0108:誰が為の力
大宇宙のチヒロの家同様に、様々な装置が置かれていた地下室を後にした。彼女が用意してくれていた服を着て、今は下宿先に帰るため電車に揺られている。
時刻は夜の七時。帰宅ラッシュで電車内は混雑しており、座席に座ることができなかった。カーブにさしかかり車体が揺れるたびに、周りの人と体が接触する。他人の耳毛がはっきりと見えるほどに、人と人との距離が近い。にもかかわらず乗客達は周りに自分達以外の人間がいないかのように、思い思いに過ごしている。黄色い声を上げる女子高生の集団。手鏡を覗きこんで化粧を直す女性。携帯ゲーム機に熱中している学生。熟睡して隣の乗客の肩に寄りかかっているサラリーマン。とても近くにいるように見えて、繋がりはとても薄い。距離の取り方が親密さと比例していて、視界に入った全ての人に声をかけていた、村での生活との違いに戸惑った。
争いの無い世界、すべての生物が幸せに暮らすことのできる世界へと導くこと。それは半年前まで私が抱いていた夢だ。しかしその生物は不干渉を守り、他人の幸せと不幸せに関わらないことが美徳だと感じているようだ。世界が目指すべき夢ではなく、私だけの独りよがりな夢だったのかもしれない。
私が変えたかったのはこんな世界だっただろうか。今、あの時の思いを熱く語ることはできそうにないと思った。
下宿先のマンションに着いた。部屋が明け渡されている覚悟もしていたが、永田という表札は残っていた。ボロボロになった財布から鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回す。カチリと音がした。
玄関の中へ足を踏み入れる。懐かしいような馴染みのないような臭いが迎えてくれた。暗くて中の様子が分からない。ドアの横にスイッチがあったのを思い出して押すと、まだ電気が通っていたようで電灯がついた。薄っすら白く見えるほど床に埃が積もっている。半年以上あけていたのだから仕方がない。一段落ついたら大掃除しようと思った。
靴箱から取り出したスリッパを履いて廊下を通り、部屋の中に入る。家具の配置は変わっていないと思う。冷蔵庫の上で指を走らせると、摘めるほどの埃がついた。
しばらく心落ち着ける場所を求めるのは無理なようだ。せめて今日中に、寝る場所だけは確保したい。ベッドに近づき布団を剥がすと、黒く丸い物体が中央に乗っかっているのが見えた。
「なんでこんなところにいるんだ?」
布団がなくなったことで機嫌を悪くしたのか、その見覚えのある芋虫は体をよじっていた。ボギ砂漠で捕まえたが、アンフィスバエナと遭遇したことですっかり忘れてしまっていたア・バオ・ア・クゥーだ。あの時より少し大きく見えるが、側面の模様から判断して同じ個体だと思う。
布団をかけてやると、大人しくなった。
「……なんでこんなところにいるんだ?」
自分に言い聞かせるように繰り返す。他の化け物と同じように、何らかの拍子に大宇宙から小宇宙へ送られてしまった可能性は大きい。しかし何故私の部屋にいるのだろう。
カーテンを開けると、窓の下半分が割れているのが見えた。進入経路は分かった。嗅いだことのある私の匂いを辿って部屋に入ってきたのかもしれない。
「ベッドに潜り込むとは、ちゃっかりした奴だな。もうこっちの世界に迷い込むんじゃないぞ。――我は汝に啓示を与えるもの」
カードに描かれた魔法陣を目に焼きつけ、壁の前に鏡を生み出した。布団をめくって芋虫の背中を掴み、鏡の向こうへさっと放り投げた。
二つの意味でため息をつく。何日間この部屋にいたのか、シーツの上は糞で散々たる状況になっていた。
翌日、部屋の掃除は潔く諦めて学校に行くことにした。
教師と学生は久しぶりの参加者を気にする様子もなく、淡々と授業を進めている。ここでも不干渉。すっかり授業は置いてけぼりにされており、留年を覚悟した。
「ひょっとして永田か?」
授業が終わり一人残って板書を写していると、後ろから声をかけられた。聞き覚えがあり懐かしい声だ。
振り向くと、村田がだらしなく口をあけて私のことを見つめていた。
「おう、村田。久しぶり」
「――お前一体、どこに行ってたんだよ? てっきり学校辞めたもんだと思ってたよ。家にも帰っていないみたいだったし」
隣の席に座った村田は興奮した様子だった。
「色々と事情があって、遠くに行ってたんだ」
「何だそれ。本当に心配したんだからな?!」
正直に大宇宙のことを話しても信じてもらえないだろうし、下手に化け物のことを伝えて認識できるようになってもらっても困る。
「ごめん。もういなくなることはないから大丈夫だ」
チヒロにも止められているし、もう大宇宙へ行くことはない。久しぶりに思い出話に花を咲かせた。
授業が終わった後、今日だけは村田の遊びの誘いを断り、阿部警備の高妻事務所に行くことにした。長い間さぼってしまった謝罪をしなければならない。
記憶を辿り自転車を走らせると、壁面の塗装が剥がれコンクリートが露出した、相変わらず古ぼけたビルが見えた。
狭い階段を上り、突き当たりのドアをノックする。アルミの扉が大きな音を立てた。
ワンテンポ遅れてから、「はーい」とドアの向こうからやる気の無さそうな男の声がした。初めてここを訪れた時と全く同じ対応で、思わず頬が緩んでしまう。ドアの隙間からにょっきりと覗いた青木さんの顔も、半年前と全然変わっていなかった。
「こんにちは」
こちらから挨拶する。青木さんは顔を覗かせたまま、口をぱくぱくさせていた。
「……え、まさか永田君?」
部屋の中から、ドタバタと走る音や何かが倒れる音が聞こえてきた。聞いたことのある声も聞こえてくる。
「永田君だって?!」
「ちょっと青木さん、冗談がきついって!」
正気に戻った青木さんに促されて事務所に入る。中では二人の社員が、倒れた机と椅子を直していた。
「本当に永田君だ」
顔を上げたのは、白髪交じりの頭をして、目尻の垂れた優しそうな顔をしたおじさん。厚手のセーターを着ている。山下さんだ。
「どこに行ってたのよ?」
刺々しく尋ねてきたのは、釣り目のきつそうな顔立ちをした女性。黒のワンピースコートを羽織った、愛さんだ。
「遠いような近いような場所に行ってました」
「何だいそれは」
村田と同じような反応を返された。メンタル的なことだと思ったのか、三人はそれ以上深くつっこんでこなかった。
「急にいなくなってしまって申し訳ありませんでした」
「いや、構わないよ。そもそもアルバイトではなくて、自衛の為の勉強という名目だったしね。明日からまた来れるのかい?」
「……来てもいいんですか?」
即座に許されたことに拍子抜けして、即座に再開の言葉が出たことに驚いた。
「当たり前だろう。君はとっくの昔から、高妻事務所の仲間の一人なんだからね」
青木さんと愛さんが頷く。少しだけ目頭が熱くなった。
金属の擦れる音がした。アルミの扉が再び開いていた。
「うーす、騒がしいっすね」
片手を上げて挨拶をしながら、男が事務所に入ってきた。冬だというのに短パン姿で、寒そうにマフラーに顎を埋めている。年齢は私と同じくらい。目が大きく、跳ねさせた短い茶髪をした爽やかそうな青年だった。
「工藤君、グッドタイミング」
「はい?」
山下さんが親指を立てると、工藤と呼ばれた男がこちらを見て首を傾げた。他の三人とは既に知り合いのようだった。
「彼は、君の先輩の工藤君。オフィオモルフォスとの戦闘で怪我をして入院していたんだけど、半年くらい前に退院して、また働いてくれているんだ」
山下さんが説明してくれた。以前何度か耳にした、愛さんが竜の攻撃を受け損ねた際に身を挺してかばったという人のようだ。勝手に硬派な先輩を想像していたが、実際は親しみやすそうな人だった。
「永田和真です」
「工藤洋平だ、よろしく。タメらしいし、気さくに接してくれ」
差し出された手を握った。洋平が痛くない程度にしっかりと握り返してくる。握手が特別な意味を持っていた大宇宙のことを思い出した。
「話は聞いてたよ。俺のいない間に、ずいぶん活躍してくれていたみたいだな。まぁ俺が復活したからには、君の出る幕はないけど!」
洋平がおどけてみせると、事務所が笑いに包まれた。
バイトが再開したのは、小宇宙に帰ってきてから二日後のことだった。
山下さんの運転する会社の白いセダンに乗り、化け物が現れたという場所へ向かっている。後部座席で洋平と愛さんに挟まれて座っており、窮屈だった。
「どこに行くんですか?」
とりあえず車に乗せられ、後から詳細を聞かされるという、このやり取りも久しぶりだ。
「公園だ。男が化け物に襲われて瀕死の重症を負った」
後部座席に座っている三人が息を呑む。事件が起きるより先に行動しようとする阿部警備にとって、怪我を負わせた化け物がターゲットというのは珍しいケースだと思う。
「なんでも男は強姦の常習犯で、通りかかった女子高生に襲い掛かろうとしていたところを化け物に攻撃されたらしい」
「……どっちが化け物か分からないわね」
愛さんがぽつりと呟いた。
「女子高生は助かったんですよね。それなら化け物は悪くないんじゃ……」
「助けたら襲ったことがチャラになるとか、そういう算数で解決できるような問題じゃないよ。化け物の思考は短絡的で危険だ。殺される人間が現れる前に我々がやっつけておかないと」
山下さんの言っていることは最もだと思う。しかし納得することができない。阿部警備の方針ですら疑問に思い始めた。
争いの無い世界、すべての生物が幸せに暮らすことのできる世界。あの頃は、世界の区切りが自分のいるこの空間だけだった。しかし大宇宙での生活を経験した今、世界の区切りをどこに設定すればいいのか悩んでいる。自分が存在している、この世界の生物さえ生を謳歌できれば、それでいいのだろうか。
駅前の駐車場に車を止め、歩いて公園に向かう。何度か訪れたことがあるが、芝生の上で遊ぶ家族連れや散歩をしているお年寄りが多い、和やかな場所だったと思う。
公園が見えた。記憶と違い、辺りには全く人の気配がなかった。木々の幹に巻かれた黄色いテープが公園中を囲って張られている。
「人払いはできているようだけど、一応青木君は公園に人が近づかないように巡回してくれる?」
「はい」
青木さんはいい返事をして、公園の周りの道に沿って歩き出した。
「残りは二チームに分かれようか。永田君と僕、栗原君と工藤君の組み合わせでいいかな。何かあったらすぐに携帯で連絡すること」
「はーい」
「分かりました。俺らは右から回りますね」
愛さんと洋平が返事をして歩き去っていった。冗談を言い合いながらボディタッチを交わしており、とても親しそうに見える。付き合っているのかもしれない。
「それじゃあ僕らも行こうか」
山下さんの声を受け、私達も歩き出した。
芝生の上を、雀がさえずりながら跳ね回っている。人がいないこと以外はおかしなことはないように見えた。周囲に気を配りながら歩いていると、山下さんが話しかけてきた。
「車の中での話についてだけどさ、永田君は納得できていないみたいだったけど、大丈夫かい?」
女子高生を助けた事実がある化け物を殺さなければならないという、阿部警備の仕事についてだろう。彼らは人を傷つけた化け物に止まらず、さらには何もしていない化け物ですらも対象にする。まさにアンフィスバエナがそうだ。説得を試みても、酒井兄弟は全く話を聞いてくれなかった。
「山下さんの言っていることが、こちらの人間にとって賢い選択だというのは分かります。でも大宇宙のことまで考えたとき、ただ迷い込んできたのかもしれない獣を、こちらの一方的な都合で殺していることになりますよね。何か納得できません」
歩きながら会話を交わす。
「僕も何度か真剣に考えたことがあるんだけどさ、もし大宇宙から来る神の使いが人間の姿をしていたら、阿部警備はどうしていたんだろうね?」
「歩み寄ろうとしたんじゃないですか?」
もしものことを話しても仕方がない。山下さんははぐらかす気満々で話しているように感じたので、あまり考えずに返事をした。
「コミュニケーションをとれず、凶暴な性格をしていたら? 人と同等の権利を与えることなんてできるかい? 阿部警備は今と同じ状況になっていたんじゃないかな」
口をへの字にして堅く閉じていると、山下さんは言葉を続けた。
「ごめんごめん、いじわるな質問だったよね。けど僕は、被害者になる人間の命と、獣同様の化け物の命を同じ天秤に載せることなんてできない」
その言葉には固い決意がこもっていた。
私だって、山下さんと同じ立場ならそうしたと思う。しかし大宇宙の生活を知ってしまった以上、どう行動したらいいのか悩んでいる。
ふと人生の大先輩に、それとなく自分の身の振り方について聞いてみようと思った。
「山下さんは、化け物とコミュニケーションをとれるようになって、元の世界に帰すことができたらどうしますか? 阿部警備の状況は変わると思いますか?」
「そうだね。……あんまり変わらないんじゃないかな」
返ってきたのは、あまりに冷たい回答だった。
「説得して送り返せたとしても、僕だけじゃ日本中をカバーすることはできないよね。結局、今の方法でしか対応できないんじゃないかな。日本だけでも日々十数匹の化け物が現れているというからね」
球状のコンクリートの建物が見えた。三角形と逆三角形の模様が描かれた入り口が二つ並んでいる。トイレのようだ。
「ちょっとお手洗いに寄ってきてもいいかな。歳をとると近くなって困るよねぇ」
山下さんはそう言い残して、小走りで行ってしまった。俯いてトイレの前で待つ。
『あんまり変わらないんじゃないかな』。山下さんの言葉を思い出す。魔術を手にする前は、力を手にすることができたら世界を変えることができると信じていた。しかし特別な力――魔術を使えるようになっても、世界を渡り歩く能力を手に入れても、世界の仕組みは何一つ変わらない。
じゃり、と地面が擦れた音がした。洋平と愛さんが一周して来たのかと思い、顔を上げる。しかし目の前に広がっていたのは、どこか幻想じみた光景だった。
一頭の白い馬。薄暗い林の中で、穢れない純白が一際浮いている。よくよく見ると、馬とは違う。尻の後ろで揺れているのはハタキのような尻尾ではなく、緩やかに弧を描く太い尾で、先が黒かった。さらに顎から首にかけて、ヒゲのような縮れた長い毛が垂れている。特徴的なのは、額の中央にそびえ立った長い角だ。ネジのように螺旋を描いている。先に立ちたくないと思わせるほど先端が鋭かった。
ターゲットの獣のようだ。
馬の化け物が顔を上げ、曇りのない青い瞳を私に向けてきた。角をこちらに向け、地面を掻く。
「ルケツタメ!」
大宇宙の言語で、止まるように言った。走り出そうとした化け物が足を止める。言葉が通じているようだった。
「コヌラカワガボトカ?」
立て続けに、言葉が分かるのか尋ねた。化け物は顔を上下させて反応し、頷いたように見えた。ルクアのように獣の血を引いた人間なのかもしれない。
「大丈夫か?!」
横から声が聞こえた。今度こそ洋平と愛さんが駆け寄ってきた。
「出やがったな、化け物め。後は俺達がなんとかするから下がってろ」
二人がヒップバッグからダイナマイトを取り出した。洋平もダイナマイトを使った、愛さんに似た戦い方をするらしい。
落ち着いたように見えた馬の化け物が、再び上体揺らしながら地面を掻き始めた。
「何のつもりだ?」
私の背中に向かって洋平の冷たい声がかけられた。
世界の仕組みは変えられなくても、手が届く範囲くらいは助けてあげたい。私は二人の前に立っていた。
「待って。俺がやるよ」
ポケットからカードを取り出し、顔の前にかざした。走り出そうとしている化け物の動きを逐一確認する。
「星煌く天は我が顔、海は我が胴、大地は我が足、風が充たすは我が耳、輝く光を遠矢に射る太陽は我が目なり」
目の焦点をカードに合わせ、自分で書き換えた魔法陣を目に焼き付けた。
「我は汝に啓示を与えるものッ!」
巨大な光の立方体が現れ、馬の化け物を覆った。縁からは光が放たれ、面には大宇宙の平原が映っている。
鏡の箱から意識を外す。立方体が収縮していき、あっという間に光の点になって消滅した。
青木さんと協奏詠唱をしてオフィオモルフォスを送り返したあの時と同じ状況だ。多分馬の化け物も大宇宙に転移されただろう。
「やるじゃないか。あれが噂の消滅の魔術か!」
「あぁ、うん」
洋平が歩き寄り、肩を叩いてきた。大宇宙に戻しているだけで消しているのではないのだが、ばれたら反感を受けそうだ。消滅の魔術ではないことは黙っておくことにした。
「――見ない間に随分と腕を上げたんだね」
いつの間にか山下さんがお手洗いから戻ってきていた。
「これなら試用期間も必要ないかな。永田君、君を正式にバイトとして雇わせてくれ」
今の大宇宙と小宇宙の関係を少しでも改善したい。私は大きく頷いた。
小宇宙に帰ってきてから一週間が経った。私は率先してアタッカーとして戦闘に参加し、神の使いを大宇宙に送り返していた。
今日は高妻事務所には、私と洋平と愛さんの三人しかいない。山下さんと青木さんはちょっとだけ顔を出してから本部へ行ってしまった。
「復帰してから、社員並に参加してるらしいな」
「そうだっけ。時間が空いているから……」
雑誌をめくりながら洋平が話しかけてきた。学生部で確認したところ留年が確定していたので、学校の授業よりも優先してバイトに行っている。日に二回出勤したこともあった。
机の上に置いてあった、社用の携帯電話が鳴った。ディスプレイには北関東のセキュリティセンターの名前が表示されている。すぐに筐体を掴んで通話ボタンを押した。
「――神の使いが出た」
洋平の運転する車で現場へ向かった。青木さんがいないので、人目につかない場所で一瞬で終わらせなければならない。その点、今回化け物が出た場所は廃工場なので好都合だった。
工場の前に車を止め、三人で歩き出した。途中、洋平が厳粛な顔をして話しかけてきた。
「お前さ、本当に化け物に止めを刺しているんだよな? 前に店長と阿部警備の方針の話していたとき不服そうにしていたし、遠方に送っただけなんてことはないよな?」
「ちょっと洋平、いきなり何言い出すのよ! ごめんね永田君、こいつ嫉妬してるの」
かばってくれているらしい愛さんの声はほとんど聞こえていなかった。恐れていたことが現実になり、冷や汗がにじんできた。
「お前は黙ってろ。川崎周辺で、化け物に乗ったお前を見たっていう目撃情報だってあるんだ」
「それは初耳。でも何で洋平が川崎の話を知ってるの?」
「だから黙ってろって。あそこの社員と友達だから、話が入ってくるんだ」
ひょっとしてその友達と言うのは酒井兄弟のことだろうか。とにかくアンフィスバエナの件が伝わっているようだ。
「お前は実は化け物共の仲間で、阿部警備にはスパイに来ているんじゃないのか? それともバイトを休んでいた半年の間に、永田の体を乗っ取ったのか?」
「冗談がきついぜ」と笑いながら否定したいのだが、声が出てこない。まずい状況だった。
「よ、洋平、落ち着いてよ。永田君が純粋な人間だったらどうするつもりなのよ?」
「証明なら簡単にできる。否定するつもりなら、俺が化け物を殺すのを黙って見てればいいんだ」
「永田君も何か言ってよ! それくらいだったら出来るよね。ねぇ?!」
工場の中に足を踏み入れる。中には黒い塊が横たわっていた。可愛い小さな顔をした芋虫。よりによってア・バオ・ア・クゥーだった。