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09

 ユーリアさんと別れた後、ジェイ様のことを考えながら歩いていたら、いつの間にか彼と過ごしたベンチに来ていた。

 花壇にはやっぱり目立たない、小さな花が咲いている。

 きっと明日にはあの先輩達からの悪意ある噂が広まるだろう。制裁するつもりはないけど、社交界に噂が出る前に火消ししないと、後の対応が大変なことになっちゃう。

 ユーリアさんがいい人だってことも分かったけど、醜い嫉妬から良くない対応をしてしまった。あれじゃ八つ当たりだわ。


「はあ。なんで上手くいかないんだろ」

 言葉に出すと、なんだか悔しくて、涙がでてきた。

 ベンチに座って、木々の間から見える青い空を見上げる。


「レミィ?」

 ああ、彼だ。

 ゆっくりと声のほうを見ると、こちらを心配そうに見ながら彼がやってくるのが分かった。

 始めて彼と会った時もこの場所で泣いていたことを思い出す。


「どうしたんです? 何か、辛いことでも?」

「見ないで」

「どうして、レミィ?」

 彼はそう言いながら隣に座る。

 こんな醜い気持ちでいるときに、貴方には会いたくなかった。

「酷い顔だもの」

「レミィがそんな風に言うなんて珍しいですね。何か気になることがあるんですか?」


 ああ、もう。何よ。会いたいときにはユーリアさんと一緒だったくせに、会いたくない時ばっかりしつこい。

「構わないで!」

「どうしたんです、我がまま令嬢みたいだな」

 その言い方に、かっとなった。どうせ私は我がままで悪役の令嬢よ! 頑張ったってヒロインになれないんじゃない!

「何よ、人の気も知らないで」

 どうせ好きでもないのだったら構わないでほしいのよ。

 あとからあとから流れる涙を、止めることができなくなった。

 彼はいかにも面倒だという様子でため息をついて言う。


「どうしたらいいんです?」

 あきれられた。彼が私を置いてユーリアさんを追いかけて行った姿を思い出した。

 やっぱりもう、この関係はおしまいなんだ。今日で、これで最後になるのかしら。

 ⋯⋯最後だと思ったら、絶対出来ないことを言ってやろうと意地悪な気持ちになった。


「キスして」


 一瞬真顔になった彼は、もう一度ため息をつくと触れるだけのキスをくれた。

 彼と視線が絡む。口を開いたのは彼が先だった。


「これで気が済みましたか」


 何なの?どういう意味?!

 一瞬で頭が沸騰したみたいにカッとなった。どんな感情か理解できなかったけど、その場ににいられなくて、走ってその場を逃げ出した。

 どうやって戻ったか覚えていないけど、気づいたら自分のベッドで号泣していた。




 ◆ ◆ ◆



 翌日、目が開かないほど腫れていて、結局学園はずる休みした。

 授業が終わった後、メグがノートと課題を持ってきてくれた。なんて天使。

「大丈夫? 酷い顔してますわよ」

「生まれつきこんな顔です」

「もう、そういうことじゃないでしょ」

 あきれた顔で、ため息をつくメグ。

「⋯⋯分かってるわよ、心配してくれてありがとう、メグ」

「素直なレミィは可愛らしいわ。ジェイゾロフト・ノーディスにも、そうやって甘えたらいいのに」

 メグは優しく頭をポンポンとたたいて「いい子ね」と子供に言うように慰める。


 安心するのと同時に、「昨日の悪役令嬢な私」も思い出してしまった。

 あんなに泣いたのに、また涙が出てくる。

「メグぅ、もう、私っどうした、ら、いいか分かんないっ」

 泣いてしゃくりあげながら、弱音をこぼす。聞きづらいだろうに、メグは背中を優しく撫でながら聞いてくれた。


 落ち着くと、メグはハンカチで顔を拭いてくれた。

「酷い顔。ちょっとはスッキリした?」

「うん。ありがとう。メグだいすき。結婚してほしい」

「ふふ、その気持ちは嬉しいですけれど。でも、彼とちゃんと仲直りするのよ」

 できないよ、だって、彼の心はもう私にはないもの。

 きっと、関係の始まりに秘密をかかえるようなことをしてしまったから、罰が当たったんだわ。







 一晩、ぐずぐずと考えて、やっぱりジェイ様としっかり話すのが一番、という結論に落ち着いた。

 もう、あの秘密を話すしかない。

 わたしの中の負い目に感じている部分がなくなれば、メグの言うとおり素直に甘えることができるかもしれない。


 放課後、ジェイ様の研究室を訪ねるが、誰もいなかった。

 ユーリアさんの研究は魔物の討伐に関係することらしく軍関係者も注目していて、その成果を期待されている。研究はいよいよ大詰めで、忙しいのは分かっているけど、どうしても彼の顔を見て、話をしたかった。

 会いたいのに会えなくて、もやもやした気持ちを持て余しながら歩く。


 なんとなく、裏庭に足が向いた。

 あの、彼と過ごすベンチに続く小路の手前で、図書館が見えた。回廊側からじゃなく、こちらからだと建物の裏側が見える。図書館で、ユーリアさんを助けていたジェイ様を思い出す。


 ⋯⋯やっぱり、彼の心に、もう私はいないの?

 家のことを考えると、彼から婚約解消はできない。彼は、ユーリアさんへの恋心を隠して私と結婚するしかない。ジェイ様と結婚したら、私のジェイ様への恋は一方通行のまま、夫婦生活を送らなければならない。ジェイ様も、ユーリアさんも、私には何も言わないだろう。

 だけど、そんなの、私が耐えられない。そうであるなら、もう婚約は解消するしかない。



 もしも⋯⋯ジェイ様の気持ちが、少しでも私にあって、私を許してくれるなら。

 ジェイ様に好きだという気持ちを伝えて、結婚を前向きに考えよう。

 決意して前を向くと、図書館の近くに来ていた。非常階段が見える。

 二階くらいに、ジェイ様とユーリアさんが座っていた。

 こんな、人目につかないところで、二人きりで過ごしているの⋯⋯?


 何か食べながら、近い距離でくつろいでいるように見える。二人とも飾らない、自然な笑顔で話している。

 ユーリアさんの頭にポンと手をやるジェイ様。

 カッと頭に血が昇った気がした。私に、そんな態度とったことないじゃない。

 ああ、やっぱり、彼女に気持ちがあるんだ。いつから二人はこんな関係だったの?

 ジェイ様は、彼女のそばで癒されていたのね。私ばっかり勘違いして、婚約者の立場にしがみついてたんだわ。


 絶望した気持ちで、二人を見つめる。こちらには気付かず、笑ったり、なにかメモをとったり。あんなに楽しそうに、同じ研究を進めているんだ。

 いえ、研究は二人の距離を縮めたかもしれないけど、結局、彼は私でなく彼女がいいんだわ。私は、彼にとって宗家のお嬢様で、気を使う相手なんだもの。

 改めて話す必要もなかった。もうこんな婚約関係は終わりにしなきゃ⋯⋯。


 暗澹たる気持ちで部屋に帰る。

 メグが持ってきてくれた課題に取り組んでいたつもりだけど、彼のことばかり考えて、ちっとも進めることはできなかった。外が明るくなったのに気づいたときには、一晩机に座っていた身体が悲鳴をあげていた。考えすぎて知恵熱を出した私はその日も休んだ。







 身体だけは回復して、足取り重く学園へ。

 メグもレベッカも心配してくれたけど、ひとりになりたくて昼休みはあのベンチに向った。

 木々の間から日差しが差して、ゆっくりと風が葉を揺らす。鳥の鳴き声が聞こえる。なんて穏やかな時間。目を瞑っていると、近くで足音が聞こえて、私を呼ぶ声が聞こえた。

 誰かなんて見なくても分かる、愛しいひとの、声。


 ゆっくり目を開けると、彼はいつものように隣に座る。

「レミィ、大丈夫ですか? ここのところ会えなくて心配していました。顔色が良くないようですね。無理していませんか?」

 彼はいつものように穏やかに笑い、敬語で親切に、清廉な婚約者の顔で、私を心配してくれた。


 ああ、やっぱり、私たちは無理なんだ。


 もういいよ、そんな役作りしなくても。素顔のままで笑ったり怒ったりするほうが、あなたらしいよ。

 ごめんね、私のわがままでしばりつけてたね。

 あなたとさよならなんて悲しい。苦しい。けど、これ以上は一緒にいても笑うことも出来ない。

 心はきしんで血を流している。

 でも、最後くらい少しでも綺麗に見てもらいたくて、背筋を伸ばして、微笑んで言った。




「婚約は、もう破棄することにしましょう」






 婚約はレミィが考えている時のように「解消」が適切だと思いますが、書きたかったのは「あなたとは婚約破棄よ!」と女の子が言う話だったので、最後のセリフはこうなりました。


 レミィは一生懸命考えて疲れたと思うので、次回からヒロイン(偽)の留学生ユーリアさん視点でお送りします。

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― 新着の感想 ―
呼び出しを人に擦り付けたり、魔法で攻撃するような危険人物たちは放置なんです? 爵位も下のクセにとんでもないクズ令嬢たちには裁きが必要じゃないかと。
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