第13話 王妃の告白
「そんなものは証拠にはならん!」
エルネスト様は目を剥いて叫んだ。
「二つの部屋は書棚の裏の扉でつながっているのだからな。
大方、この女が毎晩、ソフィア殿下の部屋から手紙を届けていた。
それだけのことだ!」
荒く息を吐きながら、彼は吐き捨てるように言った。
そのときだった。
ソフィア様が、そっと一歩、前へ出た。
その顔には、悲しみとも覚悟ともつかぬ静かな陰が差していた。
揺れる睫毛の奥で、潤んだ瞳がまっすぐエルネストを見据える。
「まさか……エルネスト、あなたが先王――わたくしの夫を?」
ひとすじの涙が彼女の頬を伝った。
「――その夜。陛下が崩御なさった頃……」
彼女はいつもと変わらぬ柔らかな声で続けた。
「わたくしは、確かにあなたの部屋におりました。
そして、あなたは、一度部屋を離れましたわ。
扉が閉まる音がして、しばらくして戻ってきたのを、私は覚えております」
エルネスト様の表情が凍りつく。
ソフィア様は、かすかに唇の端を持ち上げた。
それは、諦めにも似た微笑で、ただ静かに彼を見据えていた。
「あなたは、陛下が亡くなった後、わたくしに言いましたね。
わたくしたち、愛し合う三人が、これからは本当の家族になるのだと。
あのとき――私は、あなたを信じました」
「……なぜだ?」
エルネスト様がかすれた声を出す。
ソフィア様の瞳に、はっきりと涙が浮かび、その瞳から零れ落ちる。
だが、口元は微笑の形を保ったまま、静かに震えていた。
その儚げな微笑が、むしろ見ている者の胸を強く締めつけた。
「わたくしにとっては、あなたも、この子も、アリステリアも、そして――先王陛下も。
等しく愛すべき家族。
それを奪われた悲しみと怒りを、どうして抑えられましょう。
――それは、いけないことでしょうか?」
震える声の中に、静かな怒りと、深い悲しみが混じっていた。
「……っ!」
口元を引きつらせ、顔を紅潮させたエルネスト様は、視線を泳がせながら吠えるように叫んだ。
「貴様ら、口裏を合わせて私を嵌めようというのか!
父王どころか、この私までたぶらかそうとするその女、ソフィアが独断でやったことだろう!
そうに決まってる!!」
名指しされたソフィア様は、涙に濡れた顔をゆっくりと上げ――
その瞳に、驚きと困惑を浮かべたまま、震える声で呟いた。
「エルネスト……? まさか、あなた……そこまで……?」
ひと呼吸置いて、彼女はそっと唇を噛みしめる。
その表情には、悲しみと――諦めにも似た影が差していた。
「……すべてが、わかりました。
あなたの愛に溺れていたわたくしが、愚かだったのです」
一歩、エルネスト様に近づくように前へ出て……けれど、その足はすぐに止まる。
「あなたが本当に愛しているのは――わたくしたちではない」
その最後の言葉を口にする直前、ソフィア様は静かに目を伏せた。
「――愛されるご自身だけだったのですね」
そして、肩を震わせると、彼女はその場に膝から崩れ落ちた。
しばらくの沈黙……。
玉座の間には、針が落ちても聞こえるほどの静寂が広がっていた。
誰もが、ただ見守るしかなかった。
エルネスト様は顔を引きつらせた。
「……おい、その腹の子が、父王の子だと!? 我が弟だと!?
誰の子とも知れぬ、その腹の子を王族に……?
そんな茶番、通じるものか……っ!」
そう言うやいなや、エルネスト様は、躊躇なく足を振り上げた。
周囲が反応する間もなく――その一撃は、こともあろうにソフィア様の腹を狙って放たれた。
「はぅ……っ!」
無造作に振り上げられた足は、腹部こそ外したものの――
その衝撃で、ソフィア様はよろめき、床に倒れ伏してしまった。
セイラン様は即座に目線で指示し、近衛騎士たちがふたりの間に並び立ちはだかる。
ソフィア様は、血の気の引いた顔で、自らの腹部をかばうように両手を添えた。
「だめっ……! この子だけは……この子だけは、だめ!」
いつも“聖女”のように静かだった彼女の声が、
そのとき初めて――母としての叫びに変わった。
かすれた声で、それでも確かにそう叫んだ彼女を、
私はただ、呆然と見つめていた。
その顔には、怯えと混乱、そして――初めて浮かんだ、“母親の意思”があった。
エルネスト様は、怒りと混乱に血走った目で立ちはだかる近衛騎士を睨みつける。
「はっ、誰のものとも知らぬ子。興味はないわ!
おい! 貴様ら、王として命ずる。この王を陥れようとする不届きな女を捕らえるのだ!」
静まり返る玉座の間。近衛騎士は微動だにしなかった。
セイラン様は、ゆっくりと歩を進め――
玉座の階下、まだ“王”の装いを纏ったままの甥を見上げた。
そして、静かに告げた。
「何度も言うが、甥子よ。あなたは、まだ王ではない。
――王とは、玉座に座ればなれる、というものではないのだ」
一呼吸置き、目を細める。
「誰よりも重責を背負い、誰よりも真実と向き合う覚悟がある者だけが、王たりうる。
そしてその資格を……あなたは、たった今、自ら捨てたのです」
その言葉に、エルネスト様の顔がみるみる青ざめた。
「な、なんだと……!? 私が王になることは決まっているのだぞ!?
ま、まさか……き、貴様――王弟の分際で、玉座を狙っておるのではあるまいな……!?
叔父御よっ!」
セイラン様は、小さくため息をつくと――
顔を真っ赤にしたエルネスト様から、倒れ伏したままのソフィア様に視線を移す。




