02
本日2話目
これにて終幕!
学園のカフェテリア。昼休みが始まってすぐの時間で、まだ人は多くない。入り口に近い席で昼食を食べる二人は、研究の終わりが見えたことでランチの時間に食事ができるようになっていた。
「先輩、最近浮かれてますね」
「そう?」
ジェイヒライン・ノーディスは、にやけた顔を共同研究者のユーリア・ハンナ・ファーングヴィストに向けて答えた。
「レミィの気持ちが分かったからね」
「えっ、ヘタレ卒業? おめでとうございます」
「オイ。失礼だろ。悪口言うな」
「いやいや悪口じゃありませんって。乙女ゴコロが分かるようになったのかな、って思って」
「それでもまあまあ失礼だろ。轟雷将軍に言いつけるぞ」
「ぶはっ、その呼び方笑える⋯⋯!」
二人が魔物の研究のためにズューデンフェルト領に協力を依頼したが、その領主の甥で軍のお偉いさんであるズューデンフェルト准将が同行した。全ての日程に同行したわけではないが、彼には二人とも世話になっている。准将閣下である彼の二つ名は轟雷将軍で、ユーリアは何度聞いても笑いのツボを刺激されている。
ひとしきり笑った後、ユーリアの最初の疑問をもう一度問いかけた。
「浮かれているのは、レミィとうまくいってるからですか?」
「うん。レミィの秘密を教えてもらったからね」
「えっ、なになにっ。淑女の秘密暴いちゃったんですか?!」
「あやしい言い方ヤメロ」
「ちゃんと告白しました? レミィの不安は先輩がはっきり気持ちを伝えてないせいだったんですからね」
「⋯⋯え? そうだったの⋯⋯?」
「⋯⋯は?」
二人とも同じようにポカンとした表情でお互いを見た。
「ま、まさかと思いますけどレミィの不安を解消したわけではない⋯⋯?」
「いや! 伝えた! 俺の気持ちは伝わったはずだ!」
「はず、って。ちゃんと確認したんですかぁ?」
ユーリアは蔑むような冷たい視線で先輩であるジェイヒラインを見つめた。
「ぐっ、その視線ヤメロ。ダメージがでかい。てかなんでレミィのことなのにお前の方が詳しいんだよ」
「先輩こそ婚約者なのにレミィの気持ちがわかんないんですか。ヘタレですか」
「だから悪口言うなって」
「あぁー、こんな朴念仁が相手じゃレミィ可哀想っ」
ジェイヒラインは言い返せなかったので、わざとらしく泣きまねをするユーリアを悔しそうに睨むだけに留めた。
「ところで、レミィの秘密って何ですか? 先輩が聞いて嬉しい秘密だから、レミィが婚約前から先輩のこと好きだったとか、そういう乙女心の告白?」
「⋯⋯ユーリア、お前すごいな」
「⋯⋯」
ユーリアはあきれてものも言えないが、嬉しそうなジェイヒラインはそんな様子に気付かず続ける。
「俺がレミィの父親に結婚の許しをもらう前に、レミィも親に俺との結婚を望んでお願いしていたんだって。彼女の方が先に、俺との未来を望んでいてくれたんだ!」
「あー、つまり、先輩は求婚においてもレミィ任せでヘタレていたという認識で合ってます?」
「ちっ、違うわ! ちゃんと俺からプロポーズしたし!」
ガチャンと音を立てて机を叩いたジェイヒラインに周囲の視線が集まる。
「っあー、俺行くとこがあったんだ」
注目を浴びていることと、プロポーズなどという他人に聞かせたくない話を大きな声で話してしまったことに今更気付いたジェイヒラインは、いたたまれなくなって席を立った。
「あーあ。ヘタレが乙女ゴコロを理解する未来がくるとは思えないけど、レミィは許して愛しちゃうんだろうなあ。いいなあ。あんな愛情深い美人は先輩にはもったいないなあ」
慌てて下膳し小走りでカフェテリアを出て行くジェイヒラインの背中を、ユーリアはあきれた表情と失礼な独り言で見送った。
「ねえ、レミィ。もう婚前交渉は済んだのか?」
「んんっ、ごっほごほっ!」
「きゃあ、レミィ大丈夫!?」
いつもの学園でのランチの最中にとんでもない爆弾が落とされた。
もはや恒例行事である。
「もう、レベッカったら。食べ終わってから聞けばいいのに。レミィもいい加減学びなさいな」
まだ咳き込んでいるレミィの背中を優しくなでながら、メグが二人をたしなめる。
「あー、ごめんね、レミィ。配慮がなかったよ。でもメグだって気になるだろ?」
「そうね、こんなに浮かれているレミィは初めてですもの。レミィの初めてが上手くいったのかと思ってしまったわ」
「っごっほ!」
「ははっ、レミィ、顔が真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「はーっ、もうっ。昼からなんて話よっ。はっ恥ずかしいわね!」
中庭のテーブルはそれぞれ離れているが、声が大きければ届く距離だし、通路に人が通れば聞き取れるかもしれない。レミィは咳き込んで涙を浮かべながら抗議した。
「あー、ごめんごめん。だけど、レミィが晴れやかな気分でいるから、私も嬉しいんだ」
「そうね、やっぱりジェイヒライン・ノーディスにはレミィを任せられないと思っていたもの」
二人がすれ違い、レミィが悲しんでいる姿を慰めていたメグは、大切な友人が蔑ろにされるなら婚約解消を勧めようとさえ思っていた。最近の友人の表情から、その悲しみが解消されたことを察していたが、確認するように続けた。
「でも、良かった。憂いがなくなったのね?」
「⋯⋯そうね。やっぱり、私が秘密を抱えていたことが心苦しかったんだと思う。ジェイ様からの気持ちも信じられなくなってしまっていたし」
「秘密?」
「ええ」
過去を懐かしむように、自嘲するように遠くを見て、レミィは心情を吐露した。
「最初に、好きになった人とどうしても結婚したい、って私からお父様にお願いしたの。だけど、そうして婚約が整ってから怖くなったわ。だって、彼の気持ちを確認していなかった。私だけが好きで、彼には別に好きな女性がいたんじゃないか。権力で彼をつなぎとめただけだったんじゃないか、って⋯⋯」
真剣な様子で聞いてくれる友人二人に感謝しながらレミィは続ける。
「我が家は彼の家から見て宗家に当たるから、彼が私に悪感情を持っていたとしても、婚約を継続する限り伝えることはできないわ。彼に好きだと言われたとしても、私が家の力関係によるものなのかって疑ってしまえば素直に受け取れない。彼に黙って私が独断で婚約を進めてしまったことは、絶対に言えなくなってしまったの。どうしても伝えてはいけない秘密になってしまった」
「⋯⋯そうか。辛かったな」
「でも、彼に気持ちを確認できたのね?」
心配そうに見つめる四つの瞳に、レミィは憂いない笑顔を向けた。
「彼の気持ちを聞いて、そして私の気持ちを伝えることができたわ。秘密がなくなって心が軽くなった。それに、お父様からの話も嬉しかったの」
「え? 鬼の財務部長が娘の恋愛に対して嬉しい話をしてくれるのか?」
「あの娘達溺愛脳筋閣下から、婚約に前向きな話が出るなんて想像もできませんわ」
レミィの友人は、レミィの父親が娘を溺愛していることを知っており、娘に近寄る有象無象を蹴散らす恐ろしい人だと思っているため、娘の結婚に前向きという話はにわかに信じられなかった。
「二人とも、お父様のこと何だと思ってるのよ。⋯⋯けど、そういえば、確かに西の侯爵様と一緒にいた時にした話だったわ」
レミィは少し怒った様子を見せたが、すぐに優しい表情で父親達から聞いた話を伝えた。
「婚約の、経緯を聞いたの。スタートは確かに私からの希望だったけれど、そのことは彼には伝えていなかったんですって。彼は、この婚約の話を聞く前に、私との結婚をお父様に頼んでくれていたのよ」
「そう。彼も、レミィが好きだから結婚を望んでくれていたのね」
「うん。二人とも、相手に確認する前に結婚を望んで動いてしまっていたの」
話をしなかったことがこじれた原因だとレミィは反省する。
「はは、似たもの同士、似合いの二人だな」
「あーあ。結局、素敵なレミィをジェイヒライン・ノーディスに奪われてしまったわ」
「そうだな、こんなに我々が愛しているのに、横から持っていかれてしまった」
「もう! 恥ずかしいわねっ。あー、やっぱり私先に行くわ」
真っ赤になったレミィは、にやにやと笑いながらからかう友人二人を残して席を立った。
「婚約者殿によろしくな!」
「幸せにね!」
「ありがと!」
レミィは後ろ手に手を軽く振って、小走りであの場所に向かった。
裏庭から続く、誰も気にとめないような細い小道。その先には小さな花壇と、ベンチが置かれている。
レミィがベンチにむかって裏庭から小道に入ろうとした時、手を振りながら走ってくる婚約者を見つけた。彼は目の前まで来ると、優しく名前を呼ぶ。
どちらからともなく自然に手をつないで歩いていく。二人とも穏やかに笑顔を交わし進んでいった。
空はどこまでも青く晴れ渡り、鳥のさえずりと木々の葉が揺れる音が聞こえる。
暖かな日差しは、未来へ向かう恋人たちを祝福しているようだった。
おしまい
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




