第32話 過去の告白(3)
ひとしきり二人で話した後、カラオケボックスなのに一曲も歌うことなく店を出た俺たちは、帰宅するために駅に向かって歩いていた。
行きと同じく口数は少ないものの、それはお互いの心の距離が変わったことによる気恥ずかしさからくるものだとわかっているから、気まずさは微塵も感じない。
これまで誰にも言ったことのなかった煌斗の話をして。海里からは真剣な気持ちを伝えられ。俺自身、考えなきゃいけないことはたくさんあるけれど、海里の優しさのおかげで急いで答えを出す必要がなくなったことに、正直ほっとしている。
だけど、俺自身が煌斗とのことでつらい思いをしたこともあって、できるだけ中途半端な真似はしないほうがいいのかな、とか。
かといって、海里と疎遠になってしまう可能性がある以上、やっぱりすぐに答えを出すべきじゃないと思う自分もいて、そんな臆病な自分が顔を出す度に、どうしたらいいのかわからなくなる。
結論が出せないまま、ひたすらぐるぐると悩みながら歩いていると、ずっと黙ったままだった海里が意を決したように口を開いた。
「あのさっ」
「ん?」
「今日は俺が凛音を家まで送って行きたいんだけど、いいよね?」
強気な口調なのに、その表情は少し不安そうで。昨日俺が煌斗と一緒に帰ったことを、まだ気にしてるらしいことが伝わってくる。
「さっきも言ったけど、昨日の件は煌斗を選んだとかじゃないから」
「わかってる。そのことについては、ちゃんと理解してるから。今は俺が凛音を送って行きたいって思ってるだけ。完全に俺のわがままなんだけど、具合悪そうにしてる凛音を見たばっかだし、色々心配でさ。自己満足でしかないのはわかってる。あ、言っとくけど、下心とかやましい理由で言ってるわけじゃないから!」
俺に拒否されないようになのか、やや早口になりながら必死に言い募る海里に、俺は呆気にとられてしまう。
そんな俺の様子に気付いた海里は、ハッとした表情をした後、恥ずかしそうに目を伏せ、片手で目元を覆った。
「俺、必死すぎて、カッコわる……」
なんだかんだで一年以上の付き合いになるけれど、こんな海里は初めてで、俺は微笑ましい気持ちになり、自然と口元が緩んでいく。
「海里が俺んちに来るのは全然構わないんだけど、海里の家と俺の家じゃ距離がありすぎて、送ってもらうのは申し訳ないからさ」
「そんな理由だったら問題ないよ。アイツならよくて、俺だとダメな理由がそれだけなら、なおさら引き下がるつもりないし」
そう言われてしまったら、なんだか断りにくい。
俺は結局、苦笑いしながらも、了承の意味を込めて頷いた。
◇
(海里の表情、あきらかに硬くなってるような気がするんだけど……)
俺の家の最寄り駅を降りたあたりから口数が少なくなり、家に近づくにつれ、あきらかに緊張感が増している。
そんな海里に、さっき感じた微笑ましさはすっかり鳴りを潜め、今は心配する気持ちのほうが圧倒的に大きくなっていた。
普段からは想像もできないような張り詰めた表情の海里を横目で見ながら、煌斗の家に初めて泊まりに行った時、ものすごく緊張したことを思い出す。
もしかしたら、海里も似たような状態なのかもしれない、なんて考えているうちに、家の前に到着した。
「俺んちここ。送ってくれてありがと」
硬い表情のまま、うつむき加減で何かを考え込んでいる様子の海里に声をかけると、海里は弾かれたように顔を上げた。
俺の家を見て、まるで眩しいものでも見るかのように目を細める。
それは懐かしいものを見た時のような感じというか、憧憬の眼差しにも似ていて。
その瞳に映る感情は、少し影があるような印象を受ける。
全く知らない表情をする海里に、俺は少しだけ引っかかるものを感じたものの、あえて深く考えないことにした。
──なんとなくだけど、海里はこのことを聞かれたくないような気がしたから。
「よかったら寄ってく?」
海里の気持ちを知っていて部屋に誘うのは無神経かもしれないけど、このまま帰すのもどうかと思い、そう聞いてみる。
「……大丈夫。今日は帰るよ。告白した直後に好きな人の部屋に平気な顔して入れるほど、俺の神経図太くないから」
冗談っぽく言ってはいるものの、その表情には、いつものような明るさはない。
こんな状態の海里をこのまま帰してしまっていいのか迷っていると、不意に家の玄関扉が開き、母親が姿を現した。
その姿を目にした途端、海里は不自然にも思えるほど、ひどく驚いた顔をする。
しかしすぐに表情をあらためると、何事もなかったかのように母に軽く頭を下げていた。
「こんにちは。家の前で立ち止まっててすみません」
「こんにちは。こちらこそ、突然出てきて驚かせてごめんなさい。凛音の学校のお友達?」
「はい。凛音くんとは1年の時から同じクラスで、ずっと仲良くさせてもらってます」
煌斗以外にも友達がいたことが余程嬉しかったのか、母はニコニコしながら海里を見ている。
海里も笑顔で母に接してくれていたのだが。
「仲良くしてくれてありがとう。お名前聞いてもいいかしら?」
そう聞かれた瞬間、なぜか海里の表情が緊張を帯びたものに変わっていた。
「──藤島海里です」
やや硬い声で告げられた名前に、それまで笑顔だった母が、わずかに動揺したように見えた。
それはほんの一瞬の出来事で。
さっきと変わらない笑顔をむける母の姿に、あれは俺の見間違いだったのかもしれないと思い直す。
心の中で何かが引っかかったような気がしたが、その理由はわからないままで、俺はそれ以上この件について考えることをやめてしまった。




