第36話 秘密の発覚(4)
何もわかっていなかった自分というものをあらためて突きつけられ、何も言えずに黙り込む俺に、煌斗が話を続ける。
「……あの女は、俺が凛音のことを好きだと気付いてた。だから凛音に嫌がらせの矛先が向かないよう、自分の気持ちに蓋をして、表向きはあの女の望むとおりにすることにした」
それから煌斗は、その身に起きた出来事を淡々と話してくれた。
俺は衝撃の事実に言葉もなく、ただ黙って事の経緯を聞くことしかできなかった。
ひと通り話を聞いた後、俺が何も言えずにいると、煌斗は一言。
「……凛音を守りたかったんだ」
そう苦しげに呟いた。
話してくれれば良かったのに、と思う反面、相手が脅迫という手段に出た以上、円満な解決は難しい状況で、俺が煌斗の役に立てたのかと言われると、ちょっと怪しいかもしれないとも思ってしまう。
それに逆の立場だったら、たぶん俺は煌斗に相談なんてできないと思うし、煌斗みたいに根本的な解決をしてやろうなんて思うことすらなく、静かにフェードアウトしていた可能性が高い。
だから話を聞いた今は、仕方ないことだったと思うしかないとは思うんだけど……
何も言ってくれなかった寂しさは感じるし、叶わなかった初恋に苦しみ悩んだ痛みが綺麗に昇華されるわけじゃない。
でも、あの時俺がもっと踏み込んで聞いていたら、とか、何事もなかったかのように連絡を取っていたら、一緒に悩むことくらいはできたのかな、とか。
今更どうにもならないことを考えてしまう自分がいて、全てを知った今、『彼女』への憤りよりも、俺の存在が煌斗に苦しい選択をさせる原因になっていたことへの後悔のほうが重くのしかかる。
「──ありがとう、俺を守ろうとしてくれて。なのに何も知らなくて、煌斗の力になれなくて、ごめん」
苦しさに耐えかねて思わず謝罪の言葉を口にすると、煌斗はすかさずそれを否定した。
「凛音が謝ることじゃない」
「ううん。俺がもっとちゃんと煌斗と向き合ってれば良かったんだよ。自分のことだけでいっぱいいっぱいで、煌斗がどんな気持ちでいるかなんて考えようともしなかった」
あの日、煌斗の『彼女ができた』という一言で、全てが終わった気がしてた。
ずっと俺のことが好きだったという煌斗が、どんな気持ちでそんなことを言ったのか。
(煌斗も俺と同じような痛みを抱えてきたんだとしたら……)
そう考えたら、今更だとは思っても、ちゃんと俺の素直な気持ちを打ち明けるべきだと思ってしまった。
「俺さ、中学の時、ずっと煌斗のことが好きだったんだ」
俺の告白に、煌斗が視線を上げる。
目が合った瞬間、煌斗の表情が不安と期待が入り交じったものになっていることに気が付いた。
俺は口元にぎこちない笑みを浮かべながら、今更すぎる感のある本音をさらけ出した。
「だから、毎日煌斗と一緒にいられることが嬉しかったし、幸せだった。……でも、俺の勘違いだったのかもしれないけど、両想いかも、なんて思うことが何度もあったりして、……その度に気持ちが溢れ出しそうになってて。親友っていう関係に限界を感じたりもしてたんだ。──だから俺は、卒業式のあの日。煌斗に告白しようと心に決めた。煌斗がそんな大変なことになってるなんて夢にも思ってなかったから」
「……勘違いじゃない。俺も同じ気持ちだった」
煌斗が寂しそうに笑う。
「いざ告白しようって思った時、まるで俺の言葉を遮るみたいに、『彼女ができた』って言われて、俺は告白すらさせてもらえないまま、フラれたんだなってずっと思ってたんだ」
「……あの時、凛音が何か言いたそうにしてることはわかってた。もしかしたら告白かなって思ったけど、それを聞いてしまったら、答えを出さなきゃならないから、咄嗟に凛音の言葉を遮るような真似をした。受け入れたら凛音を巻き添えにすることになるかもしれないし、断るにしても、嘘でも凛音と同じ気持ちじゃないなんて、絶対言いたくなかったから。……でも凛音の表情を見て、すぐに後悔した」
どうやら、俺が告白しようとしていたことはバレバレだったらしい。
「……だから全てが終わったら、俺のほうからちゃんと凛音に告白しようと心に決めてた。だけどその時がきた時にふと気付いたんだ。凛音を傷付けておいて、今更何事もなかったかのようにはできないって。一度開いた距離が縮まることはないんだって。そしたらもう連絡することもできなかった」
「確かに、『彼女ができた』って言われてショックだった。でもちゃんと理由を説明してくれれば、理由を説明できなくても、待っててほしいって一言言ってくれたら、それだけで良かったのに……。俺はそんな言葉だけでバカみたいに一途に信じて待てるくらい、煌斗のことが好きだったんだからさ」
本当のことを話してほしかったとか、俺じゃ煌斗の力になれないと思われてたんじゃないかとか。
そんなことよりも何よりも、煌斗から俺たちの関係を繋げていきたいと思えるような言葉がなかったことが一番ショックだったのだと、今更ながらに気付いてしまった。
モヤモヤと胸の奥底に留まり続けていたものが、少しずつ浮上していく。
「でもそんなことすら言えない状況にしたのはきっと俺なんだよね。煌斗が大変な目にあってたのに何も知らずに、失恋したショックと気まずさから疎遠になって。あの時ちゃんと煌斗と向き合ってたら何か気付けたのかなって思うと、後悔しかないよ。俺は煌斗のことが好きだった。でもその前に俺は煌斗の親友なんだから、自分の気持ちだけに目を向けてちゃダメだったんだよな」
いくら煌斗が上手く隠してても、一緒にいれば何かしらの異変に気付けたかもしれない。
告白すらしてない状態で、俺の気持ちが否定されたわけじゃない以上、俺はそれまでと変わらない態度を取ることもできたのに。
「凛音は何も悪くない。俺が凛音を守りたいだとか、巻き込みたくないと思うあまり、独りよがりだっただけだ」
「それは俺も。煌斗の気持ちを考えようともしないで、勝手な判断で全てが終わったような気になってた。だから煌斗から告白されて、なんで今更って思ったし、煌斗に対してどう接したらいいのかわからなかったから正直戸惑った」
煌斗はその言葉で、一緒に過ごした時間とあの時の気持ちが俺の中で既に過去のものになっていることを察したらしく、その表情に寂しさと後悔を滲ませた。
「ごめん。俺はもうあの時と同じ気持ちで煌斗に接することはできない」
「……そうか」
はっきり言葉にすると、煌斗は何かに耐えるように苦しげに目を逸らす。
その姿にあの日の自分が重なった気がした。
「べつに煌斗のことが嫌いになったわけじゃない。ただ煌斗のことを好きだった気持ちが過去のことになっただけ。この先また煌斗のことを好きになる可能性はゼロじゃないし、そうなった時は、新しく始まった全く別の恋になると思うから」
煌斗は再び俺に視線を戻すと、まるで眩しいものを見るように軽く目を眇める。
それはほんの一瞬のことで、煌斗はすぐに気持ちを切り替え、いつもどおりの穏やかな笑みを見せた。
「……ありがとう。凛音とちゃんと話せて良かった」
「俺もだよ。本当のことを知れて良かった」
晴れやかな気持ちで同意する。
やっと一区切り。そんな風に思ったのも束の間。
次に続いた煌斗の言葉で、俺の心の中にはすかさず別の感情が入り込むことになった。
「これからは、一緒にいられなかった分も取り返せるよう全力を尽くすよ。──凛音が新しい恋を始める相手として、俺を選んでくれるように」
その宣言に、俺は嵐の気配を感じずにはいられなかった。




