EP9/
確かまだ4歳~6歳のころの夢だ。たぶん5歳.……かな。
夢の中をひとり歩いていると、
「友達がほしい?」と姿の見えない女の人に声をかけられた。クスクス笑いから3人いる。
「友達ほしいよ。」私がそうこたえると、じゃあこっちにおいでと言われた。
クスクス。クスクス。クスクス。
こっちだよ。こっちだ。こっちこっち。
導かれて辿り着いたのは何もない森の中。それも進むほどに迷いそうな森だ。
騙されたのかもしれない。立ち止まって確認でもう一度訊ねた。
「本当にこっちに友達になれる人がいるの?」
いるよ。こっちこっち。クスクスクス。
でも私はだいぶ歩いた。30分は付き合ったはずだ。いまはクスクス笑いが不快に感じられるほど彼女たちが信じられない。
「でも誰もいないよ。声ひとつ音ひとつしない。もう、いいよ。騙された私がばかだった。」
言い放って踵を返そうとしたときだ。
左足を掴まれ、後ろから背中を思いっきり突き飛ばされた。
べしゃっっっ。顔面から勢いよく転んだ。とっても痛かった。クスクス笑いが聞こえる。
夢の中の私は痛覚なんてないのにこの時はちゃんとあった。
こいつら.……!と何か言ってやろうと思いつつ起き上がろうとしたら、左手の茂みから年が近そうな男の子が飛び出してきた。思わずそのまま座り込む。
「なにしてるの?転んだの?」
「いや.……ちがう。突き飛ばされただけ。」
「誰に?」
「誰って.……。」
座りこみながら後ろを見やると、気配もクスクス笑いも既に無い。
あいつら.……。
ほの暗い怒りが湧いたけど、彼女たちのことを説明したら頭がおかしい人だと思われる。
だから黙ったまま立ち上がった。
「あっ。ほら靴紐がほどけてる。それで転んだんだよ。」
「靴紐?」
左足の靴の紐がほどけていた。あの一瞬でアリバイ作成までこなしてお上手ですね。
「人のせいにしちゃいけないんだよ。」
「人のせいっていうか。本当にいたの。今は居ないだけで。」
そうゆうと男の子はなんだか困ったちゃんを見るような目で私をみた。
恥ずかしくて目をそらしてしまう。随分と大人びた子だ。
まぁ、それでいいよ。と言わんばかりの視線を受ける。
「こっちおいでよ。靴紐を結びなおしてあげる。」
「靴紐って?」
あのころ私は靴紐という単語を知らなかった。
靴と紐という単語は知っていたけど、靴紐を使う靴とは無縁だったのもある、と言い訳させてほしい。
「靴紐は靴紐だよ。」
男の子は私を切り株に座らせ靴紐を結び始めた。
そこで私はようやく合点がいった。靴紐とは靴の紐なのだ。だから靴紐なのだと。
この合点に世紀の発明のごとく私は喜んでしまった。
「そっか!靴の紐だから靴紐なんだね。すごい!」
男の子から良く分からないものを見る目で見られてしまった。
ある日の夢。
切り株に座って寝ていたようだ。靴紐をみればちゃんと結ばれている。
しばらくぼんやり座って男の子がやってくるのかもしれないと期待した。気配がしたからだ。
だけど基本的に私の夢では同じ人と会うことはない。
そんな期待と事実でそわそわしてしまって、切り株から立ち上がって周りを歩いては切り株に戻ってきていた。
30分くらいそうしていると、藪から男の子がにょきって出来てきた。
前も思ったけど、藪から生えてきているんじゃないかっていうくらい唐突だ。
「待っててくれてたの?」
「もちろん!置いていくなんてそんなことしないよ。」
男の子は私が起きるのを待っていてくれたようだ。
藪からなにやらあーだこーだと何かを取り出している。私にはそれが見えない。
「ほらいこう。ーーー。」
「あれ、私なまえ言った?」
「また忘れているの?しょうがないなぁ。」
「ねぇ、友達になってほしい。」
男の子は吹きだした。
「友達に友達になってほしいっておかしいね。」
「忘れてごめんなさい。名前をおしえてくれる?」
「前も教えたじゃん。ーーーだよ。」
そうだった。思い出したこの子の名前はーーーで私の友達だ。
また別の日の夢。
星が降る夜だ。
私と男の子が向かい合っている。私の右手、彼にとっては左手にいつもの森がある。
いや、最初は私が森の右手に彼が森の左手にいて、彼の後ろを歩いていたのだけど彼が立ち止まって振り向いて話すから、いったん止まって話したのち彼の横を通りすぎたのだった。
反対側には田んぼのようなものが広がっていて美しい田園風景が地平線まで続いている。
私はそこで男の子のすすり泣きのような、身を滅ぼさん限りの嘆きを聞いた。
そんなこと言わないでよ。
私は?私は君の友達じゃないの?そっか嘘のようなものだものね。
でも私は君の友達でいつづけるよ。世界の何もかもが君を否定しても私はそばにいるよ。
君が君ごと世界が滅んでほしいと願ってしまうならいっそ。
ねぇ。君がそのままで生きられない世界なんて変えてみせるよ。
私の背中側から森から光が差した。
森の向こうから日の出前のような陽光が一筋差し込んでくる。彼には見えないようだ。
未来だ。私の未来がみえる。長く永い苦しい道の果てにそれはあった。私は出来る。
こんなこと君には言えないからね。
知ったらきっと止めるだろうし怒るだろう。
嫌われてしまう。
だから、私が何をなしたかを君が知るのは全てが終わった時だ。
これが私の約束。