プロローグ 魔法の鏡で転移転生 私は悪役令嬢の中のヤドカリになった
2025年新春より空飛ぶ小悪魔美人悪役令嬢のお話。
______私は神木達三 40歳。航空自衛隊那覇基地の一等空尉であり、F-15を最高にアップデートしたEXのエース戦闘機乗りだ。趣味は意外に思われるかもしれないが、中世から近世の貴族社会を調べる事。
しかし長期休暇を望めない仕事上、今の今まで憧れの欧州には行った事がなかった。
それでも毎年申請を繰り返したお陰か、私の申請許可がやっと降りると、勇んで一人フランスに飛んだ。ルーブル美術館自体の建造美や展示物は、やはり自分のこの目で見ておきたいのだ。
随分と遅い欧州旅行になってしまったけれど、今迄仕事(任務)中心の人生で、やっと叶った欧州の旅を実現する事が出来たのだった。
「B787でも流れる空は......普通列車並みに感じてしまう」
マッハ2.4のF-15を操縦していれば、それは無理もない感覚だろう。
◇フランス・ルーブル美術館◇
始めて見るルーブルの広大さは圧巻の一言で、私はキョロキョロと、怪しい挙動をしながら歩いて行った。
「本物は写真集とは迫力が違う!多くの観光客の目当ては、モナ・リザだろう」
しかし私は、もっとマイナーな展示物に目を向けていた。それが何かと言うと<鏡>だ。
19世紀、鏡は銀を磨いた物から、ガラス製に代わってはいても、デザインは当時の華麗な貴族を物語っている______そこがいい。
また鏡は、童話シンデレラに出て来る魔法の鏡のように、魔力を纏う事が出来ると、真剣に思っている私だ。
「魔法の鏡が残っていたら、これは世紀の大発見になる!そんな事を考える大人は、私くらいだろう」
ふん
ふん
♪たとえ あらしがふこうともぉ
たとえ 大波あれるともぉ~ ♪
私は鼻歌を歌いながらも、逸る気持ちで目的の物がないか忙しく視線を移していると。
っつ!
「あれは?」
気づくと倉庫? 見学ルートから外れた入口の扉が開いているのに、警備員の姿が見えない。
「チャンス!」
私はそっと足を踏み入れる______好奇心に負けたのである。
「ちょっとこれは拙いかもしれんな。監視カメラが当然あるだろうし」
私は仮にも日本国の自衛隊員であって、へたをすれば外交問題に発展しかねない。
______案の定、その部屋は倉庫で、私の正面には布で覆われた縦長の物が置いてあった。
「これは、もしかして!」
吸い寄せられるようにその前に立つと、私はほこりの積もった布をゆっくりと取り払った。
バササ
「うっ、ほこりが」
パァァァ
きゃぁぁ
そこまでは、はっきりと覚えていた。
しかしそこは今まで居た倉庫の中ではなく、豪華な装飾で飾られた部屋に替わってしまっていた。ドアの前には......メイド! 姿の若い女性が一人立っている。
マーガレットの部屋(イラスト せいじん様 背景 アキ二号機様)
「マ、マーガレットお嬢様、新しい制服はお気に召されましたか?」
へ?
言葉は違和感なく理解出来た。
「ここは? マーガレット? 制服?」
私の目の前にあるのは縦長の鏡。
そこに映っていたのは......。
「誰だ? ルーブルは!?」
「マーガレットお嬢様、どうなされたのですか? どこかご気分でも?」
貴族社会の研究をして来た私は、それ以上慌てたりはしなかった______それでも。
「この姿とこの甲高い声......これが私なのか!」
私はボディビルポーズや変顔を試み、幻覚でない事を確認する。
ふん
はぁぁ!
ほぁっ!
「お、お嬢様はドレスばかりでなく、何をお召しになっても良くお似合いですが、その掛け声は......分かりました! 練習ですね! 流石です」
メイドの女性は私の顔色を窺い、妙におどおどしていたが、それよりも今はこの状況だ。
______容姿容貌は17歳位の......
少女から大人に成りきる前の、とても美しく可愛い女性がずっと映っている。
途端に17歳までの記憶、貴族令嬢として育った思い出が流れ込んで来た。
「何だこの記憶は?!」
すると言葉使いが、私の意思に反してマーガレットに代わった。しかし神木達三の私は、ちゃんと存在している。
『わ、わたくしの中に、知らぬ殿方が! tatuzo?』
流れとして、ここはマーガレットに成り切る事にしたのは、自衛官たる私の順応性と言うべきだろう。
ドアの外から声がした。
「マーガレット、私だ。入るぞ」
「はい、お、お父様」
入って来たのは、軍服に見える貴族服を着た父だった。
『儀礼用の隊服か!』
「お前も王立防院に入学する時が来た。ほほう、なかなか似合っているではないか。我が日本王国防衛の為、大いに期待しておるぞ」
「はい、お父様」
私の意思よりも、もう一人の人格が答えた。
「防院に入学すれば宿舎生活。これから寂しくなるが、これも日本王国の為だ。頑張って我が伯爵家の誉となってくれ」
「はい」
「それとマーガレットの入学に際して、伯爵家の令嬢である事は、一部の者しにしか知らせていない。その理由は理解しておるな?」
「勿論ですわ。わたくしが一平民として、お仲間と厳しい訓練に耐えて成長する......そうですわね、正臣お父様」
うむ。
「平民の事を知り、王国に尽くすのだ。少し平民の言葉を話してみろ。練習はしたのだろう?」
では。
すぅぅ
「お控えなすってぇ、手前生国と発しますところぉぉ 沖縄です!」
待て! 待て!
「なんですの? ちゃんとDVDで練習しましたわ」
「まさか夢クラブで買った任侠物で練習したのか? 私は先が心配になったぞ。のうマルガリータ」
そのマルガリータとは、妃の事だろう。
『どうやら日本人の父と、母はフランス人』
「可愛いマーガレットや。男勝りなのは分かりますが、防院では言葉使いには気をつけるのですよ。決して貴族令嬢とは気とられてはいけないのです」
「お父様、お母さま、ちゃんと心得ていますわ。絶対に伯爵家の令嬢だとは分からないよう、無事に卒業してご覧にいれますから」
「そうか......では頑張るのだぞ」
「へい、合点承知の助でさぁ!」
どやぁ~!
「あなた......これで大丈夫なのでしょうか?」
「うむ、儂も不安になって来ている」
『......マーガレットお嬢様が防院へ。これで皆が、やっと気が休まるわ』
話の流れで、私は伯爵家のマーガレットお嬢様であって、なんでも王立防院へ入学する事を思い出した。それも日本王国と言う世界のなのである。
メイドの女性はフランソワといい、母がフランス王国から連れて来たのだ。蘇った記憶で私は、いつもフランソワに悪態をついていたらしい。これはイジメだ。
『それで嬉しそうに......』
どうやら私は甘やかされて育った、相当我儘なお嬢様なのだ。
『しかしこっちの世界で、15年間の空自知識と経験が生かせる! しかも若くて美人な貴族のお嬢様姿でだ』
私の仕事と趣味が、一度に二つ叶ったのである。
『待てよ』
私が疑問に思ったのは、『この鏡で元の世界に行き来できるのか?』 だ。
結果、何度鏡の前に立っても、私が元のルーブルに戻る事は叶わなかった。
______魂の転移? が起きても、私はフランス語、英語、中国語に堪能であった。また人格の主導権は、6・4のお湯割りみたくマーガレットが主導している。言わば私は、マーガレットの補佐役になったと思えばいいのだ。
<元の世界に戻れないなら、こっちの世界でマーガレットとして生きるしかない>
「そうですわ tatuzoとやら! わたくしとtatuzoは一蓮托生、今まで通り嫌われ令嬢として、防院でも嫌われて......そう悪役令嬢として生きてやるのよ!」
げぇ
<おまえの順応性はどうなっている? なら防院で必要なアドバイスは私がする。しかし、そこまで悪役令嬢にならんでも>
「いいえ、これは性分よ! あら、それはそうとtatuzo 、あなたは殿方、わたくしの裸を見る事になりますわね」
<そんなもん、どうすりゃいいんだ? 不可抗力だと言いたいのだが>
一人の体の中で、私とマーガレットの喧嘩が始まった。
「tatuzoが目を閉じて、浴場に入ればいいことですわ。浴場だけに、わたくしに欲情しないこと」
<却下する! 出来るか? そんな事が>
「むっ、わたくしが、わたくしを殴って差し上げたいですわ」
万事がこんな形で始まったのである。
喧嘩をすればするほど、私の情報がマーガレットの中に流れ込んでいき、段々とこちらの言い分も理解してくれるようになった。
「いいかいマーガレット。防院では王国航空自衛隊を志望するんだ。それ以外では私は、お前を補佐出来ん」
「あら、わたくし、空を飛びたいとかねてから望んでいましたの。でもね、わたくしは、わたくしのやりたいようにやりますわ」
<おい、マーガレット!>
それでも伯爵家のお嬢様が、伯爵の顔に泥を塗る訳にもいかず、大人しく私の言う事を訊いてくれたのは幸いだった。
「ふん、いいことtatuzo。本領を発揮して暴れるのは、配属されてからですわ」
<いや、そこは自重しろよな!>
ふん、嫌ぁよ!