04
三週間にわたる討伐は殺伐としていた。レミィにも会えないことが、更に気持ちを荒ませた。ユーリアにレミィの話をしても、めんどくさそうにするだけで、全然聞いてくれない。レミィの素晴らしさを語り合うことで寂しさを紛らわせたかったのに⋯⋯。
討伐はさすがズューデンフェルト侯爵家の騎士達が付いているだけのことはあって、予定通りにこなしていけた。侯爵の甥である轟雷将軍も参加してユーリアをかまっていた。中央軍からわざわざ来るなんて、よほど研究に興味があるのか。いや、興味があるのはユーリアにか?
討伐が終わってまた長い時間移動して、疲労困憊で帰宅する。学園に戻れば、休むまもなく研究のまとめに取り掛かる。
ペルツ先生、ほんと生き生きしてますね⋯⋯。俺もユーリアもそんなに元気残ってませんよ⋯⋯。
研究のまとめに忙しくしていたある日。もう夕方だったがペルツ先生が昼食なんだか夕食なんだか分からない食事に行き、俺達も休むことにした。
ユーリアも食事か分からないが、研究室から出ていった。俺も疎かにしてしまっている騎士団とのやり取りのために少し席を外して、研究室に戻った。研究室にはまだ誰もいなかった。
座ってコーヒーでも飲もうとして、手首の組紐が目に入る。あの日レミィが結んでくれたままだ。別れ際は最悪だったことまで思い出した。ぼんやりとレミィのことを考える。婚約してからこんなに長く会えないのは初めてだ。レミィは寂しく思ってくれているかな。彼女も組紐つけたままでいてくれてるだろうか⋯⋯。
ばたばたと走ってくる足音が聞こえたと思ったら、ユーリアが研究室に駆け込んできた。
「あーっ、ヘタレ先輩。こんなとこにいた」
「はあ? ヘタレってなんだ。俺はいつでもかっこいいぞ」
あきれた顔でユーリアは厳しい視線を送ってくる。器用だな。何かあったか?
「今、レミィがピンチでした。あんな場面に颯爽とイケメンがやってきたら惚れますよ」
「は?」
レミィがピンチって、何があったんだ。イケメンに惚れるのはレミィがか? 俺じゃないイケメンに? てかなんでユーリアがレミィって呼んでいるんだ。
情報量が多すぎて混乱していると、強めに肩をつかまれた。
「ちょっと、先輩! レミィが大事ならすぐ彼女を追いかけてください! 裏庭のほうに行きましたから!」
「わ、わかった」
何ひとつ分からなかったが、ユーリアの剣幕に圧されて裏庭に向って走る。
レミィがピンチって、なんだ? なんだか焦る気持ちでレミィを探す。
裏庭には誰もいなかった。けど、あそこに行けばレミィに会える気がした。小路を通ってベンチに向かう。
いつものベンチに彼女はいた。
しかし、いつもまとっている凛とした雰囲気はなく、良く見ると涙を流している。
まるで、ここではないどこかに居るような、儚く消えてしまいそうな頼りなさで。その美しい横顔とあいまって、この世のものとは思えなかった。しばらく見惚れていたのかもしれない。彼女が、レミィが居なくなってしまうのではないかと恐怖を感じて、呼びかけた。
初めてここで会った時も、彼女は美しい涙を流していた。だけど、あの時は凛としていて、こんなに打ちのめされた雰囲気は微塵もなかった。
なんだかレミィが消えてしまいそうで、焦る。こちらを見てくれ。
やっと彼女と目が合って、いつものように隣に腰を下ろす。
だけど彼女の態度はいつもと違って、俺を拒絶しているようだった。焦って言葉を重ねる。
しかし話すほど、彼女が怒っている強い気持ちと、打ちのめされている弱さが伝わって来てどうしていいか分からない。
途方に暮れて、気持ちそのままを伝えてしまった。
「どうしたらいいんです?」
言った瞬間、後悔した。
俺の言葉を聞いた彼女は表情が抜け落ちて、真っ青な顔で固まっている。
言葉を間違えたことは分かったが、何が悪かったのかさっぱり分からない。
次の言葉を探すけど、何を言っても不正解な気がした。
どのくらいの時間が過ぎたか分からなくなった頃、覚悟を決めたような表情で、彼女が言った。
「キスして」
⋯⋯やばい。まさか彼女からそんな言葉が出てくるとは思わず、一瞬でキスの先まで想像した。
いやいや彼女が決死の表情で伝えてきたってことは、そういう意味じゃない。いやらしいことを考えるな。ここでまた選択を間違うと、本当にまずいことになるぞ。しかしどうしたらいいんだ。本当にキスしていいのか、そうじゃないのか。いやもうしてしまいたい一択なのだが、したいんだが、ノーデンクルーセス閣下の監視だって怖い。だって結婚できなくなったらどうするんだ。
どうするんだ、俺!
⋯⋯彼女は真剣な表情で俺を見ている。可愛い。好きだ。キスするしかない。深いヤツ⋯⋯は、ダメだって分かってる。分かっている⋯⋯!
がんばって煩悩を吐き出して、触れるだけのキスをした。
「これで気が済みましたか」
これ以上見つめられたら、押し倒してしまいます。そうなる前に、話を聞かせてくれ⋯⋯。
どうしてこんなに打ちひしがれることになったのか、聞こうとして彼女を見て固まった。
なんで、そんなこの世の終わりみたいな、絶望した顔しているの⋯⋯。
レミィはその顔できつく俺を睨むと走って行ってしまった。
え⋯⋯?
何? なんで? どういうこと?
大混乱に陥って、レミィに睨まれるという初めての体験に、固まってしまって動けなかった。
後で思い返せば、何故彼女を追いかけて抱きしめなかったんだ、って自分がなんて馬鹿だったんだろうって思う。
どのくらいの時間が経ったか分からないけど、やっと動けるようになった俺は呆然としながら研究室に戻った。
『上手くいかなかったのかよ、このヘタレ』
「なんだって?」
研究室に入るやいなやユーリアにあきれた顔で何か言われた。残念ながら、俺は彼女の国の言葉は分からない。だが、なにか罵られたというのは分かった。明らかにバカにされている。
「レミィの心は引きとめられたんですか?」
「⋯⋯なんだって?」
今度は言葉は分かるけど、意味が分からない。
「だから、心に大きなダメージを負ってしまったレミィを助けてあげられたんですか、って聞いたんですよ」
もう一度同じ事を聞かれたんだろうが、やっぱり意味が分からない。なんでレミィが心にダメージを負ってるって分かるの? 何があったんだよ。
『まだ分かんないのかよ、ヘタレはレミィに捨てられてしまえ』
「なんっだっって!?」
イラつくなあ! 言葉が分からんと言っているだろう!
次回ノーディス章最終回!
すれ違って婚約破棄を突きつけられたヒーローは、ハッピーエンドを手繰り寄せることができるのか⋯⋯!?




