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01

意外と人気(?)のお父様ズ。

お父様は娘をとられたくないものなのです。



 

 一年の予算編成前で、殺伐とした雰囲気の財務部。ここを取りまとめているノーデンクルーセス侯爵は、どす黒いオーラが見えるのではないかと思うくらいに機嫌悪くデスクに向かって黙々と書類を捌いていた。


「おい、北の。騎士塔の予算が減っているのはどういう了見だ?」

 ノックと同時に入室してきたのは、ズューデンフェルト侯爵。初老にさしかかろうかという年齢を感じさせず、颯爽とノーデンクルーセス侯爵のデスクまで大きな歩幅で歩きながら苦言を呈してくる。

「なんだ西の。使える税は有限だ。新しい武器開発なんぞに掛ける金などない」


 この国には四つの侯爵家があり、それぞれ中央から見て東西南北を治めている。それぞれの侯爵領には領地を治める領地内領主がいるため、各侯爵家の当主はそれぞれの得意分野で王宮に出仕していた。

 北のノーデンクルーセス侯爵は中央政務の財務部勤務だが、若い頃は騎士団に所属し、鬼の副団長と呼ばれていた。

 西のズューデンフェルト侯爵は、領内にある巨大な渓谷にはびこる魔物を幼い頃から討伐するほど武に優れた人物で、現在は騎士団のトップを勤めるとともに近衛の指導も行っている。

 普段は脳筋のおじ様同士気が合うが、一旦異なる立場に身をおくと、それぞれ一歩も譲らない。


「しかも、騎士塔が提出した武器開発の予算案は穴だらけで、根拠のない机上の空論ではないか。書類も整えられない集団など、適切に金を運用できるとは思えんな」

「なんだと? 根拠を元に組み立てられる議論をもって作戦を立案しておるわ! 身体も動かさず、こんな穴蔵のような場所で書類だけ睨んで何が分かるか!」

「はあ? 無駄な軍議ばかりを行っているのではないか? 先立つものが欲しければ、まともな書類を提出しろと言っているのだ!」

「現場が一番大事だと知っているだろう! 文官に現場に出て大変さを理解してくれとは言わないが、魔物を押さえるこちらの事情も汲め!」

「家に帰れないほど大変な文官の仕事量を代わってくれとは言わないが、不備の書類が一枚あったら確認作業が大変だというこちらの事情も汲め!」


 ヒートアップする二人の顔がどんどん近くなっていく。

 室内で働く文官達は騒ぐおっさん二人に注目してしまっていたので、誰も入室の許可を得る声に気付かなかった。


「私、存じませんでした」

 鈴を転がすような声は大きくなかったが、不思議と室内の人たちの耳に届いた。


「お父様と、西の侯爵閣下は、職場でキスをするような仲だったのですね?」


 鳩が豆鉄砲を食らった顔とはこういう顔か、という表情をした二人の侯爵は、ドアを開けて入室してきたレマノン・ノーデンクルーセスを同時に見て「そんなわけがあるか!」とハモって答えた。





 殺伐とした空気だった財務部の長官室は、和やかな空気と共に休憩をとることができていた。

 仕事のために何日も家を開けている父であるノーデンクルーセス侯爵の陣中見舞いにきたレマノン・ノーデンクルーセスは、にらみ合う二人の侯爵をなだめて休憩のテーブルに着かせることに成功した。

 もちろん、室内の文官の皆様にも侍女がお茶とお菓子や軽食を配っている。こんな穏やかな休憩はいつぶりだろう、と感激している者さえいた。


「びっくりしましたわ。ドアを開けたらラブシーンが繰り広げられているのかと思いました。本当に、お顔が近くてそのように見えましたのよ」

「レミィ、そんな訳がないだろう」

 げんなりした顔の北の侯爵は娘をじっとりした目で見て言った。

「ふふ、もちろん分かっています。冗談ですわ。廊下までお二人の魔力と殺気が漏れ出ていましたもの」

 西の侯爵は現騎士団団長、北の侯爵は前騎士団副団長。その強さは魔力もずば抜けている。鍛えている騎士ならいざ知らず、魔力の無い者や鍛えていない者なら、相当な圧力を感じたはずである。メイドや文官も廊下を通るが、いい迷惑であったと思われる。

「「⋯⋯すまなかった」」

 二人の侯爵は威厳もなく、しゅんとして謝罪する。

「ふふ、お忙しい時にお邪魔してしまって申し訳ないのはこちらの方ですわ。お父様は仕事の手を抜くことはないのでしょうけど、お体が心配です」


「いや、レマノン嬢は心根まで美しい。やはりうちの甥を婿にもらってくれないかなあ」

 笑顔でバトルを収めてくれたレマノンに、西の侯爵が感謝の気持ちと共に本音をこぼした。


「おい、戯言を。西の暴れん坊など静かな我が家には不要だ」

「本人が良いと言えば良いではないか。どうだ、レマノン嬢? 轟雷将軍の噂なんかは聞いたことはないかね」

 北の侯爵は娘を守るように西の侯爵に文句を言うが、西の侯爵もめげることなく自分の甥を売り込んでくる。


「ズューデンフェルト准将閣下ですか? 最近、何度か学園に足を運んでらっしゃるようですね。魔物の研究に御協力いただいているそうです」

「ああ! そういえば、研究に協力したら、うちの領の魔物をごっそり倒してくれたと感謝していた。学園の研究だったのか」

 西の侯爵が甥の話を思い出してそう言うと、北の侯爵は苦虫を噛み潰したような顔をして話を引き取った。

「その共同研究者はジェイヒライン・ノーディスだ。研究の、成果を、あげてきやがった⋯⋯っ」

「お父様、すばらしいことではありませんの。なぜそんなに苦々しい言い様なのです?」

 もちろんレマノンはその功績を知っているし、自分の婚約者であるジェイヒライン・ノーディスの活躍であるから誇らしくも感じていた。自分の父親が、婿に来る男の功績を喜ばないわけがないと思っていたので、その言い方を不思議に感じた。


「わはははは、娘をとられてしまう男の悲しみだよ、レマノン嬢。なんとキミの父親は、娘を取られた腹いせに、ノーディスに無理難題を言い渡したのさ」

 苦々しい顔のまま黙った父親の代わりに、西の侯爵はにやにやと笑いながら解説を続けた。

「婚約が決まってからも研究の成果やら学業の成績やら、騎士団での昇進やらを条件にあげていたなあ。結婚までに手を出したら婚約白紙とも言っていたし」

「西の! もういいだろう! 娘のいないお前に何が分かるというのか⋯⋯!」

「わははは。お前のような鬼が父親であると分かっていても、ジェイヒライン・ノーディスは結婚させてほしいと必死に頼んできたではないか。あれほど真剣な若者の頑張りは見ていて気持ちが良かった」


「えっ、彼が私を望んでいたのですか⋯⋯?」

「おや、レマノン嬢。聞いていなかったのかい。君に婚約の話が出ていると知った彼は、それはもう必死に、宗家の主に結婚の許可をねだったんだよ。この男が恐ろしかっただろうに、他の誰でもなく自分をレマノン嬢の夫に認めてほしいとね」

「お父様から彼に打診したのではなかったのですね?」

「⋯⋯」

 娘に見つめられて問われても決して口を割らない父親を面白がって、西の侯爵は解説を続ける。

「この男から娘の結婚を言い出したことなどないよ。邪魔はしていたようだがね」


 愉快そうに笑うおっさんと、苦虫を噛み潰した顔でお茶をすするおっさんの前で、真っ赤になった顔を隠すようにレマノンはカップに口をつけた。



次回最終話!

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