03
連載開始するなら3話くらい連投しろってお告げが⋯⋯。
「レミィ、昨日はバザーでいちゃついて、サーカスで見せ付けてたんだって?」
「んんっがっぐっ」
「きゃあ、レミィ大丈夫!?」
学園の中庭でランチの最中に、またしても爆弾が落とされた。
何とか口に入っていたものは出さずに済んだけど、むせてしまって怒れない。もう狙ってるでしょ!?
「もう、レベッカったら。食べ終わってから聞けばいいのに」
まだ咳き込んでいる私の背中を優しくなでながら、メグが急な爆弾発言をたしなめる。
メグ、いつもありがとう。
「あー、ごめんね、レミィ。配慮がなかったよ。でもメグだって気になるだろ?」
全然悪いと思ってないわね。
それより、なんでレベッカが昨日の顛末を知ってるのよ。その情報網の方が気になるわ。
「それはそうね。あのジェイヒライン・ノーディスが連れて行ったデートがサーカスですものね」
「まあ、それだけレミィを大事にしているってことなんだろうけど」
「ごっほごほっごほ」
デートでサーカスっておかしいの? 普通のデートって何?
咳き込みながら涙目で考える。
「ごほっ、行き先の問題⋯⋯?」
「百戦錬磨の恋愛上級者が、おままごとみたいだわ、ってことかしら」
「レミィが知らないのをいいことに、ピュアな演出をしている」
演出?
デートなんて初体験で、他人がどんなデートしてるかも分かりませんけど。
そもそもデートに種類があるの?
「まるで子供のうちに婚約者になった二人を、家族ぐるみで仲良くさせるためのデート、ってとこかな」
「そうね、二人きりを謳歌するより、周囲に納得してもらう演出みたいね」
「⋯⋯たしかに、うしろに侍女と護衛がついてきてたけど⋯⋯」
だから、キスしてくれなかったんだろうか。
好きで結婚する女性じゃなくて、跡継ぎになる手段として必要な婚約者だから⋯⋯?
「まあ、ノーデンクルーセス閣下は家族を溺愛しているから、ノーディス伯爵の息子でもレミィに手を出した時点で婚約破棄だな」
「血を見ることにもなりかねませんわね」
「いや、お父様が、そんなことするかしら」
「するね」
「確実ですわね」
やだ二人ともすっごい真顔ー。
お父様は侯爵ではあるけれども、騎士団出身者で、所属していた最後の頃は鬼の副団長と呼ばれていたらしい。脳筋な香りのするイケオジだ。
お姉様が婚約する時は、お相手が王子様だったこともあって、それはもうイロイロあったらしい。
家族を愛するあまり上司(王族)にも強く出れるお父様って、いったい何者なのかしら。しかもそれを娘の友人にも知られている⋯⋯。
「たしかに、お父様には愛されている自覚はあるし、何があっても守られていると思うけど、家を継いでくれる人にそんなことするかなあ」
「するね」
「間違いありませんわね」
つっこみが早い。しかもすごい真顔ー。
「でも、やっぱり甘いお付き合いは憧れるわ。⋯⋯キスとか」
ジェイ様は引く手あまただし、学園でももちろんモテる。
私より二年早く学園にいた彼の男女交際がどうだったかなんて、知らない。
レベッカたちも恋愛上級者だって言うくらいなんだから、もしかしたら沢山経験があるのかも⋯⋯。
「キスなんて、婚約者なら子供でもするんじゃないか」
え。 子供同士ってキスしていいの。
「何びっくりしてるんだ。メグだって、そう思うだろ?」
「まあ、市井のお付き合いは、貴族より簡単ですから。婚約者じゃなくても、お互い好きならしますわよ」
「ほら、年齢も関係ないってさ」
レベッカとメグは意味ありげに笑いあう。
好きならキスするのが普通なら、まして、男女のお付き合いに詳しいジェイ様がキスしないのは⋯⋯しなくなったのは、この婚約が政略だから?
⋯⋯それなら、私は甘んじて受け入れなければならない。
「そっか⋯⋯」
二人のからかうような笑いにつっこむことも出来ず、なんだか食欲もなくなった気がして、まだ食べ終わっていないお弁当を片付けた。
◆ ◆ ◆
ジェイ様とは、学園の裏庭で出会った。
あの素敵な人と出会えたことで、世界が輝いて見えるようになった気がする。
彼を想うことで彩を持って生きていけるし、彼と離れてしまうのなら砂をかむように生活することになるんだろう。
その日はいつになく憂鬱な気分だった。貝が嫌いなのに朝食のスープはクラムチャウダーだったし、朝は雨が降っていて、靴に水がしみちゃった。
靴下がじっとりして、不愉快な顔をしていたのが悪かったのかもしれない。
講義終了の鐘が鳴ってお昼休みを知らせる。昼食に向おうとしたところ、教師に講義で使用した資料の片付けを言い渡されてしまった。学園では良い子でいる私はもちろん断らない。
資料を持って、レベッカたちには先に食べててと伝えて、資料室に向う。
資料室は実験室と隣り合っていて、明りとりと換気のために壁の上部が欄間みたいに開けられている。
資料を片付けていると、隣の実験室に誰か入ってきた。誰かは分からないけど、声は聞こえてくる。
「さっきの講義でも先生にいい顔してたじゃない?」
「気に入らないわよね。いいとこのお嬢様かもしれないけど、鼻にかけちゃってさ」
「さすが侯爵家は、権力ある人に取り入る方法も良く分かっているってことよ」
おっと、私のことみたい。先生に気に入られたいなら、こういう雑用を買ってでたらいいのに。
「淑女としてのガワはいいかもね。内面ははしたないわよ」
「男に庇ってもらっても当然だしね」
「彼女の姉だって、どうやったんだか殿下をひっかけて上手いことヤッたんだもの」
ちょっと! お姉様は貴方達におとしめられるような人じゃないわよ!
「ただ、いい家に生まれられただけで、私たちと大して変わりないのにね」
「ほんと、自分から何かしなくたって周りにちやほやされちゃってさ。愛想振り撒いてたらなんでも手に入るんだもの、羨ましいわぁ」
「ノーデンクルーセスって、彼女しか残ってないじゃない。アレが領主じゃ、領民はかわいそうね」
「周りが助けてあげるんじゃない? それも領主の娘なら当然って考えで、胡坐かいてられるわよ」
もうそれ以上聞いていられなくて、逃げるように資料室を後にした。
悔しい!
なんであんな自分のことしか考えてない人たちに、うちの悪口言われないといけないの!
なんか涙が出てきた。
お姉様は本当に努力家だ。好かれた相手が王子だったから、仕方なく、ほんっとうに仕方なく婚約者になっただけなのに、王子妃になるために頑張った。
今ではお互いを想いあっているみたいだけど、最初の頃はつらそうだったもの。
あの努力を知らない人達におとしめられる理由なんてない。
⋯⋯でも、私に関しては?
『ただ、いい家に生まれられただけ』
『周りにちやほやされて、愛想振り撒いてたら権力に近づける』
『アレが領主じゃ、領民はかわいそう』
確かに、次女に産まれて、継嗣として育てられたわけではなかった。
そこに甘えがあったのは事実だろう。
あとを継ぐ見通しで育てられていたお姉様が家を出て嫁ぐことになってしまって、家を継ぐという大きな責任が、急に肩に圧し掛かってきた。
元の出来がいいわけでもない私が、周囲の合格をもらうまで頑張ってきたし、認めてもらうための努力は惜しまなかった。
本当に大変だったんだ。頑張ってきた自負はあるけど、でも、やっぱり自信はない。
自信はなくても、はったりでも、完璧にできて当然っていう顔でいなければならない。だって、領主の選択次第で、大勢の人が路頭に迷う可能性だってある。領地は隣国に接しているから、国境の守りだって必要だ。戦争の経験はないけど、可能性はゼロじゃないし、領地内に私軍だってあって有事に備えている。つまり、有事がありえて、そのときには領民に命をかけさせる号令をとらなきゃならない。
そんなの、私みたいな小娘には無理だって思った。
怖かった。逃げ出したかった。でも、役割から逃げるわけにはいけなかった。
私はノーデンクルーセスなんだから。