表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/40

0111:無為の報酬

 翌日、私達は早速集落を訪ねて交渉を始めた。ある村ではフィオの姿を見た人間が全員村から逃げ出し、ある村では話を始める前から火の雨が降ってきた。話し合う段階まで持ち込むことが出来ても、過去のことを持ち出して頷いてはくれなかった。

 朝早く洞窟を出たのに、既に日が沈みかかっている。フィオは腹が減っているせいもあってか、いらいらしているようで、今にも襲いださないか冷や冷やさせられた。


 竜の姿になったフィオの背に乗り、空から集落を探す。今は海岸線に沿って飛んでいる。

 ポケットから紙とペンを取り出し、新たにバツ印を加えた。フィオは思っていたよりも深く人々の心と生活を傷つけていたようだった。今更彼らと共存してもらおうなんて、考え方が甘かっただろうか。


「あそこはどうかな?」


 船着場を備えた港町を見つけて指差した。町中で明かりが灯っており、活気がありそうに見える。

 竜が頷き、失速して町の前で着地した。私が背中から飛び降りるのと同時に、フィオが人の姿に戻る。断られ続けていたお陰でこの連携だけは慣れた。


「あそこは駄目だ。無駄に人が多いから、襲っても時間がかかって割に合わない」

「襲うんじゃなくて、交渉するんだからな。人が多いなら何かしら仕事もあるだろ」


 フィオをたしなめ町へ向かう。襲われたことがなかった為か、門は設置されておらず警備も薄いので、スムーズに入ることができた。

 すれ違った町人に尋ねて、ビジネスの話なら商工会議所を尋ねればいいと教えてもらった。


 教えられた場所に向かう。大通りに面した一等地にあったのは、石造りの大きな建物だった。煌々と灯りがついており、多くの商人や漁師が出入りして議論を交わしていた。

 これだけ大規模な施設なら仕事も期待できそうだ。扉へ向かう足取りが軽くなる。

 建物の中に入り、空いている窓口に向かった。暇そうに客を眺めていたおばさんが気付き、姿勢を正して声をかけてくる。


「こんばんわ。見ない顔ね、初めての人?」

「はい。仕事の斡旋をお願いしたいのですが」


 自分とフィオのことを紹介し、ボディーガードの交渉を始めた。世界最強の名前はこの町でも知れ渡っていたようで興味は持ってもらえたが、具体的な仕事を探す内に係の女性の眉間に皺が寄り始めた。


「う~ん、世界最強の力を借りれるっていうのは面白いビジネスだとは思うんだけど、この町だって警備隊を抱えているから、下級の獣くらい自分達で退治できるしねぇ」


 そう上級の獣がぽんぽんと出ているようなら、ここに町は存在していない。


「見ての通り港町だから、ここにいる船長達に聞いてみれば航海の護衛なら見つかると思うけど……」


 船に乗っていたら、共生することの良さを伝える前に一週間の期限が過ぎてしまいそうな気がする。もう少し粘ってみることにした。


「それもありかと思っていますが、できれば近辺でお願いしたいです。ずっと悩まされてきたこととかないんですか。無茶なことでもいいんで」

「無茶なこと、ね。だって、いくらあなたでもティアマトが相手じゃどうしようもないでしょう?」


 聞きなれない獣の名前が出てきた。係の女性に断ってフィオと密談を始めた。


「ティアマトって言ってたけど、フィオは知ってるか?」

「話でしか聞いたことはないけど、馬鹿でかい海竜だ。一口で島を呑みこむっていう噂もある」


 頭を竜にした大きなジンベエザメを想像してみる。私は敵いそうにないことが分かった。


「なんとかなりそうか?」

「身体能力はあっちに分がありそうだけど、魔法ありなら勝てるかな」


 話がついたので、係の女性の方に向き直った。


「話を聞かせてもらえますか?」

「いいわよ。この港町は百年くらい前に初代の町長さんが誘致して作ったんだけど、その時から頻繁に嵐が起きるようになったの。これは何かあるってことで占ってもらったら、何でもこの場所は元々海の生き物の繁殖場所だったらしくてね。海の神の怒りに触れたみたいで、代弁者であるティアマトが嵐を起こしていることが分かったの」


 狙った場所に嵐を起こすというのは大魔法使いレベルの魔法だ。ティアマトは体の大きさだけではない強敵に思えてきた。


「困ってしまった町長は占い師のお告げを受けて、町の外れにある洞窟に祠を建てて自分の娘を捧げたの。それからは嘘みたいに嵐が止んだらしいわ。それから毎年ここでは、町の娘をティアマトに差し出しているの」


 百年前から毎年生贄を出してきたということは、既に百人の女性が不本意に命を散らしているということだ。たとえボディーガードの仕事と関係なくとも、私達の手で終止符を打たなければならないと思った。


「ティアマトを倒せば、嵐も起きなくなって風習を辞めさせることができるかもしれないということですね?」

「えぇ、上には私から話を通しておくわ。まず同意してくれるでしょう」


 仕事を引き受けるか相談しようと思い、横を振り向く。フィオは頷いてゴーサインを出していた。


「――分かりました、お引き受けします。それでティアマトはどこにいるんですか?」


 海竜というからには、いるのは海の中だろうか。さすがにフィオでも水中での戦闘は不可能だろう。どうやって地上の戦いに持ち込むか考えなら尋ねてみた。


「分からないわ」

「分からない?」


 思わず口を開いたフィオと声が被った。


「一年に一度生贄を受け取りに洞窟に来るのは分かっているんだけど、それ以外の時はどこにいるのか誰も知らないの」

「一年に一回ですか……。会うのは難しそうですね」


 会えるのは年に一回。いる場所も分からない。戦闘が始まる前の段階から困難な気がしてきた。


「そんなことはないわ。だって一年に一度の日っていうのは、明日のことだもの」

「えぇ?!」


 再びフィオと声が被る。三百六十五分の一の偶然。この町を選んだことも含めれば、もっと低い確率かもしれない。まるで運命というものに手繰り寄せられているような気がした。




 明日に備えて、洞窟に帰らず町で宿泊することになった。係の女性に紹介してもらったのは、停泊中の漁師が泊まるという宿だった。木造の二階建ての建物で、結構な築年数が経っていると思うが、手入れが行き届いていて中は綺麗だった。

 まだ夜は始まったばかりだというのに、フィオは夕飯を食べたきり部屋に篭っている。一人で夜の町を散策しようと思い、宿の出口に向かった。


「よう。嬢ちゃんは一緒じゃないのかい」


 後ろから声をかけられ、振り向いた。扉の横で宿の主人と漁師の男が壁に寄りかかって立っている。月を肴に酒を煽っていたようだ。


「相方は根っからのインドア派なんで」

「そうかい。ぱっと見、活発な子に見えたけどな。それはそうとお前さん達、ティアマトを倒そうだなんて企んでいるんだって?」


 どういう経路で伝わったのか分からないが、情報の回りが早い。夜の散歩は諦め、会話に参加することにした。


「えぇ、まぁ。止めた方がいいって思ってますか?」


 男の口調から、否定的な立場の人間だと思った。ティアマトは海の神の代弁者だと言われているので、それを倒そうだなんて、町民の多くは恐れ多く感じているかもしれない。


「いーや、俺は大歓迎だよ。あの風習には何度も苦い思いをさせられてきたからな」

「そうそう。協力できることがあれば何でも言ってくれよ」


 二人の男はそう答えて、豪快に笑っていた。後ろめたかった気分が晴れた。早速ティアマトについての情報を集める。


「ありがとうございます。早速なんですけど、ティアマトってどんな姿をしているんですか?」

「山みたいに、でっかい頭をした竜らしいな」

「いやいや、俺の聞いた話だと空まで届く長い体をしているらしいぞ」


 見事に話がばらばらだ。それに、二人とも語尾に『らしい』をつけている。


「直接見たことはないんですか?」

「ま、まぁ、そういうことになるか。伝承では、昔はよく姿を見せていたらしいんだがな。最近の話なら、夜中に大きな影を見たっていう奴――から話を聞いたっていう男と話したぜ」

「――本当にいるんですか?」


 そう尋ねた時の私はジト目をしていたと思う。


「いるんだって! 洞窟は鍵をかけることができるんだが、生贄に捧げられた娘は一晩で姿を消すんだ。その後には服だけが残っているらしい」




 漁師達におやすみの挨拶をして部屋に戻った。フィオはまだ起きており、背もたれを前にして椅子に座り、器用に左右に揺らしていた。彼女と向かい合ってベッドに腰掛け、聞いた話を伝えた。


「どう思う? 本当にティアマトなんているのかな」

「生贄って、要するに食料だろ? 牛の方が美味いのに、わざわざ人間を要求する理由が分からないな。女の肉はまだマシだとは聞くけど……」


 妙に説得力があるが、なぜ牛肉が人肉より美味しいと知っているのだろう。凄惨な過去の話が出てきそうで聞けなかった。


「食料だけとは限らないだろ。例えば、お嫁さんにするとか……」

「なっ」


 フィオが小さく声を漏らして椅子から落ちた。顔を赤くしている。


「ティアマトは雌しかいない。さすがに同性愛が無いとまでは言い切れないけどって――何を言わせるんだッ!」


 立ち上がり様にローキックを放ってきた。偶然足を上げていたので避けられたが、触れていないのに衝撃でベッドが揺れた。


「ボケていないし、怖いからツッコミは止めろ!」


 この二日間で、フィオは色恋沙汰や下ネタにひどく弱いということが分かった。もっとも自分の命に関わるので、その情報を活用できる機会は少ないと思うが。




 翌朝商工会議所に向かうと、三人の町人が抱き合って泣いている現場に出くわした。沈んだ顔をしている女の子が今回の生贄らしい。両親と別れの挨拶を交わしていた。

 三人のことを涙ぐんで見守っている係の女性を見つけ、話しかける。


「おはようございます。なんで生贄の子が用意されているんですか? ティアマトなら僕らが倒しますけど……」

「生贄を捧げるのは怠るなというのが、町から提示された条件だったわ。期待はしているけど、信用はできていないって感じかしら」


 もし私達がティアマトに負けても、生贄を用意しておいて嵐は防ごうという魂胆だろう。たくさんの船が停泊するこの町では、嵐が来れば大事故に繋がる。町人の気持ちも分かる。この女の子をティアマトに差し出したくないという思いを強めながら、しぶしぶ頷いた。


「お別れの挨拶はよろしいでしょうか。――それでは、私が先導します」


 係の女性が歩き出す。娘の後について私達も歩き出した。




 私達は町を出てから、真っ直ぐ海へと向かっていた。やがて着いたのは、海岸にある岩場だった。海側は険しい崖になっている。誰も口を開かず、砕けた波の音が一定の調子で聞こえていた。

 係の女性が崖を回り込んで歩き始める。その先には、人が一人通るのがやっとな幅の階段が設けられていた。四人で崖を降りていく。波が激しく打ち寄せており、飛沫が飛んでくる。眼下には槍のような岩礁が並んでおり、落ちたら無傷で戻ってくるのは難しそうだった。

 階段が途切れ、錆びた鉄の扉が現れた。

 係の女性が鍵を開け、扉を開く。中に広がっていたのは、海と陸の調和が表現された小さな空間だった。海蝕によって切り出したように段状になっている床や壁。地面の半分は水に浸かり、微かに波打つ水面が白く輝いている。部屋の中央では、壁から差し込んだ光に、人間の姿をした像が照らし出されていた。祠に人間が祀られているのはおかしいので、海の神を模しているのかもしれない。とにかく、あまりの綺麗さに息を呑んだ。


「神の代弁者が出てもおかしくない、神聖な感じがする場所だな。フィオはティアマトの気配とかって分かるのか?」

「多少鼻は利く。まぁここは、獣臭いっていうより胡散臭いな」


 係の女性が私達を中に残し、洞窟の外へ出た。体を震わせている生贄の娘を落ち着けようと、私は彼女の肩に手を乗せた。


「では、よろしくお願いしますね。明日また鍵を開けに来ます」


 引きずる音を立てて鉄の扉が閉まる。縁に沿って差し込んでいた外界からの白い光が途切れた。しばらくしてから、外でガチリと音がした。鍵が掛けられたようだ。




 どれだけ時間が流れただろう。洞窟の中の光景は変わらず、時刻が分からない。

 私は生贄の娘の話を聞きながら元気付けていた。彼女の名前はモジツエで、年はまだ十六歳。同年代の町人の中から、くじ引きで選ばれたらしい。その間フィオは黙って水面を睨みつけていた。


「外界から遮断されているのに、ティアマトはどうやって現れるんだろうな」


 漁師の話だと、洞窟には生贄の服だけが残るという。島を呑み込むような巨体で、どうやって洞窟の中から当人だけを奪い去るのだろう。ティアマトが鼻先の触手を伸ばすという、乏しい想像しか浮かばなかった。


「これが答えなのかは分からないけどね。……見てみな」


 フィオが水面を指差す。指の先、水の中に白い道が見えた。

 昼間は全体的に明るかったので分からなかったが、月光で岩が照らされて現れたらしい。人が一人通れるだけの大きさがありそうだった。


「行ってみるか」


 私は上着とズボンを脱ぎ捨てた。水の中に足を入れる。冬の海は寒いどころか痛い。腹まで水に浸かっただけで、歯ががちがちと音を立てていた。


「どうする? モジツエは残っていた方がいいと思うけど」

「いえ、私も行きます」


 フィオがマントを、モジツエが上着を脱ぎ終わるのを待って、水の中に潜った。光の道を道標にして泳ぐ。息が続かないことを心配していたが、すぐに水面が見えた。

 水から顔を出す。出たところも、岩の壁で囲まれた洞窟だった。岩場に上がり、ついて来た二人を引き上げた。


「ここは?」

「さぁ。ただ、終点はまだ先みたいだ」


 フィオの質問に答える。暗闇に目が慣れ、細長い道が続いているのが見えた。天井から差し込んだ月明かりによって足元が微かに照らされている。

 私達は寒さに耐えながら洞窟の中を歩き続けた。


 進行方向に、人工的な火の明かりが見えた。危ないのは分かっているが、気持ちが急いで駆け足になる。洞窟を抜けた先にあったのは、数軒の家しかない集落だった。


「いらっしゃい。あら、今年は三人も生贄が用意されていたの?」

「しかも一人は男じゃない。サライの町はどうしちゃったのかしら」


 焚き火の前で、十人ほどの人間が待ち構えていた。十台から五十台くらいまでと幅広い年齢層だが、全員が女性だ。


「生贄のことを知っているのか? それより、何でこんなところに村が……」

「村の名前は無いわ。ここは生贄が第二の人生を過ごす場所よ」




 焚き火の前で体を温めながら、集落の女達と話をした。

 ここは位置的には町の近くらしい。しかし深く入り込んだ入り江になっていて海からは見えず、崖の下にあるので滅多に地上からも見えない。

 この村には、かつて生贄になった女性達が住んでいる。今まで生贄になった女性はティアマトに食べられたり嫁がされたりしていたのではなく、この村での生活を始めていたのだ。

 気になるのは、祠から続いている手の込んだ仕掛けの避難経路についてだが、最も年配の女性が生贄にされた時からあったそうだ。


「生きていたんだったら、こんなところで暮らしていないで町に帰ればよかったんじゃないのか?」

「私達は嵐を防ぐために生贄にされたのだから、帰ったら町中を不安にさせてしまうでしょう。だから町の人から見つからないように、身を寄せ合って生活しているの。幸いこの辺りは海産物も豊富で生活には困らなかったしね」


 家族や恋人同士がすぐ近くにいながら別々に生活していたなんて、虚しすぎる。一歩で小宇宙へ帰れたのに、半年もの間こちらで暮らしていた私のようだ。いや、当人が自覚していた分、きっともっと辛かったに違いない。


「じゃあティアマトも、生贄を捧げないと嵐が来るというのも、全部嘘だったのか」

「昔は本当にいたのかもしれないけど、今はそうね。形だけになっているわ。……納得できたら、私も聞いていい? なんで三人も生贄がいるの?」


 そういえばフィオと自分の自己紹介をしていなかった。たいそう不思議に思わせてしまっていただろう。


「本当の子は彼女だけだ。俺達は町の人とティアマトを倒す約束をして、ついて来たんだ」

「町を挙げてティアマトを? それってつまり……」

「あぁ。ティアマトは倒せなかったけど、もう嵐のことを気にする人はいなくなるだろ。みんなで帰ろう」


 女達は私の言葉を聞いて呆然としていたが、すぐに顔に笑みが浮かんだ。


「ありがとう。まさかこんな日が来るなんてね。……ところであなた、寒くないの?」


 女の視線の先を追うと、自分のパンツが見えた。そういえば洞窟で服を脱いだのでパンツ一丁だった。

 町に帰る途中で洞窟に取りに戻ろうと思ったが、鍵がかかっていて無理だと気付いた。生贄を差し出した翌日に洞窟内に残されていた服とは、単に脱ぎ捨てられた服だったのだろう。

 町人の間で広まった噂によって、ティアマトの存在は確固なものにされていった。そのせいで百年もの間、確かめようとする人間が現れなかったのだろう。やるせない思いがした。

 その日は村に泊まり、翌朝モジツエと女達を連れて町に帰った




 モジツエを連れて商工会議所に向かうと、大勢の町人が扉の前に集まっていた。その中に係の女性と昨日見た夫婦が立っているのを見つけた。


「話は聞いたわ。まさかティアマトがいなかったなんてねぇ」


 係の女性が私達に気付き、声をかけてきた。モジツエは家族に走り寄り、抱き合って涙している。


「何はともあれ、本当にありがとう。あなた達が町に来ていなければ、親子を引き裂くだけの虚しい習慣が延々と続けられていたと考えると、恐ろしいわ。お礼は食料だけでいいって言っていたけど、町の人から是非あげてくれってお金も貰ったから、入れさせてもらうわね」


 町人が私達に歩き寄り、次々に声をかけてきた。昨日話をした宿の主人や漁師の姿もある。フィオは呆けており、されるがままに肩を叩かれていた。


「……何もしていないのに、何で?」


 フィオがぽつりと呟いた。係の女性が怪訝な顔をしてから、優しく話しかける。


「何もしてない? そんなことないわ。町の大きな問題を一つ解決してくれたじゃない」

「だってあたしは、ただ歩き回っていただけで、全然力も使ってない!」

「いいから、黙ってもらっとけ」


 声を荒げているフィオの肩を引いて下がらせた。


「お前はどう思っているのか分からないけど、これが『皆が幸せでいられる方法』なんだ」

「すんなり手に入りすぎて、あたしには意味が分からないよ……」


 大きな声に驚いてしばらく慎ましくしていた町人達が、再びフィオを揉みくちゃにする。


「……でも、悪くはないな」


 彼女の口から小さく発せられた声を、私は聞き逃さなかった。




 商工会議所の前に集まった集団を、建物の陰に隠れた一人の女が眺めていた。全身をマントで覆っており、顔の横の隙間から銀色の髪を覗かせている。彼女の両隣には鉄の板を組み合わせた、小宇宙の西洋風な鎧が二体控えていた。


「噂を聞いた時は冗談だと思ったけど、本当に人と行動しているなんてね。これなら立ち入る隙ができるかも――」


 女は口端を歪ませて笑い、その場を立ち去った。




 フィオはサライの町で受け入れられ、話を聞いた商人や漁師から次々に仕事が舞い込んだ。そして世界最強のボディーガードの噂は国中に広がり、やがてフィオが傷つけた村からも相談が来るようになった。

 そして私がフィオの尻尾の先の代わりとして行動するようになってから、三ヶ月が経過した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ