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第16話 これからの人生

「……嘘だろ、アリステリア……?」


近衛騎士に囲まれ、拘束されかけたエルネストは、呆然と彼女を見つめていた。


「なぜ……君が。君は僕を――僕を愛しているんだろ!?」


その顔には、怒りでも反省でもない。

ただ、“理解できない”という困惑と、“自分が裏切られた”という被害者意識だけが浮かんでいる。


「……どうしてだよ、アリステリア。君は……僕の“もの”だったじゃないか……。

 それに、誓ったじゃないか。幼い頃、僕に“どんな時でも、そばにいる”と――

 君は僕の幸せを、願ってくれるって……!」


その声には、愛情など微塵もなかった。

あるのはただ、自分に都合のいい“従順な人形”を失った悲鳴だけ。


「君のためにやったんだよ! ソフィアのことも、全部――

 君を“本当の王妃”にするためだったんだ!

 これまで君に手をつけなかったのも、君が大切だったからじゃないか!」


近衛騎士たちがその腕を取り、引きずるように連行しようとする。


「やめろ! 離せっ、僕は王だぞ!

 アリステリア……! 君まで僕を――裏切るのか!?

 君だけは、味方でいてくれるよな、なっ、なあ!!」


もはや、そこに王の威厳はなかった。

あるのは、“自分だけが被害者”という歪んだ叫びだけ。


「君は“王妃”になりたかったんだろう!? だったら、僕が即位すれば叶ったんだ!!」


そして、次の瞬間――

エルネストは、はっとしたように顔を上げた。

その目に、みっともない光が宿る。まるで――命乞いの策を閃いたかのように。


「そ、そうだ、今からでも間に合う! 自分がやったと言うんだ!

 僕が恩赦してやろう……足りないか?

 そしたら、あの裏切り者の女ではなく、お前を王妃にしてやる!

 な、なっ!? いいだろ!?」


そのときだった。

アリステリアは、そっと目を伏せ、ただ一言だけ呟いた。


「……いいえ。私は、“王妃”になりたかったんじゃない……。

 ただ、“愛する人の隣で、誇れる人生を生きたかった”だけです」


静かなその言葉に、玉座の間が凍りつく。


エルネストは完全に沈黙した。

その口元がわななき、何かを言いかけたが――声にはならなかった。


そして次の瞬間、

拘束されたまま、王殺しの罪人は玉座の間から引きずり出されていった。



エルネストが引きずられていった玉座の間に、しんとした沈黙が残る。


ソフィアは膝をつき、乱れた髪のままアリステリアを見上げた。


「……わたくし……ただ、愛して、愛されたかっただけ……それだけだったのに……。

 ……ごめんなさい……赦してもらえるなんて思っていないけれど……」


私は、ゆっくりと歩み寄る。


「そう。だからあなたは――」


その手が、何のためらいもなく振り上げられた。


頬を打つ音が、広間に乾いた響きを落とす。


迷いも、慈悲もなかった。


ソフィアがはっとして顔を上げる。

だが、アリステリアはもう、感情を一切宿していない瞳で、ただ静かに言った。


「――あなたは無垢で、清らかな“聖女”の顔をした、ただの子供よ」


「……え……」


「誰かを傷つけてまで欲しがる、それが“愛”だと思っていたのなら。

 それは、子供の我儘。

 いい加減、大人になりなさい」


「あなたの罪。許すわけない……許せるわけがないけど……」


ソフィアの瞳が潤む。もう同情はない。けれど――


「その子は、あの男との“罪の証”。

 ――でも、その子自身には罪はない。せいぜい、大切にすることね」


私はくるりと踵を返し、玉座の間を後にした。


ソフィアはその場に座り込んだまま、何も言えず、ただ自分の腹に手を添える。

頬には、熱と――言葉の痛みが残っていた。


***


その後私は、何となく柔らかな陽が差す中庭へと歩み出ていた。


噴水の前で立ち止まり、そっと空を見上げる。

誰のために戦っていたのか、何を信じていたのか――

今はもう、霧の向こうにある。


背後から、柔らかな声が落ちた。


「……よく、耐えてくださいました」


振り返ると、セイラン様が静かに佇んでいた。

宰相の礼装のまま背筋を伸ばした姿は、どこか哀しげで――それでも、穏やかだった。


彼は、少し癖のある髪に手をやりながら言う。


「……言葉にするのは、あまり得意ではないのですが……」


次の瞬間、彼は深く頭を下げた。


「すみませんでした。本当は、もっと早くお救いしたかった。

 けれど、あなたがまだ……ここにいてくださって、本当に良かった」


思わず息を呑んだ。


それは政治家としての形式でも、王族の体面でもない。

ひとりの男として――心からの謝罪と、感謝の言葉だった。


「だから、これからは。

 どうか、ご自身の幸せのことも……お考えください」


その言葉に驚き、じっと彼を見つめる。


「私は……」


「アリステリア様。あなたには、王妃としてではなく、ひとりの女性として――

 これからの人生、どうか……笑っていてほしいのです」


そう言って、彼はそっと懐から小さな包みを取り出す。

中にあったのは、あの時と同じ――ラベンダーの香草束だった。


胸に、ふっとあたたかい風が吹き抜ける。


ようやく私は、自分の人生をここから――始められる気がした。


すると、彼がほんの少しだけ目を伏せ、静かに言う。


「……そして、もしも――あなたがもう一度、誰かを信じようと思える日が来たなら。

 その時は……その願いの、ほんの端っこでも構いません。

 どうか、俺にも手伝わせてください。」


それは、告白ではなかった。けれど――どこまでもやさしく、誠実な願いだった。


私は、何も答えずにそっと微笑む。


いいえ。


もう一度、信じてもいいと感じた人。

そして……信じたいと願った人。


――それが、あなたです。

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― 新着の感想 ―
やっぱり王妃そうか…大人の女性と考えていた時は行動の一つ一つに繋がりが見えず怪物のようだったけれど、外見が大人で中身が子供と考えると今までの行動の全てが違和感無く受け入れられます。 すごく頑張って大人…
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