃が三叉になっている槍になった。ゆっくり着地しようとしているルクアに、サイドスローで槍を投擲する。

 ルクアが素早く羽ばたき、槍を横に避ける。しかし通り過ぎる最中に、槍から蔦が生えて伸びた。蔦から蔦が生え、瞬く間にルクアの全身を覆っていく。


 王の脇を強風が吹き抜け、蔦の切れ端が転がる。正面には、短剣を持った腕を掲げるルクアの姿。蔦は呆気なく全て切り裂かれていた。

 ルクアが地面を蹴り、王との距離を詰める。三度の短剣の突き。王は大剣の側面で受け、振り上げて短剣を弾く。それでもルクアは退かずに距離を詰めた。二段蹴り。王は剣の柄から手を離して片手で受ける。ルクアは羽ばたいて体を浮かせ、さらに後ろ蹴りを放った。王は足刀をもろに顎に受けて怯んだ。


「ふんッ!」


 王が気迫で体勢を戻し、大剣を振り下ろす。ルクアが飛び退いた。


「さすが先代団長の息子、まともにやっては勝てないか。これは使いたくなかったが、仕方あるまい」


 王は大剣を両手で逆手に持ち、真っ直ぐ地面に突き立てた。部屋を囲って五本の柱が地面から突き出した。柱は樹皮に覆われており、木の幹に見える。


「木柱の秘術?!」

「その通り」


 ルクアは目を見開いて驚いていた。王はその姿を満足そうに眺めている。


「ですが、四柱の秘術は一子相伝のはず! なぜ木柱ではないあなたが?」

「当代の木柱は自身で二つの秘術を編み出し、四柱として認可された例外中の例外。それ故、先代木柱は秘術を誰にも伝授しておらなかったのだ。そして私は偶然この町に寄った先代に指導を受けた」


 王は言い終えると大剣を抜き、切っ先をルクアに向けた。




 先程からチヒロは静かに私の出方を窺っている。その間に、私は彼女にぎゃふんと言わせる方法を考えているのだが、何も思いつかなかった。


「和真君が魔術を覚えてから、もう一年近く経つのよね。そろそろ自分の魔術がどういうものなのか気付いたんじゃない?」

「ずっと前にチヒロが教えてくれただろ。小宇宙と大宇宙の間を移動できる鏡を生み出す魔術だ」


 小宇宙では消滅だの、回帰だの色々言われていたが、彼女に教えてもらってようやく納得がいった。何度も魔術を使いながら、半年もの間気付けなかったのは恥ずかしい思い出だ。


「うーん、20%正解。いや、超弦理論なら9%かしら」


 ぎゃふんと言わせる方法を考えるのを止めて、彼女の言葉を反芻した。何故、五分の一なのだろう。


「また訳の分からないことを……。だいたい、なんで俺の魔術のことを把握しているような口ぶりなんだよ?」

「あなたと同じ魔術を使う人間を知っているからよ」


 チヒロは何故か暗い表情をして答えた。

 同じ魔術を使える人間がいるというのは驚いた。だがよくよく考えてみれば、観測者ならそういう人間に関わる機会は珍しくないのかもしれない。私に対してしているのも、業務的な対応なのだろうか。少し心がもやもやした。


「その20%っていうのは何のことなんだ? あと80%も隠された効果が残されているのか?」

「そうよ」


 冗談で言ったつもりだったが、さらりと肯定されて驚いた。


「あなたの魔術は、次元の歪曲。すなわち次元間干渉。小宇宙と大宇宙の間ような五次元だけに限らないわ」

「次元……?」


 チヒロは黙ってカードを差し出してきた。受け取って見てみると、いつも私が使っているような、魔法陣が描かれた魔術のカードだった。魔法陣を見て無意味に慌てていた頃が懐かしい。

 カードに描かれた円や線の重なりを目で追う。以前チヒロとした特訓のお陰で、なんとなく読むことができる。描かれた魔術の範囲や対象は、座標を変える転移の魔術に近い。しかしこのカードには、素人目でもおかしい点があった。


「転移を使うには、エネルギーが足りないんじゃないか?」


 エネルギー源には以前のカードと同じように体温が指定されている。物体を移動させるには質量と距離に応じた仕事が必要であり、少々の熱で扱えるとは思えない。


「俗に言う転移とは違うもの。紙に描かれた始点と終点を、紙を曲げて合わせるように、三次元空間を捻じ曲げて二点を繋げるの。言い換えるなら、――跳躍? 透過?」


 ジェスチャーをしてくれているが、やはりよく分からない。少ないエネルギーで転移と同じ効果を実現できるエコな魔術らしい。


「へー。でも、なんでこのタイミングで教えてくれたんだ? 何も戦闘中に敵に教えることではないと思うんだけど」

「三次元間の干渉は同時に二つの平面を扱う必要があるから、使い方が難しいらしいわ。五次元間の干渉すら使いこなせていないようなら黙っていようと思ったけど、それなりに扱えているようだったから話すことにしたの」


 チヒロには最後まで戦う気はなかったようだ。それはそうだ。四柱に本気でやられたら、こうして五体満足で立っていられるはずがない。


「この戦いは、魔術を使いこなせているのか判断する意味があったのか。ケジメをつけるとか何とか言っていないで、素直に話してくれればいいのに。――ありがとう。さっきは執念深いとか言ってごめん」


 頭を掻きながら礼を言ったが、チヒロに睨まれた。




 中足が胴を捉える。部屋の両サイドのガラスをそれぞれ突き破り、二体の甲冑が城の外へ飛び出していった。ウィツタクが眉をひそめる。


「なんだ。技術さえあれば勝てるんだな?」


 フィオが脚を閉じて着地した。


「そう一朝一夕で魔法を使いこなせるようになるなら、四柱なんて存在していないわ」


 ウィツタクがマントの中から右手を覗かせたところ、再び二体の鎧が彼女の前に構成された。


 フィオはいつにもなく真剣な顔で、左手を掲げた。誰の魔法を模したのか、浮かび上がったのは正方形をした炎の鏡。腕を前に突き出して鏡を放つ。

 甲冑が身を挺してウィツタクの前に並ぶ。縁を向けて滑空していた炎の鏡が掻き消えた。

 正面に向けられたままになっていたフィオの手に熱が収束する。手の平から細い光が放たれた。鎧に妨げられ、斜めに逸れた光は壁を溶かして貫通した。


 幼少から村を襲っていたフィオは、戦闘の経験なら他人と比較にならない程に積んでいる。これまで無数の名のある魔法使いと戦ってきた。当時は彼らの技術を小細工と評していたが、彼女は今ようやく彼らが積み重ねていたものの意味や大切さが分かった。


 上空から無数の炎の刃が降り注ぐ。ウィツタクは腕の盾を展開して防ごうとしたが、できた死角を通ってフィオが殴りかかってきた。鎧が間に割って入り、拳打を受けて床の上を転がる。

 つい先程の追い詰めた時までとは、魔法の使い方も動きも全然違う。ウィツタクは素直にフィオの戦闘のセンスに感心することしかできなかった。


「調子に乗りすぎよ!」


 ウィツタクが両腕を正面に突き出す。マントの中から光の筋が幾本も走り、彼女の背後に多数の三叉の刃をした槍が浮かんだ。

 フィオは冷静に腰を落とし、血に塗れた右腕を地面に付き立てた。立ち上る熱気で姿が歪んでいく。


紅蓮桜花クオツネルガ


 プラズマがフィオの周りで光を発している。大理石の床が赤熱し、氷の上にでもいるかのように溶けて沈み込んでいく。

 魔力に物を言わせて空間を呑み込み、一帯の魔法を全て上書きする大魔法。しかし以前よりも範囲が狭い。攻撃に使うには魔力が足りないように思われた。


「無駄よ。今のあなたには使いこなせないわ」


 ウィツタクが笑みを漏らす。フィオは無視して、地面から引き抜いた腕を正面に突き出した。


「――・散華ツナセ!!」


 熱量の塊が押し出される。通り道を根こそぎ蒸発させてウィツタクに向かっていく。赤い模様が床の上を這う。

 ウィツタクの笑みが止んだ。受動的な攻撃だった紅蓮桜花は、驚異的な攻防一体の魔法に昇華した。呑み込まれた甲冑が崩れ落ち、槍が落ちて跳ね、耐魔の甲殻を残して金属が蒸発する。


「ようやく――、ようやく皆の仇をとれると思ったのに――。畜生ぉぉぉ!!」


 ウィツタクは残りの鉄を全て費やし、正面に巨大な盾を生み出した。熱気と盾が衝突する。補填するが、その度に金属が蒸発していく。ウィツタクが吠えた。




 マントの内に隠していた鉄を使い尽くし、ウィツタクは力なく座り込んでいた。フィオが歩き寄る。


「幻滅した相手に負けるなんて、惨めよね。サライの借りを返すんでしょう? ……殺せば?」

「カズマから、お前の家族のことを聞いた。それを知らずに魔力をあげてしまったんだけど、言い訳に過ぎないよな。……ホントにごめん。二度と非道な戦いはしないと誓う。だから、できれば新しい国であたし達のことを見ていて欲しい」


 ウィツタクは返事をしなかった。

 天井から小さな破片が落ちる。戦っているときは気付かなかったが、城が揺れているようだ。フィオは何が起こっているのか不思議に思い、王の間へ続く扉を見つめた。




 木柱の秘術は発動しているはずだが、自身の体に変わった様子はない。ルクアは不思議に思っていた。

 国王が重心を落として足を踏ん張った。次の瞬間、床が細かく砕けて舞い上がった。


「え――」


 気付けば間合いの内に王の姿があった。ルクアは思わず声を漏らしていた。ルクアが歴戦の経験から、とっさに屈む。横に振られた大剣が彼の頭上を通り過ぎていった。

 ルクアが立ち上がりながら飛び、間合いを取る。振り返り、刃先の触れていないはずの壁に一文字の傷が刻まれているのを見た。


「……木柱の秘術は、身体能力の爆発的な強化でしたか」

「さすがの慧眼。たったの一振りで理解したか」


 王は満足そうに笑みを浮かべた。


「ならば、どう対処する?!」


 再び床が砕け散る。王が残像を残すほどの超速度で間合いを詰めていく。ルクアはやっとのことで反応して、横に跳んだ。鉄の刃と空気の刃が時間差で通り過ぎる。

 ルクアは経験から、大型武器での連撃は来ないと確信していた。しかしどんな筋肉自慢の騎士でも不可能と思われる瞬時の速さで、大剣はその向きを変えていた。ルクアは目を見開き、現状で行える最善の防御姿勢をとった。

 想像を超える強力な一撃。ルクアは壁に背中を打ちつけ、わずかな血と肺に残っていた空気を吐き出した。壁に沿って崩れ落ちる。


 意識は残っている。ルクアは霞む目で現状を確認した。横にして受けた短剣は真っ二つに折れ、頭を庇った腕は裂かれて赤く染まっている。腱に問題は無いようで、指は自在に動いている。吹き飛ばされていたことが幸いしたのか、傷は浅いようだった。

 揺らいでいた視界はだいぶマシになっていた。ルクアがよろめきながらも立ち上がった。


「あれを受けて、立ち上がってくるか……」


 喋っている王は、何故か荒い息をしていた。袖から覗く腕は紫色に鬱血している。皮膚の表面に凹凸が浮かび、筋繊維が過度に損傷して肉離れのような状態になっているようだった。


「その体、どうしたんですか?」

「使いたくないと言った理由が分かったか? 能力が向上するといっても結果だけで、骨や筋肉は以前のままだ。過酷な運動に体はついていけず、急速に壊れていく」


 王は困った顔をして醜くなった腕を見つめ、言葉を続ける。


「これでは、しばらく使い物にならないだろうな。こうしている間にも、シタヌ王国が目を光らせているというのに」


 ルクアは背中のホルダーから予備の短剣を抜き、腰を落として構えた。秘術は両刃の剣である。視界が揺らいでいても、足がふらつこうとも、決して戦況は不利ではない。

 王も大剣を頭の上に掲げて上段に構えた。戦闘が長引けば自身が不利になる。この一撃で終わらせるつもりだった。


 先に地面を蹴ったのはルクア。王はその場にとどまって、虎視眈々と間合いに入ったところを狙っている。

 ルクアが駆けて距離を詰める。超速度の移動法ではない。間合いに入る直前、ルクアは垂直に地面を蹴った。呆気にとられ視線を上げる王の前で、体を縦に半回転する。天井に足の裏が触れた。

 天井を蹴り落下する。重力と素早い羽ばたきで急加速。音に近づけば近づくほど、より執拗に行く手を遮る空気の壁を、纏った風で削る。これが亜音速の剣撃。

 王は一瞬の判断の後、大剣を一度下段に下ろし、振り上げて迎撃しようとした。強化された肉体によってタイムラグは無いに等しい。

 短剣と大剣が交わった。




 ひゅうひゅうと、漏れる呼吸の音が部屋の中を支配している。


「見事だ……」


 ルクアの足元で仰向けに横たわっていた王が、口を開いた。首元に短剣が突き刺さり、白い召物を鮮やかに赤く染めている。


「最期に言い残すことがあれば、お伺いします」

「まさかこちらが、遺言することに、なるとはな……」


 王は辛そうに顔をしかめながら一言一言を発した。


「ではお前の言う、皆で作り上げる国に、今日の戦で負けた者達を、加えてやってほしい……」

「はい……」


 答えたルクアは困った表情をしていた。


「最期に他人の命を心配するくらいなら、何故こんな政治を行ってきたのですか?!」

「国を支える人間が、そう乱れてどうする。人を安心させて、逝かせる気はない、みたいだな……」

「――すみません」


 王は続けて喋ろうとしたが、諦めたのか口を閉じた。ルクアは言葉の続き待っていたが、すぐに無駄であることに気付いた。


「……父に代わり私を使って下さったこと、感謝しておりました」


 ルクアは優しい声で言い残して、身を翻した。王の口元が笑っていたように見えた。


 戦闘の止んでいる謁見の間を通り、バルコニーへと歩き出る。和真、チヒロ、フィオがその後に続く。ルクアは国王の死と革命の成功を伝えた。手を振り上げ威風堂々と宣言する彼の姿を、騎士団の兵士達と城内に入ってきた町民が歓声で迎え、制圧され拘束されていた防衛隊や親衛隊の兵士達が虚ろな目で見つめていた。

 そして新しい国が誕生した。

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