第31話 過去の告白(2)
海里とちゃんと話そうと決めた俺は、海里を誘ってカラオケボックスに行くことにした。
目立つ海里が一緒だと、教室だけじゃなく、外でも視線が集まりすぎるため、誰にも聞かれたくない話をするなら、この場所が最適だと思ったからだ。
ここに来る道中、いつもより格段に口数が少ない海里に気まずさを感じながらも、今じゃ当たり前にも思えていたこの関係は、海里がずっと俺に寄り添ってくれていた結果なのだと思い知った。
そして今、個室に設置されているソファーに二人きりで並んで座ってはみたものの、ここまできてもまだ、俺は何をどう話すべきか悩んでいた。
あれこれ考え過ぎたせいで、考えがまとまらない。
焦りを感じていると、海里が先に口を開いた。
「なんか、今日はごめんね」
突然の謝罪に、まずはこの言葉を俺が先に言うべきだったのだと反省する。
「……俺のほうこそごめん。俺から言わなきゃって思ってたのに、結局海里に言わせて」
慌てて謝ると、海里は静かに首を振った。
「そんなことないよ。俺が勝手に落ち込んで、凛音の側に行けないな、って思ってただけだから」
「なんでそんなこと……」
そう口にしたところで、思い当たる理由があったことを思い出した。
「昨日の煌斗のこと、気にしてる?」
「……そうだね。それもあるけど」
そこで言い淀んだ海里に、俺はすかさずその先を促す。
「けど、なに? 言って」
今までの俺だったら、こんな言い方をされたら、絶対に深く踏み込んで聞こうとは思わなかった。けど、今それをしてしまったら、二度と海里の本音を聞けない気がして、この機会を逃すべきじゃないと強く思った。
じっと次の言葉を待つと、海里はいつもとは明らかに違ったトーンで、躊躇いがちに話し始めた。
「……俺って、凛音に必要な存在なのかな、とか。なんか勝手に取り残されたような気持ちになっちゃって。凛音と顔を合わせて話をするのが、ちょっとつらいなって思ってしまったんだ」
自嘲するようにそう言った海里は、視線を足元に向けたままで、俺のほうを見ようとしなかった。
まるで、結果は決まってるといわんばかりの態度に胸が痛くなる。
それでも俺を気遣って声をかけてくれたことを思うと、もうこれ以上隠し事をしてる場合じゃないと腹を括った。
「昨日はごめん。煌斗を選んで、海里のことをないがしろにしたつもりはなかったんだ。家が同じ駅だから、結果的にそういう感じになっちゃったけど」
「わかってる。俺が勝手にアイツに引け目を感じてるだけ。凛音がそういうつもりじゃなかったことくらいわかってるから、謝らないで」
「でも」
「大丈夫。凛音は何も悪くない。……だけど、こうして凛音が俺のことを気にかけてくれて嬉しいよ」
俺が悪くないはずはない。海里からの好意や気遣いを当たり前のように享受しておいて、こんなことになるまで、自分から何かしようとは思わなかった。
俺は海里に甘えていたんだと思う。
いつでも俺に好意をむけてくれる海里なら許してくれるって、無意識にそんな風に思っていたであろう自分が嫌になる。
その上、俺が海里を気にかけただけで嬉しいなんて言われたら、いじらしさよりも、申し訳ない気持ちのほうが先に立つ。
「俺にとって海里は大事な友達だから」
「……友達、か」
暗い声で呟く海里に、俺は自分にとっての海里がどういう存在なのか必死に説明した。
「友達は友達じゃん。大事な友達。俺にとっては、友達ってずっと続く関係で、別れてしまう可能性がある恋人よりも、よっぽど大事な存在なんだけど」
「……それって、遠回しに諦めろって言ってる? それともまだ俺の言った『好き』の意味が理解できてないってこと?」
「もちろん、海里が好きって言ってくれたことは忘れてないし、それがどういう意味かもわかってる」
「ホントにわかってる? 俺、男だけど、同じ男の凛音のことが本気で好きだって言ってるんだけど。──軽いノリや冗談なんかじゃなくて、キスだってその先だって全部したい『好き』だよ?」
まるで俺が何もわかっていないかのような言い方に、思わず苦笑する。
「わかるよ。……俺も同性を好きになったことあるから」
俺の告白に、海里が弾かれたように顔をあげた。
まさか俺がそんなことを言い出すとは夢にも思わなかったんだろう。
でもその直後、泣きそうな、不安そうな表情をした海里がポツリと呟いた。
「──それ、香川煌斗でしょ」
言い当てられたことに驚きはない。俺と煌斗が一緒にいる様子を直接見たのだから、俺たちの間に何かあったことも、なんとなく察していただろう。
──本当に海里は俺のことをよく見てるから。
「うん、そう。俺は中学の時、ずっと煌斗が好きだった」
「……付き合ってたの?」
「ううん。告白すらしてないよ。正確には、告白しようと思ったのに、言い出す前にフラれたから」
「嘘でしょ!?」
「ホント。卒業式の日、よしこれから告白しよう、って思ったタイミングで、むこうから先に『彼女ができた』って言われて」
「え、どういうこと?」
「どういうことって言われても、そういうことだとしか言えない」
信じられないものを見たような顔をしているけど、これが事実なんだから他に言いようがない。
「どこからどう見ても、アイツは凛音のこと好きだよね? 中学の時は違ったってこと?」
「そのあたりはどうだったのかはわからないけど、煌斗の口ぶりじゃ、ずっと俺のこと好きだったっぽい。もしかしたら、って思ったことも正直あったけど、ちゃんと聞いたわけじゃないし、そもそもフラれてるし」
「失って初めて気づいたパターンだったりして……」
「そうなのかな……。よくわかんないよ」
煌斗は好きな人としか付き合わないと言っていて、たくさんの告白を断っていたのに、その彼女とは付き合ったのだ。
だから、あの時の俺じゃ駄目だったんだっていうのは、わかってる。
(煌斗はいつ俺が好きだって気付いたんだろう……?)
煌斗の行動がわからなすぎて、一体どういうことなのか理解できない。
「じゃあ、今はどうなの? アイツのこと、まだ好き? 好きって言われて嬉しかった?」
口調こそ普段どおりを装っていたけれど、海里が不安に思っていることが伝わってきた。
縋るような目で俺を見つめる海里に、俺は安心させるように優しく微笑んだ。
「煌斗にフラれて本当につらくて。もう終わったんだって思っても、忘れることすらできなかった。最近になってやっと平気になったと思ったのに、今更好きだと言ってくるなんて、なんてタイミングだよ、って思ってる」
「それってつまり、今は好きじゃないってこと?」
「ずっと好きで忘れられなかったんだ、……気持ちが揺れないわけじゃない。でももうあの時と同じ気持ちじゃないし、今、あの時のように好きになれるかって言われたら、無理かもしれないって答えると思う」
煌斗のことを嫌いになったわけじゃない。でももうあの時とは違う。たとえまた煌斗を好きになったとしても、あの時と同じ恋はできないと思う。
「俺がそんな風に思えるようになったのは、海里のおかげだよ。抜け殻みたいになってた俺を、いつも海里が気にかけてくれて、気遣ってくれた。──最初は、ぼっちの俺を一軍男子が気まぐれに構ってきただけで、すぐに相手にしなくなるだろうって思ってたのに」
なんとなく気恥ずかしくて、照れ隠しのように海里の第一印象を付け足すと、海里はショックを受けたような顔をした。
「ひどくない? 俺の印象」
「俺の勝手な偏見だよ。今はちゃんと、海里が優しくていいやつだって知ってるから」
「あのさ、優しくて、いい人って、恋愛に関しては誉め言葉じゃないからね。むしろフラれる時の常套句だよ」
「そういうつもりで言ったんじゃないから」
「──じゃあ、どういうつもりか教えて」
少しだけ、緊張が感じられる声のトーン。
俺が海里をどう思っているか。友達じゃなく、恋愛対象としてどう見ているか聞きたいということなんだろう。
これまで散々海里の優しさに無意識に甘えてきた分、ここでちゃんと答えを返さなくてはと思うものの、現時点で同じ気持ちを返せないと言ったら、今までどおりではいられないかもしれないという不安に襲われる。
(勝手だって言われるかもしれないけど、俺はまだ海里と一緒にいたい)
思わず黙り込んでいると、隣に座っている海里が俺に寄り添うように、ぴたりと身体をくっつけてきた。
触れ合っている部分から、海里の温もりを感じ、まだ何も解決してないし答えを出してもいないのに、なんだか安心してしまう。
自然と身体の力が抜けた俺に、海里がクスリと笑ったのがわかった。
「うん、やっぱり、さっきのなしで」
急かされないのはありがたいが、なんだか拍子抜けした感は否めない。
しかし、次の瞬間、海里の優しさが痛いほど伝わってきて、ちょっとだけ泣きそうになった。
「急いで答えを出さないで。ゆっくり俺のこと考えてほしい。凛音の時間と気持ちを少しでも長く俺が独占できるように」
そう言いながらそっと俺を抱きしめる。
また海里の優しさに甘えてしまったことを申し訳ないと思いながらも、身勝手な俺は、海里が離れていかなかったことに安堵していた。
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