第22話 動き出す時間(5)※煌斗視点
「さっき一緒にいた人、この間駅で会った時にも一緒にいたよね?」
気が付けば、そんな言葉を口にしていた。
どういう関係なのかは、同じクラスだという女子から話を聞いて知っている。でもそれが本当なのかどうか、凛音の口から直接聞くべきだと思ったのだ。
凛音は俺の問いかけに不思議そうな表情をした後、微妙な表情ながらも合点がいったような素振りをみせた。
この表情。どうやら俺の質問の意図を全くの的外れな方向に解釈したらしい。
俺の気持ちが少しも伝わってなかったのかという不安と、あれだけ険悪な雰囲気を目の当たりにしておきながら、そんな結論を導き出した凛音に半ば呆れたような視線を向けた。
「なんかあり得ない想像してるみたいだからハッキリ言わせてもらうけど」
「え? ……うん」
「俺は凛音の友達のこと、『そういう意味』で気になってるわけじゃないから」
本気で嫌そうな顔をしたことで、凛音はようやく自分がひどい勘違いをしたことを理解したらしい。
「じゃあ、なんで海里のこと聞きたがるわけ?」
どういう意味で気になっているのか察しがついていない凛音に、苛立ちにも似た感情がこみ上げる。俺はこの部屋全体を見回した後、凛音と視線を合わせた。
「……さっき凛音の部屋に入った時、全然違う雰囲気になってて驚いた」
凛音からの反応はない。
「部屋だけじゃない。……凛音自身も変わったよね」
さらに以前との違いを指摘すると、凛音の表情が苦しげに歪んだ。そして俺から視線を外し、硬い声で言葉を返してきた。
「……そりゃ俺だって成長するんだから、いつまでも中学の時のままでいるわけないだろ」
暗にもう俺とのことは過去のことだと言われているようにも感じ、悲しみとも憎しみともつかない感情が胸の中で渦を巻く。
「見た目の話だけじゃないよ。喋り方とか、雰囲気も変わってる」
「環境が変わればそんなもんだろ。そう言う煌斗だって、前と一緒じゃないよね?」
「俺は見た目以外、何も変わってないよ」
「変わったよ。……俺には変わったように感じる」
つい感情的になって語気を強めた俺に、凛音は感情が抜け落ちたような表情でうつむいた。
これ以上踏み込んだら嫌われる。
そう思ったものの、俺の中に芽生えた不安は、あっさりとその一線を踏み越えた。
「──凛音が変わったのって、アイツの影響?」
聞きたくないのに、聞かずにはいられない。
頭の中では警鐘が鳴り続けている。
俺の望まない答えを返されたら冷静でいられる自信なんてないくせに、凛音の口からはっきりと答えを聞くまで、この衝動は抑えられそうにない。
「だったらどうだって言うんだよ」
考えるのも面倒だとばかりに投げやりな言葉を口にした凛音に、俺はあれこれ考えることを放棄した。
それからのことは、まるで夢の中にいるような感覚だった。
いつも凛音の前で見せていた、穏やかで優しい仮面をあっさり脱ぎ捨て、自分の望むままに行動した。
凛音の気持ちを取り戻したくて必死だったはずなのに、凛音のことなんて考えていない身勝手な真似をしようとしている自覚はあった。でも。
「言っておくけど、どんなかたちであれ、もう二度と凛音の隣を誰かに譲る気ないから」
そう宣言をして、驚きに固まる凛音に触れた瞬間。凛音の瞳に俺への気持ちを感じた気がして、俺はごく自然に、ずっと言えなかった言葉を口にしていた。
「好きだよ。……ずっと好きだった」
囁くように呟いた後、凛音の唇に触れるだけのキスをする。
凛音は何が起こったのかいまいちわかっていないようで、ぼんやりと俺の顔を見上げながら、自分の唇を指でなぞっていた。
その仕草が妙に官能的なものに感じ、俺はとっさに視線を逸らす。
この時、凛音が何を考えていたかなんて考える余裕もなかった。
そして。
「……これ以上一緒にいると色々我慢できなくなりそうだから帰る」
それだけ言い残すと、足早に凛音の部屋を後にした。
◇
凛音の家から駅にむかう道すがら、冷静さを取り戻しつつある頭の中で、さっきの出来事を反芻していた。
俺の気持ちはちゃんと伝えた。
あんな風にキスしたのは卑怯だとわかっていたけれど、アイツとの関係が進展してるんじゃないかと思ったら、気持ちが抑えきれなかった。
そして凛音の中に俺への気持ちのかけらを見つけた瞬間、喜びと同時に、俺の想いを伝えずにはいられなかったし、凛音に触れたくてたまらなかった。
正直に言えば、あのまま関係を進めてしまいたい気持ちはあったが、凛音の気持ちを完全に取り戻したわけではない以上、強引にことを進める気はない。
でも凛音が俺への想いを完全に消したわけじゃないことがわかった以上、もう遠慮はしない。
そう思ったところで、視線の先に見覚えのある人物の姿を捉え、思わず視線が鋭くなった。
──藤島海里。凛音のことを好きだと公言している男。
ここは凛音の家から少し離れた場所であり、コイツの家はこの近くではないと聞いている。
ということは、あの後、俺たちの様子が気になって、わざわざこの場所まで来たということだろう。
さっきも感じたが、藤島の凛音に対する気持ちは、凛音や周りの人間が思っているよりも遥かに重くて、強い気持ちのように感じる。
もしかしたら俺と同じくらい凛音に執着しているのかもしれないと思うと、そんなところも俺と似ている気がして、益々藤島のことが嫌いになりそうだ。
俺に気付いた藤島が、鋭い視線を俺にむける。
そこには抑えきれない嫉妬が揺らめいていた。
俺は絶対に凛音を誰にも渡さないという強い気持ちで、藤島海里の姿をじっと見据えた。




