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第15話 断罪

目を見開き、冷汗をにじませながら、私を見つめる――夫。


……私は、あなたを愛していたのよ。


どんなに冷たくされても。

どんなに惨めでも。

「私は妃だから」――そう自分に言い聞かせて、すべてを堪えてきた。


でもね。


それでもなお耐えていた私の、その“矜持”すら――

あなたは、踏みにじったの。


……だから今、私は“妃として”。あなたを裁く。


玉座の間は、静寂に包まれていた。



セイランは、静かにアリステリアを見つめていた。

あの、甥の婚約者として現れた少女が、今――堂々たる妃として、玉座の間に立っている。


あのとき。

少し緊張した微笑みを浮かべながら、希望に胸を膨らませて――

裾をつまんで兄王や俺、先立たれた先の王妃に礼儀正しく挨拶をしたあの少女。


(この子は王家にふさわしい、素晴らしい妃になると兄と語り合ったのも懐かしい……。

 ……君は、やはり強い女性ひとだ。俺は、君を誇りに思うよ)


アリステリアは、静かに玉座の前に立ちすくむエルネストの前へ歩み出た。

ひとつひとつの言葉を、かつての夫、いまや罪人となった男へと紡ぎ出す。


「……あなたの側にいた年月は、嘘でしたか?」


彼女の声は穏やかだった。

けれど、その瞳は氷のように冷たく、まっすぐにエルネストを射抜いていた。


「十年――いいえ、もっと前から、私はあなたのために生きてきました。

 未来の王を支える妃として、すべてを捧げる覚悟で、子供の頃から」


誰も動かない。誰も口を開かない。


「なのに、婚姻初夜、あなたは私たち夫婦の部屋に、その“王妃”を連れてきて――

 ……“今夜は部屋を空けてくれ”と、私に言いましたね」


貴族たちの間にざわめきが走る。


「毎晩、隣室から響く声に、耳を塞いで眠れぬ夜を越えて、

 私はそれでも、あなたをお支えしました。

 ……だって、あなたは私の“王”だったから」


一筋、涙が彼女の頬を伝う。けれど、その声は揺るがない。


「でも――私は、知らなかったのです。

 あなたが、己の愛する人を、自分の子供までも見捨てるほどの男だったと」


ソフィアが顔を伏せ、嗚咽を漏らす。


「私に“子ができないのかもしれない”と、陰口を叩かせながら、

 実際に子を授かったのは、他人の妻。あまつさえ、義理の母、王妃でした。

 それだけではない。あなたは、罪をわたくしだけでなく、彼女にまでなすりつけようとした……」


「エルネスト殿下。いいえ――王殺しの反逆者、エルネスト」


玉座の間に、凛と響く声。

その静かな響きは、怒号よりも重く、誰よりも冷たく。


「この罪深き男に、正しき裁きを」


言い終えると、アリステリアは俺の隣に立ち、一礼した。

その姿には怨嗟も怒りもなく、ただ静かに、祈りのような決意だけが宿っていた。


俺は頷き、ゆっくりと歩み出る。


「この者は、王妃ソフィアが姦通の罪で放逐されると思い込んだ」


一拍の間。


「そして、玉座と王妃の両方を手に入れようと企み――

 あまつさえ、その罪をアリステリア妃殿下になすりつけようとした」


淡々と、だが、決して逃さぬように。


「王の盃に毒を混ぜたのは、王妃ソフィアではなく――

 王太子エルネスト、あなたです」


――ざわっ。


その場にいた誰もが、息を呑んだ。

それでも彼女は、静かに、ただまっすぐにエルネストを見つめ――言葉を紡いだ。


「見目麗しかろうと。

 言葉巧みに女性を操ろうと。

 あなたの本性は、自らの私欲で父を殺し、

 愛人を捨て、妻を玩具にした――最低の裏切り者です」


その声には、怒りも、悲しみも、もうなかった。

あるのはただ、決意――そして終わりの宣告。


アリステリアは最後に、静かに頭を下げる。


「……ただ、ひとつだけ」


ゆっくりと顔を上げ、目の前の夫――罪人に向かって、最後の言葉を告げた。


「私は、間違いなく、あなたを愛していました。

 だからこそ――その愛を、今、この場で……地の底に捨てます」


一歩だけ踏み出す。

その姿は、かつて夫に寄り添った“妃”ではなく、正義を示す“ひとりの女”だった。


「あなたがこれ以上、誰の未来も奪わぬように!」


彼女の言葉が終わった瞬間――

顔を真っ赤に染め、膝をついたままの男を、俺は黙って見下ろしていた。


やがて、静かに右手を掲げ、俺は宣告の言葉を口にする。


「エルネスト」


短く、名を呼ぶ。その響きに、玉座の間の空気がぴんと張りつめる。


「貴殿を――王位簒奪未遂、および、我が兄、フリードリヒ五世陛下を殺害した大罪により。

 ここに、拘束を命ずる」


その瞬間――

白銀の鎧を身にまとった近衛騎士たちが、一斉に動き出した。

重厚な甲冑の音が鳴り響き、玉座の間に断罪の刻が訪れた。

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