第25話 二人の繋がり(2) ※海里視点
高校に入学し、新入生の名簿に凛音の名前を見つけた時、運命だと思った。
しかも同じクラスだなんて、仲良くなる以外の選択肢はない。
教室に足を踏み入れてすぐに、ドキドキしながら『篠原凛音』の姿を探した。
名前は知っていても顔はわからなかったため、席にいなかったら、誰が凛音なのかわからない可能性もある。
写真で見る限り、叔父は父や祖父に面差しが似ていた。俺もどちらかというと父親似だと言われることが多いため、もしかしたら凛音も似た系統の顔立ちかもしれない。
そんなことを考えながら教室内に視線を巡らせていたところ、同じ中学だった人だけでなく、なぜか全然知らない人たちに取り囲まれてしまい、すぐには凛音の姿を確認することができなかった。
自分で言うのも何だけど、俺はわりと他人目をひく見た目をしているようで、注目を浴びることにも慣れている。
こういった場合は、下手にいちいち相手にしないで、笑顔でやんわりと躱すのが、一番角が立たずに早く会話を終わらせる方法だと、過去の経験から学習済みだ。
適当に言葉を交わしつつ、さりげなく教室内に視線をむける。
すると、教室にいる人たちの視線が俺のほうに集まる中、ほんの一瞬こちらを一瞥しただけで、すぐに興味なさそうに視線を外した人物に気が付いた。
(もしかして……)
確証があったわけじゃない。見た感じ、俺と血の繋がりがあるようには見えないどころか、全く違う系統の顔立ちで、写真で見た叔父の面影も感じられなかった。
でも一瞬だけ目が合った時、心の中に温かいなにかがストンと落ちて、ごく自然に「やっと会えた」という気持ちがこみ上げてきたのだ。
(──もう一度、ちゃんと俺を見てほしい)
そう思うのに、下がった視線が再び俺のところに戻ってくる気配はない。
焦りを感じた俺は、まだ話したそうにしているクラスメイトの輪から抜け出し、誰とも言葉を交わすことのないまま席に座っている、『篠原凛音』のもとへと歩み寄った。
どんな見た目で、どんな声で話すのか。
何が好きで、何を楽しいと感じて、何をしたら喜んでくれるのか。
──そしてなにより、俺に会ったら、どういう反応をするのか。
その存在を知ってからというもの、まるで恋焦がれているかのように、何度も何度も想像してきた。
想像しすぎて勝手にハードルを上げている自覚はあったし、実際に会ったらがっかりする可能性があることも覚悟していたつもりだった。でも。
『俺、藤島海里っていうんだ。よろしくね』
『……篠原凛音です』
目が合った瞬間、胸の奥がギュッと締め付けられるような感じがした。
でもそれは不快なものではなく、高揚感に近いもので。
実物を目の前にして、想像じゃ追い付かなかった部分が色鮮やかに補完されていく感覚は、写真や映像で見ていた絶景を実際に目にすることができた時の、息をのむような感動に似ていた。
一方、凛音のほうはというと、何の面識もない俺がいきなり話しかけてきたことに対し、あきらかに戸惑ったような表情していて、なんで声をかけてくるのかわからないと思っているのがありありと伝わってきた。
俺の名前を聞いてもピンときていないことから、俺との繋がりなんて全く知らないのだろうということだけは確信できた。
(凛音が俺たちの関係を知ったら、どんな反応をするんだろう)
ふとそんな好奇心が湧いてくる。
でもいくら従兄弟だと言っても、両親ですら話していないことを初対面の俺が話したところで、信じてもらえないだろう。それどころか、不審に思われたり、無神経な真似をする人間だと認定され、二度と口をきいてもらえない可能性すらある。
凛音が俺との繋がりについて知らないことに寂しい気持ちにはなるものの、それを暴露したがために、親密になるどころか逆に悪い印象を持たれて、距離を置かれてしまっては意味がない。
それに、俺だけが知ってる秘密というのが、なんだか特別なもののように感じられ、意味もなく優越感のようなものが湧き上がっているのも現実で。
全く知る由なかった自分との繋がりに気づいた時、凛音がどういう反応をみせるのか。
その時が訪れるのを楽しみにすることにした。
当然と言えば当然のことながら、凛音は突然話しかけてきた俺に対し、その表情から察するに、迷惑だと思ってる節すらある。興味すら示してもらえないのは寂しいことだけど、これから三年間同じ学校で、しかもたった今、見ず知らずの他人から知り合いに昇格したところだし、まずは仲良くなって、しっかりとした信頼関係を築くのが先だと気持ちを切り替えた。
俺はあらためて、全くと言っていいほど俺に関心のなさそうな凛音のことを、さりげなく観察することにした。
中性的な顔立ちに、柔らかそうな印象を受ける髪。全体的に色素が薄いせいか、儚げな印象を受ける。
伏し目がちな視線は、どこか愁いを帯びているように見え、浮ついた教室内の雰囲気とはあきらかに一線を画していた。
そしてしばらく観察するうちに、凛音は『俺』に関心がなかったのではなく、すべてに関心を持とうとしていないのだということが分かった。
一体何が凛音をこんな風にしているのか。
どうしたら、その瞳に俺を映してくれるのか。
何もわからないまま、もどかしい思いに駆られたのと同時に、俺と血の繋がりがある人間というだけで、勝手にすべてを知っているような気になっていた自分の愚かさに笑えてくる。
でもそれだけでなく、今目の前にいる『篠原凛音』が、俺の想像のとは違った生身の人間だということをあらためて思い知ったはずなのに、がっかりするどころか、益々興味を惹かれていく。
それからというもの、俺は凛音に少しでも関心を持ってもらえるよう積極的に、でも慎重に距離を縮めていった。




