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0116:革命の狼煙

 ルクアとヌトは、城の中を早足で歩いていた。壁の内外から剣戟音や爆音が絶えず聞こえている。


「この国賊め!」


 突如横の扉から一人の兵士が飛び出し、ルクアに向けて剣を振り下ろそうとした。鎧には獅子に似たマンティコアの紋章が刻まれている。

 剣が兵士の手を離れ、音を立てて石の床の上に転がる。ルクアと並んで歩いていたはずのヌトが、兵士の横に立っていた。ヌトの持つ長剣は、鎧に覆われていない脇を突き刺し心臓を抉っていた。

 ヌトは剣を引き抜いて兵士を転がし、ちらりと窓の外に視線を向けた。炎の弾を放つ騎士団兵士の姿。盾と剣を手に突撃していく防衛隊兵士の姿。同じ国の兵士達が刃を交えている。


「さすが団長の部下っすね。防衛隊と親衛隊の両方を相手にしているのに、優勢に戦ってますよ」


 二人は再び並んで歩き始めた。


「質はこちらが上かもしれませんが、量ならあちらの方が上手です。戦いが長引けば長引くだけ、革命軍が不利になるでしょう。だからこそ、私達が一刻も早く王の首を取らなければなりません」


 言い終えるのと同時に、二人は荘厳な扉の前で足を止めた。石造りの二枚の戸には神話をモチーフにした装飾が施されている。


「無事に辿り着けましたね。この謁見の間を抜ければ、もう王の間っす」

「いえ、問題はこの中です……」


 ルクアが右の戸、ヌトが左の戸に手をかけて押す。ゆっくり扉が開き、換気されていない室内特有のカビ臭い空気が吹き出してきた。

 戸から手を離し、二人が中に踏み込む。左右の壁にはアーチ型の大きな窓が複数設けられており、部屋の中はとても明るい。壁、天井、柱、いたる場所には装飾が施されている。姿や格好の違う神々は全て金や銀で彩色されており、豪華さは扉の比ではない。床にも磨きこまれた大理石が埋め込まれている。

 部屋の中央にあったはずの机や椅子は撤去されていた。改めて眺めて、こんなに広い部屋だったのかと無駄に感心させられる。

 正面の扉をくぐることができれば目的は達する。ルクアは真っ直ぐ顔を上げ、眼光を鋭くした。




 城からずいぶん離れているが、ここまで剣戟と魔法の音が聞こえてくる。和真は宿の中から城の様子を眺めていた。町の人々も皆家から出て、その光景を心配そうに見守っている。ア・バオ・ア・クゥーも状況が分かっているのか、興奮した様子でベッドの上で暴れ回っていた。

 あの騒乱の中で、ルクア達は戦っているのだろうか。

 話は三日ほど前に遡る。あの日再会したルクアは、今日の計画のことを私に伝えてきた。




 質問の意図を掴みかねて尋ね返すと、ルクアは言い直した。


「この国の王は、正しい政治をしていると思いますか?」


 国はともかく、この町はヒエラルキーが酷い。国政に関わる一部の人間だけが日の当たる場所で裕福な暮らしをしており、他は高い壁によってろくに光も当らない薄汚い小屋で貧しい暮らしを強いられている。当然町の中でも評判は最悪で、清らかな政治をしているとは言い難い。


「町の様子を見ている限り正しいとは思えないです。こんなにやりたい放題されているのに、町民は反抗しないんですか?」


 不満を持っている町民の方が圧倒的に多数派である。小宇宙のようにデモが通じるのかは分からないが、武力で訴えるとか、税金を払わないとか、やり方はいくらでもある気がする。


「王の権力や血筋を恐れているというのもありますが、きっと彼らはいつか救済される日が来ると信じて耐えているのでしょう」

「は? 行動しなければ助かるはずがないじゃないですか」


 互いに監視と威嚇を続けなければ、権力をもった人間を調子に乗らせるだけだ。何もしなくても上手くいく? 聖人君子しかいない世界でもあるまいし、救われるはずがない。ルクアが何を言っているのか理解できなかった。


「そういえば、あなたは違う世界の人間でしたね。それなら話は早い。救済というのは、この世界の神の教えの中にある一節です。神を信じていれば、苦しみや憎しみのない世界に行くことができる」


 小宇宙の文化にも馴染んできたつもりだったが、そのような思想は知らなかった。

 馬鹿げた話だと言おうとしたが、ルミソヤさんのことを思い出して止めた。いくら馬鹿げた話に見えても、当人達にとっては心の支えになっているかもしれないのだ。

 そこでふと気づいた。ルクアの言い方は、まるで自分が彼らと違う立場であると言っているかのようだった。


「ルクアさんは、その救済を信じていないんですか?」

「あなたの言った言葉の通りですよ。そう、行動しなければ何も変わらない。……もっとも、国民も救済なんて無いということには気づき始めています。きっかけさえあったなら、行動に移すことができたのでしょうが」


 ようやくルクア達が行おうとしていることに気づけた。井戸端会議の要領で何気なく聞いていたが、これは大変な現場なのではないだろうか。気を引き締めて言葉の続きを待つ。


「このまま世襲の国王が政治を続ければ、この国は取り返しのつかないほどに腐ってしまうでしょう。――しかし、そんなことはさせない。私達が革命を起こし、武力で王権を奪います」


 ルクアは毅然たる口調で言い放ち、拳を握りしめた。吸い込まれそうな漆黒の力強い瞳に魅せられる。

 思った通りだった。今まさに私の目の前で、小宇宙であれば歴史の教科書に載るレベルの事件が起きようとしている。


「私『達』、ですか?」

「はい。ヌトも、騎士団の皆も志を同じくしています」


 ルクアが振り向くと、ヌトが頷いた。


「騎士団長と副騎士団長がいるなら、勝敗は決している気がするんですけど。僕は必要ないんじゃ……」

「あちらの軍勢は防衛隊と親衛隊、それに四柱の二人です。前者は騎士団が抑えてくれるでしょうが、後者は正直、対抗するには戦力が不足しています」


 四柱――、恐らくウィツタクとチヒロだろう。どちらもフィオと互角に戦えるほどの猛者だ。確かに彼女達が国王の側につくなら、勝敗は分からない。私のような猫の手もとい竜尾の切れ端の力を借りたいという気持ちも分かる。

 ルクアとヌトにはいつもお世話になっているし、手伝いたい気持ちもある。しかし私には、革命の成否以前に気にかかっていることがあった。


「ルクアさんは、神がいないと考えているんですか?」

「はい。私だけではありません、今回の作戦に賛同してくれているメンバーは皆信仰を捨てています」


 ルクアは迷うことなく頷いた。

 この世界の人間にとって神は心の支えだと思っているので、彼の返答には驚いた。ルクアは自己を確立しているように見える。ルミソヤさんのような神がいなくなった途端に自分を見失ってしまう人ばかりではないのだろうか。


「仮にルクアさん達が王権を奪っても、神の血筋のことを気にして指導者と認めない人達が出てくるんじゃないでしょうか」


 代々列島治めてきた指導者達には神の血が流れているという。オナキマニム王国の王が世襲になっているのも、そのような宗教的な背景がある。その点についてはルクア達は条件を満たしていない。


「確かに神を盲信する一部の人々は、そのように考えるかもしれませんね」

「その人達のことはどうするんですか?」


 私が気になっているのは、人々の妬みとの接し方、そして神に対する対応だ。


「もちろん同調してくれるように努力します。そうですね、神のいないことを説得すれば、分かってくれるのではないでしょうか。王権の転覆したことが、何よりの証明になるでしょう」


 騎士団の中ではそれで上手くいったのだろう。ルクアは希望にあふれた言葉で語ってくれた。対して私は沈んだ。

 全ての国民に気を回すことができる、いい指導者になりそうだというのは分かる。不満を漏らしている多くの町民を味方につけることができるだろう。しかし神がいないことを証明しては解決しないこともある。私には仮にルクアが指導者になったとしても、人々を幸せにできる気がしなかった。


「ごめんなさい。僕は――まだ協力できません」

「そうですか……」


 アフウシ村では、神は彼らにとって生のための規律であり、道標であり、目的だった。もはや人格の基幹部分を構成している。神を盲信する大人達がリオネモの捜索をしようとしなかったように、そのままでいいはずはない。しかし私がルミソヤさんにしたように、科学を振りかざして神を否定し、心の拠りどころを奪うだけ――反理想主義を唱えるだけでは悪影響だ。心を支えられるだけの柱、代わる思想が必要なのだから。

 サライの町では、人々は自分達の前に立った人間に、憤怒、憎悪、非難、嫉妬を抱いた。従来の王のように神の後ろ盾が無いルクアは、またいつかルクアのような人に首を狙われる。彼らを納得させられるような身の振り方が必要だ。


「――ところで、そのベッドの上のものはなんですか?」


 しばらく沈黙が続いていたが、思い出したようにルクアが尋ねてきた。ベッドの上にはもぞもぞ動くシーツが乗っている。


「アンフィスバエナの一件の時に拾ったア・バオ・ア・クゥーです」

「あぁ、あの時の。でも、なぜここに?」


 ルクアの疑問はもっともである。持ち帰るのを忘れてボギ砂漠に置いてきたはずなのだから。


「何度か逃がしているんですが、その度に僕のところに帰ってくるんで、結局飼うことにしました」


 このア・バオ・ア・クゥーは二度も小宇宙に紛れ込み、その度私が大宇宙に送り返した経緯がある。さらにこちらの世界でも、ある日宿のベッドの上を再び占拠していたのだった。よほど私のことがお気に召したらしいが、ここまで熱烈にストーキングされると、よほどきつい体臭でもしているのではないかと心配になる。

 ア・バオ・ア・クゥーはまた一段と大きくなり、体色も茶色に変わっていた。



「この件のことは……」


 帰り際、申し訳なさそうにルクアが口を開いた。


「分かっています。誰にも話しません」

「よろしくお願いします」


 ルクアの顔には不安の色が浮かんでいるように見えた。戦況は厳しいのだろうか。


「参加しない僕がこんなことを言うのも変かもしれませんけど、――死なないで下さい」

「もちろんです。死んでは、国を変えることもできませんからね」


 私は場違いな台詞で声をかけることしかできなかった。ルクアは訝しむこともなく、目を細めて笑ってくれた。




 舞台は再び、謁見の間。ルクアとヌトの視線の先、正面の扉の前には二つの影があった。


「交わした言葉の通り、本当に敵同士になってしまったのですね――」

「まぁ、あの時から避けられるとは思っていなかったけど」


 ルクアが声をかけると、女は苦笑いを浮かべた。二人の行く手に立ち塞がっていたのは、チヒロとウィツタクだった。


「一応、国王の言葉を伝えるわね。――投稿しろ。今なら紛い物の首謀者を罰して、何も無かったことにしてやれる、だって。裏切り者を元の鞘に戻してでも、この国には騎士団の力が必要なんでしょう」


 忠信を誓っているはずの王の言葉を、まるで近所のおじさんの伝言でもしているかのようにいい加減に伝えると、チヒロはやれやれと首を振った。

 ヌトはニヤニヤ笑いながら、ルクアの顔を窺った。


「だそうですよ、どうします?」

「始めから決まっています。この場を押し通り、王の命をもらうだけです」


 ルクアが垂れ下げていた短剣を振り上げ、正面の扉に向けた。


「いいね。四柱二人を前にして、どこまでその威勢を張り続けられるか」


 今まで興味が無さそうにしていたウィツタクが、口の端を歪ませて笑った。


「まぁ、これも従うとは思っていなかったけど。……それなら、あなた達はここで私達に取り押さえられ、騎士団諸共しょっぴかれることになるわ。首謀者二人の極刑は免れないでしょう」


 チヒロが部屋の中央へ歩き出す。彼女の周りには、水色の光を放つ三つの魔法陣が浮かんでいた。


「ヌト、あなたはウィツタクを」

「合点ですよ」


 白い髪がなびく。ヌトが腰に差していた長剣を抜き、ウィツタクめがけて駆け出した。 薙がれた一閃が首を捉える。しかし止められた剣先が高々と金属音を響かせた。ウィツタクの手の平から生えた両刃の刃先で長剣は受けられていた。


 ルクアが腰を落とし、短剣の切っ先をチヒロに向けて構える。チヒロは足を止めた。


「亜音速の剣撃――。早々に決着をつけたいなら、それしかないわよね」


 チヒロも手の平を正面に向けて魔法の構えをとった。

 ルクアが大理石の床を蹴って飛び出す。猛スピードで羽を動かし急加速。纏った風で空気の壁を削り突進。

 ルクアは突き出していた短剣を引いた。逆方向に羽ばたき急ブレーキをかける。わずかコンマ秒の攻撃。


「こっちよ」


 ルクアの耳に、部屋の壁で反響したチヒロの声が届いた。慌てて短剣を構えなおして振り返る。チヒロはルクアの後ろに立っていた。


 ルクアは焦っていた。速度という優位に立てる要素があるからこそ、四柱とでも対等に戦うことができたはずだった。しかしチヒロが自身と同等の速度で移動できるとなると、限りなく勝率は低い。辺りには小さな氷の破片が舞い落ちていた。

 とんと床を蹴って、地面と水平に体を浮かせる。膝をかかえバネをためると、間をおかずに宙を蹴って飛び出した。

 離床の力を全て初速に乗せた、先程のものよりさらに速い攻撃。

 宙を駆けながら、ルクアは違和感を覚えていた。距離感か。速度か。抵抗か。それら全てだろうか。何かがいつもと違う。


 案の定、手ごたえはなかった。減速した後、背後を警戒し、空中で反転して着地する。

 チヒロはまるで何事もなかったように、最初の位置に棒立ちしていた。


「団長、氷柱の秘術っす!」


 ヌトが叫んだ。ウィツタクの剣がその口に向けて振られ、ヌトは即座に飛び退いた。


「一杯一杯の勝負を演じてあげているつもりだったけれど、よそ見をできる余裕を与えてしまったみたいね。今度はまじめにやるわ」


 ウィツタクがマントの前をはだける。白銀の光の放射と共に、彼女を囲んで五体の鎧が現れた。

 苦々しい表情をしているヌトの頬を、一筋の血が流れ落ちていた。


 ルクアはヌトが苦戦している様子を横目で一瞥した。


「氷柱の秘術……、空間の凍結ですか」

「あまり余所で使ったことはないはずだけど、よく御存じで」


 ルクアが地面を蹴って飛び出す。


「――瞬間に向かって私は呼びかける。時間よ止まれ、お前は美しい」


 ルクアの足が地面を離れた直後、チヒロが詠唱を始めた。ルクアの周囲に五本の氷の柱が現れ、囲まれた空間を絶対零度に落とし込んだ。

 ルクアは同じ姿勢のまま等速度運動を続けているが、加速しておらず人間の目で知覚できるほどに遅い。チヒロはのんびりと柱の周りを回った。

 チヒロが指を鳴らすと、氷の柱が砕けた。ルクアが止まった空間から解放され、とっくに彼女が歩き去っていた場所に降り立った。散っている氷の破片を眺め、彼は何が起きていたのか悟ったようだった。


「理解できたみたいね。まぁ、こんなのはちょっとしたデモンストレーションよ。衝撃荷重から計算した厚さの氷壁を生み出す。進行方向に水を満たし、空気中の19倍の粘性抵抗で減速させる。水の平板で光を屈折させて虚像を映す。――あなたの最強の技ですら、防ぐ方法なんて幾らでも思いつく」


 短い苦痛の声が聞こえ、ルクアは振り向いた。ヌトがうつ伏せに倒れている。その周りに五体の鎧が立ち、わき腹を蹴りあげていた。


「力量の差は明らかよ。あなた達に勝ち目はない」

「それでも、それでも私達はァァ――!!!」


 咆哮は鳥類の鳴き声に取って代わった。緑色をしたウィツィロポチトリの巨躯が、床を踏み砕いて飛び出した。




 革命軍死傷者十四名。ラワケラムウ軍死傷者五十八名。首謀者であるルクアとヌト両名を始めとし、革命軍は全員が捕縛された。

 オナキマニム王国がここまで勢力を拡大してきたのは、騎士団によるところが大きい。焦った国王は、従来通り騎士団が機能することを条件に釈放を提案したが、彼らは了承しなかった。

 処分はその日のうちに決定した。三日後、騎士団長と副騎士団長の処刑が城内で行われることになった。

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