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0105:見えない脅威

 ガラガラと一定のリズムで音が鳴り続けている。私は板を張り合わせた壁で囲まれた空間に座っていた。隣にはチヒロの姿もある。

 突然尻に伝わってきた衝撃に、思わず声を上げそうになった。

 私達はボギ砂漠へ向けて車で移動している。車といっても電気やガソリンで動いているわけではなく、魔法で駆動している。乗客は長椅子の座席に腰掛けており、馬車のように運転手と壁で隔離される。乗った当初は究極のエコ自動車だと騒いで喜び、対照的に嫌そうにしているチヒロを見て不思議に思っていた。しかし時折襲う衝撃を始めとした、お世辞にも快適とは言い難い乗り心地に閉口した。


「ここまで車体を作れる能力があるのなら、タイヤくらい作ればいいのに」


 粗悪なものでも構わないからゴムで覆えば、木の車輪で走るよりよっぽど快適な乗り心地になると思う。


「大宇宙は魔法が大いに発達した一方で、科学技術は小宇宙よりもだいぶ遅れているのよ。小宇宙だって、まともな工業用のゴムができたのなんて、つい150年くらい前じゃ――ひゃっ」


 再び地面を通して伝わってきた衝撃で、チヒロが言葉を切る。視線を逸らして続きを話そうとしなかった。


「今日はルクアさんも来るんだよな?」

「あいつなら、飛んで一足先に行くって言ってたわ。それはそれは快適な旅路でしょうよ」


 恨みのこもった肩を震わしている。さすがに大魔法使いでも空を飛ぶことはできないらしい。


 しばらく無言で車に揺られていたが、チヒロが再び口を開いた。


「目的地に着くのは昼頃になりそうだけど、魔術の特訓でもする?」

「車の中は、さすがに勘弁して欲しいな……」


 サスペンションなんて概念のない車体は、上下左右に激しく揺れている。魔法陣を見ただけでも酔いそうだ。


「ひ弱ねぇ。まぁ、ここで変わり果てた朝食を見せられても困るし、いいんだけど。ならせめて暇つぶしくらいにはなってくれる?」

「話をするくらいなら。でも大した経験をしてないから、チヒロの冒険譚を聞く方が面白いと思うんだけど」


 昨日のルクアとの会話から垣間見れるだけでも、かなりの数の任務をこなしてきたらしい。あの強力な魔術を活かして各地で活躍してきたのだろう。


「私の任務の話なんて、どれも順調すぎて起承結で終わるわよ」


 誇張ではないのが分かってしまうので、返答に詰まる。天才はこれだから困る。


「つまらなくても聞いてあげるから、どうして魔術を使うようになったのか話してみなさいよ。小宇宙じゃあ、クチザムの扱いを知っている人間も珍しいでしょう」



 目的地に着くまでの間、阿部警備の皆との出会いや、エアケントニスとの戦闘、大宇宙に来てからの話をしていた。チヒロは宣言どおり、つまらなそうな顔をしつつも相槌を打ちながら聞いていてくれていた。




 車が止まったようで、揺れが収まり静かになった。前の小窓から運転手が顔を出し、着いた旨を伝えてきた。チヒロの開いた扉から、乾燥した熱気が押し寄せてきた。彼女の後に続いて車を降りる。

 まず目に映ったのは、延々と続く黄色い地平線だった。地面は乾いた砂で覆われ、草がまだらに生えている。波打つ模様は、石庭の白砂のように人がわざわざ手を加えているのではないかと思ってしまうほど整然としていた。こちらの世界ならそれもありえるかもしれないと、隣の人間を見て思ったりする。

 ここが王都ラワケラムウの南西、ボギ砂漠。


「どうした?」


 チヒロは車を降りてから、ずっと難しい顔をして辺りを見渡していた。ルクアを探しているのだろうかと思いつつも尋ねた。


「なんかこの辺り、魔法臭くない?」

「別に何の匂いも――というか、魔法って匂いがあるのか?」


 砂漠のものらしい甘ったるいような匂いは漂っている気がするが、魔法の匂い(?)は分からなかった。


「クチザムのざわめいている感じが、五感に例えるなら匂いに近いのよ。魔法が使われている気配というか……。多分気のせい、ごめんね。とりあえず村に行ってルクアと落ち合いましょう」


 チヒロが歩き出した。天才の言うことは全く分からない。冷たい視線を背中に浴びせながら後をついていった。




 灼熱の砂漠の中を進んでいく。チヒロの用意していた黒い布をすっぽり被っているが、それでも体がじりじりと焼かれていく。魔法で涼しくしてくれと頼んだが、小宇宙での怠惰な生活についてぐちぐち言われる羽目になった。

 点々と生えていた草も見えなくなり、景色は見渡す限り砂になった。平坦だった地面には砂丘が増え、より歩きにくくなっている。目印になるようなものは太陽くらいしかなく、曇りの日には確実に道に迷うと思う。

 しばらく歩いていると、再び草の生えた一帯に辿り着いた。水辺を囲んで、窓のない土壁の家が並んでいる。オアシスのようだ。歩き疲れていたので、ほっとして気が抜けた。

 数匹の羊を連れた村人と入れ違い、村に足を踏み入れた。結局アンフィスバエナを見ることなく村に着いてしまった。本当にここに大量の竜が生息しているのだろうか。

 村の中を歩く。小さい村なので余所者が珍しいのだろう、村人達は私達のことを目で追っていた。すぐに背中に緑色の翼を生やした男を見かけた。東京駅にいても一目で分かるくらい、よく目立つ。


「ご無沙汰しております。本日はよろしくお願いします」


 ルクアも私達に気付き、手の甲を見せた。


 とりあえず情報を交換することになった。空から来たルクアも、アンフィスバエナの姿を見ることができなかったらしい。竜なんていないんじゃないかという空気が漂う中、村人に聞き込みを行うことになった。

 最初のターゲットは、家の軒先でブラシの手入れをしていた女性である。チヒロに肘でつつかれ、何故か私が尋ねることになった。魔術の指導料として大人しく従っておく。


「こんにちは。少しお尋ねしたいんですが、ここら辺でアンフィスバエナをよく見るスポットってあります?」

「よく見るスポットですか……。そもそも滅多に姿を現しませんからねぇ」


 一応いることはいるようだ。次のターゲットは、馬につけるような鞍を作っていた男性である。


「アンフィスバエナって知ってます?」

「あぁ、もちろん。昔は砂漠のあちこちにいたが、最近はめっきり数が減ったな」


 むしろ生息数は減少しているらしい。その後も聞き込みを続けたが、有力な情報は得られなかった。


 池のほとりで休憩しながら、今後の方針について再び話し合う。砂辺に複数の窪みがあるように見えたが、見直すとやっぱり無かった。


「本当に増えすぎて生息圏を広げてるの? 生き残っているのかすら怪しい気がしてきたわよ」


 苛立った様子で腕を組んでいたチヒロが口を開いた。


「おかしいですね。報告が間違っていたのでしょうか」


 ルクアも任務の確認をしに、王都に戻ろうかと漏らす。最後に村を出て周辺を探索することになった。




 オアシスを離れ、殺風景な砂漠を進む。何気なく振り向き地平線を眺めた。自分が空気に溶け込んで広がっていくような、どこかで経験したことのある感覚がある。チヒロの言っていた魔法の匂いとかいうやつだろうか。


「ぼおっとしていて、迷子になっても知らないわよ。夜になると一気に気温が落ちて危ないんだから」


 呆れた顔をしたチヒロが声をかけてきた。手を合わせてゴメンのジェスチャーをすると、ルクアが微笑ましい表情を浮かべた。

 チヒロの背後に何かが見えた。一面黄色に染まった地面に、塗り忘れられたように黒い点が映えている。よく見ると、脈打つように微かな伸縮を繰り返す物体が砂の中から覗いていた。


「まぁた、立ち止まってる。いい加減置いていくわよ」

「待って、何かがそこにいるんだ!」


 黒い物体に走り寄り、屈んで地面を掘った。遠くからは円盤状に見えていたが、砂をどけるにつれてラグビーボールみたいな形状が露わになった。

 側面には地図みたいにくねくねした茶色の模様が見える。柔らかくてざらざらした皮の表面には、短い産毛のようなものが間隔をあけて生えている。地面から掘り起こされたのは、大きな芋虫だった。


「これがアンフィスバエナか?」


 手足も尻尾もなく、どう見ても昆虫だ。しかし一応尋ねてみた。


「どこをどう見れば、それがドラゴンに見えるのよ」


 幼虫をちらりと一瞥してからチヒロが答える。


「でも珍しいわね、ア・バオ・ア・クゥーの幼虫よ。高い魔術抵抗を持っているから、成虫の甲殻は鎧に使われるわ」


 ア・バオ・ア・クゥーと呼ばれた幼虫を両手で持って抱き上げた。必死に体をよじって抵抗している。

 ぷりぷりした体。不似合いな小さすぎる頭。思わず抱きしめたくなる感情を抱いたこれが、萌えとかいうものなのではないかと思う。


「見てみろよ、なかなか可愛い顔をしてるぞ」


 私が一歩近づくと、チヒロは一歩下がった。


「――ほら、このビーズみたいな目とか」


 諦めずに二歩近づくと、三歩下がった。


「――ほらほら!」


 それでも諦めずに走り寄ると、背中を向けて全力で逃げ出した。虫嫌いだったようだ。


「珍しいらしいし、持ち帰っちゃだめかな?」

「私を脅す素材にしようって? いい度胸しているじゃない」


 足を止めると、ようやくチヒロが戻ってきた。


「アンフィスバエナを釣る餌にできるかもしれませんね」


 ルクアが真顔でとんでもないことを言い始める。チヒロも便乗して激しく頷いていた。




 私は一人で砂漠の中を歩いている。急に小便をしたくなり、一時的に二人から離れた。いや、一人と一匹か。決着がつかずに保留扱いになったア・バオ・ア・クゥーを胸に抱えている。

 これだけ離れれば用を足しても大丈夫だろう。大人しくなっていた幼虫を地面に放した。虫は勢いよく頭を振って、現在地を確かめているようだった。真似て周囲を見回す。やはりどこかで経験したことのある違和感がある。


 砂漠に水遣りをしてから視線を下ろすと、あれだけ動き回っていた幼虫が固まって空を凝視していた。猫が宙を見つめるのは幽霊が見えているからだ、なんてオカルト話もある。案外ここに砂漠で亡くなった人の霊が浮かんでいるのかもしれない。

 冗談半分で考えた一説によって、目の前の空間に張り巡らされた存在が揺らぐ。再び世界に境界が刻まれる。


 ――そして私は、目の前に立つ異分子を認識した。


 大きさは馬程度。絹糸のような細い緑色の毛がびっしり生えた体。短い尾は地面と平行に伸び、スプリンターのように痩せた手足は四本とも地面に接している。

 首近くまで裂けた口には、びっしりと生え揃った牙が覗いていた。赤色の瞳に、不気味な縦長い瞳孔が浮かんでいる。オフィオモルフォスを想起させるその容姿は、間違いなくドラゴン。アンフィスバエナだ。

 振られた尻尾の先に、アンキロサウルスのようにハンマーみたいなものがついていた。動きが止まり、ようやくそれが何か理解する。矢尻型をした竜の頭。こちらは小ぶりで目が無かった。


「うぉ?!」


 急に現れたので、驚いて後ずさりする。アンフィスバエナはじっと赤い瞳をこちらに向けていた。

 竜が首をかしげながら一歩近づいてきた。慌ててポケットからカードを取り出す。


「火から土を、粗雑なるものから精妙なるものを分離せよ!」


 カードを表に返し、魔法陣を目に焼き付ける。宙に十の光が瞬き、一瞬で鏡が現れた。

 まずは一安心。先日は疲労のせいで使えなくなっていたようだ

 アンフィスバエナが地面を蹴って、跳ねるように側方に駆け出す。進行方向に先取りして鏡を撃ち出す。が、竜は予想以上に速度を上げており、四本指の足型がついた地面を穿った。手を振りながら撃ち出した最後の鏡も頭を下げて避けられた。

 アンフィスバエナが姿に似合わない軽いフットワークで私の横に飛び込み、頭を横に向けて口を開く。尖った牙が左右から迫る。全て一瞬の出来事だったが、幸運にも反応でき、膝と腰を落として屈んだ。ねっとりした臭い液体が頬に垂れる。


「我は汝に啓示を与える……」


 勢いよく口を閉じた竜を、頭の下から見上げる。首ががら空きだ。鏡を生み出そうと、カードに視線を移そうとした。


「……もの?」


 気配を感じて背後を振り向く。口を開いた小さな頭がこちらに向けられていた。尻尾の先につけられた第二の顔。口から紫色の気体が噴出した。


 気体は私の前で拡散せずに、元来た方向に押し返された。一緒にアンフィスバエナも仰向けに吹き飛ぶ。


「気をつけてください。あの尾から吐き出されているのは猛毒の霧です」

「ルクアさん!」


 声のした方に立っていたのは、ルクアだった。助けてくれたらしい。至近距離で見たあの気体が猛毒だと分かり、背筋が凍った。


「間に合ってよかったです。用を足すのにしては遅かったので、様子を見に来ました」


 アンフィスバエナが飛び起き、甲高い声を上げて突進してきた。ルクアは黙って背中から小さな剣を取り出し、逆手に構えて姿勢を低くする。

 ルクアの姿が消えたのと同時に強風が吹き寄せた。反射的に手をかざしたが、すぐに風は収まった。

 気付けば、アンフィスバエナがいたはずの場所にルクアがいた。竜はどこに行ったのだろうか。辺りを見回して探すと、離れた地面で倒れていた。胸部から鮮やかな赤色の血が流れ出している。多分彼が竜以上の超高速で走り寄り、あの剣で斬りつけたのだろう。


「すごい……。魔法ってあんなこともできるんだ」

「あれは魔法じゃなくて、ルクアが血を引くウィツィロポチトリがもともと持っている身体的な力よ」


 声のした方を振り向くとチヒロが立っていた。


「もっとも音速に近いスピードから体を守るために、魔法で風を纏っているんだけどね」


 竜の体力は大したもので、アンフィスバエナがなんとか体を起こす。既に傷口が塞がり血が止まっていた。ルクアが冷静に再び短剣を構える。一人と一匹の間の実力差は大きい、次で終わるだろう。

 超高速の移動は、相手の攻撃を避けるだけに止まらない。攻撃を確実に当てることができるし、攻撃のエネルギーは速度の二乗に比例する。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。


「――そろそろ出てこられてはどうでしょうか?」


 ルクアが辺りを見渡しながら言った。誰に話しかけているのか不思議に思ったが、砂丘の陰から大勢の村人達が現れた。

 村人の一人がアンフィスバエナに歩き寄り、首に腕を回した。竜が応じるように目を閉じ、口先で彼女の頭に触れる。体を上下させて荒ぶっていた竜が一瞬で大人しくなっていた。


「ずいぶんと大掛かりな演技をしてくれていたみたいじゃない。お陰で人生の内で五指に入る恥ずかしい思いをする羽目になったわ……」


 チヒロが村人に近寄りながら話しかけた。女性は口をきつく閉じ、気丈な目をして見つめ返している。


「なんで村の人達がいるんだ? それに演技って?」


 二人も村人達も深刻な表情をしており、私だけ理解できていないようだった。


「私達はまんまと騙されていたの。入れ替わり立ち代り知覚阻害の魔法をかけられながら、竜の蔓延る砂漠を査察していたのよ」


 知覚阻害――、視覚情報を改変する阿部警備の青木さんの魔術のような魔法だろうか。それを私達三人は村人からかけられ、アンフィスバエナが砂漠中にいるのにもかかわらず、いることを認識できなかった。村人に聞き込みも行ったが、そもそも全員が共犯なのだから正しい情報を得られる訳がない。砂漠に着いたのと同時に魔法の匂いがすると言っていた、あの時から村人の工作は始まっていたのだろう。


「でも何で急に見えるようになったんだ?」

「魔法自体は弱いものだったから、何かきっかけが必要だったの。私達はあんたが一人相撲しているのを見て気付いたけど、あんたの場合は元々似たようなことを経験していたし、その薄汚い虫のお陰でクチザムが免震作用を受けたからみたいね」


 似たようなこととは、魔術を学ぶきっかけになった化け物を認識した時のことだろうか。確かに言われてみれば、感じていた違和感はあの時のものに似ていた。


 改めてチヒロが村人の女性に話しかけた。


「アンフィスバエナの部隊を作って、王都でクーデターでも起こすつもりだったの?」

「クーデターなんて、とんでもないです。私達はただ放っておいて欲しかっただけなんですから――」


 想定していなかった返答だったらしく、チヒロとルクアが顔を見合わせた。

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