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第8話 光の后と影の妃

王家主催の、とある式典当日――

私は、王太子妃として最前列に立つ役目を与えられていた。


妃として。国の“顔”として。

王家の威信を背負う、その座に。


ファンファーレが鳴り響き、玉座へと続く階段をゆっくりと登ってきたのは――

年老いた父王。そして、その腕にそっと寄り添う王妃ソフィア。


真珠のように白いドレス、王家の紋章を刻んだ銀のティアラ。

伏し目がちに歩くその姿は、まさに“慎ましき王妃”そのものだった。


民は希望の象徴の登場に歓声を上げる。


「国王陛下、万歳」


「后殿下、万歳――」


彼女は天使のように微笑み、やわらかく手を振った。

すべての視線が彼女に集まる。


その隣に立つ私は、ただ“物語”の余白だった。


エルネスト様の目が、一直線に彼女を追う。

その視線に気づいたソフィア様は――ほんの一瞬だけ、唇を舌先でなぞり、微笑んだ。


その仕草はあまりにさりげなく、あまりに上品で――けれど、あまりにあざやかだった。


その瞬間、エルネスト様の瞳に、確かに熱が宿るのが見えた。

距離などなかった。彼の心は、そこにいた。


式典の間、彼は私に一度も目を向けなかった。

手を取ってはいても、私と彼の距離は果てしなく遠かった。


隣にいたのは、妻である私だったのに。


今朝も、確かに私に「愛しているよ」と言ったのに。


でも今、彼の目に映っているのは――

“本当に愛する女”ただひとりだった。


私は、笑った。

焦点の合わない目のまま、唇だけで、完璧な微笑を浮かべた。


まるで、命令された機械のように。


完璧な王太子妃として。


そして――完全に終わった女として。


その時、ただ一人だけ、目の焦点が合った。

セイラン殿下――

彼は、ずっとソフィア様を見つめていた。


その視線は、淡く、しかし深く――

何かを確かめるように。


***


――王宮・謁見の間(朝)


陽光が差し込む高窓から、光が磨かれた白大理石の床を照らしていた。

玉座の前、整列した廷臣たちの視線が、祝賀の対象を見つめている。


その中央――王の隣に立つのは、若く可憐、清楚にして美しい王妃・ソフィア。

ほんのりと丸みを帯び始めた腹を抱え、白銀の礼装は陽光を受けて輝き、慈しみの笑みをたたえたその姿は、まるで絵画から抜け出た“聖母”そのものだった。


「我が王妃ソフィアの懐妊を、大いなる女神に感謝する」


王が言葉を述べると、場には拍手が巻き起こった。


その少し後ろ、王太子エルネストと並び立つ私、アリステリア。

私の身を包むのは、王太子妃としての格式を示す蒼銀の礼装。

そのときの私には、私の本当の心を隠すための鎧のように感じられた。


拍手が鳴り響く中、エルネスト様は王の隣に立つ王妃にそっと目を向けた。

ソフィア様もまた、慈しむような微笑みで応じる。


私にはわかる。それは、母と子ではなく、愛し合う者同士だけが交わす目線。


「…………」


私は、黙して微動だにしなかった。


(義母におめでとう、と言わなければ。

 私は妃。王家の……人間だから)


目を伏せ、掌に力を込める。 指先が震えているのを、気づかれないように。


侍女たちの囁きが、背後から微かに聞こえる。


「……王妃様。今日もなんて可憐でお美しい……」

「陛下のご高齢で、授かるなんて……まさに聖女様に与えられた神の祝福ね」


(違う、違うの。

 あの子は……でも……)


口にはできなかった。 誰も信じてはくれない。証拠もない。


エルネスト様がふと、隣の私に目を向け、微笑みかけた。


その笑みは、かつての少年のような無邪気なもの。

だが、その裏にあるものを、私は知っている。


“君は、僕と彼女の幸福を喜んでくれるだろう?”

“愛してるって言ったじゃないか”


(ああ……私は、なんて滑稽なのだろう。

 王太子妃として隣に立っていながら、女として何も果たせず……ただ、聞くだけ……)


……それでも、夜は明けてしまう。


(なぜ――私なのですか?

 私が、何をしたというのでしょうか……)


夜毎、隣室で響く声。

侍女たちは、それを“王太子夫妻の睦み”と思っているだろう。


けれど実際は――その夜伽は、私のものではなかった。


一度も、そんな機会が与えられることさえなかった。

でも……毎晩聞かされれば、いやでも覚えてしまう。


(私のものではないのに、私の名で囁かれ、誤解されて――

 そして、嗤われているのも知っている。

 ……なのに、子を授かるのは、私ではない)


「――妃としての務めを果たせぬ者に、王家の名を背負う資格はない」


誰かの声が突き刺さった。


私は俯いたまま、ただ唇を噛みしめた。

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