第24話 二人の繋がり(1) ※海里視点
ある事情から、俺は高校に入学する前から一方的に、凛音のことを知っていた。
直接会ったことはなかったし、ただ名前を知っていただけでしかなかったが、初めてその存在を知った時からずっと、特別なものを感じていた。
だから凛音に対する『好き』という気持ちは、恋愛感情なんて言葉じゃ説明がつかないほど複雑で、根が深いものだと思っている。
最初は、単なる好奇心。でも、偶然にも同じ高校で同じクラスになり、それまで想像の中にしかいなかった存在が現実のものとして目の前に現れた時。
──ようやく巡り合えたという喜びの感情で、胸がいっぱいになった。
『俺、藤島海里っていうんだ。よろしくね』
『……篠原凛音です』
凛音の微妙な反応からするに、たぶん第一印象はあまり良いものじゃなかっただろう。
でも初対面だったにもかかわらず、まるで旧知の仲かのようなテンションで声をかけてしまった俺に、凛音は一瞬戸惑ったような表情を見せながらも、無視することなくちゃんと応えてくれた。
この時の俺は、凛音が俺たちの間にある特別な繋がりに一生気づかないかもしれないことに一抹の寂しさを覚えながらも、本人すら知らない秘密を俺だけが知っていることに、優越感にも似た感情を抱いていた。
──それが後に、罪悪感と身勝手な独占欲に変わっていくとは思わずに。
◇
小学6年生の時、それまで一度も会ったことのなかった叔父が亡くなった。
叔父は大学を卒業してすぐに、家族の猛反対を押し切るかたちで海外に移住したため、家族とはずっと疎遠になっており、俺は訃報を聞くまで、自分に『叔父』という存在がいることすら知らずにいた。
母は俺と同じく一人っ子だったし、父に兄弟がいるなんていう話は、俺の記憶にある限り、聞いたことがなかったのだ。
祖父は、叔父が海外に行くことに一番反対していて、『行くなら勘当だ』とまで言っていたらしい。
そんな祖父は、俺が幼い時に亡くなっているのだが、祖母は、祖父がいなくなっても、頑なに叔父と連絡をとろうとしなかったようだ。
親戚の間でも叔父の話はタブー視されており、まるで最初からいなかったかのように、誰もその名前を口にすることはなかった。
ただ俺の父だけは叔父の居所と連絡先を知っていて、誰にも内緒で連絡をとりあっていたらしい。
そんな状況だったこともあって、彼が無言の帰国をするまで、俺は自分に叔父という存在がいることを知らずにいたのだ。
叔父は移住先で交通事故にあい、亡くなった。
なんで海外にいたのか、なんで家族が反対したのか。
疑問に思ったことはいくつかあったが、とても聞ける雰囲気ではなかったため、結局叔父のことはなにもわからないままだった。
でも、葬儀のために集まった大人たちの話を聞いた感じでは、
『家族を悲しませてまで、自分勝手に生きた人』
という印象だったし、いくら血の繋がりがあっても、会ったことも話に聞いたこともない人なんて、見ず知らずの他人と変わらないと思ってた。
ただ遺影を見た時に、俺の父や祖父に似たところがあったことで、本当に身内なんだなと、ぼんやり思ったことだけは覚えている。
この時点での俺にとっての叔父の認識は、この程度のものだった。
叔父が亡くなってから少しして、祖母が体調を崩すようになった。
両親が共働きで、学校が終わると敷地内同居の祖母の家で過ごしていた俺にとって、祖母は両親より長い時間を共に過ごした人であり、大事な家族だっただけに、みるみるうちに弱っていく祖母を見るのは辛かった。
そして中学1年生の秋。入院した祖母を見舞うために病院へ行った時、痴呆の症状が出始めた祖母から思いもよらない話を聞かされた。
それは、亡くなった叔父に関する、衝撃的ともいえる話だった。
叔父には大学時代に付き合っている人がいた。
どうやら、海外に行くことが決まった時に別れたらしいのだが、叔父が海外に行って1ヶ月ほどが経ったある日、叔父と付き合っていたというその女性が、叔父と連絡を取りたいと言って、わざわざ祖父母の家を訪ねてきたのだそうだ。
対応した祖父は、『うちとは縁が切れたのでわからない』と言って、その女性を帰らせてしまったのだが、祖母は叔父が亡くなった後、ふとその女性のことが気になり、興信所に依頼して、素性を調べたという。
そしてもたらされた事実に、今更どうにもならないとわかっていながらも、激しい後悔と罪悪感を抱え込むことになり、結果祖母は心身ともに弱ってしまった。
『海里には同じ歳の従兄弟がいるのよ』
祖母がそんなありもしないことを言い出した時、悲しいけれど、痴呆の症状が進んでしまったのだと思った。
でも詳しく話を聞いていくうちに、それは病気のせいなんかではなく、紛れもない事実を話しているだけだということがわかったのだ。
興信所の調査結果によると、その女性は祖父母の家を訪ねた数か月後、男の子を出産しており、生まれた時期から考えると、その子の父親は、海外に行った叔父の可能性が高い。
彼女がわざわざ実家にまで訪ねてきたのも、妊娠がわかったからだったとしたら……
祖母は調査結果を見てすぐにそう思ったものの、すでに女性は別の男性と家庭を築いており、今更連絡することはできなかった。
一人っ子で、近くに親戚の子供もいなかった俺にとって、従兄弟かもしれない存在に、好奇心が刺激された。
しかもそれがわりと近いところに住んでいるとわかれば尚更。
俺はその話を聞いた後すぐに祖母の家に行き、祖母が大事に保管していた調査報告書を探し出した。
そして次の休日。誰にも内緒で、書類に載っていた住所に向かった。
ところが、近くまで行ったものの、さすがに家を訪ねる勇気もなく、少し離れた場所から家の場所を確認しただけで、結局、従兄弟らしき人物の影すら見れずに帰ってくるという結果に終わった。
それから少しして祖母が亡くなった。
亡くなる前にもうひとりの孫の顔を見せてやりたいと思ったものの、俺以外誰もこのことを知らない状況で、ましてや本人も自分の出自を知らされていない可能性もあると考えたら、どうすることもできなかった。
──俺は結局何もできないまま、ひとり大きな秘密を抱え続けることになった。




