EP1
1~4歳の子どもの頃は、子守唄を聞いている夢をばかり見ていた。
でも起きたら忘れてしまうので内容は覚えていない。
生きている間にこんなことがあったよとか、でも悲しまないで聞いてとか、そんな話かもしれない。地球をあげるとか、世界が終わるとか、私に強迫観念を植え付けた。たぶん死人からのお願いだった。頑張ったら思いだせるかもしれないけど割愛。
ここで伝えておきたいのは、私は死人のお願い事を子守唄として聞きなれていたということと、私の夢は死人の弔いの子守唄とお願い事がテーマでもあるということ。
夢の中で全てが流れ着くゴミ山な星があって、子守唄が多く流れ着くそこは私のお気に入りだった。よくロボットなお兄ちゃんと遊んでいた。追記、「ベイマックスくん」と呼ぶことにする。
子守唄の中でもお気に入りなのは「千年前から億を数えて待っていた、でも君は忘れてしまう」と歌われる夢で、うっすらとした意識で忘れてしまうなら時を止めて隠し持っておけばいいと思ったことを覚えている。
時を止めることに成功したようで、この夢は16歳くらいまで私が悪夢に疲れたときの避難所になった。
多分20歳前後まで(何年とかまでは覚えていない)。
追記。時を止めることに成功したというより幼馴染がピンクに変えて残してくれた。
というのも、歯ぎしりする程に悪夢にうなされる少女が流れ着いて、その子のために時を動かしてしまったから。ここではとりあえず「歯ぎしりちゃん」と呼んでおく。
私は夢の中で全ての死人の願いを聞いたわけではない。お願いを聞く線引きがちゃんとあって友達になれるかなれないかで判断していた。
もちろん死人全てが私の子守唄を喜んだわけではないことを注釈しておく。
5歳のころ「ほたるちゃん」と約束した。子守唄を聞くだけの夢が死人に子守唄を歌う夢に変わった。そんな死人に残した人に子守唄を頼まれた。
その後に死人に頼まれた子守唄第一号「鉄壁の言論武装くん」がいる。
現実の方で小学1年生の時、3年生男子3人に蹴られ踏まれた。引っ越して2年も経っていなくて地元環境が良く分かってなかった私も悪いのだが、明確に男嫌いになった。
夢の中で死人ではない幼馴染の男の子の友達がいたのだが、愚痴ったら次から女の子になって来てくれた。……君だけだよ私の我儘にそこまで振り回されてくれるのは。便宜上「ほたるちゃん」と呼ぶことにする。追記、大人になったので「皮肉屋の人魚ちゃん」にしようかな。内心では別の呼び名がある。
7~8歳にかけてひたすら毎日5~6個は死人を通して世界が滅びる夢を見た。戦争・環境破壊・夜街に薬。内心一番荒んでいたかもしれない。音楽好きな夢主のところで別の世界線から塗りつぶされた滅びの記憶をみたり、根がしっかりした夢主のもとで社会不満をギャンギャン叫んだ。
7歳か8歳の頃。
死人のお願いを聞く夢はずっと連続していて、残した人が心配でたまらない死人に何をしてあげられるのか?と思った時に子守唄を歌ってあげればいいじゃんというのが私の認識だった。
「君の息子や娘が心配なら、寝ている時に子守唄を歌ってあげる。」
そう約束すると大抵の死人は喜んで満足して穏やかに去った。
お茶目な男の人から男の子の子守唄をお願いされた。私が給水塔の上でぶらぶらしていても怒らないし殴らないし、はしごを使って降りなよって心配するくらいだから優しいんだろうと思って友達になれそうだからお願いを承った。「檸檬くん」と呼んでおこう。
連続する夢の中で私は子守唄を歌って、息子や娘の悪夢を飲み込む。
そう私は悪夢を飲み込める。消化出来るわけでもなく私という人間に悪夢を貯め込み続けた。
普段は問題ないが私が弱ると悪夢が私を蝕んだ。
それも後で話す……かもしれない。
ざっと時を進めて小学4年生から5年生にかけて私は明確に夢の中で禁忌を犯した。そう確信してしまった。死人の女の子のお願いで男の子を助けて欲しいとのことだった。名前が女の子の名前だったから私は了承したのに実のところ男の子だった。男嫌いを拗らせていたので渋っていたら、死人の女の子に「でも可愛いんだよ!」とか言われた。ぇぇ.……。この男の子に関しては話が長くなる。「ピアノちゃん」と呼んでおこう。死人の女の子は「シオリちゃん」で。
とりあえず様子を見ようと意識ををやると、小学生のピアノちゃんが男の子三人に囲まれながら揶揄われている。男子が立ち去った後で声をかけてみたが「……?なに。」と拒否されてしまった。友達にはなれないから無理だねって死人の女の子に言ったら、人見知りで~とか私が声かけるとちゃんと話してくれる!とか私の姿を使ったらいいよ!とか言われた。.……それはどうなの?
友達にはなれないけど、このいじめっ子らが問題なんでしょということで、スルッとピアノちゃんの立場に入れかわってみた。そしたら耐えられなかった。思わずいじめっ子の腕を振り払ったら、その子は倒れて動かなくなって死んでしまった。
禁忌を侵したと確信した。現実ではこのいじめっ子はもう誰かを虐めようとしても上手くいかないし、悪口で友人を増やそうとしても誰のせいにも出来ないことが続くだろう。一人孤独に世を儚んでしまうかもしれない。
でも私は男嫌いだったし、なんならざまぁみろとまで思った。いじめっ子が世にはばかるなんて嫌だし、真面目な人間が擦り切れて壊れていくのも嫌だった。だからこれは私の意思だ。
夢の中で禁忌を犯すとオニがやってきて手枷足枷をつなぐ、初犯なら6~9か月間くらい後悔に満ちた走馬灯のような雨を浴びることになる。雨一粒一粒が世を呪う死人の嘆きで体の体温と感情を奪っていき最後には死を望むようになる、そんなお仕置き措置。「死人の雨」とここでは呼ぶことにする。
ここでは禁忌を犯したとだけ覚えておいて欲しい。
夢の中で雨を浴びていると、死人の女の子が驚いた顔をしていた。どうしたの?男の子はもう大丈夫だよ、もう行きなよと言うと何を思ったのか冷えた私を抱きしめて一緒に雨を浴びてくれた。そのまま6ヵ月ほど過ごしたし体だけ残して意識を他の夢に――例えばロボットがいるゴミ山星にーー持っていくとオニの手先が殺しに来た。でもそのうちコツが分かって、私の半分以上を雨の中に残していけばオニは追いかけてこないことが分かる。
お仕置きが終わった翌年の梅雨明けにふと、ピアノちゃんはどうしているかなと思い、夢の中を見に行く。そしたら相変わらず死人の女の子がくっついていた。出会ったばかりの私には言えなかったイメージとお願いが聞こえる。私は.……禁忌を侵したことに対してそこまで後悔はなかった。今後も懲りずにやるだろうけど、それでもやっただけの価値があると思いたかった。それだけ私は死人の雨に堪えていたから小学生のピアノちゃんに声をかけた。女の子の姿を借りて「人を殺しちゃったんだ。」ってそれに対して優しい言葉が返ってくれさえば良かった。私は歩き続けようと思っていた。そしたら君は一緒に逃げるって言う。だから桟橋の下の夜で泣く君に子守唄を歌って幸せを願った。そんな旅の果てで「誰かを助けられる人になりたい」というピアノちゃんの憧れと願いが、私のオニを凌駕した。それを見て私は満足してしまった。ピアノちゃんはきっと誰かのヒーローになるだろう。助けて良かった。そう満足したから、自分の後悔する首を切ってピアノちゃんと私の未来と覚悟を祝福した。何度も重ねがけした。全力で。
この禁忌のあと、死人に子守唄を歌うだけだった夢が少し変わる。
一丁前に人が好きって気持ちだけで、私は悪夢を飲んで新しい夢を願い、鶏が先か卵が先かと問答を考え続けた。
人の命運を天秤にかけて禁忌を侵しては死人の雨を浴びた。
小5〜6の頃、ピアノちゃんの後で次に進まなくてはいけない段階で亡者のような影たちに道案内してもらう必要があったのだけど幼馴染の「人魚さん」が影の首を切ってしまった。影が「人魚さん」に取り憑いてしまった。私は介入したけど影の時を止めるので精一杯。影さえ気づかない私をおさげの女の子が見た。お願いをした。
また時を進める。
中学2年生の春くらいにハッキリとした夢をみる。
黒髪黒目の大型の40~50代くらいの男性に引きつられて歩いていた。トルコかロシアのような風土を感じる。黒のロシア帽と黒いコートで黒尽くしの格好だった。私はまだ9歳で、幼少よりずっとこの人に手を引かれながら歩いてきたことを確信していた。
「あの山を越えねばならぬ。」
「私はその先に行けないから一人で行きなさい。」
「山を越えた先に列車があって次の案内人がいる。」
「まずは練習だ。」
要約するとそんなことを言われた。
二人して季節の渡り鳥よろしく山肌の上を飛んで山頂を超えられず引き返した。
でも二回目で私は山頂を超えた。そのまま飛び続けろと叫ぶ男性の声が後ろから聞こえて遠くなっていく。私は寂しくなって一人でどう進んだらいいんだと思いながら飛び続けた。
飛んでいった先の山合いの谷間に列車の駅があった。
レンガで出来た小さな建物。その陰に潜むようにひょろっとした青年がいた。顔は細くて20代ぐらい。中国なんだか香港なんだか東南アジアなんだか日本なんだかよく分からない風土の人だ。
彼は私を見て、こいつが?というように怪訝な顔をした。たぶん私も同じ顔をしていたのでお互い様だった。
お互いに頼りないなと思いながらも進んでいくしかないと感じた、そんな夢だ。
便宜上、道案内人の「黒」と「青」と呼ぶことにする。
この二人は意識すると今でも側にいるんじゃないかと思う時がある。
いつだったか忘れたが多分中学生の頃、夢の中の人が居てはいけない街に居るはずのない男の人がいた。
私は抱えた悪夢と死人の雨でふらふらだった。わざわざ絶望を教えてくれる彼と絶望を数えて夢の中を歩いた。全てを投げ捨てて絶望に飲み込まれるその最後に、男の人が私を助けようと手を差し伸べてきた。不思議だった。私たちが数えてきた絶望は誰かを助けようとすることすら無駄だというものだったから。
男の人の絶望の記憶に何かあるのかもしれない。そう思って彼の絶望の海に浸った。そこで男の人が持っている忘れてしまっていた幸せな記憶を見た。そこからあっという間に新しい夢を組み立てて、私の感性を超える表現できない事象を見聞きした。それは音だったし光だったし錦のように細やかだった。あぁ、大丈夫。絶望しても私は歩いて行ける。そう確信した。
この男の人は「蟻地獄さん」と呼ぼう。
13〜14歳にかけて「落ち着いた人さん」に会った。2個上だった彼はあっという間に20代になった。さよならだね。実はさよならしても定期的に見回りに行くんだけど、夜の街を好んでふらつくからハラハラさせられた。ついでに夜の街のお姉様と問答して失敗。さよなら。20歳過ぎたあたりで1人でまた通りかかったらお姉様に「面白そう」っていわれた。「あんなに大規模に大胆にやってれば誰だって気づくわ!」とのこと。
2度目は問答もなく「面白そう」でついて来てくれた。君がそれでいいなら。蟻地獄さんに惚れ込んだ。……君がそれでいいなら。
夢の中の私は抱える悪夢とずっと拮抗し続けていたけど、ある日飲まれる。
飲まれたというより抱え続けるより浴びて解決していかないとこの先に進めないという判断でもあった。
死人の雨を浴びて私が弱まってもちょっと悪夢に蝕まれるくらいだったけど、蝕まれるどころじゃなくなっていたから。内側から蝕まれるならいっそ死人の雨も悪夢も夜も浴びてやる。私はきっと大丈夫。そんな勢いで。中2くらいかな?
夢の中で、生きた人に追いかけられるようになった。なんだか良く分からない強い存在は意外と私の方が勝ったから、生きた人が一番手に余った。姿を変え逃げ回りながら子守唄を歌った。
悪夢を浴びてから夢の中で私は個の識別が出来ず、死人も人もオニも同じに見えた。
判別するのは敵意があるかないか、願いがあるかないか、それ以外かだった。
自分の意識で考えるのはやめて、直感と積み上げてきた子守唄の結果と知識で本能的に動くようになった。分裂してぼんやりした私は力になってくれた死人のお姉様方やヒトが運んでくれた。
そして現実でも疲れると人の顔がオニに見えるようになった。
14歳。夢の中で問答くんに会う。私に「天使か死神か」と問いかけてきたので問答くんだ。最初は照れからどっちも同じじゃないかな見方の違いじゃない?と答えたけど、2回目は素直に人間だと答えた。
夢の中、私は右も左もよくわからなくなっていて逃げまどっては助けてもらっていた。
16歳まで一緒に問答した。愛を誓ったら拒否された。18歳に見た夢で死んだと思った。素敵でお人好しな策士様。
問答の影響か15歳のとき、痛みもなくただ心臓が止まった。一時間くらいそのままだった。孤独に死ぬってこうゆうことかって思った。医療系の専門学校の体入に来ていた時だったから親切な先生がこっそり助けてくれた。
16歳。夏前の期末試験期間に白昼夢を見てイラっとする。32歳の別の未来の私が記憶を塗りつぶしてきた。私は時間を使い果たしてしまった。あなたは気をつけてと言われた。彼女はピアノを続けていた。私はピアノをやめた。特徴として彼女は自分の為に力を使って罪悪感の囁きに負けたみたいだ。私は使わない。彼女のことは「バベルちゃん」と呼ぼう。
高校を卒業前に東北大震災があった。
卒業式の日の夢では死人の声が多く老若男女問わず元気いっぱいであまりに鮮やかで死人の雨というより春の嵐に近かった。
多くの死人が残された人を想っていた。まだ生きていたかった、やりたいことがあったと一通り嘆いては最後には残された人を想った。その在り方が美しかったから雨ではなく桜になればいいと思った。残された人を想えない人も、私が風になって舞わせてあげるから後悔を全部吐き出して最後には残された人へ祈ってよ。そう「死人の雨」も「桜」になればいいと願った。
夢の中の私は常識が邪魔だったり読み間違えるようなら、子守唄の結果や死人の未練をもとに何度も自分を組み立て変えていた。
特に高校からは多重構造をなしていた。なんて説明したらいいのか分からないのでとりあえず多重構造なんだなと思って欲しい。未来に私はいるし地球の裏側にも私がいる。同時刻の10分先の私が持って帰ってきた情報を処理する私もいる。禁忌を犯しすぎた私本体は閉じ込められていて、私は命を裂き目を増やす。
この頃には立ち去らずに助けてくれる死人のお姉様方がいて、分裂しすぎてぼんやりしてオニにつかまりそうになる私の目に「時間がないよ!」って叱っては道案内してくれた。
これもいつだったか忘れたけど、女の子が座っていた。無よりも静かに。感情も食欲も何もないまま。ただ居間の時計をなんとなく怖がっている。その感情も直ぐに消して植物よりも静かに座っている。パパは時計の音が嫌いらしい。時計が鳴るたび怒鳴って暴れて女の子を殴ったりする。片づけたらいいのにパパは何もしない。女の子は何も考えたくない。そっと寄り添うと「自分は空っぽ。感情もない。」と悲しそう。なら「感情がない!」って言おうよ!。ビートを刻めば自分で歌い出した才能ある子だ。「才能ちゃん」と呼ぼう。
死人のお姉様たちの中でも力の弱いお姉様が、女の子が妹のように感じられて離れられないとお願いしてきた。だからパスがすごく細い。そこにあるものを動かすので精一杯なときもあった。
ちなみに、女の子がいた環境は夢の中でも結構危なくて男性の姿を取ることが多々あった。敬愛なる死人のお姉様方の好みとか癖が詰まっているので見たらちょっと忘れられないと思う。
割愛。20歳前か後ろかあまり覚えていない。歯ぎしりちゃんが私の避難所にやってくる。
時を動かしてあげれば上手くいかなくて、ピンクの列車は空をぶっ飛んでいくし建物も次々にぶっ飛んでいった。それでも「うわー!うわー!」って喜ぶから「一緒にあそぼ」ってお誘いした。遊園地みたいにピンクを遊んで最後に「友達になってくれる?」ってお願いしたら「もちろん!また遊ぼう!」と言ってくれた。
後日、夢の中で死人なパパと会った。曰く娘の我儘だったって。事故で亡くなった訳だけど、私から見ても確かに娘の我儘がきっかけじゃないと言えないことだった。でも、それで娘が毎晩毎晩歯ぎしりしながら世界が自分を呪って殺して罰してくれと夢でうなされ続けるのはどうかと思うっていう話だったから、歯ぎしりちゃんの悪夢も私が飲むことにした。代わりの新しい夢が出来るまで子守唄を歌った。
夢の中でこの頃にはもう私は人の姿を成していなかった。
夢の中で私は細分化していって地球の裏側にも行った。いじめっ子の命運を変えて雨を浴び、悪夢を飲んで新しい夢を願い、たくさんの人のところで子守唄を歌った。千を数え万を数え億を数えて散り散りにちって、私は祈り続けた。後悔する首は最初に切ったのに虚しさは私に積もり続けた。
政治とか宗教とか倫理とはと考えている少年がいた。「手斧くん」と呼ぼう。昔の私が重なったから呼んで話をしてみた。私が女郎蜘蛛にみえて性的に食べるために呼んだと思ったようだ。すれ違いに「思い込みは良くない」と囁いて後ろに背中合わせで距離を置いて問答した。
3日後くらいに少年は手斧を持ってやって来て殺しに来た。君の結論がそうなら受け入れようじゃないか。その代わり君が私のすべきことを受け継ぐんだ。まぁ夢の中で殺されたところで私は形が取れなくなるだけで、分子レベルに霧散して宙を浮遊する。しばらくすれば形を取れる。
3か月後くらいに、草原から「かみさまー。たったよー。ぼくたちたったよー。」と言われた。私は神じゃないので返事しないよ。
今からおもうに、門衛に収まっていた人たちはオニじゃなくて人だったのかもしれない。「でこぴんるーる」が働いたようで手斧くんに切られた人たちは傷もなく寝ていた。
23歳と24歳のとき。クリスマスの夜の夢で不可思議な夢を見る。木製の小さな部屋で男の人とふたりきり。男の人は部屋を覗く窓の前に立って警戒している。「人気者はつらいね」とか言われたから人気者じゃないって言った。友達も少ないし。誰かと付き合ったこともないし。そう私がいうと「へぇ?」とたのしそう。窓の前に私も立ってみると馬やら牛が描かれた木板がすれ違ってはこちらを覗いていく。
「ねぇ。どうしてこっちからは顔が見えないの?向こうからは見えるのにズルくない?」そう問うと「顔が見たいの?」と不思議そう。だって好きで見に来てくれているなら顔くらい見てみたいよと私は言った。男の人は逡巡して驚いたように聞いてきた。「まって。君いまいくつ?」「え。23。ん?24?」
「そう。もうそんな年になったんだね。」そう言われた。24歳のクリスマスにとんでもない明晰夢を見た。あれは問答くんだったんだろう。31歳のクリスマスに流用した。
夢の中に、何百年間に登りきった者の願いが叶うと言われる舞台があった。蹴落としも何でもありの闘争の坂を登りきった時には燃え尽きてしまう。誰一人祈りを忘れて誰も祈れないそんな舞台。登りきった時、私も空っぽになってしまった。今夜祈りを願いを言わなくちゃいけないのに全て忘れて言葉が出てこなかった。私に負けた他の奴らがニヤニヤ私を見ているそんな中で、誰かが「がんばれ」って言った。
こんな魑魅魍魎しか辿り着けないようなところまでついてきて、自分の願いでもなく応援する君のなんて尊いことだろう。だから祈りなんてどうでもよくなった。
これは君が君のままいられるための歌。
更に割愛、29歳の話。
もういいじゃないか、もういいじゃないかと、終ぞ夢の中を右も左もなく歩いているうちに何のために歩いているか分からなくなってしまった。この夢の話は自己満足で始めたことで誰かの責任じゃない。いつどこで足を止めても問題ない。なのにじりじりと燻る私の願い。
そんなこんなで祈ることを止めた時分にまたハッキリとした夢を見る。
暗い空間に30cmの石を乱雑に積み立てた1mほどの高さの祭壇がある。
そこに向かって立ち寄る人が祈っている、何が祭られているのかも知らずに。
私はそれを蔑んで一瞥をやるだけだった。その祭壇の地下には空洞があって白い卵があることを私だけが知っていて、それは私自身で死んだ卵だった。
死んだ卵に何を祈ろうと孵ることはない。無駄なことをしていると思って眺めていた。
もしその祈りで孵ったとして、それはどんな化け物か怪物が生まれてくるか誰にも分からない。私自身にさえ。なのに通りがけに祈る、大人数を引き連れて祈りに来る、遠くから足を運んでやってきて祈る。
私はそれを億劫に眺めていた。
祈る人が途絶えてしばらくして一人のおばあさんが来た。南アフリカ大陸の風土を感じさせる容貌と伝統衣装。どこか部族のようないでたち。
それは私の興味を引いた。そんな地球の裏側からわざわざ祈るなんてよっぽどだと。
ちょっと信じてみようと思った。死んだ私の卵が孵るかもしれない。
地下の空洞に下りて行って卵をしげしげと見る。どう見たって冷たく冷えて死んでいる。
でも、そんなに願われているのなら孵ってもいいじゃないかと、ふと思った。どんな怪物が出てくるか私には分からない。世を祟り世界を壊してしまうかもしれない。でも望まれているのなら生まれてもいいのかもしれない。そっと卵に手を添えて撫でた。
一拍おいて世界が揺れた。夢の中で地震なんて初体験だった。
家族の様子を見に行かないと!と見やると皆倒れていた。家族どころか世界中の人々が死んだように眠っている。ぴきっと卵が割れて孵る音がして怪物がやってくる気配がした。
私はなぜかトイレに逃げ込んで大便をすることにした。……なんで?
たぶん夢の中で私が一番無防備と感じるのがトイレで大便することだったからだと思う。……たぶん。
トイレのドアの前に立つ怪物はドアを開けようともしない。その怪物は私の恐怖そのものだった。
だから腰をちょっと浮かして自分でドアを開けた。怪物は私を見つめるだけだ。
「なによ。私意地悪しないわよ。いじめたこともない。今日だっておはようって挨拶したわ。」とか云々言ってひたすら威嚇して、そのまま目が覚めた。
目が覚めて夢を何度か反芻してからあの怪物は私自身だと気が付いた。
現実で人の顔がオニに見えていたのが薄らぎ始めた。
3か月後くらいに夢の中で萎びた老婆と会う。
背は曲がり、顔は浮腫んで皺と一緒に垂れ下がり目がほとんどみえない。その目は暗い諦念と世の中の不幸全てを経験してきたと言わんばかりに睨むように光っている。本能的な恐怖がやってくる。目の前にいるのは全ての不幸を見届けてきた存在だ、関わると自分も不幸に巻き込まれる、とかそういった恐怖だ。
でもそれは私の怪物ほどじゃなかった。
私はお願いした。切に切にお願いした。
「どうか私が間違わないように手伝ってください。」
「どうか私が人を傷つけないよう見張って下さい。」
「どうか私の側にいてください。」
老婆はしばらく私を見つめた後、私の手を取って言った。
「手をつないでいてあげる。」
貴方が手をつないでくれているなら大丈夫だと、私は心から喜んだ。
私にわかるのは夢の中の私は歩ききったこと。魔法で出来た扉をあけたこと。
小さいころから散々夢見てきた世界が終わる夢見が終わったこと。
世界大戦はない。環境破壊もない。よくわからない存在の侵略もない。たぶんね。夢の中のおはなしだからね。
夢の話はここまで。思いだしたら書き足すかもしれない。
なんか怪物に噛付いたり蹴ったりする大怪獣戦争みたいな夢や、乗り越えられない空に力が足りないって嘆いてたら誰かさんに弓矢みたいに打ち出してもらえた夢もあるけど、それは書きたくなったら書こうと思う。