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臆病な恋の結末  作者: みなみ ゆうき


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第29話 自覚と変化 ※海里視点

 恋だと自覚した途端、俺はこれまでにない感情に見舞われた。

 たぶんその感情は、ずっと自分の中にあったものなのかもしれないが、恋だと自覚するのとしないのでは、些細なことでも、こんなに感じ方が違うのかと驚くことが多かった。

 それと同時に自分の感情が制御できないことも増えてきて、自分の内面が大きく変化したことに戸惑いを感じることも増えてきた。


 アイツが凛音との仲をわざと見せつけるような真似をした時、それまで考えていたことが全て吹き飛び、苛立ちと不快感が体中を駆け巡った。

 そしてその感情は、俺の中に根を生やしたように残り続け、ふとしたことで大きく膨らみ、時には他の感情をすべて追い出そうとしてしまうのだから質が悪い。

 そのせいなのか。凛音に対して親しげに話しかけてくる存在が現れたことに焦りを感じた俺は、自覚したばかりの想いを、凛音にぶつけるような真似をしてしまったのだ。


「……凛音はさ、俺の言ってる『好き』の意味、ちゃんとわかってないでしょ」


 ついさっきまでわかっていなかったのは自分のほうだというのに、凛音が同じ速度で理解してくれないことがもどかしかった。

 でもそう言った後すぐに、激しく後悔する自分がいた。


 最初は単なる好奇心。

 でも一緒にいて、凛音のことを知っていくにつれ、特別で大切な存在になっていき。

 それがとっくに恋に変わっていたのだと気付いた今では、軽い気持ちで近付き、本人すら知らない秘密を知っているからといって、勝手な優越感を持って接していたことが後ろめたくて堪らない。


(このことを知ったら、凛音は俺のことをどう思うんだろう……)


 そう考える度、せつなさに胸が痛んだ。

 でも、一度自覚してしまった凛音への想いは、後悔の気持ちでは抑えられないほど、急激に大きくなっていった。


 


 幸いなことに、俺の告白で凛音との関係が悪化することはなかった。

 でも凛音のほうは色々考えることがあったらしく、代休あけの火曜日、ひと目見ただけでも、あきらかに体調が悪いとわかるような顔色で登校してきた。


 凛音を悩ませる原因の一端を担ったのは、たぶん俺。

 自分勝手な真似をしてしまったことを反省しつつも、俺にできることは普段通りに接することだけだと悟った。


 ところが俺がどうこうする間もなく、凛音の体調は悪化の一途をたどり、凛音は保健室へ。その後、大事を取って早退することが決まった。


 さらに、凛音に負担をかけないようにと心に決めたばかりだというのに、早退する凛音を玄関まで送り、凛音を迎えに来ていた人物を見た瞬間、俺は不自然なほどに動揺し、つい余計なことを口走ってしまったのだ。


『……凛音のお父さん、凛音と全然違うタイプだね』


 言った後すぐに、激しい後悔に見舞われた。


 でも本当に何も知らないらしい凛音は、俺の態度を不審に思うこともないどころか、自分のほうから家族の話をしてくれたのだ。

 俺は凛音の父親に軽く頭をさげて見送りながら、秘密など何もない幸せな家族にしか見えなかったことに、複雑な気持ちになっていた。


 今日、凛音は元気に登校してきた。

 昨夜連絡した時には、大丈夫だと返事をくれたけど、顔を見るまでは心配でたまらなかった。


 俺は凛音の体調の悪さを目の当たりにし、自分の気持ちを凛音に押しけるような真似をしてしまったことを反省した。

 それと同時に、寝不足で体調を崩すほど凛音を悩ませているのは、俺だけじゃないという確信もあった。

 むしろ、まるで凛音との仲を見せつけるような真似をして、俺を牽制してきたアイツとの間に、俺の知らない何かが起きている気がして、胸の奥がずっとジリジリしていた。


 それは俺が、アイツと凛音の関係を少しだけ知ってしまったから、かもしれない。


 本当は良くないことだとわかっていた。

 でも、気になって仕方なくて、俺はアイツと会ったその日のうちに、凛音と同じ中学校出身の子に連絡し、アイツと凛音の関係について訊ねていた。

 返ってきた答えは、『付き合ってると言われても納得しちゃいそうなほど仲が良い、自他ともに認める親友。高校が別れたくらいで疎遠になるなんて想像できかった』というものだった。


 凛音が自分から教えてくれないことを、勝手に探るような真似をすることに罪悪感がなかったわけじゃない。


 でも、なんとなくだけど。

 凛音が時々見せる、ひどく思い詰めたような表情の原因はアイツなんじゃないかという気がしたら、俺はそれを確信に変えるだけの根拠を知りたいと思ってしまった。

 そして高校進学を機に疎遠になったという凛音の言葉が嘘じゃなかったことがわかり、俺は絶対にアイツにだけは凛音を渡したくないと、強く思った。


 ──たとえ凛音が、アイツに気持ちを残していたとしても。



  ◇



 凛音に対する想いを自覚して、凛音を誰にも渡したくないと思ったのは、つい最近のことなのに、もう随分と前からそう感じていたようにも思える。


 そう考えたところでふと我に返り、顔を上げた。


 香川が去ってから、どのくらいの時間が経ったのかはわからない。

 太陽が沈みかけている様子から、結構な時間ここでぼんやりしていたのだと気付いた。

 何をするでもなく、ただずっと立ってる人間はただの不審者としか思えないが、幸い誰も俺のことなんて気にしなかったらしく、声をかけられることもなかった。


 さっきの香川とのやりとりが地味に堪えている。

 香川の言うことは全部推測に過ぎないし、なんだったら的外れなことを言っている部分もあった。

 でも、『正面から本気でぶつかることもできない臆病者』という指摘は、確実に俺の心を抉っていた。

 それに、凛音がどう感じているのかなんて、アイツに言われるまでもなく、俺のほうこそ聞きたいと思ってることなのに、俺の気持ちにここまで変化がおこった今、気軽には聞けないものになってしまった。


 自他ともに認める親友だったという凛音と香川の間に、どんな絆があって、なにがあったのかはわからない。

 でも香川が凛音に対して、恋愛感情を持っているのは明白で。

 以前はどうだったのかは知らないけれど、今はそれを隠すつもりは更々ないことだけは、はっきりと伝わってくる。

 凛音のほうはというと、香川との間にわだかまりを感じているのはなんとなく伝わってくるけれど、香川をどう思っていたのかまではわからない。


(付き合ってたのかな……)


 それにしては、凛音からは『そういう空気』を感じない。


(香川の片想い? 凛音が香川のことを好きだった可能性はあるのか? 告白は……)


 そこまで考えたところで、胸の痛みがひどくなり、虚しい気持ちだけが溜まっていく。


 俺と凛音の間にはアイツ以上の繋がりがあるはずなのに、今凛音の隣にいるのは俺なのに、ちっとも近くにいる気がしない。


 世界にひとりだけ取り残されたような気持ちになった俺は、凛音の存在を知ったばかりの頃と同じように、ただ凛音の家がある方向を眺めることしかできなかった。


 

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