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あの夜を越えて、はじまりの朝(幕間:第17.5話):セイランSide【前編】

本編では触れられなかった、静かな余白を綴る一篇です。

狂ってしまった運命の歯車――初夜ののち、セイランの胸に去来した想いとは――。

夜更けの寝室。

月明かりが、薄く揺れるカーテン越しに差し込み、彼女の金糸の髪を柔らかに包み込む。

彼女――アリステリアは、静かにセイランの胸の中で眠っていた。


その柔らかな髪にそっと指を滑らせながら、彼はふと、あの日のことを思い出そうとしていた。

彼女の眉間がふと、わずかに寄る。夢の中で何かを思い出しているのか、それとも――。


(さっきも、そうだったな)



そのとき、彼女の肩はかすかに震えていた。

少し躊躇した俺に――


「……大丈夫です……」


震えながらも、そっと指が絡まる。

その小さな温もりは、言葉以上に雄弁だった。


「……俺がいるから」


耳元で囁くと、彼女の表情が少しだけ和らぐ。


その震えは恐れでも羞恥でもない。

それが俺を求める温度だと気づいたとき、俺は強く誓った。


君を二度と孤独にさせはしない、と。


言葉は交わさなくても、触れるたび、心は確かに通じ合っていった。


彼女の抜けるように白い肌は、近づくほどにやわらかくたゆたう。

震えながら交わす唇と、しがみつくように交わされた腕。


「……セイラン、恐れないで」


かすれた声で名を呼ぶと同時に、背に指が触れる感覚。


俺のほうこそ、彼女を失うのが恐ろしくてたまらなかった。

なのに、彼女はこんなにも強い。


もう後戻りはしない。


俺は息を呑み、彼女を深く抱き寄せると、吐息が月明かりに溶けた


互いの鼓動が重なり、月明かりの下、影だけが緩やかに彷徨う。

夜は静かに深まり、ただ二人だけの世界を包み込んでいった――。


やがて――静かに、その涙に濡れた瞳で俺を見つめると、彼女は囁いた。


「……愛しています」


その一言で、俺の過去も罪も、すべて赦された気がした。


レース越しの月明かりに、淡く浮かぶ曲線が揺れ、その影までも甘やかな夢のようだった。



思わず、眠る彼女の頬に唇を寄せ――そこで一度、言葉をのみ込む。

こんな時も「愛してる」と言えない自分が、可笑しくも情けなくも思えた。


唇が触れた瞬間、身体の芯がじんと熱くなる。


(俺で良かったんだよな?)


口には出さない。きっと笑われてしまうから。


セイランが小さく息をのむと、彼女が寝返りをうつ。

長いまつげが揺れて、唇にかすかな笑みが浮かぶ。


彼女の笑みがそっと肯定している気がした。


その無防備な表情に、思わず胸が熱くなる。


(……こんな夜を、俺は望んでいたのかもしれない)


過去の罪、救えなかった者たち。

それでも――彼女だけは、手放したくなかった。


一息、彼は喉の奥で笑う。

彼女は夢の中でも、きっと気高く、美しいままだ。


そして、遠く過ぎた、彼女と出会った日のことを思い出す――。

17.5話 セイランSide、前・中・後編でお送りします。

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