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07

「イリス、変じゃないかしら」

「本日も私のお嬢様は大変お可愛らしくいらっしゃいます」

「ふふ、いつもありがとう、イリス。あなたのおかげよ。今日はイリスも可愛いわ」

「ありがとうございます。同行いたしますのに、下町にお仕着せではさりげなく景色になれませんので」


 今日はジェイ様に誘ってもらったデートの日だ。前日から着るものを考えちゃったりして、浮かれている。

 やっぱり、ジェイ様は私に好意を持ってくれていると期待してしまう。

 私が沈んでいると、イリスはすぐに気付いてくれる。いつもはとても助かるけど、ジェイ様のせいで、ってイリスに思われたくなかった。


 ジェイ様が迎えに来てくれる。今日の私服も素敵です。

 顔に見惚れて、やっぱり好きという気持ちを再確認してしまう。

 スマートに手を貸してくれるジェイ様に感謝を言って馬車に乗り込む。ジェイ様とイリスは何か話してから乗ってきた。打合せかな。


「今日はどちらへ行く予定ですの?」

「ドレスアップした貴方が見られる観劇もいいと思ったんですが、少し買い物へ。店を見て回るのも楽しいですよ」

 私が町に出て買い物をする機会は、あまりない。必要なものは家人が用意してくれるし、ドレスやアクセサリーなんかは購入先が決まっているから、家に持ってきてくれる中から選ぶのだ。

 ウインドウショッピングは貴族には馴染みのないものだから、ジェイ様は店を見に行く楽しさを教えてくれるために今日のデートプランを選んでくれたのだと思う。

 前世でも大好きだったとは知らないはずだけど。


「素敵ですね、バザーは楽しかったもの。髪飾りを買っていただきましたね」

 簪は飾ってながめているんですよ。

「あの髪飾りのように貴女に似合うものに出会えたらいいのですが。貴女に贈り物をする栄誉をいただきたい」

「ふふ。ジェイ様も気障なことおっしゃいますのね」

「そう? 貴女を見ていると思ったことが自然と言葉に出てしまいます」

 優しい表情で、こんなやり取りをしてくれると、やっぱり私を大事にしてくれていると感じる。

 ユーリアさんとは、どんな会話をしているんだろう。彼の気持ちは私にあると考えていいの⋯⋯?


 着いた所は貴族街ではなくて、アッパーミドルが買い物をする店が並んでいる通りだった。

 大通りは活気があって、たくさんの人が行きかっている。前世ぶりの雑踏を、手をつないで歩く。

 たくさんの人の熱気にあてられたのか、気分も高揚する。

 本屋や文房具店、家具の店なんかに入って、ひやかしたり、気に入ったものを買ったりした。お菓子が売っている店で邸の皆にお土産を購入するのも楽しい。

「本当に楽しいわ」

「良かった。だいぶ歩きましたね。お茶の時間にしませんか」

 ずっと昔からそこにあるような、雰囲気の良い喫茶店に寄ってコーヒーを飲む。

「レミィはコーヒーが好きでしたか」

「ええ。いい香りですもの。ふふ、ジェイ様は苦手なのね?」

 砂糖もクリームもたくさん入れたものね。

「あー、紅茶の方が好きですね。コーヒーはあまり飲む機会がなくて」

 照れたようなその顔も好き。

「ふふ。ジェイ様のこと知れて嬉しい。この後はどうされますか?」

「レミィは疲れていませんか? だいぶ歩きましたから、明日に響いてはいけない」

 デートが楽しくて、疲れは感じていない。もう、終わってしまうのは寂しいと思った。

「ええ、大丈夫。もう少し、ジェイ様と並んで歩きたいわ」


 喫茶店を出て、通りを歩く。

 大通りにはあまり出ていないけど、小路には露天も並んでいる。手作りのアクセサリーを売っている店もあって楽しい。

 少し向こうの小路に、組紐みたいに、綺麗に編んだ紐が売っている。ミサンガみたいに手首に結んで飾るらしい。

「ジェイ様、あれ素敵ですね」

「ああ、綺麗だ」

 私を見つめてそんな風に言うから、まるで私を褒めたように感じてしまった。顔が熱い。

 なんだか照れてしまっていたたまれず、慌てて目当ての露天にジェイ様の手を引いて見に行った。売り子はコワモテのおじさんだが組紐のデザインは繊細だ。貴族である私たちが出かける時つけるようなものではないけど、今日の服装や、学園でだったら着けていてもおかしくない気軽さのものだった。


 ジェイ様とおそろいで、ブレスレットになっている組紐を買った。おそろいである。大事なことなので二回言いました。

 お互いの手首に、お互いが選んだ組紐を結んだ。なんだか照れる。


「貴女と揃いのものを身につけていられて嬉しい。会えない間もこれが目に入るたび、貴女を思い出せます」

「私、学園でもジェイ様が帰ってくるまで外さずにいますね」

「それは嬉しい。レミィも僕を思い出してくれますか?」

「ふふ。もちろん」

 彼が向けるいたずらっぽい笑顔が素敵。ああ、やっぱり彼が好きだなあ。

 そんな自然な笑顔が私に向けられているのが嬉しくて、ちょっと浮かれてしまった。


 買い物をした露天があったのはちょっと寂れた小路だったけど、彼は焦ったように大通りに戻ろうと言って急ぎ足になる。

 小路から急いで大通りに出たところで、通行人とぶつかりそうになった。


「あっ、すみません」

 ぶつかりそうになったのは小柄な女性。え、この声は⋯⋯。


「いえ、こちらこそ⋯⋯え」

 ジェイ様が女性に答えて、彼女の顔を見て固まった。


 ぶつかりそうになった女性はユーリアさん。買い物袋をいくつか持っている。彼女はジェイ様を、信じられないものを見るような目で見つめている。

 ジェイ様も、固まったまま、困ったように彼女を見ている。

 二人は少しの間見詰め合って⋯⋯。突然、ユーリアさんが踵を返し、全力疾走と言えるスピードで走って行った。

 えっ、なんで!?

「ちっ、」

 ジェイ様が舌打ちした!?

「レミィ、ホントすみません、先に馬車へ戻ってください。すぐ追いつきますから!」

 私の肩をつかんで、一人で戻れと早口で言うと、ジェイ様はユーリアさんを追いかけて走って行ってしまった。大混乱の私をひとり残して。



「え⋯⋯? 私の方が置いていかれる女ってことなの⋯⋯?」



 何が起こったのか理解できずに呆然としていると、後ろに控えていた侍女のイリスが優しく背中を抱くように、ゆっくり促して歩きはじめた。イリスが居なかったら、ショックであの場から動けなかったかもしれない。

 さっきジェイ様が言ったことに素直に従って、馬車まで戻った。少し待ったがジェイ様はなかなか戻ってこない。


 なんで⋯⋯?

 彼は私じゃなくユーリアさんを選んだということ?

 確かに、彼女がヒロインなら、ヒーローであるジェイ様は私と一緒にいたところを見つかってしまって、きまずいだろう。

 ユーリアさんだって、私という婚約者がいることは知っているけど、実際に恋人と思っていた人がその女とデートしている現場に鉢合わせてしまったら、逃げ出すくらい切ないに違いない。


 ジェイ様がユーリアさんを追いかけて、私を置いていったというのは、やっぱりそういうことだよね?

 私より、ユーリアさんが大事なんだ。婚約者と上手く行っているなんて、誤解されたら困るから、彼女を追いかけた⋯⋯。

 ジェイ様の心は、もう、悪役令嬢である私のものではないんだ⋯⋯。


 嫌な考えに沈んでいると、イリスが心配そうにこちらをうかがってくる。

「お嬢様、顔色が良くありません。すぐにお帰りになって休むのがよろしいかと」

 もう私とイリスは馬車に乗っていて、ジェイ様を待っている。すぐ追いつくと彼は言ったけど、ユーリアさんを追いかけた彼は、すぐに戻ってこれないかもしれない。

 そうよ、悪役令嬢のもとからヒロインのもとへ行ったヒーローが、ヒロインを置いてすぐ悪役令嬢のもとへ戻ってくるとは考えられない。

 それに、こんな気持ちで彼の顔を見て、冷静でいられるとは思えなかった。

「⋯⋯そうね、イリスの言うとおりかも。出してちょうだい」

 ゆっくりと滑るように馬車が走り始めた。



 朝はあんなに浮かれてたのに、今の気持ちは地の底まで沈んでいて、重い足を引きずるようにして帰宅した。

 髪飾りにしていた簪を外し、イリスが衣装と髪を楽になるよう整えてくれた。鏡を見るたび視界に入るように飾っていた簪。

 簪を手にとって、サーカスに行ったデートを思い出す。あの時はこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。簪は、他の髪留めと一緒に箱の中に仕舞った。


 イリスに勧められるままベッドに入ったけど、ジェイ様とユーリアさんのことが頭から離れなかった。

 順調に二人は仲を深めているのかもしれない。このまま婚約者でいたら断罪されて、破滅?

 ヒロインとヒーローが想い合っているなら、悪役令嬢は当て馬なんだから、身を引いて別れるのが正しいのかもしれない。

 でも、そんなのいや。別れるなんてできない。

 ジェイ様が好きなんだもの。

 婚約者になった彼の心に自分が居ないのが、こんなに苦しいなんて思わなかった。

 彼が、自分以外の女性を好きになっていくのを見るのが、こんなに辛いなんて思わなかった。

 ジェイ様のことを思ったら、別れるのが一番彼のためになるのかもしれない。だって、彼の立場では、宗家と結んだ婚約を断ることは難しいし、私と婚約している以上、他に好きになった女性がいても告白することもできない。


 ジェイ様が好き。別れたくない。

 でも、自分に心がない人と一緒に居る辛さをずっと持ち続けるなんてできない。

 嫉妬心も押さえられない、醜い私。もう、どうしたらいいか分からない⋯⋯。


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