隕石から咲いた花
まもなく梅雨を控えた六月。
晴れの夜空に小さな流れ星が飛んでいた。
小さな流れ星は、やがて地球の重力に引かれ、落ちていった。
小さな流れ星の正体は、小さな小さな隕石だった。
隕石は、ある学校の校舎の上に落ち、屋上に小さな穴を開けた。
その学校の生徒達は早速、隕石の話題で持ちきりになった。
「おい、昨夜、学校の上に隕石が落ちたんだってよ!」
「知ってる!学校に隕石が落ちるなんて、どんな確率だろうね。」
「でも隕石は小さくて、
せいぜい天井に小指くらいの穴を開けただけだろうって。」
「それは残念。学校が無くなっちゃえばよかったのに。」
「あはは。で、その隕石は今どこに?」
「それが、どっかに行っちゃって見つからないんだって。
ほら、隕石って流れ星の時は光って目立つけど、
隕石自体の大きさは小さいから。」
「隕石を見つけたら、高く売れるかな?」
生徒達は隕石をその程度のものと考えていた。
生徒達の中には、隕石を探そうと、学校内を探し回る者もいた。
そんなある時、生徒が空き教室で倒れているのが発見された。
発見された生徒は見るからにカサカサに乾き、水分を失っていた。
きっと隕石を探している最中に熱中症にでもなったのだろう、
先生達はそう考え、生徒は保健室に運ばれて、保健の先生の手当を受けた。
幸い、その生徒はすぐに目を覚まし、水分を摂って身体も回復した。
「いやー、実は隕石を探してて、水分を摂ってなかったかも。」
思った通り、その生徒は、隕石探しに夢中で水分不足になったようだった。
生徒の他愛のない遊びの結果、皆はそう認識していた。
ところが翌日。
またしても学校内で倒れる生徒が現れた。
その生徒はやはり空き教室で倒れていたが、
移動教室の途中での事で、隕石探しをしていたわけではなかった。
水分を失った身体で倒れていたが、
同じように治療するとやがて意識を取り戻した。
「あれ・・・?わたし、なんで?」
その生徒には倒れた自覚も原因も心当たりがなかった。
季節は梅雨直前。暑さもそれなりに厳しい。
きっと暑さと水分不足が原因で倒れたのだろう、そう思われた。
しかし、次の日もまた生徒が倒れた。
今までと同じように、身体は水分を失ってカラカラに乾いていた。
幸い、症状は軽く、水分補給などで無事に目を覚ました。
だが幸いではないことに、生徒が倒れる事件は続いた。
「みんな、校内でも水分はこまめに補給するように。」
生徒が倒れた理由は熱中症だと考えた先生達は、
対策として生徒に水分補給を促した。
すると幸いなことに、やがて梅雨入りして雨の日が増えるとともに、
生徒が学校内で倒れる事件は減っていった。
雨季である梅雨の間、学校では平穏な生活が続いていた。
しかし七月になり、梅雨が明けて本格的な夏がやってくると、状況は一変した。
またしても学校の校内で倒れる生徒が出始めた。
生徒達はもう隕石探しにも飽きて、そんなことをしている生徒はいなかった。
それにも関わらず、学校内で倒れる生徒が出た。
それも一人や二人ではない。毎日一人ずつくらいのペースで被害者が出た。
やはり倒れた生徒は身体から水分が失われてカラカラになっていた。
だから先生達は、頑なにこれは暑さと水分不足が原因に違いないと考えた。
「学校の中でも水分補給は欠かさないように!」
先生達が生徒達に向けて連呼する声は、いささか虚しく聞こえた。
なぜなら、先生達も生徒達も、水分補給が大事なことは十分に知っていたから。
喉が渇けば水を飲むし、教室が暑ければエアコンを使えば良い。
しかし、先生達は頑なにエアコンを使うことを拒否した。
倒れた生徒達は水分不足だったのだから、水分を摂ればエアコンは不必要、
先生達はそのように考え、生徒達に実践させたがっていた。
仕方がなく生徒達は、エアコンの効き目が薄い教室で、
汗をかきかき水を飲みながら授業を受けていた。
夏休みを直前に控えた七月中旬。
学校の中で倒れる生徒は、減るどころか増える一方だった。
それともう一つ、今までにない異常が起こり始めていた。
ミシミシメキメキと、学校の壁や柱などが鳴る、
いわゆる家鳴りという現象が起こっていた。
相次ぐ生徒の体調不良と、学校の家鳴り。
すでに事態は学校の先生達だけで解決できる範囲を超えつつあった。
しかしこの学校は、自主独立を第一の標語として掲げていたので、
先生達は多少の無理は承知の上で、自分達だけで事件を解決するつもりだった。
今日も学校では水分不足で倒れる生徒が出た。
壁や天井がミシミシと家鳴りをしている。
絶対におかしい。何かが起きている。
生徒達は怯え始めている。
だから先生達は意を決して、学校の校舎の内部を調べてみることにした。
学校の中で生徒が倒れたり、家鳴りする原因を調べるため、
先生達の幾人かが集まって、調査をすることになった。
調査は、学校中を調べることから始まった。
学校の教室は空き教室も含めて全て調べていく。
通常の教室は、授業中でもお構いなしに調べた。
被害者が出たのは、いずれも授業の合間などが多かったから。
音楽室や理科室など、通常の授業用ではない教室はもちろん、
普段は使われていない地下倉庫やポンプ室、屋上も調べた。
すると、屋上で、奇妙と言っていいものか、珍しいものを見つけた。
屋上の真ん中に、小さな小さな花が咲いていた。
「これはなんという花なのでしょうか?」
「いえ、私も存じ上げないですね。」
先生達をもってしても、花の種類はわからなかった。
ただ一輪、小さくて水色の可憐な花が、屋上の真ん中に咲いていた。
「土もない屋上の真ん中に、どうやって花が咲いたのでしょう?」
その時、先生の一人が気がついた。
「そういえば、隕石が落ちてきた時、屋上に小さな穴が空きましたね。
あの穴って、結局どうしたんでしたっけ?」
「業者に頼んで塞いでもらったのでは?」
「いや、そんな記録は無いと思いますが・・・」
何か嫌な感じがする。
美しい花なのに、見ていると不安な気持ちになって止まらない。
「そうだ、天井裏をまだ調べていませんよね?」
「そ、そうですね。調べてみましょうか?」
そうして先生達は、花の正体はひとまず置いて、屋上から校内に引き上げた。
ここは学校の最上階の、空き教室の一つ。
ちょうど屋上で見つけた花の真下付近にあたる場所だ。
先生達は脚立を持ってきて、天井裏への扉を開けた。
天井裏に頭を入れ、懐中電灯で中を照らしてみる。
「なんだ?これは?」
天井裏を覗く先生が絶句している。
「先生、天井裏に何が?」
聞くのももどかしく、他の先生が入れ替わる。
「なんだこりゃあ、何で天井裏がこんなことに?」
すると天井裏を覗いた先生がまた驚いて返した。
そうして入れ代わり立ち代わり、先生達は教室の天井裏を覗いた。
そこで見つけたのは。
真っ暗な天井裏に生い茂る、植物のような動物のような生物の森だった。
葉や茎を持つのは植物らしいのだが、そこに目や口までついている。
何者なのかどころか、植物なのか動物なのかそれすらわからなかった。
そんな得体のしれない物が、天井裏をびっしり覆っていた。
すると、先生達がいる目の前で、天井裏から蔓が伸びてきて、
先生の一人を捕まえた。首を絞めて、口から蔓を突っ込んで体液を吸っていく。
吸われた体液が茎を通してドクンドクンと吸い上げられていくのがわかった。
やがて先生は水分を失ったカサカサの状態になって倒れた。
「こ、こりゃあ熱中症じゃあない!
この生き物に体液を吸われて飲み込まれたんだ!食べられたんだ!」
「化け物だ!」
「きっと、他の生徒達も同じですよ!」
その時、ミシミシメキメキと、家鳴りが一層大きくなったかと思うと、
壁や床、天井がひび割れて、
植物とも動物ともつかない生物の身体が一斉に飛び出した。
学校の中で生徒が水分を失って倒れた連続事件。
それはどうやら熱中症や水分不足などではなかったようだ。
六月に学校に落ちた隕石。
その跡の天井裏から学校中の建物の裏側に、
生物の身体が根を張って広がっていたのだ。
家鳴りは、その身体が大きくなりすぎて、学校の校舎を圧迫していた音だった。
その中の目らしき部分が一斉に先生達を見た。目は微笑んでいる。
そして、口らしき部分の一つが、開いた。
「あ、あー。はじめまして。・・・こんなもんで通じるか?
ここが学校でよかったぜ。おかげで言葉を覚えるのに役に立った。」
「おっ、お前は何者だ!?」
「俺かい?俺は宇宙から来た者。
お前達地球人から見れば、地球外生命体といったところか。」
「あの隕石は、地球外生命体だったのか!」
「ああ、そうさ。
俺はお前達の言葉で表現するなら水分生育型移動生物、といえるかな。
星々を飛んで、そこにある水分を食べ物にして生きているんだ。
生き物の体液も水分が多いから、水の代わりになる。
いや、むしろ生き物の体液の方が俺は好きかな。旨いからな。」
地球外生命体と名乗った生き物は、カラカラと笑った。
「宇宙は基本的に何も無い。
行けども行けどもただの空間、極稀に星を見つけても、
水があるとは限らない。厳しい旅さ。
ところがだ、そんなある日、見つけたんだ。
青い水の塊とも言えるこの星、地球をな。
俺は大喜びしたよ。これで飯の心配は無くなるってね。
ところがだ、降りてみたら地球には既に知的生命体がいた。
それも結構な数が高度な文明を築いていた。
このまま俺が姿を現せば、下手すれば実験生物にされかねない。
だから俺は隠れることにした。落下場所のこの学校の内部にな。」
「お前がこの学校に来たのは偶然じゃなかったのか?」
「ああ、そうさ。
上空から見て、降下場所の調整もした。
学校は学習するのにも生きていくのにも、隠れるのにも便利だ。
だから降下場所にここを選んだ。学校らしいという考えは当たっていた。
実際、授業に聞き耳を立てていれば、知識は勝手に教えてもらえる。
そして食べ物が多い。若くて新鮮な体液を持った生徒達がな。
あまりに旨くてつい体液を吸いすぎちまったよ。
それが仇になって、こうして地球人に見つかることになるとはな。
まあどのみち、身体が成長しすぎて、もう収まりきらなかったんだけどな。」
どうやら学校の家鳴りは、育ちすぎた地球外生命体のせいで間違いないようだ。
先生が問う。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「これから?そうだな・・・。
俺はこの学校が気に入っているし、住まわせてもらうとするかな。
増えた身体はこっそり外に逃がせばいいだろう。
下水とか、人気が無く水がある場所はまだまだいっぱいある。」
「そんなことさせるものか!」
「お前は絶対にこの学校で駆除してやる。」
自主独立を第一にする先生達の返答は勇気あるものだった。
先生達がしたこと。
それはまず、今日の授業は即座に中止。
生徒は全員下校の後、学校の設備不備のため早めの夏休み開始とした。
そして学校の水道をすべて止めた。
更には誰も学校に近づけないように、周囲をバリケードで固めた。
これは逆に、地球外生命体が学校から出られなくなることにもなった。
そうして先生達は、地球外生命体に兵糧攻めの用意を整えた。
しかし地球外生命体はカラカラと笑う。
「これがお前達の考えた対策、兵糧攻めってやつかい?
あっははははは!無駄なことさ!
お前達に天気はコントロールできないんだからな!」
遠くに暗雲がひしめき、強風が吹き付ける。
もうすぐ台風が学校に直撃しようとしていた。
先生達は地球外生命体にこれ以上、学校を好き勝手されないために、
先生と生徒は全員学校から脱出し、
出入り口も閉めて、誰も出入りできないようにして、水も止めた。
これで、水だけでも生きていける地球外生命体でも、
やがて食料が失くなって死ぬだろう。
しかし、その考えは少々甘かったようだ。
少し早い夏の台風が、学校に直撃しようとしていた。
先生達は臍を噛む。
いくら学校を閉鎖しても、雨が降ることは防げない。
相手の地球外生命体は、僅かな水だけでも生きていけるのだ。
これでは水道まで止めた意味がない。
パラパラと雨が降り始めた。
雨粒は大きく重くなり、やがて学校周辺は暴風雨になった。
「あっははははは!水だ!水だ!恵みの水だ!」
地球外生命体は、その禍々しい茎や葉を雨に湿らせて悦んでいた。
新たに餌を獲た地球外生命体の身体が伸びて分岐して、
植物のように成長して殖えていく。
このままでは学校だけの話では済まなくなる。
「校長先生、このままでは学校以外も危険です。
公的機関に通報を!」
「うむ、もう遅いかもしれんがな・・・」
校長先生が警察などに連絡しようとした時、その手が止まった。
ふと地球外生命体を見やる。
その目が、充血して張り裂けそうになっている。
その口が、苦しみにうめき声をあげている。
そうして学校の校舎を見て、校長先生は気がついた。
「わかったぞ、今、奴は、学校の校舎という檻に捕らわれている!」
「どういうことです?」
「君も知っているだろう。
学校は災害時の避難所とするために、
通常の建物より遥かに頑丈に作られている。
そのせいで、奴の身体は成長しすぎて、収まりきらなくなっても、
学校の外に行けずにいるんだ。」
「なるほど、しかもこの台風の雨は止めることができない。
あの地球外生命体は餌を食べ続けさせられる、
フォアグラのガチョウと同じだ!」
「ぐぬぬぬ・・・。」
学校の壁がミシミシと家鳴りをしている。
しかしその丈夫な壁は絶対に崩れない。
逆に内部では、育ちすぎた地球外生命体の身体が、
自らの身体に押しつぶされて、ぐちゃぐちゃになっていた。
「ぐわあああ!雨を止めろ!俺に水を飲ますな!」
懇願する地球外生命体。
しかし台風は誰にも止められない。それも自分が望んだこと。
やがて学校の中で、ブチャッ!ビチャッ!と水っぽい音がして、何かが弾けた。
台風の暴風の中、先生達は学校の様子を探る。
すると中では、一糸の隙間もないほどに地球外生命体の身体が成長していた。
成長して学校という入れ物の限度を超えた地球外生命体は潰れ、弾け、黙した。
たった一つ僅かに生き残った瀕死の口が、必死で声を振り絞る。
「まさか恵みの雨、水にやられるとはな・・・。
でも俺の仲間は宇宙にまだまだたくさんいる。
いつか誰かがこの地球を見つけるかもな・・・ゲフッ。」
そうして負け惜しみを残して、地球外生命体は絶命した。
学校は自らの手で学校を守り通したのだった。
地球外生命体は絶命した。
しかしその後始末は大変だった。
地球外生命体の葉や茎はやたら頑丈で、
切るのに特殊なノコギリが必要なくらいだった。
その上、通常ではありえないほどの高温にしないと燃えなかった。
そうして燃やすと、不思議なことに、最後は水に戻るのだった。
水に戻った地球外生命体は無害だとわかり、川や海に流された。
地球外生命体の身体は残らず処理され、一件落着。
学校の先生達だけでなく、すべての人達が胸を撫で下ろした。
そうして夏休みも明けて学校が始まって。
校舎の屋上に生徒が一人、やってきていた。
その生徒はただ屋上で一人、物思いに耽りたいだけだった。
すると屋上の真ん中に、花が咲いているのを見つけた。
咲いているのは儚い水色の花で、しおれて枯れかけている。
その生徒は、何気なく手を伸ばして花を摘もうとして、止めた。
するとその花は最後に、小さな種子をプチンと飛ばし、
力尽きたように枯れ果ててしまった。
「・・・枯れちゃったよ。この暑さだもんな。」
そうしてその生徒は屋上から遠くを見ながら物思いに耽る。
その視界の片隅で、小さな小さな種子が飛んでいくのを、
その意味も分からずに、ただぼぅっと眺めていた。
終わり。
水をテーマにしたホラーということで、
水を餌にして繁殖する地球外生命体を考えてみました。
生き物の身体は水分が多いと聞きます。
水が餌ということは、生き物も餌ということで、
肉食と大して変わらない凶悪な生き物になりました。
いつか水が貴重品になった時。
生き物を絞って水分を摂る日が来るかも?
そんなことを考えていました。
お読み頂きありがとうございました。
2025/8/19
誤字訂正
第5段落14行目(63行目)
(誤)倒れた生徒達は水分不足だったのだから、水分を取ればエアコンは不必要、
(正)倒れた生徒達は水分不足だったのだから、水分を摂ればエアコンは不必要、
第9段落35行目(171行目)
(誤)だから降下場所にこのを選んだ。
(正)だから降下場所にここを選んだ。
第10段落13行目(208行目)(再訂正)
(誤)もうすぐ台風が学校を直撃しようとしていた。
(正)もうすぐ台風が学校に直撃しようとしていた。
第11段落(213行目)
(誤)パラパラと雨が振り始めた。
(正)パラパラと雨が降り始めた。