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第4話 初夜

夜、王城の東翼。


その一室が、今夜から私――アリステリアとエルネスト様の夫婦の部屋として用意された。


身を清め、上品な刺繍があしらわれた薄手の夜着に着替えた私は、扉の前に立つ。


胸元に手を当て、早鐘のような鼓動を確かめる。

深く息を吸い、そっと吐き、意を決して扉をノックをした。


「エルネスト様……失礼します」


夫も緊張しているはず。

出来るだけ緊張をほぐすように明るい声を出したつもりだが、返事はない。


だが彼が中にいると確信できた。

その気配だけで、式で触れた絹ごしの温もりが脳裏に蘇る。

指先が微かに震えた。


静かに扉を開ける。


ほのかに甘い香が漂っていた。

薄明かりの中、天蓋付きの寝台がぼんやりと浮かび、その奥に――ひとつの人影。


わたくしの最愛の人がそこにいた。


「エルネスト様……?」


(……っ!)


夫の名を呼びかけた瞬間、気付いてしまった。

月明かりだけが満ちる薄暗がり――その中に、寄り添うふたつの人影があった。


一瞬、目の錯覚かと疑った。

けれど、何度まばたきを繰り返しても、そこには確かに“もうひとり”がいた。


ゆっくりと目が慣れていくと、もう一人の白い姿が“彼女”であると気づいてしまった。


華奢な肩。淡いミルク色の髪飾り。控えめに首を傾ける仕草。


「王妃……様?」


王妃――ソフィア様。聖女とまで謡われる清楚可憐な、父王の妃。


雪の雫のような白いネグリジェが、月の光をやわらかく透かしていた。

透ける薄布の向こうに浮かぶ、細い肩先、腰のくびれ、鎖骨の影。

胸元は高く閉じられ、袖口には繊細なレースが施されていた。


その姿は、まるで聖母像のように美しく、清らかだった。

けれど月明かりが、彼女の柔らかな輪郭と翳りをはっきりと浮かび上がらせた瞬間――

私は、その場に“違和感”が満ちていることに気づいた。


ソフィア様は、昼と同じ柔らかな笑みでこちらを見つめていた。

ただその衣だけが、明らかに“夜”のもので――

彼女自身は、それを特別と思っていない様子だった。


なぜ王妃が、今夜、そんな衣装でこの場所にいるのか。

私は必至で思考を巡らせた。


もしかして、王家にはそういうしきたりが……?

まさか……初夜の儀礼に立ち会う……とか?


それとも、何か私の知らない特別な事情があるのかもしれない。

王宮は広く、常識が違うのかもしれない――。


「アリステリア様」


鈴を転がすような声が、私の戸惑いを断ち切った。

ソフィア様が、柔らかく微笑む。

その笑みは昼間と寸分違わず、私を安堵させたあの慈愛の表情だった。


「お疲れでしょう? 長い一日でしたもの」


私は何とか微笑みを返しながら、室内へと一歩足を踏み入れる。だが、すぐに足が止まった。


エルネスト様の腕が、自然な仕草で彼女の細い腰へと滑り、ゆるく抱き寄せた。

彼女は抵抗するそぶりもなく、ふっと息を吐くように身を預けた。

部屋の空気が、静かに熱を帯びていくようだった。


その様子があまりに“当然”のようで、私は一瞬、その意味を考えることさえできなかった。


「殿下……?」


私の声が震える。


ようやく言葉を発した私に、エルネスト様はいつも通りの微笑を向けた。


「やあ、アリステリア。来てくれてうれしいよ」


その声は優しい。いつもと変わらない。

でも―― なぜ今、彼の隣にソフィア様がいるの?

しかもそんなに体を寄せて……。


(……夫を疑うなんて……わたくし、どうかしてます……)


でも、身体が先に察していた。

ここにいるべきではない。けれど、もう遅かった。


私は答えを求めるように、もう一歩踏み出す。だが、再びその足を止めた。


エルネスト様の手が、ソフィア様の腰から背中をなぞり、彼女の肩がぴくんと震えた。

そのまま彼の手は彼女の脇へと滑り、やわらかにその肢体をなぞる。


やがて――


柔らかな吐息とともに、ふたりの距離は、完全に消えた。

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