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04

 誰にも会いたくなくて、人気のない方へ感情に任せてずんずん歩いていると、いつの間にか校舎の裏に来ていた。

 ここには誰もいないと想ったら、滲んでいた涙を止めることができなくなって、醜い感情と共に流れでた。

「ばかみたい」

 泣こう。泣いて、すっきりしてから戻ろう。

 そう決めたら、既にちょっとスッキリしたような気がした。

 雑木林の中にむかって獣道みたいな小路があった。人が立ち入らなそうな道で、泣きながら歩いててもいいと思った。

 少し歩くと、突然小さな花壇が置かれていた。

 花壇には、雑草と言われても仕方ないくらい小さな花が、控えめに植えられている。緑の背の低い草の中に、小さく、主張するわけでもなく、ただそこに咲いていた。

 その美しさに、自分がなりたい姿を現してくれたのではないかと思った。


「こんなところで頑張っているのね、なんて可愛いらしいのかしら」


 思わずつぶやくと、うしろから物音がした。

 そちらを見ると、疲れた顔の男子学生がいた。こんな場所で昼食?

 まだお昼休みだ。食欲もないし、今何も持ってないから食べられないけど、ちょっと休みたい。

 彼も疲れていそうだけど、私だって心も身体も疲れている。

 彼だけが座っているのはずるい。私も座らせてもらえないかな?


 後から思い出すと、なんでそんなこと考えて、しかも堂々と同じベンチに座りたいと思ったのか分からないけど、この時はそれをどうしてもお願いしたかった。

「このようなところに、花壇がありますのね。私もそこに座らせていただいても?」


 問いかけると、彼はちょっと眼をみはったあと、めんどくさそうな表情を隠しもしなかったけど、頷いてどうぞ、と手で隣を示してくれた。

 え。 ほんとに座っていいの?


 なんとなく、仲間に受け入れてもらえたような気がしてちょっと嬉しくなって、ストンと座った。

 ⋯⋯沈黙が続いた。急かすような沈黙ではなくて、あるがままを受け入れてもらえるような、穏やかな沈黙。

 辺りは静かで、柔らかな風に木々の葉がゆっくりと揺れている。

 穏やかな時間が過ぎた。

 彼はこちらを窺う様子はなくて、ただ休息しているだけだった。

 なんて心地いいんだろう。


「ここは気持ちの良いところですね」

「ええ、あまり人も来ませんし、昼寝には最適です」

 なんとなく話しかけてしまったけど、彼は返答してくれた。いや、昼寝中だったんだ。

「あっ、お休みだったのですね! すみません、お邪魔してしまいました⋯⋯」

「いえいえ、大丈夫ですよ。美しい方とゆっくりした時間を持てるなんて、最高の休み時間だ」

「ふふ、お上手ですのね」


 こちらから話を振れば、社交辞令を当たり障りなく返してくれる。

 黙っていても、窺われない。

 このまま優しい時間に浸っていたかったけど、休憩時間は終わりを告げた。

 名残惜しいと思ったら、期待がこぼれてしまった。

「またここにきてもいいですか?」

「いいもなにも。ここは決まった誰かの場所ではありませんよ」

「ごめんなさい。ここを使う許可がほしいわけではなくて⋯⋯」

 彼はこちらを見てにやりと笑っている。

 言いたいことは分かっているんだわ。いじわるね。


「ここに来たら、また貴方に会えますか?」

「ええ、たぶん。昼休みはここで休んでいることが多いので」

「またここへ来て貴方と過ごしても? お邪魔ではないかしら」

 お邪魔なら、もう来ないのだけれど。

「もちろん。楽しみにしていますよ」

 そう言った彼の笑顔は優しくて、心からのものに見えた。




 翌日、お昼にお弁当を持ってベンチに向った。

 彼はベンチに横になっていたけど、私が近づいたのが分かったのかゆっくりと起きてこちらを見た。


 私を見つけて優しく笑ってくれた彼を見て、どきんと、大きく心臓の鼓動が聞こえた気がした。

 きっと顔も赤くなっている。


 ああ、私、彼が好きなんだわ。

 その気持ちはストンと胸に落ちて、世界に色が着いたように思えた。

 お弁当を二人で分けて食べて、穏やかな時間を過ごした。世界が優しく包んでくれているように思えた。







 あれから、毎日のようにそこで一緒に昼食を一緒にとるようになった。彼が来ない日もあったし、もちろん私が行けない日もあった。約束はせず、会えたら一緒に過ごす。それだけ。

 外で過ごせない天気の日は、以前のようにレベッカ達と食事を摂る。彼女達は分かっているよと言わんばかりの、それはそれは良い笑顔で頷くのでちょっとイラっとするが、何も言わずに見守ってくれる姿勢はありがたい。


 彼はノーディス伯爵の長男だった。二人姉妹の我が家と違って彼の家は兄弟が多い。

 この国は侯爵家が四つあって、それぞれ広大な領地を治めている。広大な領地全てを一家で治めているのではなくて、それぞれ一族が分割して各地方を治めている。うちはノーデンクルーセス侯爵として、全ての領地に責任があって一族をまとめる立場だけど、幾つかの分家が伯爵家として領地内領主を担っている。そのひとつがノーディス伯爵だ。

 ありていに言えば、彼と私は、分家の坊ちゃんと、宗家のお嬢様の関係になる。

 あのベンチで初めて会った時は、そんなことに気付きもしなかったけど。


 根底に同じ領地の常識があるからかもしれないが、彼との話はとても有意義で、勉強だけでなく政治の話も領地経営の話もできた。一緒に居る時間が積み重なるのに比例するように、彼を好きだという気持ちも積み重なっていく。

 私は彼に好きだという気持ちを伝えなかったし、彼も宗家の同年代の異性にどんな感情を持っているかなんて言えるはずもないだろう。正負の感情のどちらであっても、だ。

 友人と言うには私の気持ちが大きすぎて、恋人というには約束も何もない。

 毎日会えるわけでもなく、ただ、昼のひと時一緒にすごすだけ。

 ⋯⋯それだけで、満足していれば良かったのに。どうして、あんなことしてしまったんだろう。



 その日は、彼は来ない日のようで、ひとりベンチに座ってお弁当を開く。我が家の料理人は二人で食べていることを知らないとは思うけど、毎日ひとりには多い量でお弁当を作ってくれる。

 今日は彼は来ないようだから、残ってしまいそうだ。

 ため息をついて、持っているサンドイッチを見つめた時、彼の声が聞こえた。

「レマノン嬢」

「ジェイヒライン様」

 彼の声が嬉しくて、思わず勢い良く顔を上げてしまった。

 彼は走ってきたのか、少し息が弾んでいて、額に汗が滲んでいる。

「ああ、貴女の顔が見れて良かった」

 ほっとしたように息をはいて、どっかりとベンチに座る。大きな荷物を持っていた。

「これからどちらかへ向うところですか?」

「ああ。午後は軍事予算委員会の協議を手伝うことになってしまって、登城しないといけなくなったんだ」

「まあ、騎士団の任務ですか。大きな仕事も手伝っておられるのですね」

「いやいや、まだ閣僚会議の前の前の協議だから、僕のような下っ端も使ってもらえるんだよ。こきつかわれる方としてみれば、ありがたくはないけどね」

「ふふふ。では、しっかり食べてから行ってください。今日はパストラミのサンドイッチよ。お好きでしょ?」

「ああ。いただきます」


 上品だけど、大きな一口であっという間に食べていく。彼が食べるのに見惚れていた。

「どうした?」

「あ、いえ」

 顔が良くて見惚れていました。


 彼はちょっと考えるような表情でじっと見つめると、頬に顔を寄せた。

 柔らかな感触に、キスされたと分かるまで時間がかかって、彼をじっと見つめるしかできなかった。顔が熱い。

 彼は自分の頬を指差しながらにやりと笑って言った。

「ふふ、ついてた」

 あ! え?! 

 食べ物がついちゃってて、口で取ったってこと!?


「ごちそうさま。デザートももらうね?」


 爽やかな笑顔でそう言うと、今度は唇にキスした。


 頭は大混乱で。何も言えずただ見つめていると、もう一度彼はニヤリといじわるそうに笑った。

「じゃあ、もう行くよ。また」


 大きな鞄を持って、くるりと踵を返して来た道を戻っていく。振り向かずに、軽く手をあげて。

 何も言えずに、ただ後姿を見つめた。

 顔の熱さはとれそうになかった。




 ⋯⋯あれから、一度もキスしていない。


 何の約束もなかったあの頃は、敬語でもなくて、二人の間には親密な空気があった。⋯⋯キスするくらいに。

 今は、婚約して、周囲にも認めてもらえる関係になったのに。デートだって誘ってもらえるようになって、彼の一番近くに居ていい権利を手に入れたと思ったのに。

 なのに、あの頃の親密な空気は、なくなってしまった。

 宗家のお嬢様に対する態度で完璧なエスコートだけど、親しく触れることはなくなってしまった。名前は愛称を呼んでもらえるようになったけど、敬語も抜けない。


 彼との時間が優しかったから、彼を好きだという自分の心しか考えていなかったから、私は最初に間違いを犯してしまった。

 その間違いが私を苦しめることになるとも知らずに。

 こんな私では、あの頃のふたりの関係に戻ることはできないのだろうか⋯⋯。





レミィ一生懸命考えてます。

次回ヒロイン(偽?)登場。

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